第1章 一話 『情緒と情報』
呆然と立ち尽くすのは無理もない。周りの空気や光景、これらを一瞬で変えるなんて今の世界の技術では不可能のはずだ。
では……もし他の世界でならどうであろうか。そんなのは知らない、知ったこっちゃない、知るわけがない、未知だ、未確認だ。
だからこそ、可能性は高いというものであろう。
俺は出来るだけ両手を広げると、緊張を解くかのように未知の空気を堪能した。
「スーハー、スーハー。うおおおお異世界だ! 異世界に来ちまったー! ……これ、リアル!? すげえー!」
全く意味なんてない深呼吸をした俺は、興奮と熱狂に襲われつつ、とりあえず異世界召喚といったらこれだろうという謎のノリで、学校指定の青いジャージに着替える。
こういうのは雰囲気が重要だ、正直いうと混乱しているのは確かだが、場に流されないためにも多少の大胆さは必要である。
周りの目なんか気にせず素早くジャージに着替えると、見なくても分かるほどのニヤけた顔を180度回転させる。
歩いてる人は顔や形容が日本人離れしており、髪の色がみんなカラフルなのは異世界ならではだろう。
「うーん、と世界観は中世ヨーロッパ風か。今の日本よりおくれてるが文明はそれなりに進んいる……と。よしよし、俺の異世界イメージぴったりだ。ここは住宅地かな? 後は人型動物と普通の人間? がいる感じかな……そういや、俺をここに召喚したやつは――!?」
突如、右からでも、左からでも、前からでも、後ろからでもなく、上から来た突風が俺の意識をさらに覚醒させた。
その時、世界が震えたのは、俺の武者震いなのか恐怖で震えたのかは、分からなかったが間違いなく驚愕は刻まれた。
あれは俺の世界でいう『ドラゴン』というやつであろう。
見ただけで身がすくんでしまいそうな爪と牙を始め、人の何倍も大きい立派な翼を持つ赤い巨大モンスターが『集』改め『シュウ』の頭上を飛んでいった。
これも驚きなのは言うまでもないが、周りの人が一切ドラゴンに驚いていないという事実が、また信じ難い事だった。
俺にとっては異常すぎるが、まさか異世界人にとっては鳥が飛んだ程度に過ぎないのかもしれない。
「全く……興奮を覚まさせてくれないな、異世界さんは」
驚愕を通り越してしばらく何をすればいいのか分からずじまいだったが、俺の召喚者もいない訳だ。
このまま呆然と立ち尽くしているわけにもいかない。
「さあてと誰に聞こうか」
俺の目のロックオン機能が作動した――
――エルフにドワーフ、リザードマン、犬人間など、多種多様な人間がいてシミジミと感動を覚えながら頷いた。
俺は旅人のフリをして聞き込みに精を出した結果、様々な事を確認した。
まず1つ。今までが当たり前過ぎて聞き込みが終わった後に気づいたが、言語は通じるようだ。
俺を召喚したやつもこれくらいの気遣いはしたらしい。
2つ目はお金の事なんだがポケットマネーはやはり使えなく、単位は恐らく一円=一コイン。
そして3つ目、ここは『ナックル』という街で国の名は『ストライス』。
異世界にも季節というのがあるのかは分からないが、日本でいうと今は春のように暖かくとても丁度いい。
鳥が歌い、風が温かくて、あまりにも心地が良いため、思わず日本から来た俺を歓迎してくれてると思えてしまう。
必要最低限の情報も聞いた、ある程度の心の落ち着きも取り戻した、さて……
「何しよう」
実はもうかなり歩いており、太陽もどきの恒星が徐々に角度も後半に突入している時間帯だった。
それにしても、先程から気になってしょうがないのだが、よくあるではないか、異世界に転生したら最強のチート能力の勇者になって世界を救うとか、綺麗な女の子とハーレムな展開なったりとか。
そのはずなのに何もイベントが発生しない上にそれどころか無一文。
何せいきなり異世界へ召喚されたんだし金がないのも当たりまえだ。
まぁそもそも日本の金使えないのだが。
「おい、俺をここに召喚したやつ誰だよ。なんもねぇのかよ、最初だけでも養えよ」
俺がボソリと呟いて少し期待して周りをチラチラ見ても何にも起きない。
放置ね、はいはい放置ね。もういい、そんな事忘れてしまえ。
「カバンの中に何か使えそうなのはあるかなぁ」
数分前の自分に期待を込め、慎重にチャックを開けてみる。
無防備に入っていたのは、教科書とノートと筆箱とさっきまで着てた学ラン、使えない日本円……
勿体無いので仕方なく持つことにした。
更に歩き続けること数分。
寝坊して時間がなく朝食を食べれなかった自分を恨みながらも、空腹を抑えながらトボトボと歩いていた。
異世界でも空は青いし雲も白い、あの雲もフワフワしていてとても美味しそうだ。
「あー腹減った〜、早くイベント来ないと餓死するんだがー」
今の俺はといえばお金がないために、完璧に人に頼ってしまっている、我ながら最低だ。
うん……そうだな異世界でやる事といえば、よくよく考えれば山ほどあるではないか。
まず冒険者ギルドに行って装備を整える。そしたら早速パーティー結成だ。
ある程度レベルが上がったら凶暴なモンスターを退治したり、他にもドキドキの大冒険、冒険者同士の駆け引き、パーティーメンバーとの淡い恋……
あれ? 超楽しそうじゃないですか。
考えただけでワクワクが止まらない、こうしちゃいられないではないか、そうと決まれば冒険者ギルドだ。
空腹なんてかき消してしまうくらい、体は制御不能な感情で満腹になった。
消化しきるには冒険者ギルドに行くしかあるまい。
こんなのまだ序の口だ、ネガティブではなくポジティブに行こうではないか。
「うっし! これが俺の異世界生活の第1ポォ!?」
こんな間抜けな声を漏らしたのには理由があるのだが、どうしても腑に落ちなかった。
何故なら、この世界ではまだ誰にも恨みなど買ってはないはずの俺がいきなり両手で押されたからである。
バランスを崩す程度ではなく、体が浮いてしまうくらいの力が俺の体をくの字に曲げた。
俺とて押された程度では吹き飛ぶ筈がないはずなのに、不思議な力がそうさせたのだ。
地面が背中に抵抗して痛みが走り、焦りを隠せないまますぐに顔を上げ犯人を凝視する。
そして、とりあえず一言
「ネコミミだ」
肩に添えられている短めの黄緑色の髪は、目で判断できるくらい滑らかで水を演出しており、凛とした青い目に小さい鼻と口は、人間にとって最も安定して美しい比率、黄金比を見事に表現している。
彼女の輪郭は女性の憧れと堂々と公表しても、ちっとも恥ずかしくないほど輝かしいものである。
この顔に漢字一文字で表すと『美』
服装は派手でもなければ暗い感じでもなくバランスの取れた、彼女の魅力をやっと支えられる程の青いドレス。
そして何より一見普通の人に見えて、よく頭を見るとなんとネコミミ……
異世界ぱないっす