職業病
初投稿です
考えられる行動は全て取ったつもりだ。しかし、どう考えても彼が助かる方法が思い浮かばなかった。そもそもレベル1の勇者が魔王を倒そうと考えること自体無謀なのだ。お手上げだった。既にパーティーは全滅。いくら強いパーティーを僕が組ませたところで、彼が強くなければ元も子もない。彼はここで死ぬのだ。仕方がない。僕も一生懸命サポートしたつもりさ。毒が入っている食事に銀のスプーンを用意しておいたり、寝首を襲われそうになった時は、タイミング良く鳴るビックリ箱を用意しておいたり、爆弾は全て赤を切れば止まるように細工しておいたり、必死の努力で、血反吐を吐きながら、僕は彼をサポートしてきたさ、なのに彼はそれに答えようとせず、運良くここまでたどり着いて、運が良いから魔王も殺っちゃえる! とか勘違いを起こして、調子に乗って、パーティーを全滅させても、まだ勝てるとか思っちゃってる。まったく、どう仕様も無い馬鹿だ。
さて、愚痴はここまでにして、僕は考えなければならない。ここまで来たのだ。僕の努力を水の泡にさせてたまる物か。
魔王を倒すにはまず、勇者のみが抜くことを許されている剣を装備させなければならない。それが定石だ。しかし、彼はまだレベル1だから、その剣を抜くことは許されていない。そもそもその剣がこの世界のどこにあるかすら、彼は知らないのだろう。大体森の中にある物だ。そういうのって。ならばその剣を抜かせに行けばよいのだ。そうだ、そうすれば良いのだ! しかし、その時間がない、もうあと何分で彼はこの世界から滅されてしまう。主の御前に召されてしまう。さて、ならば、これはどうだろうか、彼ではなく助っ人にその剣を抜かせ、、、だめだ、そもそもそんな時間が無い。うーーーーーーーーーん………困った。
僕は流れる雲を見た。魔王の城の最上階、つまり屋上には見晴らしの良い展望台がある。
段々と夜になって行く世界は、どこも同じような光景のようだ。遠くの街の灯りがぼんやりと見えた。夕暮れの静寂に耳を澄ませて、静かに自分の呼吸を意識した。乱雑とした世界の音が少しだけ止む。物悲しく儚い、どこか懐かしくも感じる。この景色は、少し僕に考える時間をくれるようだ。遠くの山々が藍色に染まって行くのが分かる。僕はポケットに入っているラッキーストライクを一本取り出して、火を付けた。オイルライターの味と肺に毒を入れている実感と、煙草の燃える音だけが、この世界の全てだった。そして、僕はそれを美しいと、そう感じた。
ここから世界を見渡していた魔王には、この世界がどう見えていたのだろうか。僕は雲を見ながら考えた。僕は魔王を殺そうと、あまりにもそれに失着し過ぎていたのではないだろうか。良い人も悪い人もこの世にはいない。この魔王は何か筋の通った思想があるのではないのだろうか。この見晴らしの良い丘で、彼は何を思って、街に火を放ったのだろうか。僕は、彼ではなく、彼に、それを問うてみたくなった。ならば、ここでこの世界を終わらせることはできない。勇者をここで死なせてはならない。救わなければならない、主人公補正なのだから。
さて、議題は生きて勇者をこの城から帰還させるだ。僕はリュックからノートパソコンと小型のルータと太陽光電池パネルを広げた。もちろんこの城にはWi-Fiは飛んでいない。なので、この小型ルータによって僕らが普段使っているOSにアクセスする。もう夕暮れだから手に入る電力が乏しい。時間は限られている。急いで彼らから知恵を拝借しなければならない。
LOGON AK00002
PASSWORD ********
Hello AK00002
./tkroom001.sh
Starting Operation…
<LOGON AK00003>
<LOGON AK00004>
03 うっす みてます
02 知恵を貸してくれ
04 こんばんは
<LOGON AK00005>
03 何か問題発生?
02 話すと長いのだが、敵国から主軸を生還させたい。状況は芳しくなく、主軸一人だけ が取り残されている状態なんだ。
04 転移系の魔術は装備して内の?
05 こん なんかヤバそうだけど、ごり押ししかないだろ
04 ないの?
02 04装備してない。05 なるべくごり押しはしなくない。十分な挫折を主軸に受け入れさせたい。
03 うーん 難しいな。お前は今回は何もしないのか?
02 できれば、その手段は使いたくない。
05 何か理由はあるのか。手を加えない理由
02 実は、その敵に何か問題がある気がしてならないんだ。僕たちと同じような種類の臭いがする。
04 敵って一人なの?
02 そう、でも一個師団レベルの力はある。
05 魔王的な?
02 まさにそう。魔王。
03 その魔王が、俺たちと同じ異世界渡航可能な生命体だってことか?
02 まぁ、一応人間なんだけど、そう。確証はないけれど、感覚が僕たち、いや、僕の就職前に似てるんだ。
03 02主軸関係の話か?
02 いや、僕の世界じゃない。たぶん未観測地帯から飛ばされてきたんだと思う。
04 まだ主軸を見つけてない場所は、06 08の宙域よ。
05 たぶん06だろうな。08は意思疎通ができる生命体はいないって愚痴ってたから、アイツ。
02 だれか06について詳しい情報持っているか?
03 たしか、お前の故郷と似てた気がする。
02 力学場ってことか?
03 たしか。でかい戦争が始まってて、中がゴチャゴチャらしい。主軸が見つからないのも、それが原因。
02 戦争か、何か分かりそうな気がする。
04 君の勘はあたるもんね。
02 まぁ、僕も一応そういったことを経験しているから何となく分かるんだ。それだけだよ。
05 とりあえず、その魔王の出生がどういった話にせよ、そこから主軸を生還させなければ元も子もねぇってことだろ?
04 そうね、何か名案が無いかしら。
03 もし、その魔王が06宙域で戦争と密接な関係の下で生活を送っていたとして、もし仮にだが、戦争に駆り出された兵士とか、そういった役柄で主軸と何らかの関係があったとしたら、そこから打開策は産めないか?
02 僕も、今それを思っていたよ。なぁ、兵士は何を守るために戦うと思う?
05 国
04 家族 愛する人
03 人を殺したいとか、狂気の中で生を実感したいとか、そう言った考えの下で参加する可能性だってありえるぜ
04 たぶん。魔王は守りたい物があったから、飛ばされたんじゃないかしら。その守りたい物が主軸と同じだとしたら。
03 子供か? 主軸と魔王の
02 いや、子供では無い気がする。もっと複雑な何か
04 主軸自身とか
05 主軸に関係していることは間違いないとして、そこからどうするんだ?
04 どうして魔王になったのかしら。
03 確かにな、なんでだ?
02 今考えた仮説なんだけど、魔王は主軸自身、または主軸と同じ何かを守りたいと、飛ばされる瞬間まで思っていた。しかし、それが叶わないと思った主軸が魔王に願ったんじゃないかな。守れないのなら、せめて魔王だけでも生かして欲しいと。
04 主軸の願いは、私たちでも手の施しようがない場合、彼女によって叶えられてしまう。
03 あの気まぐれ女神が、まーた余計なことしたのか?
05 上司の失態は部下の責任だからな
04 だとしたら、魔王は無理やり飛ばされてきた可能性が高いわね。
05 逆に、そこを交渉のカードにできるんじゃねぇか? 無理やり飛ばされてきたんなら 帰りてぇはずだろ?
03 確かに。帰りたくなるな。
02 どうにかなりそうだ。ありがとう。もう時間もなさそうだからすまないがこれで終了する。また後で
04 頑張って
LOGOFF
Goodbye AK00002
やはり彼らに聞いて正解だった。自分の考えを上手く整理できた。僕は今から魔王と交渉をする。交渉のカードは推論と煙草しかない。それが僕の持っているカードの全てだった。
僕は今、勇者と魔王が対峙しているフロアのさらに上の屋上にいる。丁度吹き抜けになっている箇所から下の様子を観察できた。僕が用意しておいた加護全てをふんだんに使って辛うじて立っている状態だった。今にも死んでしまいそうな目をしている。ざまぁみやがれ、なんて思ってしまったが、僕は彼をこれから救うのだ。もっと崇高な存在として彼の前に姿を現し、まるで神が出現したかのように振る舞わなければならないような気がした。邪心を全て捨てて、さあ、どういった出現の仕方をしようか。長く考えている余裕はなかった。魔王もごり押しで彼を殺すつもりだ。剣に何か異様なオーラが集まり始めている。遠距離攻撃なのか、近接攻撃なのか、考えている余裕はなかった。たぶん勇者はあれを避けても避けなくても死ぬ。即死攻撃、その言葉が記号のように僕の頭を過った。ここで勇者に死なれては、何も解決しない。誰も救うことが出来ない。それは、僕が二度と犯してはならない過ちなのだ。
罪が僕の足や手を無意識にさせる。体が自分の意思に反して動いて行く感覚、ドジは出来ない、最高潮の緊張の中で体は興奮している、しかし頭は至極冷静になっている。自分の息遣い。心臓が動くタイミング。すさまじく集中していることだけは理解できた。
屋上から一つ下のフロアへ飛んだ。タイミングは魔王が剣を振り下ろす瞬間だ。剣が勇者へ向けて振り下ろされる、間一髪で僕が勇者の足を振り払う、バランスを崩した勇者は倒れこむ。その僅かな隙間に自分の体を入れ勇者を抱いて魔王の足元の方へ全力で転がる。剣は床へ直撃した。衝撃が全身を襲う。小さな爆発が起こったような感触だった。透かさず魔王の足も振り払い、魔王がバランスを崩した瞬間に追撃されない距離まで間合いを取った。勇者は剣を振り下ろしたときの衝撃によって気絶していた。僕は勇者をフロアの端の壁際まですっ飛ばして魔王が体勢を立て直すのを待った。まずは第一関門突破だ。そして、これから魔王との交渉に入る。と思っていたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。彼は剣を構え此方に攻撃の構えをしていた。
「誰だが知らないが、私の邪魔をするということは、私に殺されても文句は言えないのだよ、君。」
文句くらいは言わせて欲しい。
「待ってくれ。話くらいは聞いてくれないか? 文句くらいは言いたいんだ」
そう言ってみたが、ダメみたいだ。
「ダメみたいですね」
そう言っている間にも、彼は攻撃可能な間合いまで移動してきていた。僕には今の状況下で使用できる攻撃が一つしかない。それは、中学二年生の時に教え込まれた対人用の体術だけだ。振り下ろされる剣を避けながら、魔王の隙を突く。脇腹、喉、心臓、ありとあらゆる箇所に打撃を与えていく。鈍い痛みを先方に蓄積させながら、頭の中では中学二年生のあの日に戻っていた。鍛錬に鍛錬を重ねながら、何者になるのかを試されていたあの時代に、僕の心は戻った。自分自身の何かに期待し、何者にもなれると、その何の根拠も無い自身に希望を抱き、それを渇望していた。そんなまだまだ僕自身が若かった時代だ。数学と理科が妙に好きだったけれど、教官たちは、僕に技能の方をもっと鍛錬せよ、と毎日のように言ってきた。技能の成績は優、良、可の中で「優」を取っていたから、別途鍛錬をするような状況ではなかったけれど、教官の命令は絶対厳守なので、僕は好きな理系科目の勉強や、読みたかった本を読む時間を削って、技能鍛錬に勤しんだ。そんな支配され続けていた時代の記憶を鮮明に思い出していた。
一瞬だけ記憶に気を取られてしまって、隙を作ってしまった。魔王は透かさず僕の溝内に強烈な蹴りを入れてきた。3mほど飛ばされ、受け身も取れずに立ち上がることが困難な状況になってしまった。
「疲れたなぁ」
弱気な声が自然と漏れた。なんだか眠くなってしまって、天井の吹き抜けからぼんやりと空を眺めた。もう完全に日が沈んだようで、星が幾つも見えた。しかし、その星のどれも、僕の記憶にはない星ばかりで、ここが本当に異世界なのだと、何千回も聞いたし、知っていることなのに、それに初めて気付いたような気分になった。
魔王が近づいてきていることが分かる。その低く黒い声がフロア全体に響いた。
「その体術は何処で培ったのだ?」
鬼の形相で喉に剣を向けられ、もはや抵抗の余地も無かった。
「どうして気になる」
僕も真面目な顔を頑張って作って答えた。
「私が質問しているのだ。お前には答える義務がある。私は質問を質問で返すような教育はされていないから、お前みたいな人間が嫌いだ。」
「わかった。答える。答えるから剣を退けてくれないか、少し話をしようじゃないか。僕もあなたと話がしたい。」
魔王は僕の喉から剣を退けて、床に突き刺した。そして、床に座って僕と目線を合わせてきた。さぁ、と言わんばかりに僕の返答を心待ちにしているような感じが犇々と伝わって来た。僕も魔王と視線を合わせるように体制を整えた。
「この体術はこの世界で習った技術ではない」
僕は包み隠さず、きっぱりと相手が心待ちにしているであろう答えを述べた。魔王は形相を変え、達成感溢れる顔で、僕に握手を求めてきた。僕も勢いで手を取ってしまった。その手は魔王の手では無く、ただの近所のおじさんの手と同じような、人間臭い手だった。
「やっとだ。やっと会えた。私は君のことを心待ちにしていたのだ。さあ、私を連れて行ってくれ、やり残したことがまだまだあるんだ。私はあの戦場に戻らなければならない。」
その顔はもはや魔王では無く、ただの気の良いおじさんだった。そして、今の言葉ですべて理解した。彼がどういった問題を抱えていたのか。屋上から見渡していた世界がどのように見えていたのか。どういう思いで街に火を放ったのか。全てを理解してしまって、そして、僕自身もまた、彼を助けてあげたいと、そう願ってしまった。これは職業病なのだろうか。
夕闇が溶けた世界で、僕は、もう魔王ではなくなった彼の言葉に耳を傾けた。光を探るように。