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徒然に綴る短編集  作者: neko
〜想い〜
4/8

〜想い〜  (2カケラ目


《ほら起きろよ、遅刻すんぞ》


「んーー、もうすこしぃ」


《ダメだ、ほら起きろよ》


「んー…」


 起き上がると起き抜けの水を飲むため台所へと向かう。

 シンクは片付いてコップ類もカゴの中だ。

 カゴからコップを取り出し、なみなみと水を注いでは喉を鳴らしながら水を飲む。


 飲み干すまでの時間、目を奪ったのはシンク脇に置かれたひとつのカケラ。


 これって…


 「っごめん!ケイスケ!あたしお茶碗っ」


 振り向きながら口にした台詞は途中で消えた。


 ケイスケがいなくて、お茶碗なんていらないのにって叩きつけて割ったんだった。

 ケイスケがいないから。


 でもあたしいつ片付けたんだろう。

 シンクも、破片も。


 しみじみと摘んでいるのもを見る。

 お茶碗の内側のワンポイントの花模様。

 一緒に買った夫婦茶碗の片割れの、言葉通りのかけら。

 残ったあたし。


「しかし、お花綺麗に残ったなぁ」


 寝室へ移動しながら、それをひっくり返したり戻したり近く遠く眺めては鏡台に使っているコーナーの引き出しにしまった。


大切なモノはここにある。

 ケイスケに貰ったペンダントもピアスも、このコーナーにしまってる。

 全部。


 鼻の奥がツンとする。



「あ!お水お水!」


 毎朝ケイスケにお供えするお水を取りに戻る。

 供えていたコップを手に取り水を変えて持ってくる。


 タンスの上のケイスケの骨壺と位牌の前にコトンとコップを置く。

 姿勢を正して両手を合わせ…。


 ごめんね、ケイスケ。

 先に水飲んじゃった。

 そしてね、大切に使っていこうねって言ってたのに。あたし、お茶碗割っちゃったよ。わざと割っちゃったよ。

 ごめん。



「……さっ!支度しなくちゃ!」


 振り向いたその瞬間、ぼんやりした人影がいた。


 泥棒?

 いつから?まさか昨夜から!?

 鍵かけてたのに?!!


 怯んだのは一瞬。

 けど飛びかかる事も出来ず。

 必死に間取りを思い浮かべ逃げ道の算段をする。


 寝室は玄関からは1番遠い。

 次はリビングとして使ってる1番広い部屋。ベランダがあるからそこから逃げようと思えば…無理だ。ここ4階だから。

 

 強行突破しかない。


《おー怖え。リョウコー、俺だよ俺》


「え?」


 声がする。

 ケイスケの声が。

 そしてぼんやりした影が揺らいで消えた。


 強張ってた体から力が抜ける。

 そしてまた力が入る。


「あんた誰よ!ケイスケの声真似なんかして。ふざけてないで出てきなさいよ!」


《俺だってば》


 今度は後ろから聞こえた。

 振り向くと壁に半分埋まったぼんやりな人影が見える。

 在ろう事かニヤリと笑って手を振っている仕草まで見て取れてしまう。


「な!何よ、あんた!」

後退りしながらも啖呵をきる。


《だから言ってんでしょーが、ケイスケ君だってば》

離れた分だけぼんやりが近付いてくる。


「ケ…イスケ?」


《そうだよー。おー、名前呼ばれると存在感出てくるって本当だなぁ》

確かに少しだけ影は濃くなった気がする。

 けれど!


「ケイスケは。ケイスケは、死んじゃったんだよ!?」


《うん。俺は死んだ。だから今の俺は幽霊だな》


 あっさりしすぎだ。

 しかもなんかタップ踏んでるし。

 なにが楽しいんだ?幽霊ならもっとジトッと、うらめしや〜って出るもんじゃないの?幽霊って。


「あんた、本当にケイスケ?」


《あれ?まだ疑う?じゃぁ、俺しか知らない事を言えばいいわけね》


 薄らぼんやりがにたりと笑った気がする。

 嫌な予感。


《えぇっとー。強気なのに甘えん坊で一緒の布団で腕枕してないと熟睡できなくて、、涙脆くてホラーは苦手だろう?お前。あとは、あれだな…夜は腕ひっかくし肩噛むし…


「うわぁ!もういい!もう言わなくていいっ!」

クッションを投げつけるけれど、その全てはケイスケを素通りする。

 ケイスケは平気の平左で「お?もういいの?」とか言ってるし。


「ねぇケイスケ。本当にケイスケ?」


《そうだよ》


「どうしてもっと早く来てくれなかったの?会いたかった。話もしたかった。もっと一緒に生きたかった!ケイスケ!ケイスケ、ケイスケぇ」

縋りつこうとしたのに実体がないから、無理だった。

 けれど、随分と影はケイスケになっている。


「…ねぇ?ケイスケ。あんた幽霊って成仏できないの?あのほら、未練がーって、未練なの?あ、悪霊なの?あっだめだよ!事故の相手を呪っちゃ!本当に成仏できなくなるんだからね!?」

少しずつしっかりしてきている影に詰め寄る。


《そんなんねぇよ。恨みもねぇし、未練もねぇ!」


 未練…ないのか。

 ないのか、ケイスケ。


《言いたい事あってさ…いろいろ》

俯くケイスケはもじもじしながら続ける。


《とりあえずさ、俺の名前呼んで?もう少し、いやもっと、こう、存在感出していきたいし、さ》


 お前は、どこぞの売り出し中の俳優か?歌手か?

 あぁあああん?

 

 どうやら不穏な空気を感じ取ったのか、ケイスケが時計を指差す。


《ほ…らほら、時間間に合わなくなっちまう、ぞ。遅刻していいのか?今日があれから初めての出社日だろ?》


「あああああ!遅れる!」


 バタバタと支度をし始める。

 着替えて化粧して髪整えて御返礼持って鞄持って鞄の中確認して戸締りして火の元確認して靴履いて。


「で、ケイスケはどうすんの?」


《俺?俺はアレよ。リョウちゃんについてくよ》

ふわりふわりと漂いながらケイスケが言う。


「ええええー?なんで」


《だって俺、リョウちゃんに憑いてんだもん》


 と言う事で一緒の出社。

 信じられない。

 【リョウコこれから電車に乗ります。幽霊付きで】


 駄目だ。

 他の人に言ったって信じてもらえないだろう。

 きっと、ダイスケにだって。


「ねぇ?他の人には見えるの?」


《いいや、相当霊力強くないと見えないだろうねぇ。霊感ある人は「あれ?なんかいる?」くらいは思うかもしれないけどね》


 そんな話をしていたら、近所のおじさん(ほぼ毎朝会う)が目をまん丸にして、どうやら…ケイスケが見えたらしい。


 まさか見えてます?とも聞けず…

 曖昧に笑って駅へと急いだ。


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