4話 初陣
私、鬼畜王子ことマルクドゥル国第一王子マルクベルは14歳となりました。
妻、ドワーフ属のリグレッタは16歳となり、二年間を共に成長した私達はすっかり仲睦まじい夫婦として過ごしておりました。
成長期に私がやっとのことで背丈を伸ばし、男らしく妻を胸に抱く事かできるようになりましたがその点妻は不満のようで「昔がかわいかった」と口を尖らしますが、こればかりは種族・性別の差異なので許してほしい。
ドワーフ属の男性は皆ずんぐりむっくりお髭の無骨な毛玉なのでありますが、女性はヒトと似たようなスタイルで成長します。
しかし傾向としては小柄で幾分か発育に関しては遅れを取るところがあり、近頃はそれがリグレッタの地雷となっているのでありました。
「今、見比べなかった?」
目ざとい彼女に見咎められてしまった。
説明のためにそこの女中と彼女の間を目線が移動したのは一瞬であるというのに。
「はい、私の妻はかわいいなと」
「なら良いですよ」
ニコニコとしてすこし甘えたように私に擦り寄る彼女。
時が私を彼女の居場所として育て、彼女の心に安らぎを与え、政略結婚でありながらも私達は穏やかに、安らかに夫婦として過ごしていますが、歴史の評価は一切変わりませんでした。
『悲劇の亡国の姫』『略奪王の鬼畜息子』『悪魔は幼くても悪魔である』――
一度どこかに記録された評価は真偽に関わらず積極的な訂正が無い限り真実として残り拡散され、長く残ればそれが史実となる。
ただ品行方正でありさえすれば歴史にその正しさが残る、という前提は誤りであり、私はヒトの世の、ヒトの心の理不尽についての見識不足を思い知らされました。
――積極的に歴史に抗う必要がある。
そう判断した私は二年間、今日この日に向けて準備を進めてまいりました。
当初の計画をだいぶ早めた形になりますが、仕方ない。
これ以上、このマルクベルをうつけの鬼畜王子として歴史に刻んでしまっては後々どうしようとどうしようもなくなる可能性がありますから。
「気をつけてね」
リグレッタが私に口づけをし、私もそれに応える。
マルクベル14歳、この日、初陣を迎えます。
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エルヴンベルク。
ウッドエルフ達が住まい支配する森の中の『都市』です。
事実上、そこエルフ達の国であり、その領地でありました。
王国はこのエルフの住まう領土を『国家』としては認めず、あくまで自治『都市』であり、王国領内の森にあることから王国の統治下であるものとしました。
王国はその理屈を持って再三『マルクドゥル文官の配置要求』=『領土支配の受け入れ』をエルフに要求します。
しかし当然、そのようなヒトの理屈に従うエルフ達ではありません。
彼らは、愚かなヒトの国家とは言葉を交わす必要などなし、と王国による勧告を全て無視。
五度目の無視の後、王国が派遣するエルフ討伐隊が侵攻を開始。
戦が始まったのです。
「――以上、現在の部隊展開と戦況になります。」
「ご苦労様です。」
私は父のいる本陣に近い場所で自らの陣を敷き、預かった王家親衛隊の兵とともに待機しておりました。
副官のメイビーさんの現状報告を受け取り、待機の継続を判断します。
彼女は親衛隊の一人であり、今後も続けて直接サポートしてくれる方です。
歴史によればマルクベルはこの人にも手を出したそうですが、私はそんな事はいたしませんので良かったね、メイビーさん。
戦争で初陣というと最前線で雄叫びを上げながら敵をちぎっては投げて投げるのを想像された方もいらっしゃるかと思いますが、そんなことはありません。
私、マルクベルのような王族、しかも一粒種の第一王子とあっては私の生死は国の生死と言っても過言ではない。
安全に安全を重ねた勝ち戦のそのまた安全で安全な本陣の近くで取り敢えず置いておくのが普通でしょう。
そんな事ならばわざわざ戦に出す必要もないのではという理屈もなくはないのですが、支配者というのは人気商売。
マルクドゥルのような軍事国家であればなおさら『戦の出来ぬ王族に未来無し』なわけでして、どんなにうつけであろうと戦の実績を早いうちから作っておく事が必要なのでした。
この戦も本来父が本陣に入る程の規模の戦ではありません。
名目としても国と国との戦ではなく、都市反乱鎮圧の小競り合いですから。
ですが、私のようなへっぽこひよっこに安全に実績を作るため、私を連れ立って出撃されたのでありました。
「メイビーさん、それでは後は休んでください。 状況が大きく動くことはおそらくないでしょう」
「かしこまりました」
スラッとした彼女がビシっと敬礼。
とても様になっており、受けるこちらも身が引き締まります。
「……と言う事で、王子聞いてくれます? これってセクハラ案件だと思うんですよう」
途端、メイビーさんが崩壊。
このお人、オンとオフがかっちり分かれるタイプなのです。
オフですよと言ったら矢先にふにゃふにゃになってしまう。
そして職場の愚痴をつらつらと私にぶつけてくるのでありました。
「進言しておきますよ」
「お願い王子! あのハゲには女子隊員みんなまいってるんです」
しかしながら、その愚痴から体制の改善点が引き出せたり彼女もそれを目的に愚痴ったりしているような面があり、この人はやはり有能な方なのでした。
「あとボルクハンザ、あのデブ面倒くさいですねえ。 このくらいの戦で全軍突撃だの何だの、何を息巻いてるやら」
ボルクハンザ…王国の将官であり、王家に親しいフリード家の出身。
決して無能ではないが古臭く、戦争に華美を求めるところがあり、不必要な総力戦を行って要らぬ損害を出す傾向にある貴族将軍。
「横入りされて面白くないのでしょう。 せめて趣味に走りたいんですよ」
元々は彼が討伐隊を指揮して制圧する戦争でしたが『ちょうどよい』と言う事で、王とそのボンボン息子に割り込まれた格好です。
気持ちは分からなくもない。
面倒くさいですが。
「メイビーさん、良い子は寝る時間です。 明日に備えておやすみなさい」
「ええ〜もっと聞いてくださいよう。 おねいさんに生意気な王子め」
「良い子の私が寝るのです。 ほらほら」
ぶうぶう言うメイビーさんを下がらせ、私は就寝の支度をします。
あてがわれた武装である木の鎧を取り外し下ろす。
この時代の装備は原則、木で作られています。
それは技術的に木しか加工できないのではなく、魔素を使った魔法による強化を前提としているためでありました。
比較的軽量な木材による武器防具を魔素によって強化し戦う。
それがスタンダードであり、魔素が使いこなせる事が前提で構築された戦争です。
しかし、私は魔素が使えない。
私にまとわりつくこの鎧を強化することはできないし、未強化の木の鎧など魔素によって強化された武器の前では紙にも等しい。
さらには私自身が攻撃してくる魔素を無効化するため、正直その目的においては防具は不要。
ただの枷でありました。
肩こりの原因にしかならなそうな重荷を取り払い、私は人知れず用意していた『モノ』を取り出し、確認します。
――準備は万端。
全部揃っていることを目視して安心した私は就寝することとしました。
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エルフの住まうこの森は地元民の間では妖精の森とも呼ばれ、その神秘性と不可侵性は夜の帳でより深まります。
生態系豊かな森に住まう生物たちのなんともわからない鳴き声、足音。
通り過ぎる風に揺れ、木々が葉を擦りあい合唱する。
静かな森の闇の中、そこに住まう何かの存在を確かに感じさせる。
闇から闇を渡り、森の生命を見守り、脅かすものを排除せんとする森の意思。
そんなものが居そうだな、そんな気持ちにもなりました。
私はうとうと、そんな夜の中、待っていました。
その事が起きる、その時を――
「マルクベル!覚悟!」
闇を切り裂く声と、振り下ろされる光の刃!
私に触れ霧散する光。
そして、私に『ぶつかった衝撃』に耐えきれず砕けちる木製の剣。
「な……」
信じられぬ、そんな顔をしたのが闇の中でもわかりました。
私は携えていた『刀』で暗殺者の一人の首を一突き。
その手に伝わってくる、命が絶えていくプロセス。
私はこの時を待っていたのです。
エルヴンベルク制圧戦。
その日初陣のマルクベルは暗殺者に襲われ、命からがら逃げおおせ生き延びる。
うつけの王子、逃げ腰のマルクベル。
それが私の前世の歴史には刻まれておりました。
ならば、逃げおおせるのではなく、積極的に返り討ちにしてやろうではありませんか。
この、鋼の鎧と鋼の刀によって。
私は竜を模した鋼の兜をかぶり、全身を鋼の鎧で固め、鋼を打って鍛造した刃を持って立ち上がる。
「何者、だ!?」
暗殺者共が声をあげる。
お前達が言っていたではありませんか。
マルクベルですよ。
「……鋼の王子、マルクベル」
私は暗殺者共に向けて、鬼畜ではない私の人生を名乗りあげました。