第1章 八話 『突然の暗雲と』
「ようやく見つけた。フェニックス」
――それは突然、現れた。
エミルに続き、クロが帰って来てさらに食べ物が増え、みんなで食べようとなったら、シロがまたうるさくなって、クロがなだめて、みんなで笑って。
そんな楽しい真っ最中にそれは突然現れた。
それは金の短髪で身長は俺くらいで黒のタキシード。黒く長い帽子をかぶり、まるでマジシャンでありながらも、イケメンと認めざるを得ない容姿だった。
見つけた? フェニックス? こいつ何言ってやがる。
「やぁ君たち僕のこと覚えてる? 二年前くらいに会っているんだけど」
不敵な笑みを露わにしながら奴は話かけてきた。
すぐさま他の誰かの知り合いかと考え、それぞれの顔を確認するが、エミルは目で違うと言ってきた。シロとクロは……!?
「シロ!? おいクロ!」
まだ出会って間もないが初めて見たシロとクロの顔だった。
シロは驚愕と憤怒の表情、クロはひたすらに恐怖の表情を表している。
二人ともひたすら酷い顔をしていたが、共通点としては絶望がその顔に宿っていた。
今いる自分の立場が分かった、分かってしまった、分かりたくもなかった。
こいつ、やばい
何かがギルドレスとは格が違すぎて、動物の本能か、一瞬で恐怖が込み上がり体の震えが止まらない。
シロとエミルの実力を俺は痛いほど知っている、それなのに、こんなにも怖いのは何故であろうか。
もうここは楽しい場所から一気に戦場と化していたのかもしれない。
「あの人は……」
俺以上に震えているクロが声さえも震わせながら端的に説明してくれた。
「あの人は昔、私達の母親を連れ去ったサーカス団の一員なのです」
「……!」
は?
何を言っているんだクロ?
母親を連れ去られた?
お前らの?
サーカス団だって?
本当、何言ってんだよ?
そもそも何で今こんな状況になっているんだ?
え、だってさっきまで楽しく……
つまり、さっきシロが泣いてしまったのは……
「……! クソが」
嫌なパズルが揃った瞬間、急展開と理解の末に出てきた言葉だった。自分の過失に気付くのには、俺はあまりにも遅すぎたのだ。
俺は自分でも気付かぬ内に服の胸元を激しく掴んでしまっていた。
「何をしに……! 何をしに、何をしに、何をしに、何をしに、何をしに!!!」
いきなり啖呵を切って前に出たのは、怒りに怒っていたシロである。
「アハハ、捕縛……と言ったら」
「燃やします!!!」
そう言いながら人相を悪くして手から一気に噴出した炎は太陽の如し。
恐らく最大出力であろう、身を任せてしまっているのだ。誰にも計り知れない怒りという感情に。
それに対して一切の動揺もせずキラーはさらに、不敵な笑みで挑発的発言をしてきた。
「いや僕はね、君には感謝してるんだよ。昔、僕に上手く騙されて働いてくれた事。そのおかげで君の母親を簡単に捕縛がで……」
奴は喋るのやめた、いや正確には中断させられたという方が正しいかもしれない。
シロがそれ以上は言わせまいと奴に渾身の一振りを――。いや違う
それより先に遠距離からの水の弾丸が奴に向けて放たれたからである。
「エミル!」
約サッカーボールくらいの大きさの水の弾丸は軌道が標的に向かってブレずに加速し続けるが、奴はそれを必要最低限の動きでと回避。
だが既に回避地点には水の弾丸二発目、三発目と繰り出されており、それすらも体を捻って上へと回避する姿は常人の域ではない事を物語っていた。
「危ない危ない、全く礼儀がなっていないな〜。僕はキラー、うちの団長の命令でそこのチビ2人の捕縛に来たんだよ。よろしく」
キラーの一語一句に恐怖、畏怖、怖気、脅威の何もかもが詰まっているように感じたのは、内容云々の話なんかでは無い。
服の裾を払いながらふざけた自己紹介する辺り、信じ難いが余裕があると見て取れる。
大義名分にするつもりなのか知らないが、飯もらって、手当てしてもらって、助けてもらって……そんな事が今さら頭をよぎってきたのだ。
こんなの自分らしくも無い。それなのに、これだけは言いたかった、言いたくなっちまった。
「あーー! もう嫌でも分かっちまった。こいつらがこんなとこに住んでる理由も! シロがさっき泣いた理由も! シロが信用してくれない理由も! お前がクズだっていうこともな!」
自分でもよく分からなかったが、投げやりでつい叫んでしまった。
どさくさに紛れて泣かせた理由は俺にもあるのに、無理やり全部こいつのせいにしてやる。
「で、君はこのチビ2人を助けるの?」
このキラーの質問に全員が俺を注目の的にしてきたが、物凄く気まずいんですけど
俺は偽善者になるつもりはない、だけど、目の前で女の子が拉致られるのを黙って見るほど、俺も人間辞めちゃいないさ。
「え、まぁ、ほら、こいつらには結構借りがあるし、黙ってこの状況見逃すというのも酷だしな。……それに」
次の言葉を言いかけた時だった。
「ま、どちらにしろ関係者は、皆殺しにするんだよね」
背筋に寒気が走る。という言葉を俺は初めてこういうものなんだということを実感させられた。
残酷な発言と冷徹な目つきで、ハッタリという障害を乗り越え『死』の恐怖という居心地を味わされる。
もう怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、生死の境をずっと彷徨っている気分だ。
足が未だに震えているのに俺は気付いていないが、耳はまだ正常であった。
「シュウ、もういいでしょ、戦う理由はこれで十分! やらないとやられるわよ!」
女神ちゃん……そうだな、どうせ殺されるなら抗ってやんよ。
「ごめん急展開過ぎて。あー分かってる、こっちは四対一で有利なんだしな」
「アハハ、違うよ四対二だよ」
キラーの発言を理解するものはこの場にはいなかった。それもそうだ、奴の周りには影一つないからだ。
それにもしこんな奴がもう一人いたとしたら、完璧にゲームオーバーに違いない。そのため、虚言と捉えたいが為に俺は、
「お前以外誰もいないぞ、このタコ!」
「シュウの悪口のレベル低すぎだと思うんだけど」
「今そんなこといんだよ! チョネコ!」
「フーーーーーーーーーーーーーーー」
突如、発されたこの音の発信源はキラーの深呼吸であった。
それは酷く長く感じる時間であったのは、一生忘れさせてはくれないだろう。二度と味わいたくないと思うのは必然だった。
「失礼失礼。僕と一緒に捕縛してくれるのはこいつだよ。さ、次の獲物はあいつらだよ相棒」
そう言って懐から取り出したのは、二メートルくらいの鞭であった。
サーカス団でいう動物曲芸担当って言ったところか。キラーはムチを短く持ち、舐め回す姿はせっかくのイケメン顔が台無しになってしまっている。
「手出し無用です。私がやります」
シロが昔の因縁にケリをつけると言わんばかりの覚悟を決めた様な顔つきは今までの印象を瞬時に翻すほどのものだった。
俺とエミルが未だシロにとってどういう存在なのか分からないが、少なくとも敵扱いされているわけではなさそうだ。
「ダメよシロちゃん。昔何があったかは知らないけど、一人で戦うなんて絶対ダメ。私もやるわ」
「……勝手にしてください」
うわ、何このあるあるやりとり、超憧れる、俺も参加したい。
「シロ、シュウさん、エミルさん。私は非力なので戦えませんけど、回復魔法には自信があります。無理は絶対ダメなのですよ」
――戦闘開始十秒前みたいな雰囲気が醸し出されているが、本当にどうしてこうなっでしまったのだろうか。
緊張が走る……なんて甘いレベルなんかじゃない。
命のやり取り――全員が何をするかどうかで、全て決まってしまうのである。勿論俺もその例外ではない。
小さな風が足をくすぐる中、お互い対峙し合い一歩も動かない。
俺の動かない理由はなんか動いたらKYじゃね? って思うからなのだが。
そう思った時――バチン! という突如放たれた音と共に、静寂な状況を先に仕掛けたのはキラー。
地面にムチを叩きつけ、姿勢を低くし俺一直線目掛けて走って……え、嘘だろ!
シロの時とは何かが違う……その正体は俺に本物の殺気を向けているというところにあった。
足が動かない。やばい、これガチでやばい。いきなり万事休すだ!
一瞬で情緒不安定にされた俺に――そこに放たれた一つの閃光が俺の危機を救う。
その閃光の正体は手に炎を纏ったシロ。キラーの胴体を横から喰い込んだ。
しかしそれを分かってたかの様に嘲笑い、涼しい顔で宙返りをして見事に空振りに終わらせると、そこでようやくキラーの目に入ったのはエミルの水の弾丸攻撃。
キラーの避けた方向にエミルがうまく狙って放ったものだったのだ。
うまい! そう心の中で大きくガッツポーズ。
「へえ。これは、なかなかだったよ」
そう言いながら、宙返りの途中で水を鞭で叩き割り、水の弾丸は水蒸気の様に消えて無くなってしまった。
だがエミルもこれだけでは終わらせず、キラーの足が地面に着く寸前を狙い、今度は連続の水の弾丸攻撃がキラー目掛けて食ってかかる。いわゆる着地狩りというテクニックだ。
「いいぞ!エミル! そのままいけ! そこだ! あの変態ムチフェチ野郎をぶっ潰しちまえ!」
「ちょっと黙ってて」
「はい!すいません!」
着地地点に放たれた連続の水の弾丸に対して、キラーは体を鞭ごと回転させ一つ一つ正確に弾くと、着地で溜めた足のバネで蛇のように態勢を低くしながら、場所を大きく移動し、岩を砕きながら追ってくる連続の水の弾丸を華麗に逃れる。
「威力そこそこ、時速102キロ、次の魔法発動までのインターバル0.8秒といったところだね。これはあまり遊んではいられない領域だね」
遊びって……あの凄まじい攻撃を喋りながら一つ一つ正確に避けたり、ムチで弾いたりする余裕があるとか無理ゲーも良いところだ。
素人目でも何となくだが分かることがある。このままだとあまり良くない未来があるという事だ。
何か俺にできる事はないのか!? というテンプレ的な事を考えてみたが、俺の異世界転移の能力なんてとてもじゃないが役に立つとは到底思えない。
俺を異世界に召喚した奴には何か意図があったんだろうがちっとも検討がつきやしない。
そう考えている間にも戦況が動き出した。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
鳴り響くシロの鬨の声と共に、エミルとシロの2人同時攻撃。
シロが近距離、エミルが遠距離という役職だ。2人とも初めて共闘するとは思えないくらい、息ぴったりの連携を取っているのだが、今ところ攻撃ノーヒットな上、キラーはいまだ一回も攻撃を仕掛けず受け身だけを取っている。
「あいつ攻撃する暇がないんだよな。なぁクロ」
俺は洞窟入り口付近の隅っこで大仏みたいに胡座をして魔法待機しているクロに話しかけた。
「分かりません。というかシュウさんは戦わないのですか?」
「え……あーうん、申し訳ないが俺も非力な上にその回復魔法とやらも使えない。俺が行ったところで二人の迷惑になるだけな訳よ」
いや……違う
「だから悔しいがこうやって見守ってやることしかできない」
違うって
「にしてもあの二人すごいよな! 初めて共闘するとは思えないくらいに息ぴったりだ!」
違うんだって!
「なぁ! このまま押し切って延長戦に持ち込めば勝てるんじゃないか!?」
違う違う違う違う違う!
「あの、シュウ……さん?」
畜生! 只々怖いから理由つくって逃げてるだけじゃないか。自分の命だって狙われてんのに。
さっきあんな助けるとかなんとか言っておいて、このまま黙って二人に任せっきりとか最低野郎認定だ。
そう静かに決心したはずなのに、心臓の音が周りに聞こえそうなくらい、うるさく激しく滾っていた。
「ごめんクロ、訂正、やっぱ俺も戦う」
それを聞いたクロは嬉しそうに、
「はい、ありがとうございます。私達を助けて下さいね」
今、初めてクロが満面の笑みでそう返してくれた。
それを見ると少し希望が湧いて来たような気がしてこのような状況でも少しにやけてしまう。
これはもう応えるしかない、そう心に誓いながらーーだが勿論、今は真っ正面からぶつかって行くわけではない。
俺の今やる事は、今少し閃いた事とキラーの動作、能力、癖、弱点を分析する事だ。
再び戦況を見ると先程とあまり変わっていない様子だった。
エミルが遠距離、シロが近距離。キラーは2人から、重力を無視して壁を走ったり、蹴ったり、登ったりして、攻撃を避けながら逃げ回っている。
埒があかないと考えたのか、ここでエミルが戦いの流れを変えてきた。
俺がそう判断できたのは十秒ほどエミルの水の弾丸の雨が止んだからである。
するとエミルはこう叫んだ。
「シロちゃん! 一旦距離をとって! 私の後ろに!」
何か作戦があるのだろうか、恐らくシロを巻き込みかねない事をするのだろう。
俺では無理であろうに……シロは素直に従いエミルの後ろに身構えた。
「おや? 何かするんだね。そろそろ鬼ごっこも飽きた頃だし何を見せてくれるのか楽しみだね、相棒」
エミルはそんなキラーを無視して目を瞑り始めたと思うと、先程の水の弾丸の大きさと比べ物にならないくらいの魔法がエミルの両手の先に現れた。
洞窟一杯一杯の水は少なくともこの洞窟の中には逃げ道なんて存在しない。
スゴイあのサイズはまるでーー
「水の大砲……だね。ここまで凝縮する事が出来るとは尊敬に値するよ」
「それは、どうもね」
敵ながら見事と言ったところだろうか。しかしキラーもあんなのを見せつけられているのにも関わらず一切の動揺が見られない。
受けきれるとでも思っているのだろうか。まぁそんな事は今どうでもいい
「いっけぇ! エミル!」
「言われなくても! はぁぁ!」
俺が叫んだ瞬間エミルから離れた水の大砲はスピードも増しながらキラーに突き刺さっていったーー