11、最後の魔法。
その後。
ネットに怪情報が飛び交う。
見出しは、センセーショナルなものとなった。
「国内でのイリーガル集団の暗躍」
「米軍による、民間人への強襲。それを黙認している政府」
「魔物とされ、私刑の上、火あぶりにされた青年の遺体」
「真実を追い、非業の死を遂げた刑事」
葛とラティファが隠れていた、山荘への米軍襲撃。漁船で逃げる外国人の姿や、火を放つ瞬間まで、カメラは抑えていた。
さらには、私が魔族ですというラティファの動画出演で、マスコミはこぞって謎の少女を話題にした。
「これで、バチカンも手は出せないんじゃないか?」
パソコンを操る加藤が言う。還暦を過ぎた警部補は、ネット動画やマスコミへの情報提供を、発信元のわからない様に、次々と送信して行く。
事の真意を疑る者もいたが「魔族の縁結び」は、日本中で話題となった。
同時に、他国の治外法権を容認していた政府を野党が追求し始め、警視庁長官まで国会で参考人招致される事となった。
ラティファと出会ったと言う、地位の高い人物が、白黒の写真をマスコミに提供。今と変わらない、魔界少女の笑顔が写っていた。
彼も魔族の縁結びで、伴侶を得たと言うのだ。テレビ出演した老人を、魔界少女は覚えていた。
「ああ、この人。マサルって言ってね、今は、偉くなったんだね」
若かりし頃に、ラティファに出会った政界の大物。今は引退しているが、影響力はありそうだ。
魔界の来訪者との契約者は、続々と名乗り出た。
「実は最近、ラティファと会って。魔術契約をしたんです」
テレビに映る、人気バンドのアーティストは、数日前に婚約発表したばかりだった。数人の男性と交際していた彼女は、結婚を悩んでいたという。
「今回の目的は、この女性だったんだけど、優柔不断で困ったよ」
ラティファはテレビ見ながら、隠れ家のソファーでお菓子を食べている。
逃走中にしては、随分とリラックスしていた。
拡散された魔族の縁結びは、世界中で話題となる。実は、自分も魔族と会って助けられたという人物は、国内だけで、数百人も現れた。
潜伏先を転々と変え、特捜13係の3人と、葛、ラティファは次の作戦を練る。
「テレビ局から、ラティファへの出演依頼が来た。民放じゃない国営放送だ」
波多野が、警視庁宛に届いたファックスを手に、隠れ家へやって来た。警視庁内部に魔界の協力者がいると、あえてマスコミにはリークしていた。
「罠じゃないのかな?」
葛も、かなり用心深くなってる。テレビ出演にかこつけた、ICPOやバチカンの一網打尽作戦とも考えられる。
「番組は生放送で放映される。本当に放映されているか、外部からチェックする。当日は、私も出演する予定だ」
波多野は、公開していない内部資料と、独自に入手した証拠を公表すると言う。
現役警部の、内部告発とも取れる行動。刑事人生をかけた戦いでもある。
生放送当日。
日本政府は、バチカンの治外法権も、米軍の行動も、容認していないというスタンスを取った。
警視庁はメンツにかけて、ラティファ達をガードする。テレビ局で何かあれば、外国の非合法活動を、政府や警察が認めた事になるからだ。
波多野とラティファが、スタジオ入りする。オンエアだ。
「まずね。外圧により、警察は他国の派遣員の行動に、目をつぶって来た。これの真意はどうなの?」
司会の偉そうなコメンテーターが、パネラーにテーマを投げる。
パネラーは、魔界肯定派と否定派に分かれた。喧喧囂囂の論議が交わされるが、波多野の資料が提示され、政府の隠蔽工作を明らかにして行く。
波多野の追加資料は、当時の外務大臣がサインをした物まであった。
「あり得ないでしょ?僕はね、魔族だか魔界だか知らないけど、そう言う非現実的な話はどうもね」
これだけ証拠や証言があるのに、否定派の学者は、そもそも魔族が信じられないと言った。
「魔術とやらでも、そこの魔女さんが見せてくれれば、別ですけどね」
別の否定派が、ラティファを見て鼻で笑う。大学教授の肩書だ。
「私は魔女ではありません。こことは別の世界から来た者です」
「証拠だよ。証拠!俺たちは魔術なんて信じないしな!」
今度は、芸能界の大御所が口を挟んだ。ラティファは表情を変えずに応える。
観客席の葛には、魔界少女が少し怒っている様に見えた。
「いいでしょう。私の力は、人の記憶を読むことが出来ます。どなたか記憶を覗かれても良いと言う方はいますか?」
「おお、やってもらおうか!俺たちの誰でもいいぜ!」
芸能界大御所が、腕を組んでラティファを見る。チラリと男を見ると、魔界女子は力を使った。
「ずいぶん、若い女性のお知り合いがいらっしゃるのですね。ご家族がいるのに、2人で外泊も、ほどほどになさったらいかがでしょうか?」
驚いた表情の大御所に、ラティファは続ける。
「政府から、否定派の皆さんには金一封ですか。論戦に勝てば、民衆はマスコミを信じますもんね」
「何を言ってるんだ!根拠はあるのか?」
大学教授がラティファを指差す、ストロベリーブロンドの髪が、少しだけ揺れた。教授に少女が言う。
「あなたの論文、数年前に海外の学生が書いたものを盗作していますよね」
魔界少女の読心術は、他のパネラーにも向けられる。
「あなたは学者さんと言われていますが、最終学歴を詐称していますね」
学者が口を開けたまま、ラティファを凝視している。
思わず学者が呟いた「なんでそれを」という言葉は、しっかりとマイクがひろっていた。認めたも同じ事だ。
ラティファが言ったことは、全て、話題にすらならなかったスクープだった。
「インチキだ!」
大学教授が席を立とうとする。
「調べれば直ぐにわかる事です。もう1つ。あなたは、本来研究に使われる交付金を、着服していますね?」
席を立った男は、その場で固まる。
ラティファが一同を見渡した。
「いいですか、貴方たちを貶める為に、私は記憶を読んだんのではありません。あなた方の心が、家族に嘘をつく度に、金員を着服する度に、学会で先生と呼ばれる度に傷ついているんです!」
グリーンの瞳は、人を哀れんでいた。
「いつか、捕まる。いつか、その地位を追われる。いつかは破局する。いつか、必ず嘘はバレます。その恐怖心を持って生きる事に、あなた達の心は疲れているのです。私にはそんな心の声が聞こえます」
スタジオ内は、静まり返っている。
「どうして、こんな事になったのかと。誰か止めて欲しいと。誰か助けて欲しいと。自分の心の声が、聞こえませんか?!」
パネラーの3人は、項垂れたままだ。
「自分達人間が、至高の生き物だと思うのは大きな間違いです。もちろん、魔族と呼ばれる私も、大それた存在ではありません」
人々は魔界少女の次の言葉を待つ。
「人は、集う事で、協力し合う事で世界を創ました。勇気、希望、夢の根底にあるものは人の愛なんです。愛し方を忘れた心のために、魔族は存在します。人を愛するために、異形の魔族は生まれたのです」
静まり返るスタジオ内のカメラは、魔界少女が魔法を使う場面を映し出す。
「心が、世界を創ります。あなた方人間の大いなる力は、集い、信じ、互いを愛する事なのです。どうか忘れないで下さい」
ラティファは白い石を手に持つと、口の中で呪文を唱える。
「ラティファ、このまま帰っちゃうのか?!」
観客席の葛が立ち上がる。
魔界少女は顔を向けると、ありがとうと言った。
「俺との魔術契約はどうすんだよ!まだラティファと一緒にいたいよ!」
少女の姿は、徐々に薄くなり消えて行った。魔界へ帰ってしまったのだ。
「そんな。ラティファ!」
スタジオに葛の声が響く。