〜想い〜 (4カケラ目
「今日は、一日いろんなことがあったなぁ」
家に帰ってご飯食べてお風呂に入って、ベッドの上で仰向けになって伸びをする。
《本当だよなぁ…》
あたしの目の前でユウスケが漂いながら呟く。
誰のせいだ。
「っていうか、いつから気が付いてたのよ。ダイスケの事」
日中の事、待ち合わせ場所の喫茶店に着いたのは約束の時間に少し遅れて。
先に来ているだろうと思っていたダイスケはまだいなくて取り敢えずあたしは奥のテーブル席に座った。
この喫茶店こそ、いつか行ってみたいねと言っていたところだ。落ち着いた雰囲気で居心地が良い。
どうやらこの喫茶店の入っているビルの上の方はマンションの造りのようだ。
ふとカウンターを見ると、いい歳のおじさんがマスターに泣き言を言ってるかのようで。
どうしたんだろ?
オーダーに来てくれた子にコーヒーを頼んでいたら、丁度ダイスケが来た。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「こいつと一緒のでいいよっ」
いつにない剣幕だ。
オーダーの子も少し驚きながらそそくさと戻っていった。
「ちょっと、どうしたのよ。怖いよ?」
「お前か!お前だったんだろ?リョウコ!よりによってケイスケの名前使って。俺が怖がると思ったんだろ?呼び出して満足か?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな一気に言われてもわかんないよ。
怖がるとか満足とか、なに?」
「お前なんだろ?ケイスケの…死んだケイスケの名前でメール寄越して!幾ら欲しいんだよ!
こんな事にケイスケの名前使って恥ずかしくないのかよっ!」
座りもしないで、ずっと喋りっぱなしのダイスケの横っ面を引っ叩く。立ち上がって。
「ふざけんじゃないわよ!
誰がケイスケの名前で呼び出したっていうのよ!ケイスケが呼んだのよ!
幾ら欲しいかだって?はっ!あたしが脅迫まがいの事するわけないでしょうが!
それにあたしはケイスケに対して恥ずかしいことなんてこれっぽっちもしてない!
あんたは脅迫されるような事でもしてるわけ?
ふざけんなっ」
綺麗に決まったのかあたしの手の平は痛まず、ただ脳裏には引っ叩いた映像だけが残った。
《いやーかっこいい啖呵だったわー。惚れ惚れしちゃったわー》
なんて、ベッドの上のあたしの目の前を身体をくねらせながら漂うケイスケが言う。
あたしは、その時の事よく覚えていない。
あんまりにも頭に来てたからかもしれない。
ダイスケと会った後、ケイスケとダイスケとのメールのやり取りを全部読んだ。
するとそこには、パチンコに注ぎ込んで借金して挙句会社のお金に手を着けたと言う事が書かれてあった。
「でもさ、どうしてダイスケが横領してたって知ってたの?」
《確信は無かったんだ。なんかこいつ羽振りいいなって。仕事順調なんだなって思ってたんだよね。
でも、なんかちょっと違う感じでさ。
怖いお兄さんから電話来てたみたいだしさ。
あれー?闇金かぁ?って思って、でもやっぱり羽振りは良いままだしさぁ。
一応あいつ経理にいるしさ。
会社違うし、調べようねぇなぁって思ってるうちに俺死んじゃったしさぁ》
「ふーん。知らなかった。なんで言ってくれなかったの?」
《言えるわけねー。なんて言うんだよ》
「それもそうか」
もぞもぞと布団へ入る。
ケイスケは相変わらず気ままに浮いたままだ。
あの時ーー
あの啖呵の後、ダイスケは大人しく椅子に腰掛けた。
気が抜けたのか、脱力しているようで。
あたしはと言えば、少し冷静になって周りの横目で窺う好奇の目や、見てみないふりの空気の中小さく座った。
座っても口を出る言葉も互いに無いままどのくらいの時間が経ったのか。
今日はとことん奇行の日なんだろうか。
これもみんな…ケイスケのせい。
なのに隣に座った態のケイスケは黙りを決め込んでいる。
「ねぇ、ケイス」
「……お待たせ致しました。コーヒーおふたつです」
口を開いた時に丁度コーヒーが運ばれて来た。
「ありがと。
さっきは、ごめんね」
「あ、いいえ」
ニッコリと営業スマイルでカウンターへと戻る。
接客業は、大変だよなぁ。
こういう客もいるしさ。
「ダイスケ、コーヒーきたよ」
「あぁ」
ダイスケが向かいの席でのろのろと動き出す。
「あのね、あたしは何にも知らないの。
確かにあたしのアドレスからダイスケに届いたんだろうけど、あたしが送ったんじゃない」
「信じられないだろうけど、ケイスケが送ったの」
何言ってんだこいつって目で見るな。
あたしも同じ立場ならそう思うから。
「これ」
携帯を取り出し送信済のメールを見せると、そこにはダイスケへのメールが並ぶ。
「あたしじゃないの。ケイスケなの。
今あたしの隣に座ってる」
「は?何言ってんの、お前」
だよね、そうだよね。そういう反応だよね。
どうしようかと隣のケイスケに視線を移すと、ケイスケはテーブルに身を乗り出してダイスケの前に置いたあたしの携帯を操作し始めた。
あたしからは、行儀悪くテーブルの上に身体を乗り出したケイスケが携帯を操作してるように見えるけれど、ダイスケにはそうは見えない。そもそもダイスケにはケイスケが見えないから。
携帯の画面が勝手に、誰も触れてさえいないのに勝手に動いて文字を打ち込んでいるように見えるのだろう。
ダイスケの目が見開かれていた。
何が打ち込まれているのかはあたしのところからじゃ見えないし、覗き込む雰囲気でもない。
徐々にダイスケの顔が強張っていく。
目を逸らしたいのに逸らせない。そんな感じで、怯えている。呼吸も浅くなって…
「っ!知らない!そんな事ない!言えなかったんだ!」
ダイスケが立ち上がり叫び出す。
携帯を凝視したまま。
「……ダイスケ…?」
「…っ!!」
あたしの顔を見て、恐怖とも取れる引きつった表情でダイスケは猛然と走り去った。
何かから逃げるように。
「ね、ダイスケ行っちゃったよ。
なんて打ったのよ」
《別に》
すでに本文は削除されてホーム画面に戻っていた。
あの時、一体なんて打ち込んでたんだろう。
《あぁー!俺これで思い残す事ないわー》
相変わらず漂いながら晴れ晴れと言う。
幸せそうに。
「思い残す事ないって、どう言うことよ。
あたしはいっぱいあるわよ。
あたしいっぱいあるわよ!!
なんでそう幸せそうなのよ!お気楽なのよ!
あたしだけひとり残して!」
《リョウ…コ?》
ケイスケが驚いてる。
知ってる。私自身も驚いてる。いきなりの爆発。
「未練ないとか、思い残すことないとか、なんで?なんで無いの?あたしのことは?未練もないし心残りでもないの?あたしってなんだったのよぅっ!」
まただ。
俯瞰している意識のあたしは弾かれた。
感情的にベッドに突っ伏して泣き喚くあたしをあたしは視ている。
「ダイスケの事もっ教えてくれなかったし、あたし…」
「ケイスケのばかぁーーー」