6話 仮説
「ベル!」
凱旋した私を笑顔で迎えてくれたのは愛しき妻、リグレッタ。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
彼女を抱き寄せ、抱擁。
勝利の喜びよりも日常の喜びを強く感じます。
エルヴンベルク制圧戦に勝利したマルクドゥル。
その勝利は喜ばしい事であり、マルクベルの評価についても情けないものはつく事はないであろう結果を残せました。
花丸をつけてもいい程の結果です。
しかし私の気分は晴れない。
あの暗殺に関する顛末が到底納得いくものではなく、それは一つの可能性を示唆しているからでありました。
現役将軍ボルクハンザによる暗殺教唆の嫌疑――
それは焼け落ちたボルクハンザの陣中に残された、焼け残った日記と書簡から裏付けがとられた。
戦の主導権を握られた恨み辛みが日記にかかれ、ウッドエルフとの内通文書に報酬の金額が明記されており、そこに記された名が暗殺者達のものと一致。
自害をほのめかす記載までボルクハンザの筆跡で日記に見つかれば、間違いではない、と結論付ける他ありませんでした。
しかし、私は納得がいかない。
あの将軍は確かに古臭く気難しい気性だが、愚かでもなければ小物でもありません。
戦の所有権の主張はしても、その不満を形にするほど矮小でもなかった。
もっともらしい理由だが、彼がそこまでの行動を起こすほどの理由にはならない。
また、暗殺者を葬った条件式の爆弾魔法。
あの手の魔法は魔素の取り扱いに長けた専門家でしか実用することはできません。
ボルクハンザは私のような魔素の無才ではなかったが、魔法使いというよりは武官であり最低限の強化魔法を取り扱う程度の熟練度であったはずですし、あの花については彼では無理でしょう。
彼が口封じに設定したとは考えにくいです。
ボルクハンザの関与が無いとは言わないが、確実に別の何者かが介入している。
そしてその者は、マルクドゥル王国の将軍さえも手玉にとれる場所にいる。
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「難しい顔をしておるな、王子」
洞穴にリグレッタと連れ立って訪れた私を一人の割腹のよいドワーフが出迎えてくれた。
この洞穴は彼の現在の住処であり、職場でもありました。
「初陣の後だもの、悩まない方がおかしいわよ、お父さま」
『山の洞の王』、ドワーフの首領、そしてリグレッタの父親であるギリアムその人でした。
「知っておる。 その程度でへこむようなタマでもないと思ったがそうでもなかったかな? 婿殿」
「少々、気がかりな事がありまして。 装備についても色々とあります」
私はギリアムと鋼の装備についての実戦の感想を率直に、細かく伝えていく。
鋼の装備は、彼の率いるドワーフの技師達に作成してもらっております。
鋼の鋳造から加工、これはヒトよりドワーフの方が適しております。
加工からして魔素が使えない鋼鉄はとかく力を必要としますから。
父に頼み込みドワーフの処遇を預かり保護した私は、つがい山のドワーフ洞を残しかつそこを職場、生活拠点として利用できること、そして生活できるだけの報酬を約束しました。
その対価として、つがい山から鉄を掘り、装備を作成する役務に従事すること求めて。
「なるほどな。やってみよう」
ギリアムは快く私の指摘と要望を受け、部下に開発指示を伝えました。
もう、王ではなくなってしまったのにこの義父は、それにしてもイキイキとしておられる。
「元々、こういう事の方が楽しかったのさ、我は。 器では無かったんだ」
私の表情から察したギリアムが応えてくれる。
「案外、誰しもそんなものかもしれんな」
誰に言い聞かせるでもなく、諦めたわけでもなく、地の底の鉄を見通すかのような瞳でそう、呟くのでした。
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『悪魔の王子、命からがら生き延びる!』
誰が呼んだか悪魔王子ことマルクベル。
夜の陣中での大活躍など世間に伝わるわけもなく。
襲われたという事実と、将軍の死という事実だけが広まり、私に関する評判は前情報から構築された推論がまことしやかに語られておりました。
「よしよし」
リグレッタが頭を撫でて慰めてくれます。
えっくえっく。
「私はがんばったんですよぅ」
私は情けなく甘えてぼやき、妻はわかってるよと応えた上で
「私は、無事でさえいてくれればいいし、その上で好きにやって下さい」
と愛情の篭った言葉をかけてくれる。
本当に良き伴侶です。
細かい事など忘れてこの優しさに溺れてしまいそう。
しかし、私は考えなくてはならないのでした。
目的不明、いや、実のところ想像はついており、その想像の通りであれば強大であろう、その『敵』の事を。
今回の評価についても順当というところもありますが、敵の介入の結果とも考えられます。
私の仮説が正しければ、それくらいの事はしているでしょう。
仮説……このマルクベルの敵、いや元ドラゴンのグリムェルの敵は、『歴史の維持』を目的としていると言う仮説。
それはつまり、敵は歴史を把握している、可能性としては私と同じ逆行転生を行いこの時代に介入している者であるということでした。
魔素の花。
あそこまで精密な型に魔素を構築するのは、この時代ではまだ成立していない技術が必要です。
かなりの確率で転生者でありましょう。
私は、当初は神の気まぐれ、運命の悪戯……その程度に考え、ただ私欲をもって歴史への介入を楽しもうと考えておりました。
しかし、同じように転生し歴史を維持しようとする者がいるとするのなら、話は全く異なります。
この時代には重要な何かがあり、そのために我々は戻されたのだ――
私はい真剣に歴史を見極め、介入し、手を打たなければならないのかもしれません。
面白い。
敵が誰かは知りませんが、共に競い目指す歴史を争いましょう。
私がリグレッタの膝の上で決意を固めていると父が我々の部屋に入ってきました。
――エルフの女の子を引き連れて。
「ベル。お前の嫁だ。好きにしろ」
そう言ってまた置いていきました。
ええ?
いやまあ、確かに王族ですから二人や三人の奥様もね?
ありですけれども。けれどもさ。
頭を乗せている膝からリグレッタの顔を見ます。
おお、怒っていいのか戸惑っていいのかわからない、そんな表情ですね。
その顔のまま私を見下ろし「好きにしたら」
置いて行かれたエルフの娘は「す、好きにしないでくださぃ……」
――前途多難。
歴史と戦う前に、家庭をどうにかせねばならぬのでした。