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3話 不動の歴史

 

 私達はその日、マルクドゥル国民が総出で作り上げた祝福のアーチの中を馬車でのんびりと横切っておりました。



 王都マルグリアで行われた戦勝パレード。

 先日の『つがい山』のドワーフを制圧した戦の勝利を祝う催しであります。


『つがい山』は『つがい山』。

 マルクドゥル王国において国境線である山であり防衛拠点としては極めて重要な地点であったわけですが、そこに住まうドワーフとの小競り合いが続き弱点でもありました。

 その憂いがこの度解消され、『つがい山』にはマルクドゥルの要塞砦を建造することと相成りました。

 国を挙げての祝い事とするのも無理なからぬ事でしょう。


 そこに私、12歳の第一王子マルクベルは、唐突にめとる事となった亡国のドワーフの姫君、14歳の若妻リグレッタと共に手を繋ぎ並び、パレードに参列しておりました。



 我々は、勝利と平和のシンボルとして、ここに据えられたのです。

 戦勝国の未来とほろぼした国の一滴ひとしずくが結ばれる。

 混ざり合って未来を共にしよう、そうしたメッセージです。


 これは一つの政略婚でありました。

 支配者による支配を支配たらしめずに確実にする、その為の。


 しかしながら悪いことばかりでもないはずです。

 血が絶えるということを避けられるどころか、姫君は姫君として尊重され大事にされるのですから。



 御年12歳の私は、それはもう愛くるしくせいいっぱい、平和の象徴としての御役目を果たしておりました。

 民衆を見渡します、これ以上ない爽やかなお顔ではい笑顔。


 にっこり。


 おや、子供が泣き出したぞ。

 何故だろう。


「表情悪すぎ。もっとちゃんと笑いなさいよ。」


 リグレッタから手酷い指摘を受ける。

 笑っておりますのよ?


「……本気なのね、そう。」


 戸惑いを隠せぬ表情で彼女はそれ以上私に何も言いませんでした。

 もっとはっきりおっしゃってください。

 夫婦なのですし。


 しかしながら彼女はその後は無言を貫き、人目に付かぬように魔素の刃を構築しては都度私を突いておりました。

 その度に放散されキラキラと星となって消える刃。


 私に対する反感か、それともこの現象が気に入ったのか。

 パレード中、延々繰り返しておりました。

 ヒトの体質で遊ばないで欲しいものです。


 私は妻に終始突かれながら愛あふるる笑顔を振りまいておりました。



 ■■■■■■



 私はメソメソと泣いておりました。

 それはもうメソメソと。

 泣いても良いじゃない、12歳だもの。



 先日のパレードの様子はマルクドゥル王国内に留まらず諸外国に伝わっており、そこにはもちろん私達、若すぎる夫婦についても評判がついておりました。


 清廉潔白なる王子マルクベルの世界デビューです。

 一体なんと噂されておるのかしら、わくわく。


 私は以前から身分を隠し旅商人に渡りをつけ、ちょくちょくと世界に広まる噂、情報を集めておりました。

 情報を制するものは世界を制す。

 市井しせいの情報というのも馬鹿にはなりませぬ。


 という題目で、もっぱら私に関する話を集めております。

 やはり歴史に対する影響というものを都度確認したいわけですし、そのためにこんなマルクベルの身でいるわけですから。

 そして本日、定期報告が私の下に届いたのです。

 ウキウキしながら、自室にて封筒を開ける私。



 さあ、お待ちかね。 私に関する噂話をオープン!



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『極悪王子、ドワーフの姫君を毒牙にかける!』

『悪魔の微笑みの裏、うつむき涙をこらえる悲劇の王女!』

『鬼畜の所業!若き獣が山岳の一輪の花を蹂躙!』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ええ、なんということかしら。

 まるで私の知る歴史通りの言われっぷりではありませんか。


 酷すぎます、私はこんなに誠意を尽くしておりますし、リグレッタどころか私の身にさえやましいことの一つもありもしないのに。


 これには私、メソメソと泣きます。

 自分自身と恵まれないこのマルクベルに。


 ああ、かわいそうなマルクベル!

 何もしてないのにどうしてこんな悪口いわれるの!?



「あなた、顔は悪くないんだけど、人相が悪すぎるのよ」



 最近よく私の部屋で過ごしているリグレッタがそう評する。



 そんなの知らない、ヒトの美醜なんて知りませぬ。

 生まれつきの人相、そんなとこでも恵まれないのか、このマルクベルは。


「することしてないのに、こんなのただの潔白損です」



 私はすっかりねてしまいました。

 全力でイジけてやりましょう。

 いじいじほじほじとカーペットをいじります。

 若干楽しい。



「じゃあ、することすれば」



 と、そこに声が飛んできました。

 そこには少々体温が上がっているのか、頬の赤らむリグレッタ。


 イジけたおす夫が相当うっとうしかったのか、随分とイラついたように早口です。


「すればいいじゃない、私達は夫婦なんだし、したければすればいいのよ。 どうせ魔法が通じないなら私には抵抗する術もないんだから。 ええ、そう、私にはどうしようもないんだわ。 あなたがしたいならしたいようにすればいい。 ほら」


 自分より低い位置にある私の肩をホールドして逃さぬように、でも目を背けながらまくしたてるリグレッタ。

 頬のみならず、素朴な、でもかわいらしいお顔全体が真っ赤でありました。



 これはどういうことでしょうか。



 彼女からしたら私などまだまだ祖国の仇でしょう。

 夫婦として寝食を共にしたとはいえ、まだ数日です。

 情が移るにもまだそこまで交流も深まってはいないと思います。


 そんな彼女が私を言葉とは裏腹に、態度も表情も前向きに受け入れる事を表明しています。


 心変わりにしては早過ぎる。


 私を日々、魔法で突き倒してるくらいでちょうどいいはずではないか。

 それともこれがヒトの、またはドワーフの情動なのでしょうか?

 12歳のヒトの子としても、元ドラゴンとしても正直わかりかねます。



「私は他に選択肢もないし、居場所もないから」



 ああ…なんということか。

 彼女はとてもたくましくさかしいのですね。

 そして悲しくも、賢いがために彼女は境遇にただ嘆くことを選べない。


 彼女は、生きるために選ぶべき事を知っている。

 生きるために居場所が必要である事をわかっている。

 そして、生きる事が彼女を生かしてきた同胞たちに報い、同胞たちを生かすことと理解しているのでした。


 彼女はその理解を持ってこの境遇から選んだのです。

 私の、マルクベルの妻としてその命、未来を繋ぐ事を。

 彼女の姫君としての人生の為に。


 なんという、尊い方なのか。

 私も王子として、応えなければならない。



「わかりました、いたしましょう」



 私の答えに不意に怯えた表情を見せるリグレッタ。


「しかしながら、あなたが嫌がる事はいたしません。今日に限らず、あなたが私を許せる日まで許せるまでの事だけをいたします。」


 私は、宣言する。

 王子として、彼女の誇りと彼女の女の子を守る為の誓いを。

 これは清廉潔白であろうという想いより、彼女の生き方に対する敬意でありました。

 王子として、竜として、最大限の敬意を。



「あと具体的に何をいたせばいいのか知りませんのでむしろ指導ください」



 まあ、ほら、まだ12歳ですので。


 残念ながら、享楽的な事についての知識はまだ積む機会もなく、ドラゴンの頃でもヒトのそうした営みについてはよく見えなかったものですから。


 これにはリグレッタ、今日一番の呆け顔を見せてくれました。


「え、ええ……え〜〜〜〜〜っ」


 落ち着きがなく室内を見渡すリグレッタ。


 彼女のがお姉さんですしきっと知識はあるでしょうし手順もわかりましょうと思っておりましたが、しかしながら、先程よりも顔が真っ赤になってきて、ますます落ち着きを無くしている様子。


 大丈夫かな?


 心配して顔を覗き込む私。

 リグレッタの愛嬌のあるお顔が目の前でますます真っ赤になりました。

 うん、やはり大変好ましい。


 私がじっと見つめておりますと、彼女は決意した凛々しい顔をしたと思った途端、私の唇に自分の唇を重ねてきてまいりました。



「んう……んっ」



 リグレッタがまつ毛までよく見えるほど近づいています。

 思った以上に長いまつげでありました。


 彼女の唇はとてやわらかく潤っていて、私の唇の上を滑る度に心地よい。

 私だけではなくリグレッタもそのようで、私の唇にと擦り合うたびに小さく、熱の篭った息を吐く。


「ふぁっ……」


 口吸いが終わり、顔を見合わせる私達。


 なんでしょう、この感情。

 私達はとんでもないことをしている気がします。

 すごく悪いことのようで、しかしその罪悪感が強ければ強いほど心地よく夢中になってしまう。



 本来のマルクベル、君はこんなことの虜になってしまったのですね。

 私にもちょっと気持ちが分かってまいりました。


「こ、このあとは」

「このあと!?」


 まだ手順があるというのですね。

 これ以上すごいことがあるのでしょうか?

 私、正直なところ、好奇心を刺激されています。



「〜〜お布団で寝るっ!」


 リグレッタは力強く宣言する。


 なるほど!


 たしかにそろそろ横になりたい気分です。

 私は、もそりと自分のベッドに入ります。

 おやすみなさい。



 私が寝入りだすと、リグレッタもベッドに入ってきました。

 そして小さな私を抱きしめる。

 私は、どこかとても懐かしいような気分と、穏やかなような穏やかでないような気持ちに同時に襲われ、こそばゆくなりました。


「……私は嫌いじゃないよ、あなたの顔」



 私の頭をポンポン。



 すごく安心する。



 ――ああ、このひとは私を慰めてくれていたのかしら?



 そんな、かわいらしい姉さん女房の優しさに包まれ、私はそのまますやすやと眠るのでした。

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