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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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指揮官先頭

「モニカ支隊に敬礼!」



 泥と硝煙で汚れたタウキナ連隊の幕僚と共に地を離れたドラゴンとその一行を見送る。

 この胃がキュっと縮むような思いが凶兆で無いことを祈るばかりだ。



「行ってしまわれましたね」

「大丈夫です。ユッタ達なら上手くやれるはずです」



 カナン解囲戦の事を思えばこの作戦の成功率は高いだろう。

 なにより今回は先の作戦より成功率は高いはずだ。

 出来れば図上演習をして吟味したかったが、そんな悠長な事をする余裕は無い。



「信頼しているのですね」

「信頼……。そうですね。確かにそうです。

 ドワーフに育てられたせいか、最初こそエルフに対して不信感もありましたけど、今はぜんぜん」

「いえ、そういう事では無く……」



 どういう事だろう。

 アウレーネ様の意図がつかめないが、何かを察したタウキナ公はすぐに話題を変えてしまった。



「では、私たちも動きましょう」

「はい。それでは敵を渡河(・・)させましょう」



 敵の大砲は驚異だ。とくに対抗できる砲兵戦力の無いタウキナにとっては致命的に部が悪い。

 だから敵の大砲の射程外まで後退(・・)する。



「それでは作戦通りに。タウキナに勝利を!」

「勝利を! タウキナに勝利を!!」



 伝令がとばされ、各部隊が後退を始める。

 この後退は敵の砲撃を避けるという目的もあるが、それよりもこちらが派手に動けば敵の目をこちらに釘付けに出来る。そうなればモニカ支隊の浸透もしやすくなるだろう。



「急げ! 部隊の被害状況も早く教えてください! 報告が来しだい再編を」



 波を引くようにタウキナ連隊は河から離れ、隊列を整えていく。

 壊滅的な損害を受けた部隊と言ってもその数は千を越え、命令伝達には時間がかかると思っていたが、軍楽兵の奏でる軽妙な音楽がそれを一斉に伝達させた。



「行進に併せて音楽を流す、か」

「理想は猟兵連隊のように一つのラッパによる統率ですが、やらないよりやっていて良かったです」



 音楽と共に隊列が組まれ、それを騎士団出身の士官が次々と統率していく。

 ラッパより分かりやすいし、これは東方でも取り入れようか。

 何より自国の音楽を流す事で志気があがるのが良い。



「さて。我々も後退しましょう」

「はい。それでは撤収を。幕舎はそのままで良いいですが、重要な書類だけをもって下がりましょう」



 その号令一下。俺たちも後退を始める。

 敵も俺たちの動きをつかんだのか、しきりに砲撃を加えながら太鼓が打ちならされた。

 追撃にでるつもりだ。鬨の声があがっている。



「慌てずに後退を。しっかり距離を稼いで」



 チグリス大河に沿うように屯していた兵はその持ち場を離れると寄り集まるように密集隊形を形作る。

 だが、こうも密集していると敵の砲撃を受けたらひとたまりもない。

 故に兵器の進歩と共に密集陣形は廃れる事になるのだが、それは別のお話。



「砲撃が来ません!」



 すでに河から百メートルは離れただろうか?

 散発的な砲撃はあるが、それらはタウキナ連隊より手前に着弾している。

 どうやら今まで射程ギリギリで撃っていたのだろう。

 もしかすると猟兵連隊が採用する火砲の射程を警戒して敵は射程すれすれから撃ってきていたのかもしれない。

 まぁ、その相手たるタウキナ連隊では火砲は採用されていないのだが。



「そろそろですね。反転を!」



 命令が下達され、戦列が立ち止まる。グシャリと歪んだ隊伍に必死の命令が飛び、段々とそれが整えられた。

 そしてタウキナ連隊が振り返ると、その先には我先にとチグリス大河を渡る敵が映った。



「装填!!」



 まだ時間はある。それに敵の砲撃はやってこない。



「敵の攻撃が止みましたね」

「やはり敵の大砲は重量のあるせいで陣地転換が間に合わないのでしょう」



 連隊の大砲が軽快に動けるのはドワーフが技術指導したタウキナ製だからだ。

 それでもドワーフが制作した物に比べればまだ重い。

 それがエルフ製となればなおさら重いはずだ。



「それに敵の大砲が陣地移動したとしても橋の無いチグリス大河を渡る事は出来ないはずです」

「これで小銃の射程を生かせますね」



 こうなれば後はタネガシマより超射程の小銃の独壇場だ。



「ですが、敵の長弓は侮れません」

「確かに。それでも、渡河してきた敵の矢は水に濡れて重くなっているはず。そうなれば射程も落ちるはずです」



 だが、それでも微々たる物だろう。

 しかし、この絶対的な不利の中ではその微々たる希望すら重要だ。

 実際どうなのか、ではなく、大丈夫だという安心感がほしいのだ。

 まぁ、そもそもこちらの作戦が成功すれば問題無いのだが……。



「敵に動きあり!!」



 幕僚の言葉に遠眼鏡を取り出して敵陣を観察する。どうやら渡河した事によって乱れた陣形を立て直しているようだ。



「まだ時間はかかりそうです……」



 ここで敵の騎兵が出てきたらヤバイの一言だ。とくに歩兵が渡河できる河なのだから騎兵が渡河出来ないはずがない。

 その騎馬突撃を受けたら――。

 ここには歩兵を守る野戦築城も何もない。

 連隊によって初めての対外戦争となったタウキナ事変での事を嫌でも思い出させる。



「敵の騎兵戦力はまだ出てこないようですね……」

「このまま出てこなければ何よりなんですが……」



 そう上手くいかないだろうな。



「敵が前進を開始!!」

「兵たちには命令あるまで待機と伝えてください。引きつけて撃ちましょう」



 いくら引きつけて――と言っても射程はこちらが勝っている。

 先行を取れれば流れも奪えるかもしれない。もっとも、その流れが敵に渡った時点で俺たちは蹂躙されるだろうが。



「距離、およそ百五十メートル!」

「まだです!!」



 肌を刺すような緊張がつま先から頭の先までを包み込む。

 カラカラに干上がった喉をならす。



「撃て!!」



 命令が幾重にも復唱され、ラッパが命令を伝えるとタウキナ連隊は白煙に包まれた。

 それと共にエルファイエル軍から上る悲鳴が耳を貫いた。



「第二射、続けて撃て!」



 アウレーネ様の作ったタウキナ連隊は母体となった猟兵連隊と同じく、敵を二列横隊で迎え撃っている。

 そのため前列が射撃を終えると、すぐに第二列が銃声を轟かせた。



「装填を急がせてください。

 オシナー様。次の射撃が終われば着剣させますか?」

「そうですね……」



 血煙の晴れた先ではエルファイエルのダークエルフが何事もなく前進を再開させた所だった。

 その時、彼らが歌う声がここまで届く。



「奴ら、歌っている……!」

「あれは賛美歌か!? 死をも恐れぬとでも言うのか!?」

「動揺してはなりません」



 アウレーネ様の言葉がピシャリと投げかけられた。

 その言葉はどこかケヒス姫様を思い起こさせる冷たさが宿っていた。



「上が不安がれば下にも不安が伝染します。とくに、この戦局です。

 我らはより、動いてはならないのです」



 幸い、俺たちの不安はまだ兵たちに伝染していないが、賛美歌を歌いながら前進してくるその姿に兵が恐怖を覚えるのは時間の問題だろう。

 早く。早く頼む。


 ――その時、チグリス大河の奥から散発的な銃声が響いてきた。


 そして雪解け水の流れるチグリス大河から天に向かって巨大な柱が立ち昇る。

 その水柱は急激に氷柱へと凝固し、今まさに渡河しようとしていたエルファイエル軍の兵士に向かって倒れた。



「あれが、魔法!?」



 さすがにアウレーネ様も目を大きく見開いてそれを凝視していた。

 まさか、あれを宰相閣下がやったのか。

 本人はシューアハ様ほどではない、と言っていたが、あれは嘘だな。



「宰相閣下をユッタ達と行動させて良かった……」

「そう、ですね。ここまですごいとは……!」



 放心したように倒れた柱をみていたが、敵はもう目の前にも迫っているのだった。

 その敵は突然現れた氷柱に目を奪われているせいか、いつの間にか賛美歌も止まっている。今がチャンスだ。



「装填が終わり次第、各個に射撃を! 敵の足が止まっている内に! 早く!!」



 銃火が煌めき、悲鳴が天に上る。

 敵も我に返ったのか、敵の弓兵が矢を放ち始めた。



「敵の弓兵は? どこに居る!?」

「いました! あそこです! 距離およそ三百メートル!」



 小銃では射程外だ。どうやら先ほど、前進してきた歩兵は軽歩兵で、その後続として弓兵がついてきたのだろう。

 その弓兵は魔法による攻撃に混乱しながらも俺たちに矢を射かけている。

 それもエルフの放つ矢だ。魔法による攻撃を受けつつもこちらを正確に射抜いてくる。



「大砲さえあれば――!」

「アウレーネ様……」



 だが、無いものは仕方がない。

 それでも砲兵戦力が無いことを嘆かずにはいられない。射程の面でも、制圧力の面においても歩兵をサポートする砲兵の存在は必要不可欠だ。



「あ! 戦列が!!」



 幕僚の声から恐れていた事態が起きたことを悟った。

 弓兵による攻撃によってついに戦列が崩壊を始めたのだろう。



「各隊へ! 踏みとどまるよう声をかけてください!」



 だが、この命令がどこまで行き渡るか。

 そしてあの歌がまた耳に届きだした。立て直すのが早い!


 まずい――。


 降り注ぐ矢の支援を受けた敵の歩兵が迫ってくる。それも俺たちを威嚇するように賛美歌が響く。

 精神的にももう限界だろう。



「各指揮官に伝達。兵を鼓舞するように。なんとしても射撃を続行させてください!!」



 一部の崩壊は全体の崩壊を招く。

 雪崩を受けるように戦線は機能を停止するだろう。それだけは避けねばならない。

 だが、その方法は――。



「……。予備の小銃はありますか?」



 アウレーネ様の言葉に俺やタウキナ連隊の幕僚は「何を言っているんだ?」と首を捻った。

 それでも幕僚の一人が指示を出すと、一丁の小銃が運ばれてきた。



「早合と馬も用意してください」

「あの、アウレーネ様? 何を――」



 嫌な予感がした。だが、強い光を湛えるアウレーネ様を制止させる言葉を、俺は持ち合わせていなかった。



「殿下、ここに」

「ありがとう」

「あ、アウレーネ様! 前線に出るおつもりですか!? おやめください!!」



 無駄だ、と内心思ったが、アウレーネ様は慣れぬ手つきで早合を噛みちぎ――れなかった。

 なんどかアウレーネ様は早合を兵達がやるように噛みちぎろうとするが、力が足りないのか、上手く行かない。



「あの、装填いたしましょうか?」

「た、たのみます……」



 蝋で封じられた紙薬包をくわえた時、ふと甘い味がした、気がした。

 チラリと視線をアウレーネ様に向けるとどこか顔を上気させ、そわそわとしていた。早く装填してほしいのだろうか。だが、装填を済ますと馬を駆って前線部隊への激励に行くのだろう。

 それは気がすすまないが、ここで手をこまねているよりかはマシか。

 躊躇いを捨てて早合を噛みちぎり、火皿と銃口に火薬を入れる。くしゃくしゃにした残りの油紙と弾丸を銃口につめ、手早くカルカでついた。

 撃鉄が安全位置にあるのを確認してからそれを渡す。



「あ、ありがとうございます」



 礼を返す暇なく、アウレーネ様は手早く用意された馬に飛び乗った。その後姿がどこか、前タウキナ大公アーニル様と被ってみた。



「少し本陣を空けます。オシナー殿。指揮を継承してください」

「は、はい。頂きます!」

「……アーニル、私に力を」



 小さく呟いた声はすぐに風と入り混じって掻き消えた。

 青色の外套に包まれた後ろ姿が瞬く間に遠ざかる。そして隊伍の形成さえ怪しいタウキナ連隊の目前に躍り出た。

 そしてただ一言だけ――。



「我に続けッ!!」



 その声は曇天の下でも、敵の砲声響く中でも、怒涛の悲鳴が上にも響いた。

 その簡単極まり無い命令に壊走を始めようとしていたタウキナ連隊の動きが止まり、そして割れんばかりの喊声が轟いた。

 ここで突撃!? 兵数で劣る中で突撃なのか!?

 だが、馬を翻して敵陣に向かうその姿に元タウキナ騎士団に所属していた騎士達――今は歩兵としてタウキナ連隊の士官をしている――が駆け出すと、それを追うように下士官が、そして兵が脈動しだした。

 王を先頭に騎士達がそれを追う。

 その封建的主従の形に目を奪われた。これが王なのか。



「って、ど、どなたか伝令を!! アウレーネ様に深追いしてはならないとお伝えください!」

「あそこまで行かれてはどんな駿馬だろうが、追いつけない!」



 く、せめて弓兵の攻撃さえ止んでくれれば――ん?

 その矢がさっきから降ってこない。

 遠眼鏡を弓兵のいる場所に向けると、弓兵達がしきりに天に向かって矢を射っている所だった。



「あれは……。ドラゴンに向かって矢を放っているのか!?」



 鉛色の空にポツリと浮かぶ黒点。

 モニカ支隊を運ぶために取り付けられた馬車を抱えて飛ぶドラゴンに向かって放たれる矢を悠々とよけながら旋回している。

 その馬車から何か、棒を持った者が顔を出すと、急に河から水があふれ、川岸の敵兵を洗い流した。

 何度見ても驚かされる。あの大技を人間が行っているなど、誰が信じるだろうか。

 しかし、それに見とれている訳にも行かない。



「アウレーネ様に伝令を。出来るだけ早くに。すでに追撃する必要はない、とお伝えください」



 こちら岸に居た敵兵は魔法攻撃と相まった突撃に壊走を始めた。

 追う必要は無い。

 今はこれで良い。そう、今は。



   ◇ ◇ ◇



「引いて! 引いて!!」



 わたしの命令にモニカ支隊に所属する班員が即座に身をひるがえした。

 早いな。

 そう思いながら最後の兵を見送ると、その後に続いて森の奥に進む。



「異教徒を逃すな!」

「奥に行ったぞ!」

「こっちだ! 枝が折れている!!」



 エルファイエル語が背後から迫ってくる。東西に分かれているとは言え、エルフはエルフか。

 彼らの追跡能力が高いのはもう、ナザレの近くで狩りをした時に知っていたはずなのに、思わず深追いしてしまった。



「少佐! こっちです!」

「えぇ。貴方も急いで!」



 小声で軍曹と話しながら慎重に森の中を進む。枝を折らず、下草を踏みつぶさないように。

 そのような小さな痕跡でも彼らはわたし達を補足する。



「ダメです、隊長。もう逃げ切れません!」

「貴方、たしかヴァルター・ダール一等兵でしたね。そんな弱音は認めません」

「しかし――!」



 そう、しかしそれでも敵の追撃はしつこい。このままではヘルスト様達との合流地点にたどり着けない。

 もし、たどり着いても敵の攻撃を受けて生きて帰れないだろう。

 生きて、か――。



「作戦を変えます。敵を迎え撃ちましょう。各自散開!」



 エルフ達はすぐに木の影に、生い茂る草むらに身を潜める。

 ゆっくり撃鉄を起こし、銃先を前方に向けた。

 相手はこちらの異変を察知したのか、いきなりエルファイエル語が途絶えた。

 緊張で唇が渇き、うっすらと舐める。


 ――その時、派手な鎧を付けた敵兵が現れた。


 だが、まだ撃たない。

 距離はそれほどでも無い。それこそ目をつぶっても命中させられる自信のある距離だが、ここで散発的な攻撃をしかけて敵を警戒させて持久戦になるのは避けたい。

 だからギリギリまで引きつけたいのだが――。



「…………!」

「――ッ!」



 気づかれた!?



「…………」



 いや、まだのようだ。一瞬だが、目が合った気がしてしまい、引鉄にかかった指に力を籠めそうになってしまった。

 ゆっくり息を吸い込むと冷たい空気が乱れた胸の内を静かにしてくれた。ゆっくりと息を吐き、止める。

 引鉄にかかる指に力を込めた。

 轟音。それに続く白煙が視界を覆うのと悲鳴が上がるのが同時だった。



「後退! 後退!!」



 敵に止めを刺すのも重要だが、それをしている時間も惜しい。それに相手はオークなどではなく、ただのエルフだ。なら銃撃を受ければ早々、追跡して来ないだろう。



「急いで!」

「少佐もお早く!」



 硝煙の匂いをまといながら木々の間をすり抜けるようにヘルスト様との合流地点に向かう。



「こっちです! もう降りてきてます!!」



 先頭を走っていたヴァルター一等兵が指さす先には光が見えた。森の途切れ目だ。



「各人、急いで!!」



 誰もが足を止めることなく森を出ると、そこには巨大な翼を振るうドラゴンが居た。

 その胴につるされた馬車から宰相閣下が(以外にも)身軽に飛び降りる。



「いやはや。皆さま、お疲れ様です。はい」

「か、閣下! 早くお乗りください!」



 ヘルスト様の慌てた声。だが、その声に混じるように背後から迫ってくる音をわたしは聞いた。



「追手が来ています! 早く!!」



 距離は後、どれほどあるだろうか。分からない。



「乗車! 急いで!!」



 腰のポーチから早合を取り出し、手早くそれを螺旋式小銃に装填する。

 オシナーさんが試作として作っていた拳銃があればこういう時に便利だろうな、と思いながら撃鉄を引き起こした。



「モニカ少佐! 早く乗ってください!」

「全員が馬車に乗ったのを確認したら乗ります! 早く点呼を!!」

「責任感のある隊長ですね。はい」

「閣下!」



 人の気も知らないで宰相閣下はその手にした杖を振りかぶると、何か呪文を唱えた。すると木々が見る見る動き出して先ほど走り抜けて来た空間を侵食しだす。

 枝が垂れ、根がはり、蔦が絡まって天然の防壁を作った。

 これが、魔法。



「これで少しは時が稼げるでしょう。はい」

「これではすぐに突破されます! さぁ!」

「点呼完了! 欠員無し!」

「わかったわ!」



 周囲に兵員はもういない。

 それを確かめると、馬車に駆け寄り、宰相閣下も――と言おうとしたが、すでに馬車に乗り込む後姿があるだけだった。

 なんとまぁ、と思ったが、それよりもすぐ近くに擦過音が通り過ぎた。馬車に矢が刺さっている。

 その時、ヘルスト様が「モニカ! 急いで乗ってくれ!!」と叫んだ。



「先に飛んでください!」



 振り向きざまにハーフコックにしていた撃鉄をフルコックにし、矢が放たれたのとは反対の方向に向く。

 濃くなった蔓の向こう。そこに短弓を構えたエルフが居た。そのエルフの胸元に銃口を向け、引鉄を引いた。

 鮮血と共に弓兵が倒れる。

 それを視界の端に留めながら上昇を始めた馬車の縁を掴んだ。



「隊長を引き揚げろ!!」

「あ! あんまり後ろに集まるとバランスが――!!」



 グラリとドラゴンが体勢を崩したせいで縁を掴んだ左手が宙に浮いた。

 ――あ!



「やれやれ。手間を取らせますね。はい」



 宙に浮いた体が猛烈な勢いで地面に――。叩きつけられなかった。何か、今まで感じたことも無い、得体のしれない感覚が全身を包んでいる。


 落ちない。

 何をされているのか、分からなかったが、それだけは分かった。

 そして宙を掴んでいた手を握られる。それも宰相閣下に。



「貴女の体を支えるだけで精いっぱいです。矢までは防ぎきれないのでどうかお早く。はい」

「あ、ありがとうございます」



 助かった。

 ふと、そう思えた。少し前までは助かってしまった、と思ったかもしれないが、今は、これを素直に受け止めることが出来た。

 まだ、私は生きねばならない。全ての糸が繋がって今、わたしが生きて居る。

 それがとても、嬉しく思えた。

 だが、これだけは言える。

 もう二度とドラゴンには乗らない。


本日から月曜まで私用のためコメントや感想の返信が滞るかもしれません。

ですが必ず返信を書きますのでご了承ください。



指揮官先頭って個人的に萌える。

辻さん気質って好きです(なお作戦計画はガバガバで指揮系統が混乱する模様)



あ、そうだ(唐突)。東南アジアに消えた辻さんは実は異世界に転移していて軍師(なお、作戦計画はry)になった的な小説ないですかねぇ(不謹慎)。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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