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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
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授業 【名無し】【オシナー】

「……どうしてわたくしがこのような物から魔法の教えを受けなければならないのでしょうか?」



 不満。ただただ不満の籠もった冷たい声。それに「オレもそう思う」と同意したかった。どうしてオレがケヒス様に魔法を教えねばならない。シューアハ先生と言う適任がいるのでは?



「く。フハハ。そうごねるではない。名無しには才があるそうでは無いか」

「また宰相が父上をたぶらかしたのですね?」



 ジトっとした目で現王陛下を睨むケヒス様だが、その予想は当たっているだろう。

 昨日、閣下から「第一王姫殿下の魔法教育を頼みます」と言われたが、言った本人がここに居ないのがその証拠だ。きっと逃げたのだ。オレも逃げたかった。



「父上の言う、民草も巻き込んだ軍の編成のメリットは理解しております。

 ですが、だからと言って身の回りの事を奴隷から教わるのは王の品格に――」

「ケヒスよ。良いのだ。」

「………………御意に」



 伝家の宝刀の前にさしものケヒス様も頷かれた。苦々しい顔は崩れていなかったが。



「名無しよ」

「はい」

「うぬは少し残れ。ケヒスは先に中庭に行って準備をしていなさい」

「御意に」



 ふてくされたように去っていく背中が重厚な扉が隠すと、陛下は大きなため息をつかれた。



「突然、すまなんだ」

「いえ、オレのような物にはもったいなきお言葉です」



 オレにこのようなお言葉をかけられるとは、一体どうしたのだろうか?

 疑問が噴出してしまったのか、現王陛下の顔に苦笑が浮かんだ。



「うぬとこうして話すのは一度と無かったな。朕の奴隷となってもう、何年になる?」

「畏れながら申し上げます。およそ、五年ほどかと」



 その時間が長いのか、短いのかは判断がつかないが、この五年を使ってオレは魔法を身につけ、ついには人心を操る技も会得した。

 だが、その事は閣下から誰にも漏らさないよう言い含められていたから、この事を知っているのは閣下とシューアハ先生くらいだろう。



「そうか。五年か。生活に不自由は無いか? ――いや、愚問であったか」

「なんと申し上げて良いのか、わからぬですが、どうしてそのような問いを?」

「……物にも、長年使っていれば愛着がわく。宰相の下について、うぬもこの国のありようくらいは知っておろう?」



 これは本気でなんと答えて良いのか分からなかった。

 確かに、オレは閣下の下でこの国の暗部を見てきたが、それをこの口で言う勇気がわかない。



「亜人の脅威に対抗するための連合王国。

 だが、その内実は朕と諸侯の目に見えぬ忠誠心でしか支えられていない砂上の王国にすぎない。

 朕に反旗を翻し、真のケプカルト王として歴史に名を残したい輩が居ないとも限らない話だ」

「……。あの、オレには過ぎた話で、その――」

「分かっておる。うぬに言っても詮無きことだ。

 故に聞くだけで良い。うぬをこの五年、見てきたが、うぬは良い奴隷だ。模範的とも言える。うぬは朕に叛意を抱かぬであろう?」



 そりゃ、奴隷なんだから、そうだろう。だが、陛下は「奴隷でも叛意くらい抱く」と言われた。

 そう、なのか?



「うぬはどこか、宰相に似ておるな」



 あの、薄い笑顔のあの人に?



「く、フハハ。うぬにあの仮面をつけさせれば、うり二つやもしれぬな」

「その、ご冗談を……」

「アレとも私的な話はするが、あの鉄皮面だ。うろたえるうぬの方が面白い」



 そりゃ、あの演技がかったあの人からすれば、面白い話をする自信がある。口が裂けても言えないけど。



「また、機会があれば朕の元に来い」

「御意に」



 深く礼すると「ケヒスを頼むぞ」と言われた。

 そういえば、これからケヒス様に魔法を教えなければならなかったのか。

 だが、陛下はこんなにも気さくにお話をされる方だったのか。

 なんだか、意外だな。


 そう思いながらオレは接見の間を後にして、広々とした中庭に足を向けた。

 短く刈りそろえられた芝生の上にはオレがいつも使っている水瓶を手にしたケヒス様が水を周囲に浮かべて居る所だった。

 あれ? もう教える事、無くないか?



「ん? 遅いぞ名無し」

「も、申し訳ありません」



 宙を漂う水が一本の棒のように収束していく。それに手を伸ばしたケヒス様は『グラキエス』と真名を唱え、水が氷の剣へと姿を変えた。

 それをケヒス様は颯爽と掴むが、すぐに「冷たい!」と取り落としてしまった。



「……見たな」

「え?」

「わたくしの無様な姿を見た貴様を生かしておくわけには――」

「ごごごご冗談を!」



 やばい。目が本気だ。

 てか、オレは何もしてない。何もしていないのに!



「……まぁよい。この事は誰にも言う出ないぞ?」

「は、はい!」

「それで、父上と何を話していたのだ?」



 ケヒス様は芝生に落ちた剣を溶かすと、再び水を宙に浮かべて周囲を漂わせ始めた。

 ケヒス様も魔法の研鑽を積めばシューアハ先生のような魔法使いになれるだろうに、と思うのだが、ケヒス様は魔法使いに興味が無いようで、最低限の事しか覚えようとしない。



「たわいもない事にございます」

「そのたわいもない話をわたくしは聞きたいのだ」



 年頃の娘は父親を嫌うとこぼしていたとある大臣の言葉を思い出したが、どうもケヒス様は違うようだ。

 逆に好いている。

 まぁ市井の生活を知らないオレはそのどちらが正しいのか判断が付かないのだが。



「オレ――私の事を気遣う事を言われていました」

「フン。そうか。父上はお前にしろ、ヨスズンにしろ、奴隷を可愛がる」



 確かに。

 陛下がどこかに視察に行くことになると、そのすぐ側に仕えているのはヨスズンだし、先ほどのように気さくな声をオレにかけてくれる。



「……ケヒス様は陛下の事がお好きなのですね」



 しまった。言い過ぎたか。

 だが、口から出た言葉はもう、戻せない。



「そう、だな。わたくしは父上が好きだ。

 父上もわたくしを愛でてくれる。きっと、母上とわたくしを重ねているのだろう」



 確か、あれは二年前だったか。

 ガザ攻略戦が終わり、王都に凱旋する直前で妃様が流行病で崩御されたと知らせが来たのだ。



「父上がわたくしを想ってくれるのなら、それに報いたい。こうして貴様に魔法を習っているのもそのためだ」



 まぁ、オレは何一つ、魔法を教えていないが。

 水がフワリと一つの球をなすと、そこにケヒス様が手を入れた。



「心地良いな……」



 しばらくそう水球に手を浸していると「名無しよ」と呼ばれた。

 その眼には父親譲りの力強さが見えた。



「わたくしは父上のような王に成りたい。父上のように強い王に成りたいのだ。

 だが、父上のように奴隷を召し抱えようとは想わぬが、お前やヨスズンくらいであればわたくしの下に置いてやろう。奴隷ではあるが召し抱えてやる」

「ありがたき幸せ」



 無邪気に笑う様は蕾が咲くようであり、心の中に清い風が吹き抜けるような思いがした。



「おぉ! これは! ケヒス殿下ではありませぬか!」



 その声に振り返ると、近衛騎士団の副団長をつとめるガウェイン殿が数名の騎士を引き連れてこちらにやってくる所だった。



「ガウェイン!」

「殿下! ご機嫌うるわしゅう! 魔法の訓練ですか?」

「そうなのだ。父上がそうするよう言われた。

 だがこんな物、戦では目眩まし程度にしかならぬ。だからわたくしはやりとう無いのだ」



 まぁ、確かに戦じゃ魔法を使う場面なんてそうそう無いだろう。

 負傷者を治療するくらいか?



「ですがケヒス殿下! 殿下が鎮圧された先の反乱では魔法使いが居たからこそ橋を封鎖できたのではありますまいか。

 何が戦の役にたつか分からぬのです。ならば、魔法を習得しても損にはならぬでしょう」

「フン。まぁ、それもそうだな。ガウェインの言う通り知っていて損は無い、か」

「その通りにございます。殿下が魔法を習得される事で陛下の窮地を御救いする時が来るやもしれませぬ。

 ですが、陛下もシューアハ様に殿下の指南役をお任せすれば良かったのでは?」



 まったくその通りなんだよなぁ。

 シューアハ様がケヒス様を教えていれば良かったのに。どうしてオレなんかにお鉢が回ってくるのか。



「父上にも、何か考えのあっての事だろう。そうだ。ガウェイン。うぬもわたくしが王位を継いだら家臣として召し抱えよう」

「おぉ! ありがたき幸せ。このガウェイン、一生をクワバトラ家に尽くす所存であります!」



 ガウェイン様は陛下に忠の厚い騎士と伺っている。そういえば、タウキナ大公殿も同じく忠が厚いのだったか?

 閣下は「脳筋だから苦手」と言われていたが、こうして会った印象としては猪突猛進のような、そんな感じがする。

 確か、一途に陛下を慕っているので、諜報をしても変な噂一つ無い真面目な男という印象がある。


「それでは殿下! これにて失礼いたします! 殿下の下で戦える日を楽しみにしておりますぞ!」

「うむ。わたくしもそう思う」



 爽やかな挨拶を残して立ち去るガウェイン様の背中を見送ると、ケヒス様が「わたくしも早く――」と口の中でつぶやかれた。

 父のように、ケプカルトの王たる父のように――。

 きっとそういう想いがケヒス様の中で恋い焦がれているのだろう。

 この方をお支えしたい。閣下が陛下を支えられるように、オレもそうしたいと、思った。

 ふと、視線を感じて振り返ると、中庭を囲う柱の影に人影が見えた。閣下だ。

 いつもの張り付けたような笑みは消え、ただ無表情でケヒス様を見ているようだった。


 どうして――?


 そう疑問が湧いた瞬間、閣下は踵を返して影に消えて行ってしまった。

 あのガラス玉のような無機質な目で、何を思ってケヒス様を見ていたのだろう。

 オレには分からない。



   ◇ ◇ ◇



 王都について、生活のためのバタバタが終わった。

 これでようやく士官教育に着手できるだろう。

 兵の方は一応の雛形が出来上がっているから良しとした。



 「あんまり無茶しちゃいけないよ」と王都に居られたヘルスト様から忠告をされたが、その席でヘルスト様がアルコールを戻さなければ説得力があったと思う。



「もう……。俺の心配よりご自分の身を案じては?」

「すまない……。すまない……。でももう大丈夫。

 知ってるかオシナー? 吐くと気持ち悪いのが治ってまた酒が飲めるんだよ?」

「人はそれを大丈夫とは言わない」



 この人はもう……。

 この店()、もしかすると出禁になるかもしれない。



「とりあえず口直しのために飲ませて」

「もう……。何を言っているのですか。明日は俺の初講義なんですよ。ヘルスト様も出席されるのでしょう?」



 二日酔いのまま出席されても困る。正確には二日酔いの貴族の娘と知り合いと言う関係がばれるのが困る。

 こんなんで講義に出られるのか?



「大丈夫。明日には綺麗さっぱりアルコールが抜けてるから!」

「そりゃ、盛大に戻していればアルコールは体内に残らないでしょうね」



 んー。こういうのを残念な美人と言うのだろうか。

 それにしても、さっきから店主の視線が痛い。



「そうだ、オシナー」

「なんですか? もう帰りましょうよ」

「明日の事だけど――」



 明日のこと?

 ヘルスト様の顔をのぞくと、眼鏡の奥の目が完全に座っていたが、それでも声は真剣のままだった。



「相手は貴族の子息等なのだろ?」

「そうですね。平民からもとも思ったのですが、最低限の軍事知識を持っている方が、何かと教育をやりやすいだろうと言うことで、そうなりましたね」



 一部の富裕層は家庭教師や知識人を雇って子供に教育をしているらしいが、新式軍制の採用は急務。だからある程度の軍事知識をもっている貴族の子供を教育する事になったのだ。



「相手はオシナーの事を良く思っていないと思うよ」

「それは覚悟の上です」



 俺の生まれがよろしくないのは周知の事実だ。

 その俺が貴族に士官教育を成すのだから反発もあるだろう。

 そこらへんは軍務卿のゲオルグティーレ様達と話し合っている。

 まずは軍隊における階級が絶対な物である事を教えなければ。



「まぁ、オシナーには強力なバックがあるから、権謀術数に巻き込まれて処刑される事はないだろうけど――」



 何それ怖い。

 まぁ、ドラゴンも震える権謀術数があると聞くし、一歩間違えばそういう未来もあるかもしれない。



「だから大丈夫だって。だって軍務卿や宰相閣下、それに現王陛下まで背後に居るんだから、そういうのは大丈夫だよ」

「な、なるほど」

「ただ、暗殺には気をつけなよ」



 王都って怖い。東方に帰りたい。



「まぁ、用心そなよって事だから」

「呂律が回っていませんよ」



 大丈夫か? もう、強制的に帰らせた方が良いんじゃないのか?

 まぁ、ヘルスト様の心配も分からなくはない。

 俺が教える相手は貴族だ。平民かどうかも怪しい俺が貴族様相手に教鞭を執るのだから前途多難だとは思う。

 それでも俺はやらなくてはならない。東方で、タウキナで、そして西方で命を代償に学んだ事を、伝えなくてはならない。



「俺は大丈夫ですよ」

「……わか――。うッ! ()るッ!!」

「わー! 何やってるんです!? 何やってるんです!?」

「……お客様。申し訳ないのですが――」



 あーもー。無茶苦茶だよ。



   ◇ ◇ ◇



 翌日。あの後、ヘルスト様をノルトランドの関係者に引き渡して、あの店が出禁になった事を伝えた。

 もう、いずれ王都じゃ酒を飲めなくなるかもしれない。

 アルコールとは別の原因の頭痛を堪えながら指定された会議室――今は講義室か――の扉の前で立ち止まった。

 少しだけ緊張を覚えるが、それほどでもない。逆に心地いい。

 唾を飲み込んで、いざ扉を開ける。

 最初が肝心だ。相手が貴族だからとはいえ、舐められないようにしなければならない。

 それが新式軍制の要でもある。血では無く、階級という新しい物に従う。

 それを覚えてもらうためにも、威厳をもって接しなければならないだろう。

 そう、心に刻み付けて教室に入ると、そこにはヘルスト様だけしか居なかった。



「……。時間を間違えました?」

「いや、その……。一生懸命説得したんだけど、そのみんな、帰っちゃった」

「はい……?」

「だから、みんな帰っちゃった」



 講義初日がボイコットって……。前途多難すぎるだろ。

 二日酔いとは別次元の頭痛にしばらく悩む事になった。


戦記なのに戦闘どころか戦争しないスタイル。



幕間はまだ続きます。あしからず。

軽いサイドストーリーとして書き始めたのに、書いている内に銃火のを補完すべき話がどんどん出てきてしまって中々、最終章に突入出来ないこの構成力の無さ。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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