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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
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出会い 【とあるドワーフ】

 青い雲が流れていた。

 釣竿はまだ動く気配を見せないし、さっき摘まんだグミの実はすでに胃の中だ。

 あの木はいつも渋くて鳥も食べない実をつけるが、その分、口が寂しい時は重宝している。

 だが、それも腹いっぱい食べたいとは思わない。



「暇だ……」



 雲を見てはその形が何に見るかという遊びもしているが、そろそろ限界だ。てか、雲ってこんな形だったか? と訳の分からない思いがこみ上げてきている。

 これ以上やると精神を病みそうだ。



「おーうい! こんな所に居たのか!」



 その声はフレイミルか。くそ、畑仕事サボって云々とグチグチ言われるかもしれない。

 幼馴染で同性だからこそ、そう言われたく無いのにな。

 先ほどまで齧っていたグミの味が舌の上に蘇る。だから言葉が思わずぶっきらぼうになってしまった。



「なんだよ」

「戦争だ! 戦争が始まるってよ!」



 何を言っているんだ、と言う意味で幼馴染に振り向くと、濃い髭に包まれた顔を上気させて言った。



「戦争だと!」

「戦争って、どこと?」

「人間だとよ! 人間相手に戦争だと。村中、大騒ぎだ! 早く来いよ!」



 人間との戦争。

 ピンと来ないが、だが胸の内に面白そうだと火が灯るのを感じた。

 きっと畑仕事をしたり、工房で鉄を打つより面白い事が起こるかもしれない。

 その予感に胸を膨らませながら村に戻ると、村の中央に人々が集まっていた。

 その群れをかき分けて前に行くと、何やら演説するエルフ(・・・)が居た。



「エルフじゃないか」



 生まれて初めて見た。

 本当に耳が尖っているし、肌の色も気味悪いくらい白いし、何より身長がスラリと高くて髭の一本も生えていない。

 寝物語によく聞いていたエルフがそこに居た。



「良いか! ドワーフの諸君! 君たちと我が一族の歴史ももっともだ。

 だが、敵が迫っている! 人間の軍隊だ!

 我らをこの地に追いやり、なおも搾取しようとする人間達が迫っている!

 我々は共に戦わなくてはならない! 唾棄すべき同盟であることは百も承知だ。

 だが、その上でも戦わなくてはならない! ドワーフ如きと同盟は恥ずべき行為ではあるが、それでも東方諸族の威光を人間共に知らしめてやろうでは無いか!」



 なんだ、この演説。

 だが、少なくとも工房や畑でこき使われるよりかはマシだろう。

 それに、戦争と言う奴を一目拝んでみたくなった。きっと面白いはずだ。





 こんなはずでは無かった。


 頭上を飛び越していく大岩に雨のように降り注ぐ矢。

 全てがこんなはずでは無かった。

 退屈しのぎの――それこそ工房で鉄を打つよりも、畑で雑草をむしるよりも面白い物だと思っていたが、そんな事は無かったのだ。

 矢に倒れるドワーフ。投石器の攻撃で岩の下敷きになったエルフ。


 全てがこんなはずでは無かった。

 右を見ても、左を見ても血を流す仲間達がいるばかりだ。

 恐怖に痺れた体を引きずって路地に入ると、そこでばったり人間と出会ってしまった。

 簡単な木の盾、粗悪な剣、その身なりはお世辞にも良いとは言えない。これならゴブリンの方がましな身なりをしていると思うほどみすぼらしい奴が、俺の敵だった。

 相手もそうなのか、恐怖で目が見開かれている。だが、その手に握られた(なまくら)が輝いた瞬間、手にした鉄槌を振りかぶった。



「うああああ!!」



 人間の悲鳴が耳を膿ませ、脳が麻痺しそうになる。

 だが、それでも無我夢中に鉄槌を振るうが、それは人間の鼻先をかすめて空を切った。

 大振りした隙が生まれ、己に襲い掛かる死の恐怖に発狂しそうになったが、人間が足をもつれさせながら逃走に移った事で事なきを得た。


 死ぬかと思った。


 全身の毛穴から冷たい汗が吹き出し、膝がガクガクと震える。

 そして気が付くと鼻孔に香ばしい臭いが入り込んできた。その臭いの正体に察しがつくと、無様にも胃の腑に入っていた物を吐き出させた。


 狂っていやがる。


 そう思いながらあてどなく破壊された街を歩く。

 確か、昔、遥か昔、それこそ曽曽爺さんのそのまた曽爺さんの頃には多種族の集まった都であったとか。

 そこではドワーフが鉄を打ち、エルフが竪琴を奏でる優美な街があったと言う。

 だが、今、ここにはそれが無い。

 あるのは瓦礫と死体ばかりだ。もう、何もかも、エルフと共に戦う事も、人間をやっつける事も全て嫌になった。


 そうだ。


 戦が終わるまで隠れて居よう。

 夜になって、俺は村に帰るんだ。そこで鉄を打って、畑を耕して暮らそう。

 適当に――それこそ目についた家屋の裏口らしき扉に手をかけたが、鍵がかかっていた。

 仕方がない。鉄槌(こいつ)で打ち壊すしかないな。

 だが、この行為は踏みとどまるべきだった。だが、何故かこの時は扉を壊さねば安住の隠れ家を得られないと思っていた。



「せえぇえええ!」



 気合一閃。木造の扉は呆気なく鉄槌の前に敗れ、そしてその背後に居た人間の女の頭ごと打ちすた。

 何が起こったか、分からなかった。

 だが、手に残った生々しい感触に、ただ恐怖が這い上がって来た。

 足元から這い上がって来る寒気に震えながら、そこに茫然と立ち尽くしていると、急に幼子が泣きだした。


 どうしろって言うのだ。

 このままコイツに泣かれたら人が来る。


 殺すのか……?


 例え他種族――それも人間の子供だが、生まれて間もない命を、奪えと言うのか!?

 頭の中が真っ白になった。何も思考できず、思考しようとしても思考は分裂して何も考えられない。

 すると、「うぅ」と声が足元から聞こえた。母親だ。頭から赤黒い物を垂れ流しながら、母親は幼子の名前を、言った。

 そこにドワーフや人間との違いは無かった。ただ、子を慈しむようにその名を呼ぶ姿が、そこにあった。

 その時、突如として家の正面玄関が開いた。

 先ほどのみすぼらしい男だ。

 時間が止まったように見つめあい、ただただ外の喧噪と内の泣き声だけが時を進めていた。

 先に動かなければ、殺されるかもしれない。

 誰かを殺した感触が残る手。誰かを殺すのは恐ろしかったが、それよりも殺される方が恐ろしかった。



「う、うあああ!!」



 先に動いたのはこっちだった。

 恐怖を飲み込むように、目を見開いて吶喊する。

 鉄槌を振り上げようとした瞬間、男が何かを言った。

 その言葉を聞いた途端、俺は意識が闇に落ちて行った。





 気が付くと、すでに夕闇に襲われていた。戦の喧噪は遠のき、ただ子供の泣き声だけが耳に聞こえた。

 ムクリと起き上がると、子供がただ泣いていた。

 ひどく頭が痛んだ。どうしてこんな所に居るんだ?


 数瞬の間、呆けたようにそうしていたが、手に残った生々しい殺しの感触に俺は全てを思い出した。

 そうだ。俺はあの身なりの汚い男を殺そうとして――。

 そしてどうなった? どうやら、殺されていないようだが。

 とにかく、俺は生きて居た。そして、そこの子供も。

 年の功はいくつくらいだろうか。人間なんて早々に見ないからわから無い。

 ただ、親を揺するその姿が胸に傷を生んだ。そしてその傷が膿んでいる事も――。



「坊主……」



 声をかけると、子供はビクリと肩を震わした。



「お前、お父ちゃんは?」



 子供は黙っている。何も、応えない。もうこの世に居ないのか、それとも――。

 どうすべきか、悩んだ。

 普段、使わない頭が火花を噴きそうなほど悩んだ。

 こいつは人間だ。人間なら殺した方が良い。それに親がいないのだ。なら、その後の事を思えばいっそのこと、殺してしまった方が慈悲になるかもしれない。

 だが、そんな事で命を奪っていいのか?殺しはいけないと鉄と土の神様は言っていた。だから工房では武器は一切作った事が無かった。

 でも、コイツを殺さなければ一緒にこの戦争に来ている仲間になんと言えば良い。

 いや、そんな他者からの評価のためにこの命を奪って良いはずがない。



「どうすれば、良いんだ……」



 夕日はすでに死に絶え、空の世界に月が昇った。残酷なまでに透き通った空に満月が眩しく光った。

 そして泣きはらした幼子の顔を見て、俺は決心した。



「坊主、お前のお母ちゃんは、死んだ」



 幼子は気丈にも大粒の涙を目の縁に溜め込んで、俺の話を聞いてる。



「お父ちゃんは、帰って来るのか?」



 幼子は小さく首を振った。

 もう、俺は引き返せない所に来た。

 建前ではこいつはせめてもの情けで殺すべきだ。

 だが、俺の本音はそれを許せなかった。



「坊主、もし、だ。もし、お前が生きたいのなら、俺について来い。いや、違う。

 お前が生きたいのなら、俺はそれを助ける。衣食住を助ける。

 だが、お前が俺と生きたくないと言うなら、それでも良い。

 どうする?」



 我ながらに反吐が出そうだ。

 これだけ予防線を張って己が傷つかないようにしている。

 何が本音だ。これでは己が傷つかないように建前の盾を並べているだけでは無いか。

 だが、怖かった。『母ちゃんをよくも殺したな』と言われるのが、とても恐ろしかった。



「……生きたい」

「なに?」

「おれ、生きたい。死ぬのは、いやだ」



 小さい身体に、死の恐怖が理解できているのかは、分からなかった。

 だが、ただただ、俺はその幼子を抱きしめた。



「坊主、名前はなんて言うんだ?」

「……わからない」

「わからない?」

「なまえも、なにも、わからない」



 もしかすると、あの男が唱えたあの言葉のせいだろうか。

 俺も最初は自分の事が分からなかった。だが、それでも手に残った感触がそれを思い出させた。とんでもなく汚れた存在である、という事を。

 だが、これは幸運かもしれない。この子は俺が母親を殺した事を、忘れているようだから。



「行こう」

「どこに?」

「俺のうちさ。ここは、危ないからな」



 小さい手を握ると、火傷しそうなほど、その手は温かった。



「おじちゃん、ひげがこいね」

「あぁ、ドワーフだからな」

「だから小さいの?」

「あぁ、そうだ。怖いか?」

「……わからない」



 そうか、そうか。

 それでも、この子は俺の手を放さないのだな。



「……。そうだ。お前の名前だな」

「なまえ?」

「そうだ。お前の名前は――」





 突然、夢から目覚めた。

 わしの家だ。

 目の前には机に突っ伏すように寝ている義息子がいて、その隣にエルフの嬢ちゃんが居て、そして幼馴染のフレイミルが居た。

 その時、フレイミルがブルリと身を起こした。



「……なんでぇ、おめぇさん、まだ起きていたのか」

「さっき起きたばかりだ」



 フレイミルのカップにエールを注ぎいれる。



「ん、むぅ」



 俺達のやり取りにエルフの嬢ちゃんも目覚めた。



「起こしちまったな。奥の部屋を使ってくれ。オシナーが使っていた部屋だ。鍵もついているから好きに使ってくれ」

「い、いえ……。ふぁあ」

「おめぇさんは、エルフ相手にも普段通りなんだな」



 フレイミルに俺はエールの瓶の栓を投げてそれに答えた。

 確かに歴史を見れば、ドワーフとエルフは血で血を洗う戦をして来た仲だ。

 だが、エルフも人間もドワーフと同じで誰もが熱い血が流れている。それを差別する方がどうかしているんだ。



「そう、怒るなよ。それにしても、あのオシナー君が王都に行くんだなんて、夢のようだな」

「『あの』って、どういう事ですか?」



 エルフの嬢ちゃんがフレイミルにそう問うと、エールの入ったカップを振りながら「うーん」と唸った。変に遠慮しやがって。



「ありのまま伝えりゃ良いだろ。こっちは気にしない」

「あんたがそう言うなら良いが、最初は不気味に思ったよ。

 人間の子供なんて育てた事も無かったし……。それに、その親がまだ独り身のお前さんだったから、色々と心配した。

 お前さんはお前さんで、何があったかをまったく喋らない。ただ拾ったと言うだけだ。

 あの戦争に従軍して、生きて村に帰って来たのはお前だけだったし、鍛冶の腕はお前の親父殿譲りだったから村八分こそならなかったが、こっちは色々と不安だったんだぞ」

「わしの話は良い。それに、イミル達に心配かけているのは申し訳なく思っていた。

 わしも今だから言うが、オシナーを拾った当初は何をして良いかわからず終いだった。

 ドワーフ流の育て方で良いのか分からなかったし、そもそも子供一人育てた事の無いわしは何をして良いのかさえ分からなかった。

 その上、鍛冶や畑仕事をサボって悪童連中と釣りにふけりやがって――」



 フレイミルが「そこはお前さん似だよ」と言ったが、無視する。




「……だから、コイツが人の家の便所の土をほじくりだした時は、あぁ俺の育て方が悪かったんだとヤケ酒ばかり飲んでいた」



 エルフの嬢ちゃんは「え?」と眉を潜めたが、すぐに何か合点が行ったのか「硝石ですね」と言った。



「排泄物の染み込んだ土を煮出す事で硝石が得られるんですよね。ナザレに派兵された時に硝石を作るための小屋があって、その原理を聞きました」

「難しい話は分からないが、そん時はゴブリンに借金をこさえてて、オシナーの奇行が立て続けに起こっていたから、色々と絶望していた」



 だが、それでもオシナーは家計を助けるために、何か、身を斬る様な決断をしてくれた。

わしを助けるために――。



「オシナー君は立派な青年になった。工房を立て直しただけじゃ無く、この村を一気に活気づけたじゃないか。

 それに、お前さんはもう一生を遊んで暮らせるほどの金を下賜されたんだ。良い息子を持ったよ」



 フレイミルの言う通り、冷血姫より勅令で螺旋式小銃を独占して作る事が許されたこの村には大量の金が舞い込んできた。

 それこそ、借金地獄だったのを忘れるほどに。



「こんな親孝行な奴はドワーフにもそう居ないぞ。この幸せ者め」



 ……幸せ、ね。わしには分からないよ。



「そう言えば、オシナーさんは氏が無いと言っておられましたが、氏を与えられないのですか?」



 「変な事を聞いてすいません」とすぐに謝られたが、与えられる物か。



「確かにそうだな。オシナー君の活躍を見れば、氏くらいあげたらどうだい。

 アムニスやタウキナ、それに西方辺境領まで行って武功を上げているんだ。

 何があったか知らないが、お前の氏を名乗らせたらどうだい。誉だろう」

「……ダメなんだよ」



 わしはまた後悔を生もうとしていた。だが酒の力なのか、口が止まらなかった。



「わしは、こいつの母ちゃんを、あの戦争で殺した。そんなわしの氏をこいつにやれるわけが無いだろ」



 戦争が終わって、誰にも打ち明けられなかった事を、言ってしまった。

 もしかすると、心の中では誰かに聞いてほしかったのかもしれない。だが、これがわしの人生でもっとも後悔した事だった。



「……親方、それって――」



 オシナーは、起きていたのだ。




推奨BGMはあのジョニーはもういないですね。




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