5話 鋼と陰謀
闇の中蠢く二つの影。
左、右、また右その左。
私を惑わさんと揺れ動く。
その内一つが突然動きを変えて距離を詰め、魔素をその右手に持つ木剣に集約する。
光がただの木を鋭い刃へと変えていく。
強化魔法の発動、そして間髪なく振り上げられ私に迫る刃!
刃は、私の鎧と身体に触れた瞬間、魔素が霧散する。
そこに残るは強度に欠けるただの木材。
鋼の塊に力の限りぶつけられた木材は当然の結果として折れ、そして砕け散る。
刃の主が理解できぬ状況に我を喪失したその時を狙い、私はすかさず体を捕らえ、引き寄せ、喉を鋼の短剣で一突き。
一つの命が自分の手元を流れ出ていくのを感じる。
また一人「信じられぬ」という瞳で私を見つめ、そして崩れ落ちました。
うん、重い!!
まるでスムーズには動けません。
こうなる事も想定して鍛えてはいたけれども、それでもなかなか。
まだ改良の余地はありそうです。
ご覧の通り、私は全身を鋼の鎧兜で身を包み、鋼の刃で武装しております。
これはこの時代においては異端も異端、愚行の中の愚行でした。
この時代では自然物を魔素の魔法で強化し身を固めるのがセオリーであり、魔素を散らし魔法の使用を妨げる鋼は忌避すべきもの。
鋼は魔法を封じる目的のものであり、身を守る為のものではありません。
しかし私、マルクベルは鋼が無くともそもそも魔素が無い。
鋼の有無に関わらず、魔法は使えない。
ならば強固な鋼で身を固めましょう。
鋭い鋼で敵を斬りましょう。
それだけのただシンプルな道理でこの姿に辿りつきました。
しかしこの手は、さらに魔素の魔法戦が激化した後世において、革命のごとくあらわれた手段であり、この状況下においても効果的であることは私が知る未来が証明済みであります。
熟成した定石は破られる為にあるのです。
「貴様、正気か!?」
まあ、この時代のヒトはそう考えるでしょうね。
そんなもの、私を殺せてからそれを考えればよろしいのに。
「王子! ご無事ですか!? ……ってギャー!? あんた誰!?」
メイビーさん、ギャーはないでしょ。
王子様ですよ。
その瞬間、暗殺者の判断は早かった。
未知の防御を誇る私を仕留める事より撤退を優先し、後ろに大きく跳躍!
しかし、気になる事があるので、申し訳ないが逃しはしません。
鋼の短剣をヒョイと投げる。
暗殺者が防御に使っている魔素を鋼が散らし軸足にブスリ。
うん、ナイスコントロール。
跳躍した勢いのまま陣内に落下する暗殺者。
即座に取り囲む親衛隊。
うん、いい感じです。
蒸れる兜を脱ぎ顔を空気に当てる。
大変きもちいい。
次は通気性も考えて改良しましょう。
「あっ!王子!」
やっとのことで気づいたメイビーさんを置いておき、私は暗殺者さんに近付きます。
「なぜ私を狙いましたか?」
そんな、当たり前の質問をする。
「知れた事だろう、エルフがマルクドゥルの王子を狙うのに理由がいるか?」
そうですね、戦争中ですからね。
しかし、戦争中だからこそ、私を狙うのはおかしいのです。
「ええ、例えば私を殺せたとしましょう。 するとどうなりますか? 戦況に何か影響はおありでしょうか? 大王が指揮を取る今うつけ王子1匹殺したところで何もありません。 強いて怒りを買いより残酷な滅び方をするだけでしょう」
私の価値は、あくまで国の未来についてのみであり、戦況においては全く無いに等しいのです。
「合わせて言えば、私を狙うということは王を狙うのとほぼ同等の難関であることは陣内の配置からしても明らかです。 私を狙えるのであれば同じリスクで王を狙う方が納得がいきますね」
一息。
その息は暗殺者のものか、それとも親衛隊のものか。
「その上で、もう一度。『私を狙ったのは何故』ですか?」
今度は暗殺者も何も言いませんでした、
私は何も言わずに腕を刀で貫きます。
ギャッと憐れな声上がりました。
「答えて。 何故ですか?」
淡々と要求と痛みを繰り返します。
ヒトを素直にさせるのはこれが一番です。
「ぁぁあ!……っぼ、ボルクハンっ……」
暗殺者の口から聞き覚えのある名が飛び出したその瞬間。
彼の額が不自然にボコッ!と盛り上がりました。
もこもことうごめき、その盛り上がりはどんどん大きくなりそして――
爆発!
血と脳漿がはじけ飛び、私の身体を汚していく。
暗殺者は完全に絶命しました。
彼のその額には大きな穴と、そして光り輝く、花が。
「魔素の、花」
暗殺者の脳をえぐり弾き飛ばしながら育ち、咲き誇る魔素の花。
しばらく残ったその後強い光を放ち、そして放散して消えていきました。
これは条件により発動する爆発魔法。
暗殺者の口封じに設定されていたのでしょう。
「ボルクハンザ……?」
メイビーさんが、信じられないと言った顔でその名をつぶやく。
私も、疑問に思います。
疑問に思うが確認しなければならない――
「失礼します!」
早馬で駆けつけた伝令が飛び込んできた。
「ボルクハンザ将軍の陣から、火が上がり……将軍が!」
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最前線の部隊を指揮するために敷かれた陣。
ボルクハンザ将軍の陣であり、今は森さえも焼き尽くさんばかりの炎の種なって燃え盛っている。
これは、一体なんだというのでしょう。
暗殺を計った容疑者が浮上したかと思えば、その直後に片付けられている。
あまりにも手際が良い。
こんなこと、エルフの仕業ではあるまい。
これができるなら、エルフはこの戦況になる前に我々を退けているはずでしょう。
何かが、目的のわからぬ何かが暗躍している。
私は魔素の花を思い出しながら、燃えさかる陣に対しては何も出来ず、ただ見つめていました。
エルヴンベルクから降伏の申し出が届いたのは、その夜が明けたすぐ後のことでした。




