プロローグ
よろしくお願いしまーす
「また放置プレイかよ! 俺はドMじゃねぇっての!」
決してデジャブなんかでは無い、前にもこんな事があった。
これだ、周りの建物や雰囲気が瞬く間に変化して、混乱を植え付けるというこの一連の流れだ。
訳の分からない状況に押し潰されそうになるのを、深くため息をついて冷静を装うが極めて落ち着かない。
とにかくこの状況を誰か説明して欲しいなぁ。
新鮮な空気が目を潤わせ、風が頰を優しく撫でるこの感覚。
敏感になったせいだろうか、初体験ではない事を記憶が訴えてくるのだ。
間抜けにも口を大きく開け、日本と変わらない空を見上げ息を飲みこんだ。
そして、ようやく訪れた力が服を掴んだ。
「ここ……どこだ」
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月曜日の朝、それは学生なら誰もが憂鬱になる時間だ。
ならば水曜日を一週間の始めにしよう。という考え方もあるらしいのだが、どうしても月曜日が一週間の始めにしか思えない。
おまけに今日は朝から額に汗が出るほど暑いから、やる気がさらに削がれるというものだ。
そしてそれは俺こと蕪城 集も例外ではない。
突然だが、俺は都市伝説やオカルトというものを体験してみたいと考えている。
理由は何かと聞かれれば、面白そうだからであろう。
例えば異世界に行ったり、何かに目覚めたりするなど色々だ。
どうしていきなりこんな事をだって?
この世界はあまりにも平和すぎて、何だか無性に寂しくなってしまったからだと思う。
勿論そんなの無理な事くらい知っている。
ついでに言うとあの世とか神様とかあまり信用しないタイプに位置するのだ。
そんな自己矛盾にとらわれながらも、今日を始めたいと思う。
もう高校2年生。
そろそろ将来の事を考えなければならない時期であり、俺もその例外ではない。
最近習った『モラトリアム人間』という世間で言う『ニート』にならないよう、俺は日々努力しなければならないのである。
「あ」
玄関に立つと鞄を落とし、我ながら間抜けな声を出してしまったと思う。この通り俺は不登校でも引きこもりでも何でもない。
だって外に行かないと何もイベントが発生しないだろうから、勉強はそこまで好きでもないが……まぁ仕方なく行っているのだ。
さて、今日も今日とて何が起こるか。未来が見えれば楽しくないし、過去に振り返っても虚しいだけだ。
「行ってきまーす」
学校と家の距離は比較的近く自転車は必要ない。
時間ギリギリだったので駆け足で行くいつもの登校道は、いつもと変わらず平凡な下り道だ、登校での発生イベントはどうやら明日へとお預けらしい。
今日は二学期の最初の日、朝の集会で長々と校長の話を聞き、うる覚えの校歌を歌い、そして退屈な授業をするに違いない。
手を首筋に絡めながら呑気にそう思っていた矢先、何かが起きた。
「――っ」
それは急だったのだ。本当に急だった。どう例えればいいのさえ分からない。急にそれは襲ってきたのだ。
視界が黒に染まったと思うと地面に足がついていない感覚が確かにあった。
おまけに重力を感じず、ふわふわと浮いた……そうまるで溺れたかのような、そんな気がした。
どっちが上でどっちが下なのか分からない。
右と左は存在するのか分からない。
自分がどこにいるか分からない。
自分が何しているかも分からない。
自分が、分からない。
これが蕪城 集のこの世界で最後の感想である。
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「――あれ? ここどこだ?」
そしてこれがカブラギ シュウのこの世界で最初の感想である。