魔物にとっての名前
未熟児としてこの世に生を受けた[人]は魔王城で成長した魔物だ。
名前はまだない。
なので呼び名は[人]である。
魔物にとって固有の名前を与えられることは少なく、大体がその種族名で呼ばれることが殆どである。
魔物である[人]は魔王城で唯一の種族としての"人"だから、区別が簡単につくから良いものの、他の種族は大変だ。
それでも一人一人の個性があって、個体を特定できるのは魔物の七不思議かもしれない。
特定出来ると言っても、全ての魔物は魔王様に個別の名前を与えられることを望んでいる。
それは魔王様に個別の名前を与えられるということが、魔物にとって最大の名誉の一つとされているからだ。
名前を与えられた魔物は冒険者から総じて[ネームド]と呼ばれ特別視されているのだが、それは魔王様を慕う魔物にとっても同じである。
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どういった魔物が魔王様から個別の名前が与えられているのかというと、魔王様を支える幹部候補として認められた時である。
名前を与えられるということは、魔王様と魂の契約をすることに他ならない。
そのため他の魔物と比べて魔王様との結び付きが強くなり、魔王様の加護を多く受けることになる。
そして魔王様から力を与えられると同じように、魔王様が望めば力を魔王様に返すことができるという相互契約でもある。
つまり普段は名前を与えられた魔物は魔王様から力の一部を貰うので強くなるのだが、一方その時、魔王様は微々たるものだが弱体化してしまうので全ての魔物に名前をつけることが出来ない。
一方で名前を持った幹部が生きている限り、魔王様が望めば自分の力も含めて魔王様に返す事が出来る。
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もう少し詳しく説明すると、魔王が名前の返還を望んだ時には与えていた力を上回る力が一時的に魔王様に帰ることになり、それは[魂の返還]と呼ばれている。
だがその時[ネームド]は弱体化してしまい、幹部としては死んだのと同義になるので、ほとんどは[ネームド]が死ぬ間際にしか行えず、為されることはまず無い。
こういう理由があるのを知ってか知らずか、冒険者が魔王を倒す前に魔王の幹部を倒してから魔王様の元に向かうのは非常に利にかなっている。
もし幹部を倒さずに魔王様を倒そうとしても、何時でもドーピング出来る状況なのでかなり討伐の難易度が上がるのだ。
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かくいう[人]も魔王様に認められて、名前を与えられて幹部になれるように日々頑張っている。
しかし[人]ゆえに魔物特有の固有魔法が使えない、種族としてのユニークスキルももっていない、さらには身体的特徴も無い。
無い無いづくしの[人]のスペックで、本当に魔王様に認められる日が来るのか分からないが、今日もゴブリンとスライムなど他の魔物と共に修行に励んでいる。
この[人]の命は魔王様に救ってもらったモノだ。
その為、[人]はこの命の全てを魔王様に捧げるべきだとも思っている。
他の魔物は本能でそう思っているようだが、これは[人]の意思でだ。
この儚い命を捧げ、幹部になり魔王様に恩返しをしたい。
だから今日も他の魔物と一緒にダンジョン(最深部)に向かっていくのであった。