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2話 鬼畜の英才教育

 鬼畜王子としてのヒトの生は、そう容易いものではありませんでした。


 いえ、私も偏見というものがあったようで、やはり前世においての知識では『苦労を知らない無能ボンボン』という記録に準拠してこのマルクベルという者のイメージを持っていたものですから。

 まさかこんなに厳しくしつけられていたとは夢にも思わなかった次第です。


 毒味の効いた適温以下の皿のフルコースの後に、時代の学問のフルコース、武術のフルコースと、もはや何を目指しているのかわからない分量の詰め込み教育計画が私を襲いました。


 とにもかくにも、休まらない。

 次期国王とはかくも全人たるべきか。


 特に武術に関してはもう駄目です。

 身体がへっぽこが過ぎてついていきませぬ。

 この身体、本当に才能に恵まれない。

 本来のマルクベル氏に対し同情しか湧きませぬ。


 幼き頃から襲いかかる挫折の数々と、偉大すぎて遠すぎる父の背中。

 こんなことを長年延々と繰り返しもすれば享楽に走っても仕方のないことでしょう。


 しかし悪いことばかりでもありません。

 このマルクベル氏、特別な特徴として体に『魔素まそ』が滞留しないのです。

 少ない、ではなく『無い』というのが大変いい。


 魔素とはこの世界において空気中に存在する気体に含まれる物質でして、この世界の魔法の着火剤とも言うべきものです。

 この魔素は呼吸とともに吸い込まれ生物の体に滞留する性質があり、ヒトは自分の中に在る魔素を震わせ放出し、着火する体系の魔法を日常的に使います。


 まあ、構造を説明しますと毛穴という毛穴から魔素を目的の性質に変換しながら放出して実現する形の魔法です。

 わかりやすく、ここでは毛穴魔法とでも呼んでおきましょうか。


 魔素の滞留する量は個体でまちまちで、滞留量が多い程ヒトは毛穴魔法をつかいこなせるという理屈になっており、このマルクベル氏、魔素の滞留が皆無のためまるで魔法も使いこなせぬということになります。


 この毛穴魔法の体系によって構築された社会においては、魔素が滞留しない体質は重大な欠陥です。

 歴史にはこの問題は記載されていないが、知れていれば本来特筆されるべき事項のため、おそらく王国が徹底的に隠し通したのでありましょう。

 それ程のハンディキャップでありました。


 しかしながら私は、先の時代の体内魔素をつかわぬ技術体系の魔法を知っておりますし、体内魔素が皆無、という状態の極めて極端なメリットを知っております。

 これは使いようというものだ。


 このマルクベルは体力無い時間無い才能無いの三拍子であり、本当に同情を禁じ得ないわけですけれども、今は元ドラゴンであるこの私がこのマルクベルである以上、どうにかしてやりましょう。


 この悲劇的な程恵まれない、偉大なるボンボンを優秀な王者に育て上げるのです。



 ■■■■■■■■■



「ベル、お前の嫁だ。 好きにしろ」



 第一王子マルクベル、困難がすぎる英才教育を受け続けてヒトの暦で12年。


 久方ぶりにお会いした偉大なる父、マルクゼラスの侵略遠征のおみやげは、とてもきれいなドレスを身にまとった14、5程の女の子でありました。

 小柄な身体に長い髪、素朴ではあるが整った可愛らしい顔付き、たいへん好ましいと思います。



 ええ、しかしとりあえず、色々と言いたい事があります。



 御年12歳頃の男子に対して、女の子置いてって『好きにしろ』と言って去っていく父というのは、流石に大王だとしてもあんまりなのでは?



 教育に悪すぎる!



 マルクベルの人生をそれなりにこなしてきて感じていた事なのですが、父のことごとくがこの第一王子の心を傷つけていたのです。


 まず、父とは何ヶ月も会えない、一年もざらであります。

 このマルクドゥル王国は勢力拡大の真っ最中であり常に戦争状態でありますから、王たる御役目に追われ息子にかまけている暇など皆無だというのもわかります。

 しかしながらこのマルクベル、正妃である母も病死しており唯一の肉親が父親である以上、父の愛情を求めるものであります。

 ほんの数秒でもいい、このマルクベルについて興味を抱いて知って欲しい、そんな思いが湧き上がるわけです。


 それに対して、これです。

 女の子だけ与えて、これですよ。


 そりゃあもう、鬼畜王子にもなります、なりますとも。

 この教育方針、間違いだらけです。

 未来の王国の瓦解はマルクゼラス=ブリムが父として未熟だった故と言えるでしょう。


 このマルクベルという人物、前世の記憶からまるで印象が変わりました。

我が身可愛さというやつかもしれませんが、同情が湯水のように溢れてきます。

 歴史と言うものはこれだから面白い。

 深く知れば知るほど新しい面が見えてくる。



「……」



 そういえば押し付けられた女の子がまだおりました。

 どうしましょうか。


「ご本でも読みませう」


 いくつか書をもって近づきました。

 するとどうでしょう。

 書を受け取ったかと思えば背表紙でごっつんと殴られました。

 これは痛い。



「いやらしいことするんでしょう! 春画みたいに!」



 なんということを言うのかしらこの子は。


「いたしません」

「うそ!」

「うそではありません」


 本来のマルクベルならともかく、私は鬼畜王子として名を上げたくはないわけですから、そんなことはいたさないのです。


「お名前と、お歳は?」

「……リグレッタ。14。」



 おお、リグレッタ!

 リグレッタ=ドワブル!


 王国領にある『つがい山』に住まうドワーフ一族の王女様、『山の洞の王』の一人娘!


 王国の侵攻対象はヒトにかぎらず、亜人種も含めての統一支配を目指すものでありました。

 ドワーフ族も例外ではなく、王国の侵略によってその国である『つがい山』を奪われたのでした。


 そしてこのリグレッタ。

 歴史書によればマルクベルの最初の妻であり、好色の最初の被害者であります。


 ここで道を誤るわけにはいかない。

 さあ歩みだそう、清廉潔白王子マルクベルの第一歩です。


「どうぞ、仲良くしませう」


 友好の握手を。

 私は手を差し伸べます。


「いやらしい意味ね!やらしい!」

「清く正しく」


 まあ、この状況下では信用しろという方が無理な話ですね。

 どうしたものか。



「仲良くするなら、この手枷、外して」



 ふむ、なるほど。

 確かにそのあたり対等ではありませんでしたね。


「はい、お安い御用」


 わたしはカチャカチャと軽々しくその手枷を外すのでありました。

 

 ちなみに、この手枷は鋼鉄製なのですがそれは強度の面の問題だけではなく、この時代の毛穴から出す魔法に起因しています。


 魔素は鋼に散る、という性質があり、魔素は鋼が近くにあると放散され魔法に利用できなくなるのです。


 何せこの魔素を利用した魔法は一般的で日常的で、武器になるものですから、捕らえた者に対しては魔素を封じるという配慮が必要になります。

 そのための鋼鉄の手枷でありました。


 そんな手枷を外されたリグレッタ。

 そういえば、ドワーフは妖精属、ヒトよりも魔素の取り扱いに長けている筈ですね。



「……馬鹿じゃないの?」


 心の底が冷えるような冷たい目で睨みつけてくる彼女。

 人の一人二人、ためらいなく殺せそうな瞳です。

 息を大きく吸い込み、そして静かに吐く。


 彼女の身体に魔素が満ち、循環しはじめているのがわかります。

 全身から魔素の輝きが放たれ始めるとほら、キラキラとしています。


 毛穴魔法と小馬鹿にした物言いは言いましたが、その発動はなかなかどうして、とても綺麗なんですよ。



「ふぅ…ううぅう!」


 彼女の放出した魔素が彼女の髪を支える木櫛きぐしに集まる。

 強い輝きを放つ櫛は宝石のようで、凶器のよう。



「ふっ!!」



 距離を詰めてくるリグレッタ。

 光り輝く櫛を抜き取り、その輝きで私に斬りかかる!


 これが魔素魔法というやつで、木に限らず鋼以外の自然物に集める事でその素材を強化し鋭い刃とすることができたり、他様々な使い方ができます。

 とかく魔素の取り扱いができればなんでも便利な道具になるのでとても便利なのです。


 そんな刃と化した櫛が私の眼前に迫っておりまして。

 まあ通常であればこのまま顔面から切り刻まれてお陀仏。

 今世もおしまいというところです。



 私の額に触れる魔素の刃。


 その瞬間に霧散して解除される魔法。



 星となって消えてゆく魔素。

 私の額にはただの木櫛がサクッと刺さる。


 うん、これはこれで痛い。

 チクチクしますね。



 これが魔素滞留量ゼロのメリット。



 魔素に忌避されるこの身体は鋼に等しい魔素の絶縁体となる。


 完全なアンチマジック体質。

 やり方にもよりますが、この時代の魔素の使い方では私を魔素で傷つけることは出来ない。



「……え」


 呆然とするリグレッタ。

 それはそうでしょう。



「どうぞ、仲良くしませう」



 私は彼女の、手ずから櫛をとり、それを返しながらもう一度手を差し伸べます。


 彼女は、手を取りました。


 良かった、お友達になれそうです。



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