崩御 【名無し】
ケヒス様が遠征に出られた。
タウキナと近衛騎士団との合同演習に参加されるのだ。
タウキナ公への戦力の切り崩しは遅々として進まなかったが、それでもその最中に暗殺が実行される事になっていた。
開けた草原。踊る軍旗。風に騒ぐ林。
夕焼けに染まる空は一日目の演習を終え、野営に取りかかる騎士達を見下ろしていた。
その騎士達から離れた場所の林。すでに漆黒に染まりつつある林の中に身を隠していた暗殺者がソロリと立ち上がる。
そして暗殺者は慣れた手つきで矢をつがえると、篝火に照らされたケヒス様の横顔に狙いを定め――。
そこで急に暗殺者の心臓が大きく脈打ち、狙いがぶれ始めた。
それまで多くの仕事をして来た身なのに、まるで新人のように緊張が喉元を昇って来る感覚に困惑していると、ガサリと音がした。
「何奴!?」
暗殺者が振り向くと、活発そうな姫騎士が腰の剣に手をかけながら誰何してきた。
暗殺者はすぐに矢を姫騎士に向けるが、それよりも先に姫騎士が剣を振り抜いた。
一閃。
暗殺者は斬撃が矢に振れる前にそれを手放して逃走に移る。仕事に失敗したと舌打ちしたい気持ちを押し隠し、近くに隠している馬に向かって遁走する。
「待て!」
鋭い叫び。姫騎士は地面に転がる弓矢を手に取ると素早くそれを構え、射る。
薄闇に閉ざされた森に溶け込むように逃走を計っていた暗殺者の膝裏に矢が突き刺さり、暗殺者が倒れた。
「何事だ、アーニル!」
「曲者です! 薪を拾うために林に入ったら、このような者が!!」
アーニルの声が端となり、松明を持った人々が集まり、暗殺者の顔を照らす。
「自害する前に布を口に」
タウキナ大公が命じていると、アーニルはタウキナ大公の耳元で「第一王姫殿下を狙っていたようです」と伝えた。
「わたくしを?」
その声に二人が振り向くと、目を見開いたケヒス様が呆然と立ち尽くしていた。
「殿下! おい、他にも賊がいるやもしれぬ。殿下の周りを固めよ!!」
演習は中止となり、ケヒス様はタウキナ大公の城に身を寄せる事になり、捕まえた暗殺者の尋問が行われた。
「それで、わたくしを狙った暗殺者はなんと?」
「……それが、ゴホ、ゴホ」
タウキナ大公は顔色を悪くさせながら咳き込む。
「申し訳ありませぬ。少し体調を崩してしまったようで……。
それで、捕らえた賊が言うには、首謀者は、宰相閣下のようです」
「な、なに!?」
「すでに早馬がタウキナを立ちました。ゴホ、ゴホ。すぐにでも宰相閣下は捕らえられるでしょう」
「宰相……。父上は!? お体の悪い父上の側に宰相が居るのだ。早く父上の元に行かなくては――!」
「お待ちください! 殿下はお命を狙われているのですぞ! 今しばらく我が城に――。ゴホゴホ」
「だが――」
「お願い申しあげます! 殿下は次期ケプカルト王。
陛下の快調を信じぬ訳ではございませぬが、殿下は大事なお世継ぎ。
殿下の身に何かあればクワヴァトラ朝は断絶してしまいます!
どうか、今しばらく、今しばらくは我が城に、ゴホ、ゴホッ!」
ケヒス様は思わず唇を噛みしめた。
◇ ◇ ◇
「失敗致しました」
オレは現王陛下の寝室に招かれていた。
久しぶりに見た陛下は一言で言えば生気が抜けて、金の髪は乾き、赤い眼光だけがギラギラとしている。
この方は、死ぬのだ。その想いがオレの中にストンと落ちてきた。
「そうか……」
オレと一緒に招かれた宰相閣下が一言を伝えた事で陛下はそれを悟った。
ケヒス様の暗殺が失敗したのだ。
「我が娘は運が強いようだ。ゴホ、ゴホ」
「申し訳有りません。どうやら、今はタウキナ大公の居城に居られるようです」
「そうか……」
「それと、どうやら暗殺者が首謀者の名を告げたようです。もう直、私に縄が打たれるでしょう。はい」
チラリと宰相閣下がオレを見た。
その視線をオレは真っ向から見る事が出来なかった。
オレは宰相閣下を裏切ったのだ。首謀者の名前を言えなくする魔法をオレは使わなかったから、暗殺者は閣下の名前をあげたのだろう。
「名無しよ」
「はい」
「王宮に来て、初めて反を起こしたな」
おそらく、オレは殺される。暗殺計画を失敗させたのはオレなのだ。極刑は免れないだろうし、そもそも、陛下に拾われた事自体が分不相応だったのだ。そのツケを払わなくてはならない。
「名無しよ。宰相に縄を打て」
「――!? どうして!? どうしてオレが! オレは死んでも仕方の無い事をしたのです。
そのオレがどうして宰相閣下に縄を打てましょうか!?」
死罪を受けても仕方がない事をしたと思っている。
だが、オレは子供の未来を摘み取る事が王国のためになるなど思いたく無かった。
そう思ってしまったのだ。
考える必要のない物が人のように考えてしまった。
だから、オレは宰相閣下を裏切った。
裏切ったのはオレだが、それでもオレが宰相閣下に縄を打つ事が許されはずがない。
「良いのだ。縄を打て」
『良いのだ』。その伝家の宝刀を前にして、俺はただ、言葉を失った。
陛下の命は絶対であり、陛下が良いと言うのなら、良いのだとずっと思って来た。
だが、陛下の命に背いたのは閣下では無く、オレなのに……。
「ですが……。あの、陛下」
「なんだ」と問われた声に力はなく、ただ疲れだけがそこにあった。
「どうして、陛下はケヒス様の暗殺をお認めになられたのです?」
「……アレは王の器ではない」
だから、殺そうとしたのか。自分の一人娘を。
王国にを納めるべき人間では無いから、殺そうと言うのか。
「王位をケヒスに譲らねば、あいつは納得いないだろう。あいつはその為に生きて来たようなものだ。
だが、あいつは王国を納められる人間では無い。
心から闘争を求める王が王国を治めてはならぬのだ。
朕はケヒスが平和に満ちた世で治政が行えるよう、王国の敵を廃してきた。だが、それは徒に戦火を広げるだけだった。
王国は未だ危機の中に居る。東西に火種を抱えたままケヒスに譲る事は出来ない。先王から受け継いできたケプカルト中が戦火に晒され、ケヒスの代で亡国にさせるわけにはならぬのだ」
対外政策の亜人平定は成功しつつも、失敗した。
この国が亜人の脅威に晒されている限り、王国は戦わなければならない。
「ケヒスに国を任せる訳にはいかぬ。だから、殺そうと思った」
「それで、それで良いのですか? オレには分かりません。
国を任せられないからと、ケヒス様を廃するなんて、そのような事をして――」
「良くは、無い」
ただ、静かな声がオレを制した。
陛下はゆっくり瞼を閉じながら「うぬに感謝している」と言われた。
「王としてでは無く、父としてうぬに感謝している。朕はケヒスを殺さずにすむのだからな」
「陛下……」
それこそ、陛下にも葛藤があったのだ。王として国の行く末を憂い、父として娘の未来を願っていた。
そのせめぎあいの末に暗殺のご決断をされたのに、それをオレは――。
「オレは、オレはなんて事を――」
「名無しよ。宰相を捕らえろ。そして王都に居る家臣全てを集めよ。新しい王を選ぶ」
「……御意に」
そうして、現王陛下の寝室には大勢の臣下が集まられた。
そこで陛下は王弟陛下に王位を譲る旨を伝えると、大きなざわめきが起こった。
「皆の者。これは朕の最期の勅である。ケヒスは若く、まだ王国を治めるには幼い。
故に、我が弟に王位を譲ろうと思っている。諸侯よ。狼狽えてはならぬ。
ケプカルト王は変われど王国は変わらぬ。どうか揺るぎない忠を王国に捧げ、我が愚弟を支えるように。別れ」
「それでは、シューアハ・ベスウス様と新王ゲオルグティーレ様以外は退出を」
オレの声の下、名残惜しげに臣下が去っていく。この政変を訝しむ者、嘆く者、喜ぶ者、憤る者。
それらが扉を出ると耳が痛くなるほどの静寂が部屋に満ちた。
「……声を出すのも億劫だ。ちこうよれ」
残ったのはベスウス大公、そして王弟陛下だけであった。広い居室にオレを併せて四人。
いつも以上に広々とした部屋だな、と場違いにも思った。
「ヨスズンは居らぬのか?」
「呼んで参ります」
部屋を出ると、すぐそこにヨスズンが鎮座していた。
なんと声をかけて良いのか、分からなかったが、「陛下がお呼びだ」と告げると静かな所作でヨスズンが部屋に入ると現王様の表情が少しだけゆるんだ。
「待って居ったぞ」
「ハッ。お待たせしました」
感情を感じさせない声でヨスズンが跪くと、現王陛下はせき込みながら各々を見渡した。
「皆の者。我が弟を頼む」
「兄上! 何を弱気な! それに、どうして予なのです? 確かにケヒス殿下は若いし、世事に疎くても……。
いや、違います。陛下、予など、王の器ではありません。どうか、前言を取り消してくださりませんか?」
「ダメだ。ケヒスには任せられぬ。我が娘だからこそ、王国を任せられぬのだ。頼む。最期の頼みだ」
王弟陛下は小さく首を振るが、それでも現王陛下は「頼む」と呟かれた。
「朕がまだ立てるのであれば、ケヒスを導く事も出来たであろう。
だが、時間が無いのだ。王国の未来を託せるのはお前だけなのだ。
お前には苦労をかける。すまないとも思っている。それでも、それでもお前こそ王に相応しいと思って来た。
お前なら弘い見分を持っている。朕とはまったく違うものをその目で見て来た。それは国王として、ケプカルトを治める者にとっては掛け替えのない宝となろう。
どうか、頼む」
「兄上……。いえ、陛下。分かりました。身命として、予はケプカルト王を拝命致します」
「ありがとう」その声は風が漏れるような、そんな微かな声だった。
これが、あの現王陛下なのだろうか。
「そして、皆に認めてもらいたい物がおる。名無しよ」
「御前に」
「宰相を名乗れ」
「な!?」
バッと王弟陛下を見ると、王弟陛下も戸惑いの顔をしておられた。
どうして――?
「王国の暗部を知っているのは前宰相を覗いてうぬだけだ。うぬに宰相をして欲しい」
「よろしいですか、陛下」
そう声を発せられたのはシューアハ先生だった。
「どうしてこの物を? 適材は王国に五万といるはずです」
「朕の目にはこの物しか写らん。なおかつ、これの魔法は使える。そうだな、シューアハ」
陛下の言う魔法が精神を操る魔法の事を言っているのだろうな、と思った。
知られていたのか。いや、もしかしたら閣下が教えていたのかもしれない。
「……分かりました。確かに、魔法の腕は確かです。もう、私が師である必要の無いほどには」
「ならば、シューアハの任を解こう。宮廷魔術師としての役も解く。ベスウスに帰り、魔法研究に精を出すと良い」
シューアハ様は目を閉じると、「陛下、これにておさらば」と深々と頭を下げた。そして陛下は王弟陛下に「名無しを宰相にしてくれるだろうか」と尋ねられた。
「予はなんとも……。ですが、それが兄上たっての願いとあらば、拒めません」
「お前には苦労をかける。気がかりなのはケヒスの事だ」
「……兄上。確かに予は兄上から王位を継ぎますが、ケヒス殿下が成長されましたらその王位を返還致したいと思うのですが――」
「――成長したら、な。だが、不確かな未来を信じる事は出来ぬ。お前には子供が三人居たな。ケヒスは第一王姫から第四王姫にしてくれ」
「ですが! せめて慣例通り歳の順をとられては? いくら何でもケヒス殿下が不憫にございます」
「……。好きにせよ。お前の長子はエイウェルと言ったか? エイウェルが第一王子であっているな」
王弟陛下がうなずくと「それで良い。ケヒスに王権を与えるのは最後の手段にしてくれ」と言われた。
「ケヒスは危うい。奴の心は一つに偏ってしまう。王国を偏らせてはならぬ。
もし、ケヒスが成長したのであれば、その時こそ王権を授けてくれ。
いや、それでも王位継承の順位を守ってくれ。エイウェルこそ、次々王だ」
「御意に」
「では、下がってくれ。ヨスズン、そして名無しは残れ」
王弟陛下はまだ何かを言いたそうだったが、それでも退出された。
一国の最高権力者と奴隷が二人。
奇妙な組み合わせだ。
「ヨスズンはケヒスの下で直接支えてやってくれ。フン。その仏頂面を辞めろ。
ケヒスの下につくのだから、ちとは人間らしく振舞え。そして人間のように生きよ」
「御意に」
相変わらずの無機質な答えに苦笑した陛下が、今度はオレを見られた。
「名無し。お前は王宮からケヒスの力を削げ」
力を削ぐ?
「近衛騎士団は朕の騎士団だ。朕が死ねば騎士団はケヒスに相続される。だが、ケヒスに力を与えてはならぬ。
ケヒスに力を与えれば瞬く間に戦火が生まれるだろう。
故に力を削げ。朕の騎士団を壊滅させよ」
「それは! それはガウェイン様達に死を命じるのと同義ではありませんか。何の罪があってそのような――」
「罪など無い。だが、騎士団に力があればそれは戦の種となる。戦が起これば罪の無い民草も傷つく。
ならばどちらの罪の無い者を潰すか決断をしなければならない。うぬは民草を潰せるか?」
それを、一介の奴隷であるオレに選べと言うのか? どちらかを切り捨てるか、選べと言うのか?
「選ぶのだ。うぬはもう一介の奴隷では無い」
「奴隷では、無い……?」
「そうだ。うぬは王宮に来て、魔法を学び、権謀術数を学んだ。宰相の下で、シューアハの下でそれを学んだ。
そんなうぬが一介の奴隷だと? 笑わせる」
陛下が笑われた。いや、凄惨に嗤われた。
「うぬはケヒスを生かした責任を取ってもらう。いや、ケヒスの事を朕に変わって見守ってくれ」
「見守る?」
「そうだ。牙を抜き、ケヒスが、健やかに生きられるよう、計らって、くれ」
その日、ケプカルト王は崩御された。
書き直すかもしれませんが、流れはこんな感じで行きたいです(汚い予防線)
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




