第二話:現状を見よう
ども。
ガブリエラ可愛いです。
お読みいただきありがとうございます。
瀬谷ミツキは憮然とした。
「君、めちゃめちゃ食うね」
「?」
「やっぱり言葉は分からないんだ」
インスタント食品や昨晩の残り物を主にして目の前の少女はミツキが普段食べる量の倍ほどに手をつけている。
この少女の小さい体のどこに入るのか、物理の授業で習った質量保存の法則や生物の授業で習った満腹中枢に関する知識をことごとく無視するその食いっぷりに、驚くなと言われるほうが無理だ。
両親を起こさないように彼女をリビングの食卓につかせ、何を食べるのか分からなかったのでチェンバーに入っていた食品を適当に並べてやったら片っ端から手をつけ始めたのがつい数十分ほど前のことだ。
自分のピアス宛に届いた謎のメールと自宅近くの裏山で居合わせてしまった超常現象。
目の前の空間が暗くなったと思ったら次の瞬間には桃色の髪と目を持つ小柄な女の子が現れた。
しかも全裸で。
その謎の少女は日本語が通じなくて意思疎通なんかができなかったけど、生理現象というボディランゲージによってその子がお腹が空いていることがすぐに分かった。
平日の深夜の住宅街といえど人目が気になるため俺の上着をその子にやり、自宅に連れていってやったのがついさっきのこと。
人生でここまで緊張した帰宅は初めてだった。
「はい、水」
「」
揚げ物や加工食品ばっかりで汁物が少なかったから水をあげた。
一瞬驚いたような顔で食べ物を口に運ぶ手を止めるが、その女の子はガツガツと目の前のインスタント焼きそばを食い始めた。
誰も盗らないから落ち着いて食べればいいのにと思う一方で、豪快な食べっぷりについつい見入ってしまう。
でもそれ以上に見入ってしまうのは彼女の端正な顔だ。
桃色っぽい髪と瞳は別に珍しくはないんだけど、彼女の愛らしい感じの目や透き通った白い肌が魅力的だ。
俺の高校全体に一人いるかいないかぐらい可愛いんじゃないか。
本当にお世辞抜きで芸能界にいそう。
この子の裸を見ちゃったのか、俺は。
「ありがとうございました」
「?」
「あ、ついお礼を言ってしまった」
先ほどからこの子は何かを喋るんだけど俺が知らない言葉らしく、何を言っているのかは全く分からない。
もしかしたらって思って英語で話しかけてみたけどやっぱり通じなかった。
先月の秋葉原の一件といい、あの英会話動画は使えないな。
今度こそ絶対にサブスクライブを外してやる。
とかなんとか考えつつ、この子と意思疎通する方法を考えてみた。
絵とか書いてもいいだろうし、片っ端からネット上の外国語を見せてあげて分かりそうな奴を探すのもいいだろう。
むしろこの子になんか適当に喋ってもらって音声検索する方法もある。
現実的な手段で彼女と意思疎通を考えていくと、現実的とは程遠い現象で彼女が現れたことが思い出される。
突然、この子は現れた。
そこにはマジックショーとかで使うような仕掛けとかは無かったし、ドッキリ番組みたいな雰囲気も無かった。
そもそも俺みたいな一般人にこんなに手の込んだ仕掛けをするなんてありえるか?
でも一昔前に一般人を巻き込んだ規模の大きいドッキリがあったよな。
自宅に突然美少女が現れたら中年はどうするのか、ってやつ。
もしかして、それの新しいシリーズなのか?
一応、盗聴されていないか確認するか。
新しいピアスの拡張機能に攻撃的電波の検出っていうのがあるから、早速それを使ってみようと思う。
それでピアスを触ったところで女の子が反応を示した。
「どれどれ・・・」
「?」
「これ?ピアスだよ」
「?」
「ピアス」
「ぴあす」
「おお、覚えた!」
なんじゃこの感動は!
赤ちゃんが初めて言葉を覚えたみたいな感じがして、なんだか子供ができた気分だ!
初めて日本語を学ぶ外国人みたいな拙い発音がさらに可愛らしさを引き出している。
加えてこの抜群の顔。
こんなに可愛い生き物が地球上に存在していたなんて信じられないですよーっ!
ついでにパパの名前も覚えてほしい!
「俺はミツキ!」
「?」
「ミツキ!」
「みつき」
「そう」
「みつき」
「そうそう!俺はミツキ!」
「・・・」
俺は自分の顔を指差しながら自分の名前を覚えてもらおうと、したら、
「俺はミル」
唐突な俺一人称にびっくりしました。
瀬谷ミツキは努力した。
自分の部屋に居座ってパソコンを独占する少女による拘束から逃れようと。
「あの〜、ミルさん?」
「なに?」
「そろそろ俺を文字通り尻に敷いてネットサーフィンするのやめてほしいんですけど」
「今忙しいから黙ってて!」
「はい!」
やあ。
俺は蜜キング。
視聴者のみんな、悪いニュースと良いニュースがあるんだが、どっちから聞きたい?
ああ。
じゃあ良いニュースから行こう。
良いニュースは俺の部屋にピンクの美少女がいるってことだ。
そいつは俺の着替え一式を着ているから、彼女がいるみたいな気分になれるぜ。
そりゃもう良い匂いがたまらんぜ。
え?
悪いニュースはなんだって?
ああ。
悪いニュースってのはその美少女が俺の部屋にいるってことだ。
「あの、ミルさん?」
「今集中しているから少し黙っていなさい。あれ?そういえば、あんたがさっきから私の名前の後につけている『さん』っていうのは日本語独自の敬称っていうやつね。主語がなくても会話が成り立つというのも興味深いわ。それにあんたの言葉って一人称がいくつあるのよ。こんなの一つあれば十分なのに、無駄ね」
「めちゃめちゃ流暢ですやん」
「なに?」
「いやなんでもないです」
そう。
このピンク髪ピンク目の可愛いなあって思っていた女の子は、只者じゃなかった。
俺が自己紹介したことをきっかけに、あっという間に日本語を覚えやがったんだ!
いやいや、はじめは可愛いものだったよ。
拙い発音とかさ。
そんで、家の中にあるものをあれこれ指差して「これはなに?」みたいな顔で見つめてきたから、全部答えてやったわけ。
驚いたのは、「これ」「それ」「あれ」とかの意味をあっという間に理解したこと、教えてあげた単語全部をものの数分で覚えちゃったってこと、そして俺との簡単な会話ならすぐにできるようになってしまったこと。
それも納得いったのか、今度は俺の部屋のパソコン使って動画を見始めて、あっという間に日本語独特の口語表現を習得した。
そして今に至る。
そして現在進行形で語学学習中。
そして警告。この娘、いろんな意味で関わってはいけなかった。
なんだかこいつがリビングでガツガツ飯食っていた時からあっという間のことで脳内が混乱してきた。
誰か、ヘルプ。
おい、見てないで助けろっての。
「おい、ミツキ」
「はい!ってか、おいって・・・」
「なに?人に声をかけるときは『おい』じゃないの? あ、そっか。男性と女性では言葉遣いが異なるんだったね。それにしても、あんたたちの言語は性別にうるさいんだね。こんな性別を意識した言葉を使うなんて、今まで問題にならなかったの?」
「昔問題になったから俺らの世代はそういう教育は受けていないって」
「じゃあ良いじゃない。それよりもミツキ、教えて?」
「な、なにを」
「あんた、そのピアスに、メール、っていうやつが届かなかった? 多分、読める状態じゃなかったと思うんだけど」
「え?」
ふざけた雰囲気が一転した。
この女、なんで、俺のピアスに届いたメールのことを知っているんだ?
しかもそれが、「読める状態じゃなかった」だなんて。
あのメールが文字化けしていたことを知っているような発言じゃないか。
「まさか、あのメールは、」
「そう。この私、メル様があなた宛に送ってあげたのよ!感謝なさい!」
「うわー、なんだってー」
「・・・」
「・・・」
「言葉に気持ちが感じられないわ」
「どこに感謝する要素があるんだよバカ」
「は?!私がバカって言ったの?その発言は撤回しなさい!」
真剣な雰囲気が一転した。
こいつ、深夜にもかかわらず俺がキッチンに立って調理した大量の飯を食い散らかして、そんで丁寧に言葉を教えてあげたり、その上、友達にも滅多に触らせないピアスとパソコンを使わせてあげたのに、なんてふてぶてしいんだ!
それに加えて、「感謝しろ」だ〜?
なに様のつもりだよ!
生意気にもほどがあるだろう!
こいつ俺より年下だろ!
「お前何歳なんだよ」
「私?20よ」
「は?お前が?」
「そうよ。言いたいことでもあるの?」
「ないです」
瀬谷ミツキ18歳、見た目で判断することの危うさを知る。
ムース・スタプロは切歯扼腕した。
合衆国最高の情報技術者を集めても上空のシステムを取り返せず、目の前の長官に対する言い訳が見つからないままだからだ。
「トライ・ワン・エイト、フェイルド。カサンドラの指揮系統、依然としてコントロールできません」
「ダミット!!」
「長官、これは何かの間違いなんです。今すぐ新しいプランを立てます」
「黙れ!この二週間、お前の言う通り待ち続けたが相変わらずカサンドラを取り戻せていない状態じゃないか!ただでさえ大統領閣下は次の選挙で忙しいというのに、このままでは国際社会からの圧力が増して共和党に政権を取られてしまうこの状況が分かっているのか?お前、これがどれほど重大な事態か理解しているのか?」
「わかっています、長官」
「そうか、では確認も兼ねてお前に言っておこう、スタプロ。一刻も早くカサンドラを取り戻せ。でなければお前は一生、事務方送りだ」
「はい、長官」
ペンタゴンの最下層では今日もカサンドラの奪還作戦が実行されていた。
薄暗い部屋の中で軍人やラフな格好をした人が行き交い、新しく行われた作戦が失敗した原因を議論していたが、依然として解決策が見つからないでいた。
カサンドラが謎の攻撃を受けて二週間。
ペンタゴンの情報部門、軍、フリーランスの技術者たちを集めたこの作戦本部を眺めながら、なんの成果も得られないことにムース・スタプロは苦虫を噛み潰した。
作戦室を俯瞰できる室長室にて部下の報告を聞いてさらに苦い表情をするこの中年の白人男性は、中東の紛争地帯や極東の半島周辺で活動した経験もある元諜報員だ。
現在はペンタゴンにて重要な作戦の指揮をとっているが、見通しは良くない。
「現状は?」
「18回目のトライが失敗した原因についてですが、技術者たちの間でも話がまとまりません」
「何故だ?」
「依然として外部からの通信をシャットアウトしているらしく、システムに手出しする方法がないとか」
「・・・」
彼が奪還を命じられているシステムとは、256基の人工衛星に搭載された量子コンピュータで構成されたカサンドラのことだ。
そのすべての量子コンピュータが謎の攻撃を受けて地上からの命令を受け付けなくなったことが分かったのはつい先日の話。
合衆国が持つすべてのコンピュータを使ったとしても敵わない圧倒的な性能の差もあり、当然、ハッキングに対する防御もほぼ完全だと思われていた。
それが何故か、あっという間に一基奪われ、さらにもう一基奪われ、そしてまともな対策が行われる前にすべての量子コンピュータが奪われてしまったのだ。
すぐにカサンドラを奪還するチームが結成され、ペンタゴンの地下に軍や民間企業、フリーランスなど幅広い分野から合衆国中の情報技術者が集められた。
こういった人材の招集が早いのは、あらかじめそういったマニュアルが用意されていたからだ。
ハッキングに対する防御が完璧といえど所詮はシステム。
故に、不測の事態に備えたマニュアルは用意されていた。
18通りの対処法を記したマニュアルが。
「はぁ、一体誰がどうやったんだ・・・」
「現在も調査中です」
「ああ、引き続き頼む。それと、マニュアルに載っていない方法でもいいから下にいる連中が出した解決策はないのか?」
そう言いながらスタプロは行き交う情報技術者たちを窓越しに見下ろした。
長い者はもう二週間もここに缶詰状態であり、技術者たちの間にも険悪な雰囲気が広がっていた。
彼らが匙を投げたら、最後。
その時はスタプロは解任され、出世コースから外れて事務方として一生を過ごさなければならない。
家のローンも子供たちの大学の費用も払えなくなる。
それだけは何としても避けたいが故に、目の前の部下にすがるおもいで解決策を聞いた。
「今のところ最も実現可能な解決策がありますが・・・」
「ああ、この際どんな方法でもいい」
「えぇ・・・。256基の人工衛星すべてに直接アクセスしてシステムを取り戻す、という方法があります」
「・・・直接というのは、宇宙まで行って、ということか?」
「はい」
「何人の宇宙飛行士が必要なんだ」
「ミリ秒単位でシステムに同時にアクセスしなければいけませんので、最低でも256人です」
「な、ん、と・・・」
これが最も実現可能な解決策なのか。
常識的に考えてありえない解決方法が最もありえるなど、なんという皮肉だろうか。
「その数の宇宙飛行士も、その人数を運べるだけのロケットも、地球上にはないじゃないか・・・」
「・・・はい」
「なんということだ・・・」
「ですが、これが唯一の策です」
今しがた、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「唯一だと?プラン・ビーはないのか?」
「今のところありません」
「なんと・・・」
どうして、自分はここまで追い詰められなくてはいけないのかと叫びたくなる。
仕事とはいえ、多くの人々を見殺しにしてきたからなのか。
これは罰なのか。
「本当にどうしようも無いのか・・・」
「現状では何も」
「カサンドラの開発メンバーは当たったのか?」
「プログラム担当でジョージ・スギヤマという男が開発メンバーにいたのですが、二週間前に亡くなっています。それも偽造したパスポートを使って入国した日本で」
「待て、二週間前だと?カサンドラが攻撃された日じゃないか。それに、密入国先で、か」
「はい」
「その日は別のチームが動いていたはずだ・・・。まさか!」
悪い予感とは的中するものである。
悪いことはすでに起きているのだから。
スタプロさんまじお疲れっす。