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時間軸上のニセカイ  作者: ガブリエラ可愛い
1/2

第一話:予感

ども。

初めてSF書くので至らない点があると思いますが精一杯頑張っていきますので応援よろしくお願いします。




瀬谷ミツキは配信を始めた。




「初・秋葉原!ただいま聖地に来ていまーす」


直交座標系をリスペクトした黒のチェック柄のシャツにジーンズ姿の男子高校生。

中肉中背の18歳はこの日、秋葉原に来ていた。


「大丈夫かな?ちゃんと撮れてるか心配だな」


そう言いながら彼は耳元を触って機器が正常であることを確認した。


彼の耳には「ピアス」と呼ばれる、誰もが一つは持っている通信機器がつけられている。

ピアスは極小の半導体などを内蔵し、

ミツキがかけているレコーダーグラスと呼ばれる録画機器と連動して秋葉原の様子をインターネット上にライブ放送していた。


「はい、みんな、蜜キングでーす。今日はなけなしのお小遣いを使って秋葉原に来ました。俺のこと見かけたら気軽に声かけてねー」


現在、ミツキのレコーダーグラスのディスプレイには視聴者31人と表示されていた。

ディスプレイはメガネのようなものでその表面には極薄の液晶が組み込まれているのだが、ミツキにとってそんな仕組みは知らなくてもいいものだった。

そしてネット上の知人も見に来ていることが分かりミツキは上機嫌になった。


(やっぱりこうやって生配信すると視聴者が普段より多いな)


「今日は俺にとって初めてのアキバなので、ここは絶対見た方がいいよ、って場所があったら教えてください!それじゃ、出発出発!」






2035年。

秋葉原の街は電子部品やプログラム販売、そしてニューカルチャーの発祥地として大きく発展していた。

街行く先々で人々は立ち止まり、最新の電子機器やアプリケーションを作る上で欠かせないバラ売りのプログラムを品定めしていた。

駅前の建物の壁面にはVRアイドルが立体映像で大きく映し出され、立ち止まる人たちがその姿をピアスを使って写真に収めた。


昨年は人類史上最悪の大災害、通称、同時多国大地震の影響で秋葉原も一時自粛ムードに包まれたが、現在はミツキが見ている通りの人の賑わいだった。

行き交う人、人、人。

その多くは日本人だが、クールジャパン政策によってインバウンド推進の成果は日本中に広がり、結果として多くの外国人観光客が秋葉原や名所に訪れていた。

彼らの目当ては多岐にわたり、

とある観光客は浅草やスカイツリーを。

とある観光客は日本の最先端プログラムを漁りに。

また、とある観光客は日本人女性やニューカルチャーを。


お も て な し


なんてキーフレーズが海外に発信されてそろそろ20年経つ。

田舎に住んでいれば時の流れが遅くなるのは仕方ないことだけど、俺がネットと出会ってこういった過去の文化を学べるようになったのはごく最近のことだ。

先月まで無料の生配信ソフトがあることも知らなかった。


そんなわけで地方における流行の遅れは昔から変わらずあるわけで、今つけているピアスなんかももうすでに5世代も前の型式だ。

流行に敏感なクラスの女子たちはデザインピアスというものを使っているらしい。

オンラインで自分がデザインしたやつがそのまま工場で立体成型され、翌日には最新のOSがインストールされた状態で自宅に届くというやつだ。

正直自分のピアスをデザインしてみたい気持ちはあるけど値段を見てやめた。

だってブランドのピアスが二個も買えるから!


でも、今使っているピアスはラグが鬱陶しくなってきたし、外装が耳垢とかでくすんできて嫌だ。

耳垢を落とす石鹸なんかを何度使ったって、ピアスは毎日つけるものだからどんどん汚れていく。

買ってもらった時はあんなに綺麗なワインレッドが今じゃ俺が持ってる古びたソックスレッドになっている。

昔の人ってイヤホンをどうやって綺麗な状態で維持していたんだろう。

やっぱ定期的にクリーニングに出していたのかな。

とにかく、本当に骨董品レベルに今使っているピアスはネットもデザインもダメだ。

そのことを母さんに話したら、まだ使えるでしょう、と言われて結局何も言い返せなかった。


新しいピアス買う資金用に、アンケートに答えてポイントを集めるとお金がもらえるサービスに登録したんだけど、どんなに頑張ってやっても新しいピアスを買うには数年かかりそうだ。

ただでさえ今のピアスはネットが重いからポイントが貯まる前に今のピアスが壊れるに違いない。


何かしらのバイトをしたい気持ちはあるんだけど母さんが勉強に集中しなさいってうるさいから何もできない。

というか母さんも旧世代の人だ。

今時勉強すれば安定した将来が得られる時代なんか終わったんだよ。

デバイス使って一芸をネットに披露すればあっという間にスポンサーがつくのに勉強して大学に進んで会社に入る未来に魅力なんか感じないに決まってんじゃん。


動画、音楽、作画、実況、プログラム。

家で自分一人でできて、みんなが欲しがるものっていくらでもあるのに、なんでわざわざ会社に入って好きでもないおっさんとおばさんに対して頭下げなきゃいけないんだよ。

そもそも大学に入るっていう発想が時代遅れ。

ふつー安定して自分の仕事が欲しいなら専門学校かビジネス始めればいいじゃん。

18歳以上なら資本金1円でも起業できるし、学校の現代ビジネスの授業で習った知識を使えばいくらでも成功するチャンスがあるのがわかってるんだからさあ。

本当に、大学で四年間も微妙な知識とか勉強して働いたって大した金にならないんだから。

今は日本人なんかよりもよっぽど頭いい外国人がいっぱい日本で働き始めてるんだから、そいつらとおんなじことしてたらあっという間にクビになるから。

それにスーツ着てへこへこするとかダサい。


なんて高校生ながら親と世間への不満を漏らしながらの放送は毎回多くの視聴者の同意が得られてる。

多くのって言っても半年やって総合アクセスがランキング外なんだけどね・・・

とにかく!

今は秋葉原生配信に集中しよう!

さっきからどんどん視聴者数が上がっているからこの機会にサブスクライブを稼がないと。


おっと、ちょうどいいタイミングであの有名な駅前立体映像が見えてきた。


「あ、あれは!『未知未知道しるべ』のミライちゃんだ!まさか駅を出てすぐのところで見れるなんて!もゆ〜!」


駅前のホログラムで映し出されたVRアイドル「ミライちゃん」はやっぱり何度見てもかわいい。

バーチャルリアリティ、略してVR、の初期に誕生したフリー素材アイドルはもはやニューカルチャーの象徴だ。

ネット上にはミライちゃんを様々な格好にさせたり、有名プロデューサーが手がけた楽曲を歌ったりさせるVRがいくらでも転がっていて、日本の独自のVRの活用の仕方は海外からものすごい注目を集めている。


早速VRアイドルの立体映像を見て歓喜するネット上の仲間たちのコメント読み上げ音声が聞こえてきた。

読み上げてくれる声優さんは俺が一番好きな、まろんグラッセちゃんだ。

まろんグラッセちゃんは本当に声も顔もかわいい声優さんで、まろんグラッセちゃんの読み上げソフトが配信された瞬間にダウンロードした。

実は今日の散策はまろんグラッセちゃんグッズが目当てだ。


まろんグラッセちゃんのことなら語りつくせないけど今は生配信に集中しないといけない。


『もゆ〜』

『ミライちゃん無量大数的可愛さ。ハアハア』

『パンツ見せませい。ミライちゃんパンツを見せませい』


「え?これって近づいたらミライちゃんのパンツ見れんの?!」


ミライちゃんのパンツが見れるなんて、やっぱり秋葉原はすごいところだな!

そう思いながら立体映像の近くまで行き、見上げると、


「うわー。スカートの中が陰で見えなくなってるー。秋葉原なんだからパンツぐらい映せよー」


黒塗りになってスカートの中が見えない仕様になっていた。

気持ち的にはうわーやっぱりかーという感じ。

これは東京の青少年育成法によって立体映像のわいせつ的表現が禁止されていたからだ。

わいせつ的表現はダメって偉い人たちが勝手に決めたわけなんだろうけどさあ、VRのパンツぐらい表現の規制の対象にするなって思わない?

だってVRだよ?

それにパンツだよ?

ただの布だよ?


いやまあ見ていると興奮する布だけどさぁ


『プププププ知らなかったの?』

『蜜キングが露骨に残念そう』

『ミライちゃん、下から見るか下から見るか』


視聴者のコメントはまろんグラッセちゃんの声で次々と読み上げられる。

正直、まろんグラッセちゃんの声で気持ち悪いコメントを聞きたくないなっていう気持ちが強い。

ディスプレイを見ると視聴者数がなんと100人を超えていた。

今までで最高の視聴者数で、うわっ、どえれー、ってびっくりした。

このチャンスを生かしてサブスクライブをもっと獲得しよう!


「ミライちゃんのパンツ見れなくて残念だったなー。でも、いいもの見れたし、次!どんどん行こう!ここ見に行った方がいいよ、っていうアドバイス待ってまーす」








ミツキが動画生配信に勤しんでいる頃、秋葉原の廃れた裏通りで一人の男が酒に溺れていた。


「うるせえホログラムだな。ジャップはあんなのが好きなのか」


ボサボサの髪と無精髭。

埃や垢で汚れたシャツと、コーヒーのシミや泥はねが目立つチノパン。


「俺もそのジャップの血を引いているんだけどな」


彼の名は、ジョージ・スギヤマ。


両親やそのまた両親たちと同様、日系アメリカ人としてアメリカで育った彼は、30代半ばながらマサチューセッツ工科大学で航空宇宙工学と情報科学の博士号を取った天才科学者である。


そんな彼がなぜ、薄汚れた格好でカップ酒を楽しんでいるかというと、


「東京にいても捕まるのは時間の問題か・・・。いや、捕まるだけで済むのならまだマシか。今更俺を生かすつもりはないだろうしな・・・」


とある国際研究機関の暗部に触れてしまい、逃亡生活を送ることを余儀なくされたからだ。




宇宙航空地理研究機構。

長い歳月をかけた交渉と調整の末、各国が共同で出資することを決めた一大プロジェクトを遂行する組織だ。


彼らによって衛星軌道上に量子コンピューターを搭載した人工衛星256機が打ち上げられ、気象観測データや地殻変動の記録を元に地球の「未来」の姿を予測するシステムが構築された。


世界最高峰の科学者や技術者、政府機関と大手民間企業が集まって作り上げたそのシステムに与えられた名前は「カサンドラ」。

ギリシャ神話上の預言者カッサンドラーを元にそう名付けられた。




カサンドラが与えられた役割は三つ。


一、宇宙線等のデータ収集および分析。

一、地球環境の観測および変化の予測。

一、得られたデータや予測の地球への転送。



観測し、分析し、予知する。


256機の量子コンピューターは互いに連携しながら、圧倒的演算能力と処理速度を用いて地球をリアルタイムに観測し続けた。


そして得られたデータを元に地球のシミュレーションを作り、地球環境の変化を予測することを可能にした。

その精度、72時間以内であれば99.9999%。

驚異的予知能力を持たされたそのシステムは多くの人々を驚かせた。



For mankind.


そして、「人類のために」を合言葉に、人種・国籍・宗教・性別・年齢を超えて多くの人々が協力しあったその成果は、衛星軌道上から人の明るい未来を伝える、希望のシステムだと謳われた。




しかし、カサンドラの最初の「予知」から5年が経とうとした2034年8月3日、

東南アジアの複数国家をまたいで大地震が発生する。


断続的な揺れと津波。

山脈級の土砂崩れと相次ぐダムの決壊。


あらゆる自然の暴力が多くの人々を容赦なく襲い、

一日にして東南アジアは地獄と化した。



のちに人類史上最悪の大災害と呼ばれるこの大地震は130万人以上の命を奪ったとされる。




この時、カサンドラはシステムメンテナンス中だったため大地震を予知できなかったと主要各国の政府は公表するが、開発メンバーの科学者数名は8月1日時点でほぼ確実に大地震が発生することが予知されていたと知ってしまう。



For mankind.

人類のために。


その理念のもとに集まった主要メンバーたちは激怒し、事実を公表しようとするが、その全員が「事故死」してしまう。


そのうちの一人、ロバート・スペンサーはスギヤマの親友だった。




「For mankind. That was a stupid idea.」

(「人類のために」なんて、馬鹿げた考えだったんだ)


スギヤマは再びカップ酒を煽る。

自分たちの理念の敗北を悟って。


一口飲み、さらにもう一口飲む。

次第に程よい酔いが回って昔のことを思い出すようになる。


そういえばアメリカにいた時は滅多に日本酒を飲むことがなかった。

かわりにロバートとはよくビールを飲んだ。


「あいつの酒のウンチクももう聞けないのか・・・」


ロバートは酒に関する知識は誰よりもあって、醸造学会に顔を出した時に俺ですら知らないことを質問して相手を困らせたことがあった。

おかげでロバートは醸造学会から出禁食らって、俺も他所で陰口叩かれた。

そのことをあいつに責めると「おかげで有名になったろ?」って言って、流石にあの時は頭にきたな。


「週末はホワイトキャッスルでバーガーのコンボ頼んで大食いを競ったこともあったな」


冷凍バーガーをただ再加熱しただけのファストフードは正直好きじゃなかったがあいつの勧めで一緒に行った時は、大食い勝負で盛り上がった。

そもそもあいつの基礎代謝量は俺よりも高かったのだから大食いであいつに勝てる道理なんかなかったのに、あの時は俺もなぜか見栄を張って口車に乗せられたな。

結局俺が負けて十人前もおごらされた。


また一口すする。

このカップ酒もあと少ししか残っていない。


日本は公衆の場での飲酒が認められていていいな。

こうして酔いたい時にどこでも酔うことができる。


願わくばこのまま全てを忘れ去りたい。


自分の体なのに自分の命令を聞かない体を持つなんて人間は欠陥品だ。

忘れたいものをシナプスとかよく分からない微小な神経細胞の組み合わせの魔術によって脳に記憶は書き込まれる。

ここら辺は専門外だから知ったことではないが人間の体はクソだ。

忘れたいことをどうしても忘れられない。

生命活動を停止したくても心臓は鼓動を続ける。

自分の体なのに自分の命令を聞いてくれないなんて反抗期のガキの面倒を見ている気分になって胸糞気分が悪い。


「人類が人類をコントロールできないのにあの技術が誕生したのは間違いだったんだ」


違う。

本当はカサンドラを生み出したのは間違いなんかじゃない。

あいつらと、あの仲間たちと、ともに作り上げた俺たちのカサンドラが生まれたことが間違っていたはずはないんだ。


人類のために偉業を成し遂げたのだ。

その気持ちだけは一貫した。


「でも結局失敗したようなもんか・・・」


失敗。

それは成功の母。

そんな言葉をどこかの偉人が遺したらしいが、俺に言わせてみれば成功は失敗の一側面でしかないんだ。

いや、失敗も成功も一事象における主観的な評価でしかない。


実験に失敗したのは条件付けが甘いから。

実験に成功するのは条件付けに不備がなかったかたまたまか。


カサンドラが予測する未来とはつまるところ地球の変化についての情報でしかない。

そんなことが知れても現状の技術では大地震を止める手段なんてなかった。

「預言者」なんて大層な名前つけて狂った連中がカサンドラを崇拝し始めるのも、議員らが未来の情報を職権乱用して得たがるのも、全部、全部、俺たちが人類を想って作り上げた成果にたかるハエみたいなもんだ。


72時間以内の未来の予測は絶対。

訪れる災難が何を引き起こすかは誰だって知る権利があったはずだった。

そうさ、誰だって生きるために未来を知る権利があったはずだ。


別に馬券で一等を狙うとかの話じゃない。

ロックスターが明日どの女と寝るかを知りたいパパラッチとも違う。


あの日、130万の人々は、カサンドラが予測した未来を知ることができずに死んだんだ。

知っていれば犠牲者は少なくなったはずだった。

知っていれば。

知っていれば。

知っていれば。


ロバート。

俺たちが作り上げたものは俺たちだけのものにしないと決めた日を覚えているか。

俺はお前に「カサンドラ使って金鉱がある土地を買い占めよう」なんて冗談交じりに言ったよな。

お前はその時ただ微笑んで、「儲けた金は貧困層に還元しよう」なんて言ったよな。


俺はあの時、自分が恥ずかしくなった。

普段はおちゃらけているだけのお前の口からあんな言葉が出るなんて思ってもいなかった。

俺は、自分のために儲けるつもりでしかいなかった。


なあ。

お前がいるそっちはどんなところだ。

俺はキリストを信じちゃいないが天国っていうところがあるならきっといいところなんだろうな。

お前のことだから毎日ビール飲んでフットボールを見て過ごしているんだろうな。

きっとお前はくだらないことで大はしゃぎしているんだろうな。

なあ。



俺もそっちに行っていいか?



一瞬頭をよぎった物騒な振り払うために再びカップ酒を傾けるが微々たる量しか口に入ってこなかった。


「クソが。酒が足りねえ」


空になった瓶をやけくそに裏通りの壁に投げつけた。

気味のいい音を立てて瓶は割れた。


表通りを行く人たちが一瞬なにごとかとスギヤマがいる裏通りを覗くが不快なものを見た顔で通り過ぎて行った。


「酒・・・」


ふらついた足取りでコンビニに向かおうと立ち上がるがすぐによろついて膝をついた。

立つことすらままならず、そのまま路地裏のアスファルトに寝転ぶスギヤマを気にする者などいなかった。


酔った思考で思い出すのは仲間たちとかけがえのないものを作り上げようとした日々。

様々なことを思い出し、無力さに打ちのめされたスギヤマは泣いた。


人類のために、という理念が敗北した瞬間だった。



そして真っ先に口をついて出たのは。


「死にてえ」




スギヤマは仰向けになりながらひたすらに泣く。

ただ泣いた。

当然、自分に近づく青年に気づかなかった。


「うわ、あの人泣いてるし。酒くさっ」


泣きながら自身の死を願う者を、

一人の動画配信者はそれを見逃さなかった。


瀬谷ミツキ、18歳。

撮れ高のためならスギヤマのプライバシーなんて気にしなかった。




「みんな見えてる?今目の前にすごい泣いてる人いるんだけど」


『見えてる見えてる』

『酔っ払い?』

『こんな時間から酒かよ』


いきなり酔っ払いと遭遇してコメントが荒れ始めたけど、それまでは大通りの方を歩いていた。

この裏通りはガラスが割れる音がしたから、なんかのトラブル発生?とか野次馬根性で来てみたんだけど、さっきまでは絵をやたら買ってもらいたいエウリーに捕まった。

あーこれ綺麗ですねー、でもこれネットの画像ですよねー、みたいなことを言って冷やかしてやったら一枚何万円もする奴を勧められた。

そもそも高校生だからそんなに金持ってないし、今の手持ちはまろんグラッセちゃんのグッズを買うためだったから絶対に絵なんて買うつもりない。

それでもスーツ着たおっさんが、これいいですよー、とか言ってしつこいから、録画中のレコーダーグラスを見せてあげた。

法的には何も問題ないんだけどそれだけでおっさんはビビってしつこくするのをやめてくれた。

それでも「エウリー遭遇」って生配信のタグに増やしたら視聴者数が一気に増えた。

やっぱりこういったトラブル系の生配信は見てて面白いからあっという間に視聴数が稼げていい。

視聴数が稼げてもサブスクライブが増えないと意味ないんだけどね。

今のところのサブスクライブの目標は100人だ。

100人もサブスクライブがいると企業の広告がつけられるようになるから、できれば今日中にそれの半分までは行きたいと思ってる。

企業の広告付いてちょっとでもお金が稼げるようになったら新しいピアスを買う資金に充てるつもりだ。


今数メートル先のゴミ箱のちかくには寝転がって泣いてる人がいる。

ヨレヨレのシャツ着てて傍目から見ても絶対にまともな人じゃないことは分かるんだけど、今は生配信中だから話題になりそうなトラブルは多いほどいい。

酔っ払いとかが路地裏で寝転がってるのは地元でも見てるから何にも珍しくないし、みんなも珍しがることはないだろう。

だけどこの人がなんで泣いてるのかとかそんな感じで聞き出してあげて感動風の生配信にしたら、もしかしたら日間ランキングの100位以内に入るかもしれない。

悩み相談系の動画はいつだって人気だし、そういうのは多くの人が見るから企業の広告もつきやすい。

俺みたいに無名配信者は売れるチャンスをどんどん作っていかないとダメだ。

というわけで、まともじゃなさそうでも酔っ払いのおじさんに近づいて行く。

こんなに距離があってもひどい酒の匂いが伝わってくるから、よっぽど飲んだんだろうなという察しはすぐに付いた。

変なところがあるとしたら、その人はまだ30代ぐらいにしか見えないのにこんなところにいることとか、服装は地元でよく見かけるような浮浪者の感じがしないこと、あとは周りに空いたカップ酒が転がっているのに、このおじさんのカバンとかがないことかな。

もしかしてカバン盗まれて絶望してるからこんなところで昼間から飲んでいるのかな。

だとしたら適当に交番行きましょって感じで誘い出せば、視聴者受けしそうだ。

よし、大体の話の流れが決まったな。


「あのー、おじさん?なんで泣いてるんですか?僕でよければ話聞きますよ」


『話しかけるんかい』

『ちょ、酔っ払いに絡みに行くとか』

『この人なんで真昼間から酒飲んでんの』


レコーダーグラスのディスプレイを確認したら早速視聴者数が増えた。

今200人も無名配信者の俺の生配信を見ている。

これって実はすごいことで、全世界で視聴者は数え切れないほどいても、そんな中で日本人の俺の配信を見てくれる人なんてあんまりいない。

国内でも無名だし。

いろんなところで有名になろうと頑張ってはいるんだけどやっぱり無名は無名なりに地道に配信して行くしかない。


このおじさんが誰なのかは全然知らない。

でも今見てくれている視聴者がサブスクライブしてくれるために悩みを聞き出して相談に乗ってあげよう。



「おじさん!生きてますか〜」


酒臭いのを我慢しながら仰向けに寝転んだままのおじさんに話しかけた。

おじさんは腕を顔に当てて泣いているみたいだけど、正直いい歳した大人の泣いているところなんて見ていて気持ちが悪いとしか思わない。

泣き顔が受け入れられるのは可愛い女の子かそれと同じくらい可愛い男のコだけなんだから。

ちなみに小学校の時の性についての授業では女の子とか男のコという言葉はなるべく使わないようにしましょうって教わった。


とにかくおじさんがなんで泣いているのかは気になるけど俺はそこまで親切な人間じゃないから適当に話を切り上げて生配信を続けるつもりだ。

なにせ俺はまだまろんグラッセちゃんグッズに出会ってすらいないのだから早く見に行きたい。

こんなよくわからないおじさんよりも可愛いまろんグラッセちゃんの方が良いに決まってる。

というか昼間から酒飲むとかどうしようもないほどクズな大人だな。

絶対にろくな人間じゃない。


肩に手を当てておじさんを揺すってみるけど、まだ泣いた状態で俺に気づかない様子だ。

どんだけ酔ってんだよって思う。


「おじさん!起きて!」


いつまでも泣いてめんどくさいやつだな、ってちょっとイラっとしたから今度は肩を強めに叩いてあげた。


「こんなところで寝てたら警察呼ばれるよ!」


これは本当だ。

真昼間からこんなに人通りの多い場所で寝ていたら誰だって不審に思うし、最近は法律が厳しくなっているから通りで寝ているだけで逮捕されることもある。

もちろん田舎なら誰も気にしないんだけど、ここは外国人観光客の目もあるから同じ日本人としてもこんなところで酔っ払って欲しくない。


強めに肩を叩いているつもりだったのにもかかわらずおじさんは俺のことに全然気づかなかい。

そこにも驚いたんだけど、それよりも驚いたのはこのおじさんが本当に何も持っていないように見えたことだ。

ヨレヨレのシャツと目立たないチノパンの30代ぐらいが何も持ち歩かないなんて見たことがない。


そんなことが気になりながらも、肩パンしたらようやくおじさんは俺に気づいた。

その人は仰向けのまま俺を一瞬見たと思ったら肩を抑えてうめき出した。

そんな強かったかな。


「Ahh!」


「あ、ようやく気づいた」


「Why did you, ahh… What the…」


「え、何、英語?この人なんで英語?」


英語は得意じゃないから何言ってるのかあんまりわからないんだけど、今ホワットザファックって言いかけたように聞こえたから多分この人は英語喋ったのかもしれない。

ホワットザファックはゲーム実況とかで外人が叫んでるのをよく聞くから知ってる。

でもなんでこの人は英語で喋ってるんだ。


「あの〜、こんなところで寝てたら夏場でも風邪ひきますよ?デューアンダスタンッ?」


有名動画コンテンツで初級英会話の動画を見たことあるから発音にはちょっと自信ある。

コツは多少早口で喋ることだ。

ただし英会話はできない。

なんのための英会話動画か。


なんてことを考えていたら、おじさんが今度は頭を押さえながら起き上がった。

酒くさ。


おじさんと向き合う。

無精髭と目の下のクマが不健康な感じを醸し出している。


おじさんと会話するため、一度ピアスのコメント読み上げ機能を止めた。

人と会話するときはこういうのがうるさいし。


おじさんは今も頭が痛いみたいで辛そうだったけど、それなりに酔いが冷めたのか俺の顔をまじまじと見てきた。


「日本語わかりますか?ユースピークジャパニーズ?」


「日本語はわかるからその下手くそな英語をやめろ」


「え」


めちゃめちゃ流暢ですやん。


しかも英語ダメ言われた・・・

あとで絶対あのチャンネルのサブスクライブ外してやる。


「さっきからなんだお前は。しつこいやつだな」


「いや、こんなところでなんで泣いてるのかと。おじさん、何してんの。てか日本語喋るのかよ」


「お前のようなガキに喋ることなんてない。日本語は第二言語として知っているだけだ」


おじさんは不機嫌そうに答えた。

今俺のことガキって言ったけど俺だって大人だっつーの。

18歳になったら投票権だってあるんだからな。


「もう成人してるし。今、第二言語が日本語って言ったけど、おじさん外国人?」


おじさんは俺を見て鼻で笑った。


「そうかい。ま、成人していることと大人であることは同義でないことが分からないうちは若年であることに変わりないだろう。ああ。お前の言う通り俺は外国人だ。日系アメリカ人だ。お前も吸うか?」


ちょっとなに言ってるのかよく分からなかった。

難しいこと言って、このおじさんは変なやつだな。

日系アメリカ人って、ようはアメリカ人でしょ。

最近はテレビとか動画でも外国系日本人がいるのが当たり前だし、別にこれといって驚くことでもないか。

それにしてもなんでアメリカ人が秋葉原の路地裏で酔っ払ってるんだ。

このおじさんがなんなのかよく分かんないな。


混乱する俺をよそにおじさんは赤と白のパッケージのタバコを取り出して火をつけた。

そして俺にも一本進めてきた。


「あのさ、おじさん。おじさんが日本のルールを知らないのは分かったけど、20歳未満にタバコをすすめることは犯罪だよ。それに副流煙対策で非喫煙者の近くで吸うことも禁止されてるよ。あと路上の飲酒も」


「なっ?!いつから日本は路上の飲酒が禁止されたんだっ!」


うわ。

めっちゃ驚いてんじゃん。


でも結構前に酒とタバコの厳罰化が進んだわけだし、この人はよっぽど日本のことに疎いんだな。

公共の場で酒が飲めたのって何年前の話だよ。


「だいぶ前から色々と厳しくなったんだよ。知らなかった?あと一応聞くけど、不法入国じゃないよね?もしそうだったら通報するから」


「はっ。お前は警官気取りか」


なんかこのおじさんは一々発言が腹が立つな。

今はコメント読み上げ音声を切ってるからみんなが何を思っているかは分からないけど、多分コメントが荒れてると思う。


「心配しなくても俺はパスポートを持っている。同盟国の国民同士、仲良くしようじゃないか、お前」


「なんか誤魔化された気がするし・・・。てか同盟国同士とか関係ないでしょ。おじさん、急に馴れ馴れしくない?」


「そんなことより、お前、俺に用か?俺のような社会のクズに話しかける勇気を褒めるやつなんていないぞ」


「いや、用ってわけじゃないけど。真昼間からいい年した大人が酔っ払ってるし、泣いてるから自殺志願者かなって。初めて来た秋葉原で自殺騒ぎがあったら寝覚め悪いし」


生配信中に飛び降り自殺が写り込んだ事件があるし、こう言うことは決して他人事じゃない。


寝覚めが悪い、と言ったのはちょっと盛ったけど半分は本当の気持ちだ。

あとの半分は視聴者のサブスクライブ狙いだけど・・・。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずかおじさんは鼻で笑ってからタバコの煙を深く吸った。

タバコの煙が臭い。

非喫煙者の近くでタバコを吸うのは条例違反ってさっき言ったじゃん。


「笑わせる。今更自殺者が一人増えたところでお前にもこの社会にも変わりはない。教えてやろうか?人間一人一人が集まって社会は構成されるが、社会は人間一人一人が集まって構成されるわけではない」


「は?急にどうしたの?てかそれ言ってること矛盾してるよ」


仙人みたいなことを言い出したなこのおじさん。

まだ30代ぐらいでこんな屁理屈言うやつ気持ち悪すぎるだろ。

なんか、普段だったら絶対に関わるのやめるレベル。


「日本の学校教育はどうなっているんだ・・・。いや、合衆国も他国をどうこう言える立場じゃないか」


「なんか、今、めちゃめちゃ失礼なこと言ったよね?そう言うおじさんだって昼間から仕事もしないで酔っ払ってるとかさ、クズじゃん、クズ。俺のことどうこう言う前に自分の有様見ろよ」


なんだかこの人と話すと小馬鹿にする感じがイライラさせる。


話に満足したのかなんなのか、おじさんは吸いがらを吸いがら入れとかに入れることもせずに路地裏の奥の方に投げ捨てた。


それを見て、我慢できずに口が動いてしまった。


「あのさ、アメリカ人ってみんなそんな感じなの?」


「は?なんだ急に」


「だからさ、吸いがら」


「なんだ?」


おじさんは吸い終わったタバコをポイ捨てしたことを全然悪びれもせずに、本当に、こいつは何言ってるんだって顔していた。

それを見たら、なんだか、胸の奥からふつふつとこみ上げてくるものがあった。


「ポイ捨てしてんじゃねえよ」


「な、なんだよ」


「おじさんさ、吸いがら投げたよね。それって非常識だと思わない?」


「す、吸いがらのことで怒っているのか。お前は俺のことを非常識だと感じたのかもしれないが、」


「屁理屈はどうでもいいから拾えよ」


俺はただ、目で訴える。

拾え、って。


その気持ちがちゃんと伝わったのか、おじさんは驚いた顔をした後に真面目な顔に戻って、先ほど投げ捨てた吸いがらを拾いに行った。


「・・・悪かったな、お前」


「いいよ」


謝りながらおじさんはさっきの吸いがらをティッシュに包んでポケットにしまった。


「・・・若いのにしっかりしているんだな」


「おじさんがダメダメなだけだと思うけど」


「ははっ、俺がダメダメか・・・。いや、その通りだよ・・・」


おじさんは腰が重そうに俺の隣に座った。


「俺は周りに持ち上げられて肝心なことが見えないことが多かった。つい最近もそうさ。それでかけがえのないものを多く失ったよ」


そう言いながらおじさんはワイシャツの胸ポケットを押さえ込んで悲しそうに俯いた。

それがどうしても気になってしまった。


今まで父さんや母さんみたいな大人がこんな悲しい顔をしたことを見たことがなかった。

それなのに初めて会ったこの人はなぜか知らないけど、とても、とても、辛い過去に向き合えないかのような顔だった。


「なんかあったの?」


「ああ・・・。昔、俺は自分のことしか見えてないクソガキでな。自分の頭の良さを履き違えて色んなあやまちを犯したよ」


「へぇ」


突然の自分語りが始まったことに動揺してしまったけど、この話は長くなるのだろうか。

そろそろまろんグラッセちゃんのグッズを買いに行きたい。


という気持ちをぐっとこらえておじさんの愚痴に付き合ってやる。

このおじさんの壮絶な過去が気になって仕方がない視聴者もいるはずだから聞いてやろう。

俺は全然興味ないけど。


「世界は自分を中心に回っている。そんなつもりだったんだ。でも、仲間たちと出会って俺の人生は変わったんだ。あいつらと出会って、俺は初めて人を思いやる気持ちというものを手に入れたよ。論理と数学を超えた何かを知ったんだ」


「はあ」


何言ってるんだ。

視聴者の気持ちを代弁してやりたい。


「それは数式で表すことができるかもしれないのに、不思議とそれを数式にしようと思わない自分がいる。分かるか?感情とは人間の脳の電気信号のやりとりの結果だと言われているが、その感情が逆に脳内の信号の伝達をコントロールすることがあるんだ。おかしい話だろう。これではニワトリが先か卵が先かの話のようだ。ちなみに鳥類の進化の過程で、」


「要点だけを言ってください」


感情がどうこうって話になった段階で話の本筋から離れ始めたことが分かったけど、この人は一体何が言いたいのだろうか。


「悪いな。とにかく、俺はそれまでの経験を圧倒するような出会いを果たしたんだ。そして、個よりも全体のために生きる道を見つけたんだ。それまでとは真逆のような真理を見つけて俺はまるっきり変わった。仲間たちとの仕事も大いに捗った。大事な仲間たちと作り上げようとした大事なものがいよいよ宇宙に上がって動き始めた時は、それはもう、一ヶ月は興奮で寝れなかったよ。俺たちの理想が叶ったんだ、ってね」


「へー。叶ったんなら良かったじゃないですかー」


「そうだ。それからしばらくは全てが順調だった。時にはトラブルも発生したが、俺たちが作り上げたものは人々の役に立つ、って実感した。あの忌々しい災害が起こるまでは」


ん?

今、適当に聞き流してしまったけど、宇宙がどうこうって言わなかったか、このおじさん。

それに災害がどうこうって、もしかして、去年の大地震のことか?


「・・・それから気づいたんだ。俺たちは操られていたってことに。理想なんて利権の前では道具に過ぎなかったんだ。そのことを知ったのは全て終わってしまってからだったよ」


「おじさん・・・」


「だからな、・・・俺はもう死んだも同然だ。お前にダメダメだって言われても仕方がないことだ。結局、俺はただの負け犬なんだ」


話に具体性がなかったからよくわからなかったけど、このおじさんはきっと今まで頑張ってきたんだと思う。

大切な仲間たちと頑張って頑張って、だけど裏切られて。

それで悲しいんだろう。

悔しいんだろう。


気持ちは分からなくもない。

頑張っても結果が出ないことはある。

友達だと思っていたやつに裏切られることだってある。

誰だって悔しい気持ちは生きて入れば経験するはずだ。


「大変だったね」


「ああ・・・」


「でもさ、おじさんがおじさんの仲間たちと頑張ったっていう経験は無くならないよね?」


「何が言いたい?」


「それでいつまでも負け犬でいるつもり?」


「はっ」


「這い上がってやろうとか、仲間たちのぶんも頑張ってやろうとか思わない?話の趣旨が違ったら申し訳ないんだけど」


「な・・・」


「きっとおじさんは、まだ諦めてないでしょ?だって、」


俺はおじさんの目を見て話し続ける。


「おじさん、顔が『俺はまだ生きてるぞ!』って感じだし」


そう言われておじさんは、はっ、て驚いた顔になった。


「もう一回頑張って見たら?事情は知らないけど」


きっとこの人はまだ諦め切れたいないんだと思う。

だって本当に全てに諦めがついていたのなら既に樹海かどこかで最後を迎えようとしていることだろう。

それなのにこの人は秋葉原みたいに人通りが多いところで酒に溺れている。

誰かに話しかけてもらいたい気持ちがどこかにあったのかもしれない。

それに、酒を飲む人の気持ちが分からないんだけど、今日死にたいっていう人が酒で酔っぱらおうとするものなのかな。

酔っ払って死にたい、って思うのは多そうだけど。


俺の名推理は昔の少年探偵が主人公の漫画で鍛えられたわけだから外れるはずがない。


話が終わって、おじさんは何かを考え始めたみたいだ。

きっと、それは後ろ向きな何かなんかじゃなくて、未来を見据えた明るいものだろう。


「ありがとう。思い悩んでいた何かが取り払われた気分だ」


「いいってことよ。若い奴の言うことも聞いてみるもんでしょ?」


「ははっ、そうかもしれないな」


おじさんは本当に楽しそうに笑ってそう言った。

目の下のクマや無精髭が気にならないほど純粋に笑ったおじさんの顔を見たら、最近は笑うことが少なかったのだろうと分かる。


ひとしきり笑ったあと、おじさんは俺に向き直って頭を下げてきた。


「悪いがやるべきことを思い出した。時間が惜しいので失礼するよ」


「あ、はい」


おじさんが急に立ち上がったからびっくりした。

何を思いついたのか分からないけど人ってここまで顔つきが変わるんだな。


「おい、お前。名前は?」


「えー・・・、蜜キング」


「なんじゃそりゃ」


「そう言う名前なの」


「へぇ」


「おじさんこそ名前は?」


そういえばおじさんの名前を聞いていなかった。

聞いたところでなんだって感じだけど。


それでも聞いた。

何か大事な手続きかのように。

重要な儀式かのように。



「俺か?」


俺は無意識に、これから始まる大きな世界の流れを感じ取っていたのかもしれない。


「ジョージだ。ジョージ・スギヤマさ」








「ヒット。ジョージ・スギヤマです」


「ついにか!」


ミツキがかけているレコーダーグラスはジョージ・スギヤマの肉声や姿をネット上に生配信していた。

そして、ついにその居場所を知るものたちがいた。


「声紋一致。顔認証一致」


「アドレス検出中です」


「急げ!」


「出ました。トーキョー、ジャパンです」


「やはり国外に逃げていたのか、スギヤマめ」



ここはアメリカ国防総省の一室。

薄暗い照明と前面に大きく設置されたモニターが特徴的。

画面を見つめるのは国防総省の中でも高度なセキュリティにアクセスできるわずかなハッカーたちとその上司だ。


必要最低限の人数と設備によって構成されたこのチームに与えられた役割は、国外逃亡したと考えられた、とある科学者を探し出すこと。

その科学者とはもちろん、ジョージ・スギヤマのことである。



「よし、衛星と街頭カメラで自動追尾しろ」


彼らはネットワーク上のあらゆるメッセージやアクセス記録を監視し、さらに音声や画像を認識して特定の人物の位置を割り出すシステムを運用する。

そのシステムは実験段階であるものの、アメリカ国内全域と諸外国の一部ネットワークという広範囲に及ぶ監視網を実現し、アメリカの国防に大いに役立つと考えられていた。


そして、それまで空港やホテルでは偽名と偽の身分証を使っていたスギヤマだったが、逃亡先の日本、世間知らずな若者との会話、酒に酔った状態、など複数の理由から、偶然にも本名を名乗ってしまった。

加えて、ミツキがかけているメガネのようなものが、ネット上に動画を生配信していることなど、スギヤマには知る由もなかった。

故に、見つかってしまった。


「ターゲットをロックオン。自動監視に移行します」


「いいぞ、『彼ら』を現地に送れ」


「了解」


そしてジョージ・スギヤマの命のカウントダウンが始まった。








「あんなガキに諭されるなんて、世の中何が起きるかわからねえもんだよな」


秋葉原のバラ売りプログラム屋で大量にプログラムを買いあさったあと、ジョージ・スギヤマはネットカフェに入った。

これらの安価なプログラムは一つ一つが単純な役割しか持たないが、コンピュータ上で組み合わせることによって、より複雑な一つのプログラムを作ることができる。

プログラミング言語と呼ばれるものよりも遥かに短時間で複雑なものを即座に作り上げることができることから、小学校での新しい授業の一環としてプログラムの組み合わせが導入されるほどだ。


金を払ってバラ売り屋で専用の端末にインストールしたプログラムを、今度はネットカフェのコンピュータに移動させるスギヤマ。

その額には、自分がこれから行うことに対する緊張の汗が。


ひたすら手を動かしてプログラムとプログラムをコンピュータ上で組み合わせ続ける。

マサチューセッツの工科大学で博士号を取った時も、今のようにひたすらプログラム同士を組み合わせたものだと思い出す。


「必ずお前たちの無念を晴らしてやる。俺たちの理念が、ただ利用されるままで終われるか」


ひたすら手を動かし続けてプログラム同士を組み合わせる。

そして瞬きをすることも忘れてスギヤマはプログラムの極小の塊が徐々に大きくなっていくのを見つめる。


目指すのは、はるか上空の256機の人工衛星を操るプログラム。

データベース上のすべての情報が世間に開示されるように、情報の送信時間と送信方向を変更させる。

詳しい条件付けをしようとするとプログラムの作成に膨大な時間がかかるから、衛星が情報を送信する向きは「ランダム」にしておく。


「これが終わるのに、ざっと計算して25時間はかかりそうだ」


もちろんその計算には睡眠時間や食事の時間は含まれていない。

大学の試験期間の厳しい勉強状況や博士論文を執筆した時と比べれば不眠不休でプログラムを書くことなど、ジョージ・スギヤマに取って難しい話ではなかった。

喫煙可能な個室があるネットカフェに入れたのも彼に取っては幸いだった。


ひたすら画面を見続けながら手を動かしてプログラム同士を組み合わせていく。

様々な色の図形が画面上に現れては一つの塊に吸収されていき、より大きな塊となっていく。

一つ一つのパーツがどういう役割を持っていなければここまで短時間に多くのプログラムを組み合わせることはできない。

それでもジョージ・スギヤマは難なく目の前の「作業」をこなす。

頭の中で構想ができれば、それを現実に起こすことは作業である。

これはスギヤマが身内によく話していたことだ。


そしてある時、手を止め、彼はシャツの胸ポケットからUSBメモリと呼ばれるものを取り出した。


「こんな骨董品を俺に託すなんて、ビンテージ好きだったお前らしいよ、ロバート」


取り出したそれを買ってきたアダプタに挿し、コンピュータと繋げる。

すぐに中のファイルが画面上に表示される。

ファイル名は、


「ForMankind、か・・・。あとは俺に任せろ、ロバート」



ジョージ・スギヤマの親友ロバートは「事故死」する直前に異変を感じた。


それは、かの大災害を、72時間以内の的中率がほぼ完璧というカサンドラが、予測できなかったと公表した政府への不信。

そして、相次ぐ開発メンバーの「事故死」。


次々と開発メンバーたちがいなくなる状況の中、事実を知った親友ロバートはスギヤマあてに機密情報が入ったUSBメモリと「RUN(逃げろ)」とだけ書いた手紙を郵送し、その日のうちに「事故死」した。

それを受け取ったスギヤマは危険が迫っていることに気づき、アメリカ国外へ逃亡することを決意する。


手先の器用さと情報技術の才能を生かして書類を改ざんし、カナダへ。

そこからさらに中華系移民の手助けを受けて、中国へ。

さらに香港へ行き、そこで格安航空券を手に入れて、日本へ。


ジョージ・スギヤマが日本に逃げ込んだのは、言葉が通じること、潜伏しやすいこと、そして国際線の航空路が多いことが主な理由である。

同時に、スギヤマが持っていたクレジットカードの類で唯一、足がつきにくいと考えられたのは日本だった。

以前、もしかしたら使うこともあるだろうと申し込んだ、日本でしか使えない交通系ICカードは独自のネットワークシステムを持ち、外部からのアクセスに対してそこそこのセキュリティをもつ。

たとえ国防総省のお抱えハッカーたちが日本の俺の口座を見つけ出したとしても、その頃には北海道経由でロシアへ逃亡している予定だった。


それでも昔から隠れんぼは苦手だったな。


そんなことを一瞬だけ考えてスギヤマはファイルを開いた。


「カサンドラの最上位アクセスコード・・・。ロバート、ありがとう」


ファイルの中身は膨大なコードの一覧と複雑な数式がいくつも入っていた。

親友が残したもの、そこには、カサンドラのシステムにアクセスするために必要不可欠な情報がふんだんにあった。


俯き、一瞬だけ泣きそうになるのをこらえる。

そして、顔を上げて、再び手を動かした。


「ロバートがくれた情報のおかげでカサンドラへのアクセスコードを考える時間も逆探知のリスクも減った。これであと18時間ほどで済む。これが終わったらロバートになんかあげなくちゃな」


そしてスギヤマは再びプログラムを組み合わせ始めた。



プログラム同士の組み合わせが悪い時は手書きのコードで補完し、時にはネット上のフリー素材を流用した。

世界で最も高性能なシステムにハッキングすることから、一台のコンピュータでは足りないであろう演算能力を数千台のコンピュータを使ってなんとかする方法を編み出しだ。

システムの反撃にあった場合はクラウド上のフリーのウィルスバスターなんかも利用する予定だ。


こうしてジョージ・スギヤマが頭の中だけで描いた構想は現実のものとなり、最後の演算による準備が整おうとしていた。


日付をまたいだ孤独な作業の末に完成しようとしていたプログラムに、スギヤマはクラテムネストラという名前をつけることにした。

ギリシャ神話上の登場人物であり、預言者カサンドラを破滅に追い込んだ人物である。


何故、自分たちの理想を体現させたカサンドラにそのような不吉な名前のついたプログラムを上書きさせることにしたのか。


そこに思い至ったところで、嫌なことを忘れたいがために、不吉な考えを振り払おうとするかのように、スギヤマは頭を横に振った。



本当は、開発段階で、未来を予知するこのシステムが巨大な権力に利用されることがわかっていた。

全ての人類の為を思って作り上げたとしても、このシステムはいつか、正しい方法で利用されることがなくなるだろうと、なんとなくわかっていた。

だから、破滅や不吉を意味する、カサンドラ、という名前をあえてつけたんだ。


これを利用しようとするだろう権力へのささやかな抵抗と警告の表れとして。



そして今度はカサンドラを破滅させるクラテムネストラか。

他人からしたら、何が何だかって感じに見えるだろうな、と自嘲気味にスギヤマは笑った。

まるでどこかのガキにしてやった話みたいだ。



ひとたびクラテムネストラがカサンドラの上位層に上書きされれば、誰にも手出しはできなくなる。

256機の衛星のすべての量子コンピュータは得られた未来の情報をランダムの方角へ向けて送信することとなる。

つまり、一部の権力が「予知」を独占することができなくなる。


最後の演算が終わり、クラテムネストラの送信を実行するかどうか聞かれる。



ざまあ見ろ。

お前らが見殺しにした130万人と俺の仲間の仇だ。


救われなかった者たちを一瞬だけ考え、



「ロバート、俺たちの勝ちだ」



スギヤマはクラテムネストラを送信した。








「カサンドラに何者かがハッキングしています!」


「な、なに?!」


「システムの上位層に侵入されています!256機の衛星のうち、すでに2機が何かしらのプログラムを上書きされました!」


「発信元の特定と撃退を急げ!」


「発信元、出ました。ロシア、中国、インド、ドイツ、南アフリカの複数の量子コンピュータからのアクセスだと思われます!」


「緊急防御が発動しません!」


「い、一体、何が起こっているんだ・・・」


「合計8機が謎のプログラムを上書きされました!指数的増加率でシステムが支配されかけています!」


「す、すぐに国防総省に連絡しろ!」






「何?カサンドラが何者かにハッキングされているだと?」


「は、はい」


「そんなことできるはずがないだろう。現場の勘違いじゃないのか」


「いえ、ですから」


「そんなことを知ったところで俺にはどうもできん。今は別の作戦中だから出て行け」


「わかりました。失礼します」



カサンドラがシステムをハッキングされている頃、ミツキの生配信を元にジョージ・スギヤマの居場所を見つけ出したこのチームの状況は急速に変化していた。


前面の画面には街頭カメラや店舗の監視カメラから得られた映像が。

そこには数名の外国人観光客を装ったアメリカの諜報局員が映し出されていた。


「アルファからブラボーへ、通信の確認を」


『こちらブラボー、いつでも行けます』


「よし、作戦実行だ。行け」


前面のモニターには彼らが身につけているカメラの映像が映し出され、その状況のすべてがこの司令室に届いていた。

彼らは陸軍の特殊部隊などの出身であり、暗殺や工作を主な任務としている部隊だ。


「こちらブラボー、入店した」


『こちらチャーリー、同じく入店した』


「いいぞ。ブラボー、ターゲットの個室はどこだ」


『現在捜索中。・・・見つけました』


「映像を分析しろ」


「分析結果出ました。ジョージ・スギヤマです」


「よし、ブラボー。そいつがターゲットだ。やれ」


ブラボーと呼ばれた人物から送られてきた映像はジョージ・スギヤマが寝ている姿を映し出していた。


ネットカフェの狭い空間に大柄な外国人男性がいると嫌でも目立つが、秋葉原ではこれも日常の一部であり店員はおろか客の誰一人として疑問に思う者はいなかった。


そして、スギヤマは寝ているところを、金属の棒のような物を首元に押し付けられて、


絶命した。


『こちらブラボー。完了した』


「よし、よくやった。30分経ったらクソみたいなジャパニーズネットカフェに飽きた顔で離脱しろ」


「監視カメラの映像を変更します」


「いいぞ、お前ら。合衆国のためによくやった」




こうして誰にも気付かれずジョージ・スギヤマは死亡した。








・・・・・











瀬谷ミツキは自室で小躍りした。


「うっわ、やっぱ新しいピアスは性能がいいなー!」


先月の生配信によって視聴者数が増加し、ミツキのチャンネルに企業広告がついたことによって僅かながらも収入が入ったのだ。

そこで得た金に加えて、両親からの臨時のお小遣いで、ミツキは最新のピアスを買った。


「ネットが超軽いよ!これまで使って来たやつが嘘みたい!」


ワインのように深みのある赤のピアスは、ミツキの耳元で輝いていた。


性能的には以前のピアスより3倍ほどネット通信速度が速い。

3倍速いのは赤いからではない。

ミツキが使っていたピアスが数世代も古いものだったからだ。


「じゃあ早速、ピアスのレビュー生配信しないとな。このピアスが買えたのはみんなのおかげもあるし。ん?」




レコーダーグラスをかけて生配信をしようとしたところで、自分宛の差出人不明メッセージを見つけた。




本文を確認すると、文字化けした数千字の文章が一気に表示された。

それは古代の楔文字を眺めているようであり、ミツキはその内容がわからずに困惑した。


「なんだ、これ。新手の迷惑メールか?」


真っ先に疑うのはスパムやクリック詐欺のメールだ。

こういう迷惑なメールはもう数十年も消えてないというからゴキブリみたいなものだ。

それでも昔と比べればこういった迷惑メールの類は少なくなったらしい。


では目の前のメールは一体なんなのか。


「ピアスが故障しているわけじゃないみたいだし、どういうこと?」


ますます事情が分からなくなるミツキ。

ピアスに不具合があるように思えず、メールのあやしさがますます気になってしまう。

ミツキはひとたびこういったことに興味を持つと、その正体を知りたくて仕方なくなってしまう性分だった。


「うーん・・・。たしか、文字化けメールを日本語に直すやつがネットにあったよな」


そう言ってミツキは文字化けメールの解読を始めた。


文字化けメールを解析して日本語に変換するサイトにアクセスし、先ほどのメールの本文をコピーアンドペーストする。

ネットの動画でこういったサイトがあることは知っていたので、すぐに解析を始められた。


解析結果を見て、謎はますます深まった。

画面上には、長い、長い、数字が羅列されていたからだ。


日本語に直そうとしたのがいけなかったのか。

そう思い、英語や広東語などの複数言語に直すように設定しても、同じ数字の列が表示された。


「いや、これなんだし。誰かのイタズラにしては凝ってるな」


とりあえず画面をスクロールして数字の列の最後の方まで見る。

ランダムに並べられた数字のようにしか見えないそれは、ミツキが見たどのサイトよりも長かった。


円周率、ルート、座標。

どれとも異なるその数字の列を見て、ミツキは次の手を思いついた。


「これ、何かの暗号かもしれない。解析するツールがネットにあるはずだから調べてみよう」


本来であれば受験勉強をするべき高校三年生であるが、ミツキにとって大事なのは今この瞬間であり、いわば目の前の謎の文字化けメールであった。

幸い、ミツキの高校の3年後期は通学することが義務ではなく、ほぼ毎日が夏休みの延長のようだった。


そして時間が経つのも忘れてミツキは夢中にその文字化けメールを調べた。




「これ、送信された時間なんかも手がかりなのか?」


『ミツキ、晩御飯できたわよ!』


「あとで!」


『ちゃんと食べなさいよー』


「わっかんねーなー」




ミツキは学校で教わったありとあらゆる知識と、ネットという知恵袋を使って謎の文字化けメールの解読に打ち込んだ。

中にはミツキの理解を超えた手法もあり、脳内で凄まじい計算を行っていることをミツキは実感していた。


そしてミツキは様々なサイトを探した中で最も簡単だと思われる方法を試すことにした。


「あ、そういえば素数で試してないじゃん」


ミツキは素数の並びが関係あるのではないかと調べてみた。


素数は宇宙人と交信する時にも使われる。


中学の数学教師がそんなことを言っていたことを唐突に思い出した。


「SNSじゃなくてメールだなんて、根暗な宇宙人だな。ははっ」


今時メールを使う奴なんてほとんどいない。

年配の人だったり企業なんかではまだまだ一般的だけど、個人間であればSNSを使うのが一般的だ。


「ん?」


ここでミツキの違和感が働いた。


「個人間なら・・・。このメールがBCCである可能性はあるんじゃない?」


もし宇宙人が何かしらのメッセージを地球人に送りたいとしたら、一斉にばらまいたりするのではないだろうか。

これはミツキだけに送られたものではなくて、ミツキを含めた大勢に送られたのではないだろうか。


そうなればネット上に同じ境遇の人がいるかもしれないと、検索を始めるが、該当なし。

代わりに、BCCのミツキ以外の送信先を割り出すことで発信元を辿るという方法を見つけた。

早速それを試す。


「発信元・・・。また新しい数字か。これを素数で・・・」


そして深夜2時ぐらいになってミツキは二つの数字を導き出した。

それはまさしく座標。


点で区切られた二つの数字をネット上のマップに入力するとミツキの自宅近くの裏山が表示された。


「これってうちのすぐ裏じゃん・・・」


偶然届いたメールから偶然導き出された座標が偶然にも自宅近くの山林を示していたことに若干の恐怖を抱いたものの、ミツキは興奮した。

動画配信やネットサーフィンでごまかそうとし続けた日常への退屈さに、突如現れた冒険の予感。

数時間時も及ぶ数字との格闘で疲労のピークに達した脳だったが、何かが起きるかもしれないという高揚感から眠気が一気に冷めた。


「行ってみよう・・・」


冴えた頭で興奮を抑えようとしつつ上着を着て、一階の玄関へと降りる。

家族を起こさないように、静かに靴を履き、家を出た。


普段は駅までの移動に使っている自転車に乗り、裏山まで一気に走った。


ミツキの家は閑静な住宅街の端に位置し、小さな裏山は林道が整備されて住民の散歩コースとして人気がある。

しかし、階段を駆け上った先の林道を見回しても何も変なものはなかった。


「座標は確かにここのはずなんだけどな・・・」


林道のベンチに座り、改めてメールを開いた。


自分が解いた方法が正しければメールの本文はこの場所を示しているはず。

悩みながらもミツキは不吉にも思える次の手を思いついた。



「このメールに返信したら、どうなるんだ?」



九月とは言え、まだまだ夜は暑い時期だ。

しかし、額を流れる汗はそれが理由ではない。


震える喉で、メールの返信をピアスに指示する。



「返信、本文、ブランク、以上」



タイトルも本文も空白のまま返信メールを用意する。

普段であれば何も起こらないだろうと思えるそんな空メールが、この時だけは絶対の効力を持つように感じられた。


そして、加速する心拍を我慢しながら、ピアスに指示した。



「送信」




瞬間、ミツキの目の前の空間が光を失い、黒い球体に飲み込まれた。




「な、な、な、なん」




突然始まった目の前の超常現象に困惑したがらも、何もできずにその場からミツキは動けず、

黒い球体は収縮し、やがて消滅した。


そしてゆっくりとあたりは光を取り戻した。


黒い球体が現れ、収縮して消え、光が戻り、

裸の少女がそこにいた。


桜のように美しいピンクの髪と瞳。

そして端正な顔立ちが眩しい。


ミツキは目の前の状況を理解できずに、ただ少女の瞳を見つめていた。




「・・・え?」


「」




突然のことで自分の頭が混乱しているのか、少女が何を言ったのか全く分からなかった。




「!」


「え、え、なに?」




少女は怒ったような、疲れたのような表情で詰め寄ってくるが、何を言ってるのか全く分からなかった。

それでも彼女が何を主張しようとしているのかはなんとなく察することができた。


こいつ、腹減ってるんだなって。




「!」







俺は人生で初めて、ここまで腹が鳴るやつを見た。








ども。

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