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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
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東方平定 【名無し】

「うああああ!!」



 オレはみっともなく悲鳴をあげた。人の尊厳なんてあったものではない。

 いや、オレはそもそも人ですらない。オレはただの奴隷だから。

 その奴隷も戦場にかり出され、こうして剣と盾をもって亜人――ドワーフと言うのだろうか――の鉄槌を死にものぐるいでかわしている。

 くそ、あの奴隷商め。どうして百人の奴隷が欲しいと言われた時にオレを百人目にしたんだ。



「うぉおお!!」



 裂帛とともに放たれた鉄槌が鼻先をかすめ、血の気が引いた。

 さすがに奴隷と言えども己の生命への執着はある。

 逃げるか。この狂気に満ちた戦場から、逃げようか。


 だめだ。


 この腕に彫り込まれた入れ墨が己の身分をさらけ出してしまう。

 この東方の僻地なら入れ墨があってもそれを咎める者はいないだろうが、人外魔境の地で暮らしていける訳がない。

 戦場から逃亡する事はできないが、この亜人共の巣くう遺構の都の内部であればまだ逃げられる。

 故にオレは逃げた。

 どこからともなく聞こえる悲鳴に耳を塞ぎながら逃げた。背後から何か聞こえたが、それを理解する前にオレは駆けだした。


 どれくらい走ったのか分からないが、それでも振り返るとあのドワーフは居なかった。

 良かったと安堵すると共にここはどこだ? という疑問が湧いてきた。

 名も無き東方の古都。今朝からの城攻めに似た攻撃で亜人共をほふりながらこの街の占領を続けているが、戦局がどうなったのかなどまったく分からない。

 フラフラと歩いていると騎士の一団がエルフを捕まえて縄を打っている風景やケンタウロスによって頭を踏み砕かれた奴隷仲間の姿があるばかりで、まさに混沌の中に居るようだった。

 血の臭い。それに混じってどこかからか何かが焼ける臭いが鼻孔をくすぐる。


 どうなってしまうのだろう。

 一介の奴隷には、何もかも分からない。

 ただ呆然と壊されていく街を歩く。

 投石機の攻撃で崩れ落ちた闘技場のような建物。

 濛々と煙をあげる町並み。

 そこを歩いていると、傭兵の一団が駆け足で通り過ぎた。

 彼らの行く手に目を凝らすとドワーフの一団が駆け寄ってくる所だった。

 二つの部隊は正面からぶつかり合い、互いの手にした剣や戦斧が交差する。

 このままではあの戦いに巻き込まれるかもしれない。

 そう思うとどこからともなくはいあがってくる悪寒に足は震え、歯の根がなった。

 だからふと目に付いた細い路地に吸い込まれるように裸足の足を向けた。


 どこかの家屋に隠れていようか?


 そうしよう。日没となれば遠征軍は一旦後退するだろう。なら、一夜の安全は手に入れられる。

 そうしよう。

 それにこの戦禍だ。家を捨てた者もいるだろう。

 もしくはここいらに亜人と交わりながら暮らす人間にかくまってもらおう。

 どうせこんな所でかくまってもらうような連中だ。ろくでなししか居ないはずだ。

 その時、ある家から幼子の泣く声が聞こえてきた。

 しめた。この声は人間だろう。

 それにもし、相手が亜人でも幼子を抱いてオレと戦おうとはすまい。

 剣で脅してやればどこかに逃げるはずだ。

 戦場という非日常が頭を高速回転させ、オレはその声のする家に押し入った。

 玄関をくぐると、すぐに居間兼台所の小さい家内が見渡せた。

 その家主は裏口となっている台所に居た。

 運良くその家主は人間だった。


 だが間が悪かった。


 その家主――女は頭から血を垂れ流し、すでに事切れようとしているようだ。その胸元から幼子の叫びが耳をつく。

 そしてその背後――裏口を破壊した拍子に女の頭も破壊した凶器を持つドワーフが呆然とオレを見ていた。

 時間が止まったように互いを見つめあい、ただただ外の喧噪と内の泣き声だけが時を進めていた。



「う、うあああ!!」



 先に動いたのはドワーフだった。

 恐怖に怯えたように見開かれた目がオレを見ている。

 それにオレは股が濡れるのを自覚した。

 そして脳裏に何か、文字のようなモノが横切った。



「××××! ××××!」



 すると、ドワーフは白目を向いて倒れた。いや、ドワーフだけではない。泣いていた子供まで倒れた。

 な、何が起こった!?

 いったい、何が……。



「おい、貴様、何をした」



 ビクンと体が跳ね上がった。背後を振り向きざまに慣れない仕草で剣を構える。

 その先には人間が居た。

 騎士のような鎧に身を包んだ男はただ冷めたようにオレを見ていた。

 どこか、感情の見えない目が不気味で仕方なかった。



「な、何って……。そ、それより貴方様は!?」

「様はいらない。互いに同じ身の上だ」



 そう言って彼は左腕を持ち上げ、そこに掘られた数字を見せてくれた。

 奴隷の証。逃げられぬ鎖がそこに彫り込まれていた。



「何をした、と問うている」

「……わからない」

「隠しだてするな。斬るぞ」



 感情を感じさせない風体から一気に殺気が吹き出した。全身に鳥肌がたつのがわかる。

 こいつはヤバい。関わってはいけない存在なのだと本能が警笛をならした。

 だが、もう遅い。逃げられる場所が、もう無い。



「本当に分からないんだ! た、頼む! 嘘じゃない!!」



 目の前の男の手が柄に伸びた。緊張で(はらわた)が切れそうだ。

 だが、男は剣を抜く事は無かった。



「嘘では無いようだな」

「そうだ。本当だ。頼む、命だけは――」



 その時、男の手が瞬く間に柄を掴むと神速の速さで抜剣。振り向きざまに背後から忍び寄って来たエルフを切り伏せた。



「場所を移すぞ。奴らの仲間が来るやもしれない」

「わ、わかった。だが、子供は?」



 男は黙ってこちらに背を向けた。だが、よくよく考えると、オレとこいつは人の心配を出来るほどの身分では無いのだ。むしろ助けてほしいくらいだ。幼子には悪いが、見捨てるしかない。

 それにしても、なんて無防備な背中をオレに晒すのだろう――とは思わない。さっきのエルフの攻撃は確かにあいつの死角からのものだった。だがそれを見切って返り討ちにした猛者だ。

 オレの出自も褒められた物ではないが、こいつも相当だろう。



「あんた、剣闘士だったのか?」

「それを聞いてどうする」

「どうもしないし、どうも出来ない。奴隷はそういう()だろ」



 そう言うが、男は何も答えずに歩き出した。

 その後に続いて外に出ると、すでに虐殺は佳境を迎えたようだ。

 往路は血で濡れ、むせかえるほどの悪臭が充満している。

 その光景に頭の真が痺れた。呆気にとられて周囲をクルリと見渡すと、最後の攻勢と言わんばかりに徒党を組んだ亜人が武器を手にこちらに走ってきていた。



「お、おい! 不味いぞ!!」



 数は五人くらいだろうか。心臓が早鐘を打とうとして、それよりも早く男が剣を抜き放ちながらその群れに突入した。

 血しぶきと悲鳴。その二つが混じりあい、どこか非現実的な光景に見とれていると亜人共がついに数の力で男を圧倒し始めた。

 その内、亜人の一人を見ているとまた脳内に何か、文字が流れた。それは先ほどのドワーフに使った物とは別の文字。



「××××」



 その流れた文字を言葉に置き換えるとその亜人が一人、体勢を崩した。それを見た男は素早く振り返り、そのモノを切り伏せる。

 気が付くと五人の手勢が血の海に浮かんでいた。



「お前……」

「いや、さっきのは嘘じゃない! ただ、頭の中に何か、文字のような物が流れて、それを読んだら――」

「お前、文字が読めるのか?」



 ハッとした。

 生まれてこの方、文字を習った事など無い。それなのに俺は頭の中に流れた物を読めた。



「妙な奴だな」



 その通りだと思う。オレは、一体どうなっているのだ?



「誰だ!」



 男が突如、叫んだ。すると近くの建物から従者を連れた身なりの良いおっさんが出て来た所だった。

 紫のローブ、白銀の鎧、手に握られているのは剣では無く、腰の高さほどの短い杖。

 一目でこのおっさんが貴族なのだと分かった。

 男もそれを察したのか、黙って膝をつく。



「さすが陛下が見繕った奴隷なだけあるな。察しが良い。それに、思わぬ宝物を見つけたのやもしれぬ」



 貴族は静かに俺の目をのぞき込んだ。そして「名はなんと言う?」と問われた。



「な、名前はありません」

「名無しか。まぁ良い。直に日が暮れる。本陣に帰るぞ」



 本陣? そう疑問を口にする前に貴族はローブを翻して歩き出した。

 黙ってその後ろ姿を眺めていると、従者の一人に背中を蹴られた。付いて来いと言う事か。

 ドギマギしながらその後ろ姿を追うと、そのお人は何気ない足取りで天幕に向かって居る事が分かった。

 おい、俺は奴隷だからそんな場所に行ける訳ないだろう。

 そう叫びたかったが、何故か声を出す事がはばかられた。

 居並ぶ騎士様達が俺を見下げては「どうしてお前のような物がここに居る」と説いたげな視線を投げてきたが、それも前を行く貴族がいるせいか、直接的な問いかけは来なかった。

 ただ、どうなるのか、不安だけが俺の心中を占めて来た。暗雲のように広がる恐ろしさに歯の根が鳴る。

 貴族はそんなオレの心情を察する事無く(当たり前か)その幕舎に入った。



「シューアハ・ベスウス。ただいま帰還致しました」

「おぉ! シューアハ公爵! おや? その者は?」



 貴族――シューアハ様は「ちょっとした拾い物だ」と答えた。

 気が付くと、共にいたはずの男が居なくなっていた。どこに行ったんだ?



「現王陛下! ご来入!!」



 唐突に起こった掛け声に幕舎の中の者は整然とたたずまいを治すと深々と頭を下げた。

 突如、俺は背後から何者かに無理やり頭を掴まれてしゃがまされた。

 訳が分からず、目を白黒させていると、ツカツカと深紅のマントを羽織った金髪の男が入って来た。

 意志の強そうな赤い目。無駄のない身体。齢はいくらだろう。四十ほどだろうか。

 その背後に続いたのはこれまた同じ髪と瞳を持った子供だった。

 そして子供の後ろに、あの鬼神の如き剣技を持った男が付いてきていた。



「面を上げよ」



 赤いマントの男が重々しくそう言った。



「やれやれ。やはり戦に奴隷は不向きのようだな。このヨスズンを覗いて」



 ヨスズン。あの男はヨスズンと言ったのか。

 アイツも、オレと同じく名前が無い物かと思っていたが、どうやらあの人のお気に入りなのだろう。



「シューアハ。その者はなんだ?」

「畏れながら申し上げます。奴隷隊の生き残りだと思われます」

「ほー。百人皆死んだかと思っておったが、生きて居たのか。これは! ケヒスに負けたな」

「父上。ですからわたくしは言ったのです。一人は生き残るであろう、と」



 似ていると思ったが、父子だったのか。そう思っていると、また頭を下に下げさせられた。

 油断していた。オレが直視してはいけないほどの身分の人だったのか。

 だが、そうなるとこの人は誰なんだ?

 このシューアハという貴族は侯爵と呼ばれていた。その侯爵もひれ伏す者とは――。



「現王陛下。この者は魔法が使えるようです」

「面白い事をぬかすな」

「誠にございます。このシューアハの眼前でこの物は真名を探り当て、陛下の奴隷の戦いを助けました」



 現王――それはこのケプカルト諸侯国連合王国を統べる最高権力者。

 急に震えが起こった。どうしようもなく体が震えた。

 だが、その震えを隠そうと体に力を入れる事で、余計に震えが大きくなるような、そんなどうしようもない状況がオレを襲った。

 対して、冷ややかな目でオレを見ていた男――ヨスズンは言葉を発する代わりに深々と頭を下げるだけだった。



「く。フハハ。面白いではないか」



 凄惨な笑い――嗤いを浮かべた現王陛下はオレを品定めするように見つめていた。



「適当に奴隷商に見繕わせた中に当たりが入っていた、か」

「ち、父上! まさか、また奴隷を取り立てるのですか!?」

「悪いか?」

「悪いかって、クワバトラ家の名に傷がつきます! 何よりも魔法使いが欲しいのなら、父上が望めばいくらでも手に入るでしょう! わたくしは反対です!」

「可愛い我が娘よ。良いのだ。朕が良いと言うのだからな。く、フハハ!

 さて、うぬには名があるのか?」



 答えるべきか? いや、奴隷の俺が国王陛下に口を利けるわけがない。

 そう悩んでいると、シューアハ様が「名無しのようです」と代わりに応えてくれた。



「名無しか! ならそれで良い。朕はうぬを名無しと呼ぶ。

 ほんのの余興だ。うぬが朕を楽しませくれる限り、朕の傍に置いてやろう。

 そうだな。世話係りが居るな。おい、宰相! 来るが良い」



 そう言うが、幕舎の外から「ただいま」と鉄を鳴らしたような静かな声が聞こえた。

 幕を潜って来た者の第一印象は不気味だった。

 仮面を張り付けたような薄い笑み。色の薄い髪。線の細い身体。

 希薄な方だな、とも思ったが、なんだか己の気配を消しているような、どこか作られた存在であるような、そんな違和感を感じた。



「貴様にこの物の世話を任せる」

「御意に」



 深々と宰相と呼ばれた女性が頭を下げ、次いでオレを見た。その人形のような笑みを浮かべたまま、その人は言った。



「ケプカルト諸侯国連合王国で現王様に仕えている宰相です。はい」



 これがオレと宰相閣下の出会いであった。



コメント、感想返信は今夜行います。



ついに過去編。

過去編と現代編をミックスしていく予定です。



あとロリ血姫様の一人称に作者が困惑するという。

まったく似合わないw



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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