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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
93/126

ガザ攻略戦 【名無し】

 時折爆音の響く戦場。

 色とりどりの旗がなびくそこに信号ラッパが響いた。



「すごい!」



 その声を上げたのはケプカルト諸侯国連合王国第一王姫(・・・・)のケヒス・クワバトラ様だ。



「どうだ、ケヒス。我が精強なる騎士団は?」

「わたくしも、あの騎士団を率いてみとうございます」

「く、フハハ。そのような未来もあろうな」



 父子の会話と思えば微笑ましい限りなのだが、少なくともここが戦場では無ければという注釈がつく。



「場違いだと思われておりますね。はい」

「か、閣下! いえ、そのような事は……」



 音も無く背後に迫ったこの人に慌てて対応しながら軍団の行く手を眺める。

 本陣を置く丘からは西方蛮族がガザと称する街への攻撃がよく見えた。工兵の操作する投石器が唸りをあげ、威圧するように攻城塔が城壁の弓兵に矢を射掛ける。



「名無しよ」

「は、はい!」



 何故か、オレは現王陛下によく気に入られていた。

 それが何故なのか、まったく分からないが。



「どうだ。名無し。うぬも朕の軍勢を見た感想を言え」

「そ、それは……」

「思っているままを申せ」



 それが一番難しいんだ。

 そう思いながら陛下の軍勢を見下ろすと、青い軍旗の一隊と赤い軍旗の一隊がまさに城門を打ち破らんとガザに突撃を開始している所だったが、それらに比べて緑色の軍旗は他に比べて動きが悪いようだ。



「ノルトランド騎士団以外は順調のようですね……」

「そうだな。ノルトランド公の前大公は勇猛果敢だったが、その息子はダメだな」



 頭首によって軍は大きく変わるという事か。

 そう、納得していると突如、大きな喊声が響いた。

 どうやら城門を打ち破ったらしい。粉塵でよく見えないが、どうやらノルトランド騎士団と現王様が率いる近衛騎士団が攻める城門が堕ちたらしい。



「……いえ、違いますね」

「閣下? 違うとは?」

「逆に城門を蛮族が開けたようです。はい」



 ここからではそこまで見えないが、城門付近では何か、もめごとが起きているようだ。



「流れが、止まった?」



 なんと言って良いのか、学の無いオレには分からないが、先ほどまでこちらに有利をもたらしていた流れが止まったような、相手に主導権を奪われてしまったような、そんな空気。

 それを現王陛下も感じとったのか、折り畳み椅子から立ち上がると、「遠眼鏡を」と言った。



「こちらにです。はい」

「うむ……。くそ、敵が打って出て来よったか」



 包囲されていた敵軍は溢れ帰るように城門から飛び出して行く。

 だが、ガザの周辺は厳重に包囲されているから敵も思ったように突破出来ない。



「マズイですね……」

「何故不味いと思うのだ?」



 オレの独り言に言葉を返したのは、ケヒス様だった。



「貴様、それは父上の軍勢が敗れるとでも言いたいのか?」

「よせケヒス。して名無しよ。うぬはどうしてそう思った」



 チラリと閣下に視線を向けるが、閣下はいつものように張り付けたような表面だけの笑顔を湛えたまま黙ってオレを見ている。



「畏れながら申し上げます。友軍が前進しすぎているので、その後方の友軍は誤射を恐れて矢を射掛けられないと思います」



 陛下は「その通りだ」と言った。



「朕の馬を! いつでも出れるよう準備せよ」

「父上! 出られるのですか!? わたくしも供を――」

「ならぬ。ケヒスはここで朕の活躍をその目に焼き付けるが良い」

「ですが――!」

「時が来ればお前にも一隊を預けよう。だが、今はまだその時では無いのだ」



 「良いな?」と有無を言わさぬ問いに、ケヒス様はただ黙って頷いた。



「陛下、馬を連れて参りました」

「よし。しばし本陣を頼む」

「御意に」



 陛下が駆け出すと、それがふもとに着くまでにはどこからともなく現れた赤い軍旗を掲げた一団が隊伍を組んで戦場に向かっていった。

 だが、それを面白くなさそうに見ているケヒス様の横顔だけが、頭に焼き付いた。





 パチパチと火がはぜる音。そして醜い悲鳴と鳴き声が本陣の外から聞こえてくる。

 外の悲惨な催しごとが嘘のように静まり返る本陣の中は、興奮冷めやらぬ熱気と(はらわた)(えぐる)るような緊張に包まれていた。



「タウキナ公アラムリヤ・タウキナ公爵」



 閣下が静かに名を告げると青いマントを羽織った騎士が現王陛下の前に跪いた。

 それをオレは現王様の背後に立って静かに、それを見ていた。



「此度の働き、誠に天晴であった」



 タウキナ大公は先の東方平定でも活躍された陛下の腹心中の腹心だ。

 それこそ御側御用人はベスウス大公を兼ねるシューアハ様だか、それまで亜人の侵攻を食い止めて来たタウキナ大公国の王を現王様は目にかけていた。



「特に敵が打って出て来た時も己が任務に邁進し、一番槍の手柄を立てた事は誠に良き働きであった」

「もったいなきお言葉! 陛下への忠誠を思えばお安いご用です! 明日こそ、我がタウキナ騎士団がガザを手中に収め、陛下にこれを献上致す所存であります!」



 陛下はうむ、と心底嬉しそうに言葉を返すと「そうだ」と思い出したように呟かれた。



「そちの娘、アーニルと言ったか」

「左様にございます。ただ、アレは勉学を疎かにして武術にばかりかまけるばかりで……。

 この間も縁談相手を模擬戦で――。し、失礼いたしました! 我が娘が何か?」

「ははは。元気そうで良いではないか。ケヒスもアーニルの事を気に入っているようだ。

 その娘のためにも、明日は精進すると良い」

「御意に!」



 タウキナ大公にはケヒス様と歳の近い娘がいるのだったか。

 現王陛下と同じく子宝に恵まれなかったタウキナ大公の一人娘のやんちゃぶりに関しては閣下が各公国に送っている間諜から聞いてはいたが、まさにその通りらしい。



「それと此度の褒章だな。まだちと早いとは思うが、すでにガザの大部分を我が軍は手中に収めている。

残敵の掃討が残るだけだが、これを糧に明日の戦は存分に力を振るうと良い」



 現王様が合図を送ると閣下が手にした書状をタウキナ公に手渡した。



「タウキナにあった王立鉱山の権利書だ。うぬにやる。主に鉄の鉱山だが、おまけ程度に硝石の鉱床もあるようだ」

「ありがたき幸せ!」



 しょうせき? 耳慣れない言葉だ。

 気になった言葉は何かに書き留め、後で意味を調べるよう閣下から言われているが、オレはまだ字が書けないし、一部も物しか読めない。

 まぁ、そこらへんはシューアハ様から習っている段階だ。



「して、最後にだな」



 思考の海にどっぷり漬かっていたら気づくと褒章会も終わりか。



「最後はノルトランド大公ベスネー・ノルトランド公爵」



 閣下が名前を呼ぶと、鎧では無く深緑のコートに赤い乗馬ズボンと軽装の男が跪いた。

 確か、ノルトランドにはドラゴンを飼い馴らす一族がノルトランド大公家であり、戦場に置いてドラゴンを駆る故に大公に任ぜられたと聞いた事がある。

 なるほど。いくらドラゴンに乗って空を駆けるのだから軽装な方が良いのだろう。

 まぁ、ドラゴンが鎧を着た大人を乗せてへばるとは思えないが。



「御前に」

「貴様にやるものなど無い」

「へ、陛下!?」



 敵がガザを捨てるように打って出て来た時、ノルトランド騎士団はその一部隊を取り逃がしていた。

 現王様はそれを直接見た訳ではないが、丘の上に布陣していたオレやケヒス様はそれを見てしまっていたのだ。



「何故取り逃がした?」

「……畏れながら申し上げます。城門から出て来たもの共は皆、女子供であり、非戦闘民でした。

 明らかに難民であり、これを攻撃するのは騎士の本懐が許しませんでした」

「逃したのはそれだけでは無かろう!」

「そ、それは……。確かに難民の先鋒に敵騎兵が居りました。しかし、奴らは妙な呪法を用いて馬を御せなくさせたのです」

「妙な呪法?」

「そうです。火炎の魔法のようでしたが、轟音と共にそれが破裂し、そこから鉄片が飛び散りました。

 その音と鉄片に我が軍の戦列が乱れたのは確かですが、敵の騎兵は全て討ち果たしました。

 その上で難民を――」

「言い訳は聞きとうない! この戯け! 難民を逃がした? このうつけが!

 奴はダークエルフだ。女子供とは言え、弓を持てば騎士を殺す軍人になるのだぞ!! 捕えられないのであれば殺せ!

 それに奴らの得ている秘薬の技術、それにこの戦で西方蛮族が大々的に取り入れた炎の呪法。

 それらを知るためには多くのダークエルフが必要なのだ!

 それなのに呪法を操る者を殺し、難民を逃しただと!?

 朕はこの王国一千年の歴史を守るためにこうして西方くんだりまで親征をしているのだ!!

 貴様の逃した難民が武器を手に王国を脅かすのだぞ!?」



 一折、怒気を露わにすると現王様は呟いた。「フン。大公を名乗れても所詮は田舎上がりの龍使いか」



「へ、陛下!! いくらなんでも田舎上がりの龍使いなどと言うお言葉は聞き捨てなりません! どうか訂正を!」

「莫迦も休み休み言え。ちとは使えると思っておったが、朕の思い違いのようだ。もう良い、下がれ」

「しかし!」

「下がれと言うておるッ!!」



 激情の発露した声に家臣達は顔を青ざめながら本陣を出て行った。

 するとすぐに陛下は地図の置かれた机や椅子などを手当たり次第に蹴飛ばしていく。



「私達も出ましょう。はい」

「……分かりました」



 現王様がこうなってはその怒りが収まるまで手のつけようがない。

 閣下の後と次いで本陣を出ると、急に鉄の臭いが鼻を襲った。



「おやおや。ヨスズンは張り切っているようですね。はい」

「あの、陛下がヨスズンにお命じになった事とは一体……」



 ヨスズンは昼間から近衛騎士団の一兵としてガザ攻略に駆り出されていた。

 日が暮れて戦端が閉じると、今度は現王様より別名を賜っていると言う。

 その別命が発令されてから悲鳴と血の臭いが当たりに充満している事が気がかりだったが。



「気になるのなら、一緒に見に行きますか?」



 閣下はそういうと、オレの手を掴んで歩き出した。

 どうでも良いが、閣下の手は冷たく、すべるように美しい手をしていた。



「おや? 反論はしないのですね。はい」

「反論出来る立場ではありませんので」



 咄嗟に誤魔化すような言葉を使ってしまったが、この人の事だ。

 きっとオレの内心を看破して嗤っているに違いない。

 そう思っていたが、閣下の口から出て来た言葉は別の物だった。



「陛下の癇癪癖はどうしようも無いですね。はい」

「あの、閣下は陛下とはどれほどのお付き合いなのですか?」



 閣下は張り付けたような笑みのまま「それを聞いてどうするのです?」と逆に問い返してきた。

 この流れだとまともに答えてくれないな。誤魔化しにもならないか。



「別に、なんでもありません。ただ、閣下は現王様の事よくご存じなのだと思って」

「妬いているのですか? おやおや。そんな顔をしかめないでください。ほんのジョークですよ。はい」



 オレとしてはこの人の演技がかった動作と言動こそジョークなのでは無いかと思う事が多々あるのだが。



「まぁ、それなりに古い付き合いとだけお答えしましょう。はい」

「ヨスズンよりも、ですか?」

「そうですね。ヨスズンが王宮に来て幾ばくたつか……。ただ私より後輩ですよ。はい。

 なんと言っても私が選んだのですから」



 ――選んだ。つまりどこかの奴隷商から買ったのだろう。

 あれほどの剣技を持った男だ。奴隷の中でも相当、高かった事だろう。



「ヨスズンは、その、闘技場に居たんですか?」

「そうです。奴隷商の話によると、無敗の男として一躍していたようです。

 それに、あの時買い付けた奴隷で生き残っているのはヨスズンだけです。はい。アレは強いですよ」



 どれほどの数を買ったのかは分からないが、その中でも無類に強いと言うことか。



「どうして現王様は奴隷を買うのです?

 兵士にするなら、値は張りますが傭兵を買えば良いのでは?」

「ただ戦力を補充するだけであるのなら傭兵を買うだけで事足ります。

 ですが現王様は研究をなされているのです」



 「研究?」そう疑問を口にすると宰相閣下は立ち止まって、いつになく薄い笑顔で答えてくれた。



「騎士や傭兵などの事を職業軍人と呼びますね?」

「……はい」

「自信を持って答えてくれると嬉しかったのですが、まあ良いでしょう。

 陛下はその職業軍人を殺すモノを探しているのです」



 職業軍人を殺す?



「農民や工商とはいえ、人を殺す事はあります。

 ですがそれは突発的な感情の乱れや事故による予期せぬ物事においてです。はい。

 ですが、彼らが意図的に凶刃を手にする事は滅多にありません。何故ですか?」



 勿体つけながらそう問われた。だが、これについても閣下の講義で習った事がある。



「胆力が足りない、からです。故に殺人を忌避する」

「そうです。胆力が足りません。それは生まれのせいでもあり、その生活が殺人とは結びつかないからです。

 農民も、工商も人を殺す仕事ではありませんからね。

 ですから人を殺す事を決意している騎士や傭兵――職業軍人とは大きな隔たりがあります。

 では、もしこの隔たりが無くなるとどうなると思いますか?」



 職業軍人と農民や工商の垣根が無くなったら?



「……誰もが戦うようになる?」

「そうです。陛下はそのような軍勢を欲しているのです」



 誰もが戦場で力をふるえるのであれば、ケプカルトに人がいる限りこちらの戦力が衰える事は無くなるだろう。

 だが――。



「それだと民が謀反を起こすのでは? こう言っては何ですが、陛下に反旗を翻す者もあらわれるでしょう」

「そうですね。理想を言えば王に従順ではあるが、それでも敵をも恐れぬ戦士が欲しいのです。

 そのための奴隷です」



 誰かに従属する以外の生き方を知らない物。知らないがために従属するしか無い物。

 ふと、左腕に焼き付けられた入れ墨が疼いた。

 オレは閣下やシューアハ様から知識や文字を授けられなければ、きっとどこかの戦場で死んでいただろう。

 それこそ、あの東方の都で息果てていたはずだ。

「奴隷を戦力として整えられるのであれば高価な傭兵はいりません。

 物としての管理も簡単です。なにより失っても後腐れ無い」

 そのために奴隷を戦力として投入して来たのか。

 もっとも、ヨスズンを除いてその試みは失敗しているようだが。



「おやおや。ヨスズンもよく働きますね」

「当たり前だ。朕の奴隷だぞ」



 突然、発せられた声に振り向くと、そこには先ほどまで逆鱗を振りまいていた陛下が居られた。

 まだわずかに頬が赤い。



「これは、これは。陛下。もうよろしいのですか?」

「フン。余計な事を。気晴らしにヨスズンの百人斬りを見に来た」



 そう、眼前ではヨスズンが捕虜を次々と斬り伏せていた。



「通訳、なんと言っているのだ?」

「……話す気は無いと」

「わかった」



 ヨスズンは無機質にそう答えると両刃の剣を振り上げ、ダークエルフの首をはね飛ばした。

 その周囲には幾多の血と鈍った剣が山をなしていた。



「どうやら、中々口を割らないようですね。はい」

「ダークエルフは東方のエルフと違って異教を信奉する愚昧だが、奴らの戒律による規律は鉄を思わせる。そう簡単に口を割らないだろうが、割るまで斬り殺せ。だが、百人までだ。

 残りは明日の戦功順に捕虜を奴隷として各公に下賜する」

「よろしいのですか? 西方蛮族の持つ秘薬と呪法については――」

「吐かぬのなら仕方なかろう。始末するしかない」

「御意に」



 篝火の明かりに揺れる陰の頸がまた跳んだ。

 まるで人形のようにヨスズンは捕虜の頸を斬る。

 だが、四肢についた糸によって操られる様は奴隷と人形で何が違うと言うのだろうか。



「おや? あそこにおわすのは第一王姫様では?」



 閣下の視線の先には確かにケヒス様が居られた。

 現王様と同じ赤い瞳が篝火の明かりを映し、爛々とヨスズンの処刑風景を見つめていた。

 その横顔は、とても愉しそうだった。



「……ケヒス」



 そう小さくつぶやかれた。きっとオレ以外には――いや、誰にも聞き取れないよう小さくつぶやいた声が聞こえた。

 ふと、振り返るとそこには怒りなど微塵も感じさせない陛下がただ、悲しげにケヒス様を見つめているだけだった。


連続更新も明日で最終日です。

また、明日は飛んでオシナー君と親方のお話。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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