〜想い〜 (5カケラ目
あたしは漂う傍観者になって、ベッドの中で泣き喚いているあたしを見ていた。
同じ。
あの時と。
ケイスケの葬儀からずっと。
お茶碗割ったあの時も。
感情的になって、なり過ぎて。
あの時、泣きたかった。
でも、そうもいかなくて、泣けかないあたしができた。
お茶碗割った時だって、泣いてそのまま眠ったあんたはわかんないでしょうけど、シンクも茶碗も片付けて!
まるで二重人格。
泣いてるあたしはしゃくり上げながら小さく「ケイスケのばかぁ」なんて言っている。
そこはあたしも同感するよ。
ふと視線を感じてあたしから目をそらすと、ケイスケと、目が合った。
漂っているケイスケが空中で固まったままだ。
目もまん丸になっている。
《どうしたの?ケイスケ》
《おま…おまえ!!》
あぁ、驚いたのか。
そりゃ驚くわよね。
いつの間にか二重人格?になってんだもん。
《あー、ケイスケのせいじゃないよ。
確かにケイスケの死がキッカケだとは思うんだけど、あたしがこうなった事にケイスケが責任を感じる事…無いからね!
なんかさ、向こうが泣き過ぎててその分泣けないあたしが分離したみたい。
あっちが全部感情持ってったみたいな?
多分さ、ストレスだと思うし、コレってきっといつか元に戻ると思うし》
なるべくケイスケにはこの症状を重荷に感じて欲しく無い…。
《リョウコ…》
小さな…呟くような声でケイスケが言う…。
無理もない。
恋人が自分の死後こんな事になるなんて、思わないだろうし、あたしも思ってた。
《お前…スゲェな!!!》
《…………は?》
どう言う事!?!
この状況で何がすごいと言うのか。
《何が、凄いのよ》
まだ丸い目のケイスケが言う。
《お前、俺と同じ》
《……はぁ?》
ケイスケがふわりと近付いてあたしの肩に手を置く。
体温は感じないけれど、そこに「ある」感じ…。
《俺、お前に触れてる》
あ。
本当だ…。
ぼんやりした影。
そこにいるのに触れたくても触れられなかったケイスケ…。
《ケイス…》
《リョウコっ》
あたしが名前を呼ぶよりも早く抱きしめられた。
《ケイス…ケ?》
《まさかこうしていられるなんて。お前にこうして触れられるなんて。
いや、そもそもそう言うの考えてなかったし。
なんでこうして抱きしめられるんだろうなぁー。
リョウコっ》
あたしも知りたいわよ。
まさか!
あたし、死んだの?だから霊魂になってケイスケと触れられるの??
ケイスケに抱きしめられながら泣いていたあたしを窺う。
しゃくり上げてたあたしは泣き疲れたのかどうやらそのまま眠っているようだ。
となると、俯瞰意識だけここにあって霊魂みたいに存在してるってこと?
あ、幽体離脱っていうアレ?
マジですか。
あたしが思考を巡らせているといつの間にか、あたしを後ろから抱くポジションにケイスケがいる。
《やー、俺もう思い残すことねーわ。
心配事は減ったし、リョウコをこうしてぎゅーってできてるし。
リョウちゃんー、キスしてもいい?」
心配事は、ダイスケのことだろう。
ネェ アタシ ノ コト ハ?
《ねぇ、ケイスケ…。
あんた言ったわよね。「未練もない」「思い残す事もない」って…。
あたしは?
あたしのことは一人残しても平気なの?
未練も何にもないの??
ダイスケに言うこと言って満足なわけ?
あたしは…あたし…》
なんであたしこう感情的になってるんだろう。
俯瞰の意識なのに。
でも、止まらない
後ろから抱きしめているケイスケの腕の中から外れ、ケイスケと向き合う形で叫んだ。
《あたしの事はどうでもいいわけっっ?
…もう…満足なの?
もう……要らないのっ?》
あたしのいた空間そのままに固まった腕がだらりと落ちて…。
《満足かぁ。
なぁ俺満足したと思う?
満足なんかこれっぽっちも出来てねぇよ。でも、今の俺じゃ出来ることは限られてるから、さ。
俺は今の俺に出来ることをやり遂げたって思ってる。
だから、満足…なんだ》
最後の一言とともに項垂れるケイスケ。
《それ、そんなんじゃ満足してないってことじゃない!》
ケイスケの両腕を掴んで項垂れた顔を覗き込む。
すると、予想外に真っ直ぐな視線に捕らわれた。
《お前さ、俺死んでからダイスケと何話ししたの?》
《え?》
しかも予想外の質問。
《何って…。なんだろう…葬儀の時の細々したこととか、どのプランがいいのかとか、いろいろ。
えっと、思ったよりも結構な金額だなって、大丈夫か?お金って言われて、葬儀社からは分割でもいいって言われたしそのうち保険金も事故の賠償金も出るしって。
付き合いで結構いい値段の保険に入ってるし、賠償金はわかんないけど事故被害者だから…って。
じゃぁお金のことは心配なさそうだなって。
んで、これからひとりで暮らすんだから気を付けろって言われて、何かあったら俺に話せよって」
そう、葬儀の時に心細くて細々とした初めてのことに流されそうな時にいてくれた。
なのに、横領してたとか…信じられない。
盛大なため息が聞こえた。
ケイスケだ。
幽霊だけどここまで盛大にため息は出るのかと、変なところに感心した。
《お前さぁ…、話す相手を……もう、いいや》
《何よ。言いかけたら言わないとダメ》
もう一つため息ついてケイスケが言う。
《あのさ、保険金とか賠償金とか振り込まれたらダイスケに貸してやってほしい。
全額とは言わない。全体の半分位でいいから。
それに!ちゃんと一筆書いてもらえよ?!》
いつになく真剣な眼差しのケイスケにあたしは頷いた。
《うん。わかった》
《…ん》
またため息。
《俺…そろそろ行かないと》
《…っやだっ!嫌だ嫌だっ!行かないでよ!》
ケイスケの腕を掴む。必死に。
《やだって言われても…。俺だって戻りたくねぇけど、必ず戻るからって許可もらって来てるから…》
《行かないでよ、あたしをひとりにしないでよ!》
じんわり目が潤んでくる。
唇が震えて、さっきのあたしみたいに泣き出しそうだ。
《リョウコ…》
《ひとりにしないで!一緒にいるって言ったじゃん!
酷いよ…。置いていくなんて…》
もう止まらない。
涙が今までの分も溢れてくる。
顔なんかぐしゃぐしゃだ。
《俺が好きで置いていったとおも》
《思わないよ!だから連れってって。
そうだよ。あたしが一緒に行けばいいんだよ。
ほらあたしがここにいても身体は生きてる。
あたし着いてく!》
《…リョウコ。俺お前が好きだ》
ケイスケの腕があたしを抱き締め、そうして目を覗き込むように諭すようにケイスケは続ける。
《ほら見ろよ。リョウコから糸みたいなのが見えるか?それで繋がってる。
繋がってるんだよ、リョウコの身体と。
戻れるんだ。戻るって言う選択肢があるんだ。
生きるための。
生きてくれ。
今日俺がした事を無駄にしないでくれ
俺はリョウコに生きていてほしい》
《あたしはっ》
あたしの唇を塞ぐように人差し指を立て
《それに、お前今…泣いてるだろ。
泣けない、感情は全部あっちが持ってった。とか言ってて。
二人のお前は今ひとつになった。
多分》
《今はそう言う話じゃないもん!
あたしはついて行くのー!》
いつになく泣きわめくあたしをケイスケは抱きしめてくれてた。
抱きしめられたままケイスケの背中を叩きながらも。
馬鹿アホ嘘つきと悪態をついて足をばたつかせてても。
ケイスケは抱きしめる。
あたしの名前を呼びながら。
あたしが眠るまで。
本当は俺がずっとそばにいて守るつもりだったんだ。こんなことになるのはとても不本意だしなんで俺が?って思ってる。
俺はこれからのお前のそばには、もう、いられねぇ。泣いてても笑ってても喜びも悲しみも分かち合えないんだよ。
俺だって一緒にいたいよ。
だけどお前は生きてる!
いきてるんだよ!!
……
俺はお前に、生きていて…ほしい…
リョウコ
俺は
俺はさ、またお前と話せて良かったって思うし、言いたい事も言えたし。
俺は、お前が。俺はリョウコが好きだ。俺だって一緒にいたいよ。でも、無理なんだ。無理だから
お前には、俺以上にいい男が待ってるよ。俺が保証する。…………したくなんかねぇけど
リョウコ
大好きだよ。