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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
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密談 【名無し】

「貴方はよくやってくれていますね。はい」

「あの……オレを呼び出して、どうされたのです? そろそろ本題を教えて頂きたいのですが……」



 あの密談の出きる居酒屋。対面に座るは宰相閣下。

 今日はいつになく緊張したような顔をされている、ような気がした。

 王宮に来てからかれこれ八年。このような表情をしている宰相閣下を見たことがない。



「では、まずは貴方のケプカルト諸侯国連合王国に対する認識を聞きたいのですが、西方地域の現状を言ってください。はい」

「西方? 六年くらい前に西方辺境領を制定して、ノルトランド公が統治されていますよね。まぁ、内情は微妙の一言につきますが」



 西方蛮族を廃して置かれた西方辺境領の扱いは隣国のエルファイエル王国と領有権が未だに争われる地だ。

 だが、西方辺境領制定直後は現王陛下が素早く直接統治を行われたために多くの入植者が渡り、多くの都が作られた。そのおかげかケプカルトへの帰属意識が芽生えていると聞く。



「私の教育が無駄になっていないようでホッとしました。では東は?」

「オレが王宮に来るきっかけとなった東方平定以来、小規模な反乱は起きてますが、こちらも王国を脅かすほどの勢力は無いはずです。小康状態と言うか。

 あ、もしかしてですが、第二次東方平定に関して、ですか?」



 八年前の東方平定はクワヴァラードの制圧、そして人間の生存圏拡大と言う点では成功した。

 だが、征服したのは東方の一部地域でしかないし、まだまだ未踏の地が東方には残っている。それを征服し、新たなケプカルト領とする第二次遠征が計画中だったのだが――。



「ですが、第二次東方平定は中止されたのでは?」



 東方を平定し、亜人を完全に廃する事はケプカルト王国民の悲願であり、それこそ現王陛下の悲願でもある。

 だが、それを指揮する陛下が体調を崩され、病床に伏せている今、それの実行は無期限延期となったはずだった。



「よく出来ました。はい。では、第二次東方平定にあたってタウキナが多くの傭兵を雇って騎士団の戦力増強を行って居る事もご存じですよね?」



 そりゃ、タウキナは遠大な東方を征するための主力軍となるのだから、軍拡を行うだろう。

 だがいくら大公国とは言え、大量の常備軍を維持するには大金がかかる。第二次東方平定が中止となった今、それは時と共に縮小されるはずだ。



「その大戦力を早急に溶かす必要が出てきました。はい」

「早急? どうして?」

「…………。貴方の八年を見て、貴方は決して王国を裏切らない奴隷だと確信をした上で貴方にお教えいたします。これは王国の最重要機密であり、他者に知られた場合は貴方を処刑しなければなりません。良いですね?」

「………………。オレに拒否権は無いのでしょう?」



 閣下は「いい返事です。はい」と薄い笑いを解いて、まったくの無表情でオレと対峙した。



「現王陛下の容態が回復する兆しがありません」

「それは!?」



 最近は謁見の間や議会にも顔を出さないと聞いていたが、そこまで悪かったのか。

 あの、気さくに話してくれるあの王が……。



「ショックなのは分かりますが、問題がお世継ぎの事なのです」

「お世継ぎって……。その話はまだ先の事では? 今は回復の兆しが見えなくても、明日には――」

「もう、その議論をする段階は過ぎているのです」



 堅い言葉に思考が途切れた。

 だが、タウキナの軍備縮小とお世継ぎがどう関わるのか?



「これは私と現王陛下のみのお話なのですが、現王陛下はお世継ぎを王弟のブンター・ゲオルグティーレ様にと考えて居られます」

「第一王姫様では無く、ですか?」



 慣例では王の直系が次王となるはずだ。もし、お世継ぎが生まれないのなら王の傍系と聞いたが、第一王姫ケヒス様は壮健のはず……。



「現王様は第一王姫殿下では無く、王弟陛下を選ばれました。ですが、諸侯はこの決断をどう思うでしょう。とくにタウキナは……」



 現王様の腹心であるタウキナ大公が、この王位継承に異を唱えるだろうから、その前に牙を抜いておきたいと言うことか。



「……タウキナ大公に魔法をかけて、軍を解散させれば良いのですか?」

「それももちろん行ってもらいます」

「ですが、王弟陛下に王位を譲られる事と、タウキナと、なんの関係が? タウキナ大公国は現王様への忠の厚い国ですから、武力を背景に異を唱えるとは――」

「よく考えれば分かると思いますよ。はい。

 分かりませんか? ヒントは王位の継承権問題です」



 継承権問題。

 つまり、王位継承権第一位のケヒス様の事か。

 確かにケヒス様が生きて居られるのに、王弟陛下を王位につけるなれば反発は必須。



「そうです。王位継承権第一位の第一王姫殿下がご存命なのに王弟陛下に王位が譲られる。

 第一王姫殿下であれば必ずこれを不服とするでしょう」

「ケヒス様が叛乱を起こすと? それもタウキナ騎士団を使って、ですか? 

 ですが、現王様直々の命で王弟陛下に王位が授与されるのですよ? 諸侯がケヒス様に追従するでしょうか?」

「これは一つの可能性ですが、第一王妃殿下が挙兵を宣言されれば、現王様の腹心であるタウキナは正当な王位継承者である第一王妃殿下に賛同するでしょう。

 対して王弟陛下の婿入りされたゲオルグティーレ家はノルトランド大公家と遠縁に当たります。

 ノルトランドは貴方が言った通り西方蛮族と幾多の衝突から戦費がかさみ、現王様の西方政策へ不満を持っています。故に西方政策転換を考えるのなら遠縁のゲオルグティーレ家に王位を継いで欲しいはず。

 最悪、東西の大公国同士の戦が起こるでしょう。もちろん戦は二国だけでは無く、ケプカルトを二分した大戦に発展する可能性すら含んでいます。この国の宰相としてそのような不益な事は許せません。はい。

 ですから、ケヒス様を廃します」

「………………。はい?」



 喉がひきつる。それなのに体中から冷たい汗が噴き出してくる。

 カラカラの口内から絞り出した声は羽虫の出す声のように掠れていた。



「いかなタウキナと言えど、死んだ者に王位を継承させようとは思わないでしょう。

 幸い、現王様から王弟陛下に王位を授ける方法は任されております。故に王国を揺るがす大戦を避ける最も確実な方法は第一王姫殿下の暗殺しかありません。はい」

「あん、さつ……? いや、あの、離宮に隔離とか――」

「もっとも穏健的な案ですね。

 これは、私の言葉が足りなかったようです。現王陛下は第一王姫殿下を悲しませないようにと仰せになられました。はい。

 それに先ほども言いましたが、死んだ者は王位を継げません。そのため反発も生まれないと言う訳です。はい」



 悲しみ間も無く、突然に。

 それなら諸侯も王弟陛下が王位を次ぐ事を自然と思うだろう。

 だが――。



「ケヒス様を、殺すなんて。ケヒス様は現王陛下の事をどれほど思われていたか。それを踏みにじろうと言うのですか? そんな事――」

「疑問を持ってはいけません」



 閣下の言葉に閉口した。この言葉を出されると、オレはどうしようもない。

 物が考える事は無いのだから。



「暗殺計画は内密に進ませます。故にタウキナ公に魔法をかける前に貴方の魔法(ちから)が必要です。はい」

「……。暗殺者が外部に何かを漏らさないように、心に楔を打ち込むのですね?」



 オレの魔法ならそれが出きる。

 暗殺に関与した者が口を割らないようにするための魔法も身につけている。

 きっとこの暗殺は成功するだろう。



「あの、せめて現王様から直接、その理由を――」

「過ぎた真似をするな」



 心臓を鷲掴みにされた。腸の奥に手を突っ込まれているような、そんな錯覚。

 この殺気はヨスズンのそれと同じだ。相手を殺す確かな意志が放つそれだ。



「時が来れば詳細をお伝えしましょう。

 それに、貴方の言う明日には現王陛下が快復される可能性も無きにしも有らず、です。はい」



 そうして、オレは熱に浮かされたような気になりながら帰った。

 その一晩、オレは眠る事が出来なかった。

 日が明けて、いつものようにシューアハ様の下で魔法について習うも、真名が頭の中を滑ってしまし、魔法が使えない。



「もう良い。今日は終いにする」

「で、ですが――!」

「その調子では何も出来まい。下がれ」



 確かにその通りだ。だが、このような事は王宮に来てから初めてだったために、心に新たな暗雲が垂れ込めるような気がした。



「あ……!」



 背後から聞こえた声に振り向くと、顔をしかめたケヒス様が居られた。

 だが、目を引いたのはその格好だった。

 街娘が着るようなブラウスに青のスカート。そして赤い肩掛け。

 どう見ても第一王姫の格好ではない。

 その時、「第一王姫殿下が消えた!」「ケヒス殿下を見た者は!?」と慌てた声が聞こえてきた。



「えぇい。ままよ!」



 オレが口を開く前にケヒス様はとおある部屋に飛び込んだ。

 ポカンとそれにつられていると、その部屋の暖炉にケヒス様が潜り込んだ。



「あ、あの――」

「声を上げるではない。はよ、来い」



 手招きするケヒス様に近づくと、その暖炉の奥の壁が動いた。隠し扉か。

 扉がグルリと回転すると、そこに地下へ通ずる階段が現れる。



「早く!」



 ケヒス様に続いて階段に入ると、ケヒス様が手早く扉を回転させ、元の壁に戻してしまった。



「音を立てるではないぞ」



 もしかして、オレは不味い事をしているのではないか?

 だが、この調子だと引き返し難い。



「あの、ここは?」

「抜け道の一つだ」



 あれか? もし王城が敵の手に落ちそうになった時のための脱出路か。

 あと、一つって事は他にもこういう道があると言うことだろう。

 そういえば、以前もケヒス様が王宮から消えた事があったな。



「本来であれば奴隷であるお前では知りえない道だ。誰にも言うでは無いぞ」

「は、はい……」



 そりゃ、言えない。本来ならケヒス様の脱出を阻止しなければならないのに、オレもその片棒をかずかされているなんて……。

 いや、それよりも昨日の事が頭をよぎる。

 オレはこの悪戯っぽい笑みを浮かべた姫君の暗殺に関与しなければならない。

 それなのにこうしてケヒス様の背後についているなんて……。

 頭がおかしくなりそうだ。



「ここまで来れば話し声も聞こえぬであろうな。

 実はこの道は父上が教えてくれたのだ。父上も王子の頃はよく街に出ていたらしい」

「そうなのですか……」

「そうなのだ。それで見聞を広めたという。わたくしも父上のような王に成りたい。故にわたくしも見聞を広めるべきだと思うのだ。

 そして父上が快調になられたら共に城下を歩きたいと思って居る」

「ですが、危ないのでは?」

「……。確かにそうだな」



 ピタリとケヒス様が立ち止まる。もしかして、今の話を聞いて引き返えそうと思ったのかもしれない。



「父上にはヨスズンが居るから心配ないだろうが、わたくしにはそれが居ない。今度探そうと思う。名無しよ、それに付き合え」



 そう言うと、また歩きだしてしまった。

 だが、この人が王位を次ぐ事は……。



「そうだ。目的地につくまでに時間がある。少し話をしてくれ」

「話、ですか?」

「そうだ。うぬは時折、父上に招かれて話をしているだろう。わたくしにも話をしてくれ」



 そう言われても……。それにオレと現王陛下の会話なんて取り留めもない事しか話していないし……。



「あまりにも漠然とした問いだったか? そうだな。そうだ。クワヴァラードを平定したあの日の話をしてくれ」

「クワヴァラード?」

「そうだ。あの日、わたくしは父上と賭をしていた。

 父上は奴隷隊が全滅するだろうとおっしゃられた。だが、わたくしはあれだけ居るのだから一人は生き残ると言ったのだ。

 そしてうぬが生き残った。どうして生き残れたのか、話してくれ」



 あの日、オレはただ逃げ回っていただけだし、ヨスズンに出会わなければきっと死んでいた。

 そういえば、あのドワーフと対峙した時に居た、あの子供はどうなったのだろう。

 おそらく、死んだはずだ。子供が一人で生き残れる訳がない。

 オレはあの子を見殺しにしてしまった。

 オレは自身に魔法の才があったから、こうして王族の側に居られる。

 あの子供を見殺しにしたから今があり、閣下の命で王国に仇なす者に魔法をかけて粛正の片棒を担いできた。

 そしてオレは眼前の姫君をも殺そうとしている。

 なぜか、急にそれが恐ろしい事のように思えた。


 どうして?


 そう思っても答えは出てきてくれない。

 わからない。

 気がつくとケヒス様が立ち止まられ、オレの顔を凝視していた。



「あの、何か?」

「顔色がすぐれぬようだか、大丈夫か?」



 曖昧にうなずくと、ケヒス様は「そうか」と言って歩きだした。

 その後、どう街を見たのか、どう帰ったのかの記憶が無かった。

 ただただ、混沌とした疑問が渦巻いていただけだった。


政治的な物は苦手です。次回作は政治の絡まないお話を書きたい。



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