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銃火のオシナー  作者: べりや
第七章 クワヴァラード掃討戦
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閲兵式典

 初夏を思わせる風がクワヴァラードの町並みに吹き込んでくる。

 度重なる風雨や戦傷の刻まれた古都は風さえも祝うような歓喜の声で包まれていた。

 その声を縫うように規則正しい軍靴の足音が晴天に吸い込まれていく。



「感慨深いか?」



 東方辺境領の主たるケヒス姫様が視線をそらすことなく小声で問うた。

 その視線は自身に頭右(かしらみぎ)をしてくる猟兵第三連隊に向けられたままであり、きっと俺以外には気づかれないほどさりげない問いだった。



「感慨深い、と言えばそうですね」



 整然と行進をする連隊を見ているとこれまでしてきた努力が実ったのだな、と実感がわいた。

 そして何よりも、一年前まで奴隷とされていた『亜人』達がの隊伍を整えて堂々とクワヴァラードの街を行進している様を見ていると鼻の奥がツンと痛くなるほどだった。

 この光景をアイツ等にも――アイツ等にこそ見せたかった。



「ケヒス姫様には、申し訳ありません」

「……何がだ?」



 現王陛下よりクワヴァラードに屯する『亜人』を平定せよとの命令を受けて自身の騎士団を失った冷血姫は、このパレードをどういう目で見ているのかと思うと、今度は胸の内が痛み出す。



「……昔の事よ。だが、余はあの日々を忘れられぬ。

 今をもってしもあの日々を忘れられぬ。

 あのナザレの日々から早二月経つが、それでも時折、余の心を憎しみが焦がす」



 忘れられぬ痛みが心を貪る。

 隙あらばと憎しみが鎌首を持ち上げる。

 まだ、ケヒス姫様の中でくすぶる復讐がある。



「それにしても、こうまで来ると見事なものだな」

「お褒めに与り光栄です」



 だが、あの行進する兵の持つ小銃のほとんどが訓練用の木銃である事を知るものは少なくない。

 三個連隊と戦力が膨れ上がったのは良かったのだが、その兵士に支給する小銃が圧倒的に足りないのだ。

 まぁ、小銃の主な生産国であるタウキナがだし渋っていると言うわけではなく、需要と供給のバランスが完全に崩れてしまい、品薄状態が続いているせいだ。

 もちろん、西方戦役後のアウレーネ様との会談で東方に無償で千丁の小銃を譲渡するという話にはなっているのだが、国王陛下の命令で王領やエルファイエルと準戦時体制にあるノルトランドに優先的に小銃を売買する事になっているのが原因なのだが……。



「うぬ宛てに王都から召喚状が届いたそうだな」

「お耳が早いようで」



 そして俺には再三と王都より新式軍制を取り入れるための顧問として仕官するよう命令が来ていた。

 のらりくらりとかわしていたが、そろそろ限界のような気もする。



「差出人は?」

「軍務卿や宰相閣下です。お言葉はやんわりしていますが――」

「……左様か。ナザレでも問うたが、うぬはどうするのだ?」

「『どうするのだ?』って、俺は選べる立場にいるのですか?」



 選べるというなら、もちろん俺は東方に留まりたい。

 一応、王都には東方辺境領に士官育成のための学校を建てるのなら、そこで教鞭をとるつもりだとは伝えていたが、新式の軍制を王領で実践する方が議会としてはありがたい、と返答を受けた。つまり辺境領のような場所じゃ予算云々が組みにくいという事らしい。

 あと、王の足下である方が俺を監視しやすいのかもしれない。



「クワヴァラード第一連隊やホマールの第二連隊に比べればまだまだだが、それでもよく調練されている。それをしたのはうぬか?」

「いえ、スピノラさんや、その他の幕僚たちがよくやってくれたからです」

「つまりうぬの後任はいるのだな」



 そういう意味の問いだったか。

 と、言うことはケヒス姫様は俺を王都に行かせたいのか?



「余の元にもうぬを王都に連れて参れという手紙が来た」

「どなたからです?」

「現王からだ」



 思わず悲鳴をあげそうになった。

 まさかこんな所でそんな地雷があったとは。



「あの、それで……」

「気が向いたらうぬを王都に寄越すよう云々と書いてあった」



 もう、拒否権が無いな。さすがに王命まで出されるとどうしようもない。



「そう顔色を悪くするな。閲兵式で指揮官が顔色を悪くしてどうする」

「し、しかしですね――」



 無茶をおっしゃる。アムニスから西方まで様々な戦場に立って来たが、それとこれとはまったく違う。

 それにしてもケヒス姫様にしろ、現王様にしろ身分の不確かな俺に仕官を命ずるとはそれほど切羽詰っているのか、それとも度量が深いのか判断に困る。



「……あれから一年か」



 その言葉に、俺は力無くうなずいた。

 そう、アムニス事変から一年が経つ。

 あの曇天の戦場から、あの血涙のでる戦闘から、あの自由を得るために戦ったあの日から一年が経つ。

 このパレードも健軍記念として催されたものだ。



「余の騎士団も、無理な膨張はせずに連隊と言う枠組みに組み込ませた。

 今ではケンタウロスと肩を並べて走っておる」



 そう言って顎で示した先にはヘイムリヤ・バアル様を先頭にケンタウロス達が混じった騎兵達が進む所だった。

 あれだけ仲違いしていたのにな、と思う苦笑が湧いてしまう。



「ほれ、あそこはうぬのお気に入りがおるぞ」



 騎兵の次に出てきたのはユッタ・モニカ少佐率いる大隊だ。

 彼女を大隊長にする辞令を出したあの日、青天の霹靂と言わんばかりに驚いた彼女の顔を思い出すと、今でも笑いがこみ上げてしまう。

 それでもユッタは大隊長としての責を果たして任務に励んでくれている。

 その成果が今の行進に見て取れた。



「様々なモノが変わった。騎士と亜人が轡を並べ、奴隷が軍の指揮官になった。この一年で多くが変わった」



 戦争に次ぐ戦争。

 そして東方は、そしてケプカルトは変わった。



「余も変わったろうか?」

「変わりました。ケヒス姫様も大きく変わられたと、筆頭従者の俺が言うのです。間違いありません」

「……はたして、ヨスズンもそう言ってくれるだろうか?」



 あの夜。唐突に居なくなってしまったあの人なら、なんと言うのだろうか。

 もしかすると、何も言わないのかもしれない。

 ただ、黙って頭を下げるだけのような気もする。



「うぬは、どうなのだ? 変わったか?」

「それは……」



 変わった、のだろうか。

 いや、変わった。

 前世の知識を使うことはないと思ってい俺がこうしてその知識を使って前世にあったような軍隊を編成している。 

 編成し、調練し、従軍させた。

 俺が変わったから、ケヒス姫様達と出会い、ユッタ達と出会い、戦い、嘆き、変わってきた。

 そうか。俺が発端だったのか。

 この世に銃を生み、軍を生み、世の中を変えたのは俺があの日、手銃を作ったからなのだ。



「ケヒス姫様」

「なんだ?」

「俺は、王都に行こうと思います」



 「何故だ?」と小さく問われた。



「ケヒス姫様と初めてお会いして、コロシアムに放り込まれて、そしてヨスズンさんとを交えてお話したあの日を、覚えておりますか?」



 ケヒス姫様は答えなかったが、それでもその答えは分かった。



「あの日、ケヒス姫様は言われました。『新しい兵器に新しい戦場が来る』と」

「むろんだ。そしてその通り、新しい戦場が来た」



 手銃や小銃を用いた部隊は騎士を返り討ちにしたし、大砲は街を蹂躙する破壊力を示した。

 その上、ベスウスの魔法やノルトランドのドラゴンによる空挺作戦。

 まさに新しい戦場が到来した。



「徴兵部隊では元は農民や工商達を兵士にしております。

 兵器が新しくなれば戦術も戦略も変わります」

「そうだな」



 素っ気ない返事に、どこか早く本題を言えと言われているような圧力を感じた。



「俺は、この世に火器を生み出した者として、その責任をとりたいのです。

 新しい戦術を採用するまでには多くの血に塗れた教訓が必要です。

 その教訓を、俺はこの身を持って知っております。いや、知らされました」



 幾多の犠牲を払ったために未来(いま)を勝ち取れた。

 東方はその犠牲の上にある。だが、それを知らない王都の兵はどうだ?

 また、惨劇を繰り返しながら、屍山血河を築きながら最前を模索しなくてはならない。



「俺はそれを、王国に伝えなくてはならないと思います」

「そうか。で、うぬの兵達はどうする?」



 規模だけで言えば三個連隊。

 その整然とした行進が終わり、群衆の歓呼がただ広がる総督府前。



「ナザレに居る間や、これまでに俺の教えられる事は全て教えました」



 それにタウキナ経由で伝わったベスウスの印刷技術のおかげで簡単に教本を制作できたのも、士官育成には役だった。

 だが、まだ教えたり無いと言う感は否め無い。

 どうしても不安は拭いきれない。

 それでも――。



「うぬは民草を守るために王都に行くか?」

「それは……。わかりません。

 俺が行った所で、戦争となれば誰かは必ず死にます。俺はそれを学びました。

 ですが、その血をできるだけ少なくしたくはあります」



 ケヒス姫様は群衆に手を振ると、「アウレーネのような事をほざくのだな」と言った。

 そしてきびすを返すと足早に総督府の廊下を進み出した。



「許す」

「はい?」



 素で聞き返すと「何度も言わせるな」と言われた。



「旅費は宰相にでも請求せよ」

「あの、よろしいので?」

「うぬは行きたく無いのか?」

「いや、そういう意味じゃ。ただ、従者の方は? こう見えても筆頭従者じゃないですか、俺って」



 その事か、と興味なさげに呟くと「バアルにでも頼む」と答えた。



「うぬが余に縛られる事はない。うぬが余に仕える理由も無い。うぬを留めるのは、うぬの決意だけだ」



 それだけ言うと深紅のマントを翻してケヒス姫様は歩み去ってしまった。

 知らずと立ち止まった俺はただ、その言葉を聞いていた。

 俺の決意だけ、か。俺はもうその決意をしている。

 ならば――。



   ◇ ◇ ◇



 あの日(・・・)と打って変わってアムニス大河は清流が川面を覆っていた。



「弔銃用意! 発射用意!」



 河を滑るように吹く風の音に混じってカチリと撃鉄が引き起こされる音が響いた。



「撃て!!」



 あの日、あの時にも発した命令がアムニス大橋に響いた。

 石造りの橋に生々しく残る銃撃の跡やオークが振り回した丸太によって破壊された欄干が残っている。

 そこに葬送のラッパが天に響く。あの時の煌々とした突撃ラッパはまだ耳の奥底に残っている。



「ユッタ……」

「なんですか?」



 俺の隣でこの河に散っていった者達に向けて敬礼を行っていた元副官は小さく問い返してくれた。



「俺、王都に行こうと思っている」

「ついに、ですか」



 彼女に大隊を預けたのは早々に俺の後任となってほしかったから、ある程度規模の大きい部隊を任せた、という理由もある。

 まぁ階級も階級なのにいつまでも副官に甘んじてもらっているほど士官の充足率が足りている訳ではないと言うこともあったが。



「あんまり驚かないんだな」

「西方に居る頃から引く手あまただったので、いつか、オシナーさんは遠くに行くんじゃないのかなって思っていました。

 それに、最近は戦術や戦略の座学では無くて実戦的な図上演習ばかりやっていたので、これは士官教育の仕上げなのでは無いかと思っていました」



 優秀な副官で助かる。これなら東方をあけても大丈夫、かもしれない。



「わたしも、決着をつけなければ」



 決着? 思わず視線を向けてしまうと、片耳の欠けたエルフは「故郷に帰ろうと思います」と言った。



「別に、除隊するわけじゃありません。一時的に帰郷しようと思っています」

「良いんじゃないか。でも、前に帰るが怖いって――」



 ナザレの河原で彼女はそう言っていた。

 だが、それで彼女は帰ろうと決心したのか。



「分かった。王都に経つ前にヨルン達と話し合って長期休暇がもらえるよう調整しよう」

「ありがとうございます。それで、その、オシナーさんも一緒に来てくれますか?」

「え?」



 そのとき、近くに居た幕僚の一人に大きな咳をされた。

 さすがにしゃべりすぎたか。



「なんで、俺?」

「い、いや、その、じ、上官としてその、あ、挨拶に来て欲しいと言うか……」



 そうなの?

 上官が挨拶って、俺が知らないだけでエルフにはそういった習慣があるのだろうか。

 戦士のリーダーが挨拶をするようん、そんな感じの。

 やはり森林に隠れるように暮らすエルフの事は分からない。

 ま、ドワーフ育ち故、仕方ないか。



「わかった。そこら変も含めて検討しよう」

「は、はい!」



 ユッタの返事にまた幕僚が咳をついた。

 やっちゃったな、と思いながらアイコンタクトをとろうとしたら、ユッタの白い肌が赤くなっていた。

 どうたんだろう? やっぱりエルフは分からない。



「旅団長閣下! 献花を」

「分かった」



 新しい副官から花束を受け取り、一人橋の上に立った。

 全ての始まった戦場。東方諸族の未来を勝ち取るために立った戦場。深い痛みをこの身に覚えた戦場。

 今はただ静かにその傷ついた体をさらすアムニス大橋。

 あの日から多くの事が変わった。

 そしてこれからも変わり続けるのだろう。

 全ては、今までその身を投げ捨てても戦ってくれたみんなが居てくれたおかげだ。

 花束が宙に浮き、小さな音をたてて静かな川面に落ちた。ゆるりゆるりと流れに身を任せ、一時も止まることなく花束が流れていく。

 ケヒス姫様から賜った軍刀を引き抜き、「捧げぇ! 銃!!」を命じてそれを見送った。

 最高の礼で花束を送る。

 どうか、これからも俺たちを見守ってくれるように。


本話から新章突入です。

基本は過去編だったり、オシナー君が王都でほんわかする感じです。


最終章に向けての下地作りです。



また、最近の連続投稿ですが、六月六日で銃火のは一周年を迎えるので、それを記念して連続投稿をしております。


ここまで続けてこれたのは一重に読者の皆様のお陰です。

本当にありがとうございます。

これからもどうかよろしくお願いいたします。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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