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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
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オシナーの氏

 ユッタの帰郷と合わせて俺の王都行きが決まったが、ケヒス姫様の温情で旅程には余裕があった。

 だから親方の元に寄ってからユッタの故郷である北レギオ方面に向かい、そして南の港から王都へ船で行こうと思っていたのが間違っていた。



「オシナーさん! 落ち着いて下さい!」

「落ち着いて居られるか! 親方! どういう事なんだよ!

 俺は戦災孤児で、たまたま目に付いたから、親方の気まぐれで拾われたんじゃ無かったのかよ!」



 この話題はなんとなくタブーのような気がしていたから今まで聞けなかった。

 だが、親方の漏らした言葉のせいで感情に歯止めがかからない。



「……今日はもう寝ろ」

「寝れるわけないだろ! 話してくれ!!」

「こ、ここは落ち着いてくれ、オシナー君」

「おじさん! 俺の本当の親についてなんですよ!」



 落ち着ける訳がない。

 それも、俺の親を親方が殺したと言う。

 どうしても、聞かなければならない。



「……頼む。寝てくれ。一晩だけで良い。わしに時間をくれ」



 親方の声は何時にもまして年老いた声に聞こえた。

 年々ましていく老いの気配が一気に濃厚になったような。



「いずれ、お前に話さないといけないとは思っていた。

 だが、それは酒の席で言うような事じゃない。

 頼む。時間をくれ」

「……なんだよ。いつもそうやって勝手をしやがって!」



 この時の俺は、だいぶ酔っていたのだと思う。

 久しぶりの帰郷で、ついつい度数の高い酒ばかり飲んでいたのが悪かったのか、それともおじさんに進められるがままに飲んでいたのがいけなかったのかは分からないが、それでも俺は相当酔っていたと思う。

 だから普段は言わない事を言ってしまった。



「ゴブリンの詐欺まがいの甘言にのって借金をこさえて……。俺がどんな思いでいたか――」

「なんだと!? テメェも人の家回っては便所の砂を分けてくれとかトチ狂ったような行いをしてわしにどれだけ心配をかけたと思っている!

 冷血姫に仕官して戦に赴いて、何が諸族の解放だ。

 わしがそれをどんな思いで見ていたか、わからんだろ!!」



 最悪だ。どちらの言動も、最悪だ。

 言ってから後悔した。

 そりゃ、親方の言葉ももっともだから、確かに俺は親方に心配をかけてきた。

 俺が人間だから、村の連中からいじめられた事もあったし、前世の記憶が戻ってからはいろんな奇行に走ってしまった。

 だが、口から出た言葉は戻しようが無い。



「……おじさん、今晩泊めてくれ」

「かまわないが、おい! オシナー君!! 待ってくれ!」



 乱暴に家を出ると、小さい居間にエルフと一人のドワーフが残された。



「良いのかい。エルフの嬢ちゃん。あんな愚息でも、テメェの上官なんだろ」

「そうですね。ですが、今はそっとしておきたいと思うんです」



 ユッタは果実水がわずかに残ったカップをいじりながら呟いた。



「……その、先ほどの話は――」

「本当だよ。わしは十年前の戦――東方平定に参戦していた。そこでオシナーと出会った。そこで――」



 それ以上は言葉にならなかった。

 親方はただ黙って大きなため息をついた。



「わしはあそこで戦争って奴を知った。

 何よりも怖かった。物見遊山で行って、後悔した。

 ま、あんたには分からないだろうな」



 自嘲気味に親方が笑うが、ユッタは笑わなかった。ただ親方は「笑っても良いんだぞ」と前置きをした。



「だからよ。わしはエルフのあんたを尊敬している。

 わしはただ震える事しか出来なかった。だが、あんたは違う」

「……わたしはそこに身をおくしか無かったので」



 それこそ、苦笑を浮かべた彼女は「でも、それも報われました」と言った。



「あぁ、そうだな。全てはあんたらのおかげだ」

「でも、わたし達の活躍を支えてくれたのは親方さんの作る火器があったからですよ」



 ユッタは大隊長になってから握る回数が減った戦友の事を思い出していた。

 あの長距離狙撃を可能とする螺旋式小銃のおかげで幾多の戦場を駆けた事だろう。



「それに、わたし達や火器だけではりません。

 オシナーさんがわたし達を助けてくれたから、今があるんです」



 ユッタはおずおずと左腕の裾をまくると、そこには数桁の数字が書かれた入れ墨があった。



「……当たり前だ。わしの義息子なんだぞ」

「ふふ。あの、氏の事は……?」

「わしの氏はあいつにはやれん。親を殺したわしの氏を名乗らせる訳にはいかん」

「でも、義理とは言え、息子ですよ」



 「息子だからだよ」と親方に似つかわしくない声がそう言ってくれた。



「いくら戦乱の最中とはいえ、わしのした事は無にはならない。

 そんなわしの氏を息子には名乗ってほしくはない。

 せめてもの償いで引き取ったアイツにわしのような奴の氏を名乗ってほしくはないんだ」



 ユッタは内心、「ドワーフとは頑固なのだな」と思ったかもしれない。

 それでも、それを戸口のすぐ裏で聞いていた俺は、そう思った。



「オシナー君。確かに、君が村に来たときはみんな君の事をよく思っていなかった。

 それでも彼は――」

「知っています。おじさん。親方が、俺の最高の親父だって事くらい」



 俺を育ててくれた。様々な事を教えてくれた。



「……戻ろうか。夏とは言え冷える。

 いや、君はもう少しここにいなさい」



 ――存分に泣いてから来なさい。

 おじさんはそう言って俺を一人にしてくれた。






「そういえば、東方平定って十年前ですよね」

「そうだよ。忘れる訳がない」



 親方の声に耳を澄ますと、「何故、そんな事を?」という疑問が聞こえてきそうだった。



「……オシナーさんって当時は何歳だったんですか?」

「いや、わしも聞いたこと無い」

「でも、少なくとも自分の名前が分かるほどの歳じゃないんですか?

 まぁエルフの感覚で物を言うのは何ですが」



 その言葉に俺は違和感を覚えた。

 俺はそれをまったく覚えていなかった。

 何故だ? 親方に村まで連れていってもらった事は覚えているのに、それ以前の記憶がまるっきり無い。

 と、言うか母の顔さえ覚えていない。あれ? 俺ってそんなに薄情な人間だったのか?



「……そう言えば、オシナーの居た家で、わしはばったり王国軍の戦士と鉢合わせして、そいつに妙な言葉をつぶやかれたら意識が飛んだ。それで、目覚めてみると二日酔いの時のように記憶が混濁していたな」

「おい、親方! その話を詳しくッ!」

「バッ! テメェ何でそんな所に居る!! まさかさっきまでの会話を聞いていたな! この、このッ!」

「そんな言葉にならないような事を言っていないで、その戦士の話は!?」

「うるせー! 寝ろ! 今、無い頭を必死に堀りおこしてるんだ。

 全ては明日! 明日になったら話す! おら! みんな寝ろ!!」






「で、もう行くのか」

「うん」



 翌日の昼。全ての話を俺は聞いた。

 憎悪がつのる事は無い。ただただ、静かな気持ちでしかない。今まで欠けていた物が戻って来たような、そんな感覚。

 親方の話を聞いたら、俺は親方の事を憎むかもしれないと思ったが、杞憂だった。

 親方こそ、俺の親父だ。



「そろそろ、北レギオに向かわないといけないから」

「なんだか、わたしが無理をさせてしまったようで……」



 ま、エルフの村がどのような場所にあるのか、興味があったから、別にユッタが気に病む必要は無い。



「それで、親方」

「なんだ」

「……親方の氏をくれ」



 親方は大きくため息つくと「お前な……」と呆れた。同じ立場だったら、俺もそうしただろう。



「それでも、あんたは俺の親父だよ。俺をここまで育ててくれた。

 俺がどんな奇行に走ろうとも、家で待っていてくれた。

 だからこそ、俺は親方の氏が欲しいんだ」



 それはどんな餞別よりも、何よりも俺は欲しかった。

 俺は親父の氏を名乗りたいのだ。



「この、頑固者が」

「親父に似たんだ」



 言っておいて、俺は恥ずかしかった。

 それでも悪い気分では無い。



「……分かった。くれてやる。好きに名乗れ」

「ありがとう」



 「ただし――」と厳しく発せられた声に俺は身を堅くした。



「鍛冶師として、わしはお前を弟子とは認めない」



 その言葉に体の奥がすぅと冷たくなるような気がした。



「もう、丁稚先じゃなんだ。親方と呼ぶな」



 紛らわしいな、この二枚舌が。



「ありがとう、親父」



 深々と頭を下げると、その時になって村の中心からガヤガヤと賑やかな一団が近づいてきた。



「オシナー、もう行くのか?」

「バカ! 少将殿、だ!」

「王都に行ったら体に気をつけろ」



 様々な声が俺に投げられ、それを全て返す事が出来ないほど――。



「みんな。行ってくるよ」



 それだけ返すのが精一杯だった。

 ただ、親父におじさんが「オシナー君は立派になった」と言う言葉が聞こえた。

 俺だけでは、こうもならなかった。

 今の東方を作ってくれたのは、俺に付いてきてくれたみんなが居たからだ。

 だからこそ、今がある。

 俺を拾ってくれた親父が居たから、俺に付いてきてくれた副官がいたから、俺の目の前で散った仲間がいたからこそ、今がある。

 俺は東方の未来を守れた。

 みんなのおかげで、守れたのだ。

 それが、とても嬉しかった。



「少将! そろそろお時間です!」



 馬車の御者をつとめるエルフがそう告げた。

 互いにまだ別れを惜しみたかった。

 だが、これからはいつでも会えるだろう。

 もう、奴隷商に怯える事も、人間に虐げられる事も無いのだから。



「行ってきます」



 それ以外の言葉が見つからなかった。

 だから、俺は胸を張って馬車に乗り込んだ。



「本当に、もうよろしいのですか?」



 俺の隣にスベように座り込んだユッタが聞くが、答えは決まっていた。



「出してくれ」



 ゆっくりと馬車が動き出す。

 そして外の喧噪も過ぎ去る。



「で、次はユッタの村だっけ?」

「そ、そそ、そうですね」



 何でこんなに動揺してるんだ?

 あ、そういや……。



「やっぱり、俺は村長――ユッタの親父さんに挨拶すべきだよな」



 てか、宿の事を考えるとユッタの家を頼りたい。

 ぶっちゃけ唯一の知り合いと言うか。



「も、もちろん、父上に挨拶してもらいますッ!」

「あの、何でそんなに語気が荒いの?」



 いつものユッタじゃない。昨日、飲み過ぎたのだろうか。



「あと、へーメルやサラの家にも行かないとな」



 これまでの戦争で亡くなったのは彼ら、彼女らだけではない。

 それが分かっていても、二人の家を訪れなければならないと思っていた。

 あの二人のおかげで俺たちの命はある。

 もちろん、他の仲間達のおかげでもある。

 だけども、俺はあの二人の最期を伝えなければならなかった。

 エルフの里を見てみたいとも思っていたが、ユッタに同行する主な動機はそれだった。



「そうですね。わたしも、二人の事を、話さなくては……」



 先ほどとは打って変わって静かに話す彼女に視線を向けると、崩れそうなほどもろい表情を浮かべていた。



「ユッタ……」

「な、なんでもありませんよ。そ、そうだ。そう言えば親方さんの氏ってなんて言うんですか?

 オシナーさんはいつも親方としか呼んでませんでしたよね。なんと言うのですか?」


 そう言えばそうか。身内だからずっと親方と呼んでいたから、ユッタは親方の――今の俺の氏を知らないのか。



「俺の氏は――」



 だが、言葉を紡ぐ前に馬車の速度が下がっている事に気が付いた。



「おい、どうした? 何か問題か?」

「……少将。あの、前方から馬が」



 馬? 御者の肩越しにそれを見ると、一頭の馬が駆けていた。

 ただの馬じゃない。何か、旗を掲げている。



「なんだろう」



 遠眼鏡を取り出して観察すると、赤、青、緑、紫の四色旗を掲げている。

 あの旗は確か、ケプカルト王旗。

 現王を表す旗が、何故?

 そう思っていると旗を掲げた馬――ケンタウロスが駆け寄ってきた。



「おや? オシナー少将じゃないですか。ちょうど良かった」

「なんだよコレット」



 ケンタウロス騎兵のコレット・クレマガリーは「手間が省けた」とばかりにニヤリと笑った。

 それにしても、なんでこいつは正装をしているんだ?

 きっちりと身につけた軍服に革のベルト。

 そして背後に背負ったケプカルト王旗。



「ゴホン。えー。第三王姫殿下より命を受け、お探ししておりました」

「ケヒス姫様が?」



 スッと彼女が座ると、恭しく一通の書状を俺に差し出した。

 その厳粛な空気に俺は思わず馬車から降りてそれを受け取った。



「現王様からの書状だそうで」

「ば、バカ! それを早く言え!」



 勅旨じゃないか。思わず取り落としそうになった。

 だが、震える手でそれをつかみ直すと、恐る恐るそれを開けた。



「あの、なんて書いてあるんですか?」



 おずおずとユッタが聞くが、全ての内容を読んで、さらにもう一度読んでから俺は答えた。



「王都への正式な召還状だ。軍務卿の下で軍制改革に着手するように、と」

「……でも、それはもうオシナーさんが行うつもりだったんですよね。

 改めて勅旨が来るんですか?」

「なんでも、五日後に港から出る船に乗せてもらえる事になった」

「五日後ですか。え? 五日!?」



 俺が予定していた船は三週間後のものだった。

 もちろん時間が余るから、それをユッタの故郷で過ごそうと思っていたのだが、それをすると確実に間に合わない。

 そもそもこの日程だと今から港に行って間に合うか分からない。



「すまない。ユッタ。俺は一人、港に行く」

「え? 父上に挨拶――」

「ごめん。無理。それよりコレット。頼む、近くの街まで乗せていってくれ」

「えぇー。ケンタウロスは馬じゃ無いんですよ。馬車で行けば良いじゃないですか」

「それだと時間がかかる。とにかく街まで行って早馬を乗り継げばなんとか……。

 頼む。次の昇進試験で色をつける」

「分かりました! 早く乗ってください」



 「あ、あの……」と言葉を濁すエルフ。

 申し訳ないが、彼女の故郷はまた今度だ。



「すまないユッタ。ゆっくり休暇を過ごしてくれ」

「なんだか、空気が読めなく申し訳ないですね、モニカ少佐」



 コレットがやけに哀れんだ視線をユッタに向けていたが、その意味を図る事は出来なかった。

 それより時間が。



「それじゃ、ユッタ。休暇がとれれば東方に戻るようにする。それじゃ、また!」



 荷物を抱えてコレットの背中にまたがる。

 乗馬経験はこれが初めてだ。

 そしてコレットは風のように走り出した。

 すでに景色がぐんぐんと後方に流れていく。

 その時、幻聴のような物が聞こえた。



「お、オシナーさんのバカー!!」



これにて連続更新は終了です。



本日で銃火のは連載一年を迎えました。

なんどか書いておりますが、本作は新人賞向けに書かれたもので、その大賞に落選したため打ちきりENDにしようかなとも思っていた時期がありましたが、読者の皆様に支えられて今日を迎えられました。



ここに深く御礼申し上げます。

本当にありがとうございました。


そしてどうかこれからもよろしくお願いいたします。




なんか、ノリが最終回のそれですが、銃火のはまだ続いてしまいます。残念だったな!


今後の目標としてはなろうで前装銃や戦列歩兵が流行るような戦闘が書けたらと思っております。ハヤル( *´ω`*)




それではご意見、ご感想をお待ちしております。


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