1.彼女は澄乃
あたたあたただたたた・・・
たあたあ、あたたかな温か。暖かな日が、日は暖かで・・・その
そこの四角い枠の中に、ほら、あのなんていうか
透明なプレート・・・そう、ガラス。それが嵌ってる奴。世間一般では「窓」って呼ぶらしいんだけども。
それから、日が差し込んでいて暖かいの。それに、暖かいわ。とても。
まぁ、落ち着きなさいよ。落ち着いて。いいから。どうかしら、落ち着いたかしら。
ここは私の部屋よ。見ての通りね。とても暖かいし、窓もある。部屋なのよ。
あなたにはこの文章は少し難解かもしれないけれども、私にも難解だから安心してちょうだい。
伝えたいのはただ、一つよ。ここは私の部屋で、世界が崩壊して、それで、あの、色々あったの。
というたった一つの事を伝えるために、これを書くわ。このために一杯教わったの。
澄乃に教わったわ。かなり苦労したわ。あなたも今苦労しているでしょうけど、同じくらい苦労したわ。
段々と分かってきたの。伝えたい事を伝える方法よ。今から伝えるわ。
まずは澄乃よ。私と澄乃の出会いから伝える必要があるわ。
ここで私は自分の文章を見返すという事を覚えたわ。そして修正することも。
あと、「こと」と「事」が一緒に居ると気持ちが悪いわ。
話を進めましょうか。
「邪魔よ」
これが澄乃と私が出会ってから、一番最初にもらった言葉よ。
その時の澄乃は、なにか急いでいるような、何かを鬱陶しく思っている様子だったわ。
「何か嫌なことでもあったの?」
これはこれから幾度となく澄乃にあげる言葉の中で、一番最初の言葉よ。
それから一呼吸の間があって、怪訝な顔をしながら澄乃は道を引き返したわ。
どうしたんだろうと思って、私は澄乃の後を目で追ったの。
そうしたら、澄乃は別の通路を通って丁度一回りして私がもと居た場所まで戻ってきたわ。不思議ね。
しばらく澄乃を見ていたのだけれど、どうしても気になって聞いてしまったわ。
「あなたはどうしてぐるっと回ってきたの?」
「あなたが通路のど真ん中に突っ立って、呆けていたから声をかけたのに言葉を理解するだけの脳みそを持ち合わせていないようだったので、可哀そうに思ってこちらが気を使ったまでよ。なにか可笑しいかしら?」
信じられる?この間、一度も息継ぎしないで言ったのよ。
私はその半分も理解出来なかったけれども、なにか怒っているというのは分かったわ。
「ごめんなさい。私、よく人を怒らせちゃうみたいで・・・」
澄乃の顔は何か信じられない物を見たような、とても驚いた顔だったわ。
その後、澄乃は順を追って説明してくれたわ。
私のせいで向こう側に行けなかったこと。
邪魔というのは、私のことだったということ。
だから、通路を迂回して来たこと。
探している本があること。
物分かりが悪い自覚はあったけれど、ここまで丁寧に説明してくれれば私でも理解出来るわ。澄乃は優しい子ね。
私はお詫びに一緒に本を探してあげることにしたのよ。
あなたには言ってなかったけど、ここは本屋さんよ。澄乃が本を探しに来るんですもの。本屋さんに決まっているわ。
澄乃より頭一つ身長が大きい私の方が、高い所まで探せるから、きっとすぐ見つかるわ。
「見つかったわ」
・・・あら、澄乃は本を探すのも早いのね。流石だわ。
それじゃ、とだけ言ってレジの方に行ってしまったわ。
私はとても気になったわ。澄乃という人。澄乃が読む本。
私も同じ本を買って読めれば良かったのかもしれないけども、本を読むということは難しいわ。
少なくとも、当時の私には無理な芸当だったのよ。
それなら聞くしかないわね。どんな本なんですか?ってね。
誰に聞こうかしら、それはもう澄乃しか居ないわね。
店を出る澄乃の後を付いていったわ。
しばらく進む度に澄乃は振り返り、しばらくこちらを見つめてくるわ。
その3度目についに聞いたわ。どうしたの?って。
「こっちのセリフよ。どうして付いてくるの?」
「その本はどんな本なの?」
沈黙よ。膠着状態よ。
「落ち着け・・・落ち着け、私・・・」
そう呟きながら、何かのっぴきならない物を抑え込もうとしているみたいだったわ。
そうしたら、また順を追って説明してくれたわ。
知らない人に付いてこられて不安だったこと。
もしかしたら同じ方向に行きたいだけなのかもと思ったこと。
痺れを切らして理由を聞いたのに、逆に質問が返ってきたこと。
「私は朱美。もう知らない人じゃないわね、安心していいわ」
「澄乃千里よ。それでどうして付いて来たの?」
透き通った響きの良い名前ねと、私は褒め称えたわ。
しばらく称賛の雨をうんうんと唸って耐えていた澄乃はまた聞いたわ。
「それでどうして付いて来たの?」
私は説明したわ。澄乃が気になること、澄乃が読む本が気になること、澄乃の名前が気になること。
最後の一つは既に先程解決したのだけれど。澄乃の名前は澄乃千里。
一度落ち着いたので、気になっていことを聞くわ。その本はどんな本なのか。
「その本はどんな本なの?」
「分からないわ。これから読むから・・・」
それは。至極真っ当な答えだったわ。太陽は眩しいってくらい当然のことね。
質問を変えることにしたわ。
「澄乃はどんな人なの?私、とても気になるわ」
「どんな・・・と言われても。一概には言えないわね」
うんうん。それもそうだわ。太陽がまぶしいわね。
また膠着状態よ。今日で何度目かしらね。
先に口を開いたのは澄乃だったわ。
「私も気になるわ。朱美さん。とても・・・不思議な感じの人ね」
「朱美でいいわよ」
「そう、朱美。ここで一つ提案なのだけれども、友達になることであなたの疑問が極自然に解決されると思うのだけど、どうかしら?」
「どうって言うと?」
「その・・・つまり友達になりましょう」
「それは、とても素敵ね」
こうして私と澄乃は友達になったわ。
どこからどこまでを友達と呼ぶのか今まで分からなかったけど、今回は明確に友達だわ。
これが私と澄乃との出会いよ。
ちょっとお茶してくるから、続きはまた今度ね。しばしの別れよ。