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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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タウキナ戦線

 ヘルスト様のドラゴンに揺られることしばし。

 地面から足が離れた瞬間は血の気引いたが、その恐怖も何故かすぐに慣れてしまった。

 久しぶりに前世の事に思いを馳せれば、そこでは今よりも簡単に空を飛べていたから、そんなに抵抗が無いのかもしれない。


 だが、逆に同行しているモニカ支隊の面々は顔を青くしてみんな押し黙っていた。

 だから無事に大地を踏みしめた彼らは敵の砲撃の真っ最中でも歓喜に打ち震えた。特にユッタは諸手をあげて喜んでいる。そんなに嬉しいのか。



「あ、あの……」



 その声に振り向くと、目を見開いたアウレーネ様が信じられないと言いたげに俺達を見ていた。

 俺は浮かれているエルフ達に整列の号令をかけると同時に着弾の噴煙が舞い上がる。



「礼を欠いて申し訳ないのですが、まず戦況について教えていただけませんか?」

「見ての通りです。敵の砲撃が、キャ!」



 ギリギリで間に合っていないという事か。

 すでに伝令からタウキナ連隊は壊滅的被害を受け、本日の攻勢をしのぎ切れない公算が高いという予想が的中してしまった。



「敵の布陣はどうなっています?」

「え、えと、誰か、地図を」



 その声にタウキナ騎士が慌てて地図を取りに行く。

 その間にアウレーネ様が「どうしてここへ?」と問うた。



「ケヒス姫様の下にタウキナが壊滅的打撃を受けたと報せが来たので、救援に行けと」

「お姉様――第三王姫様が!?」



 ケヒス姫様はただ俺とユッタにタウキナへの増援命令をしただけであり、なんとも事務的に俺達を送り出したのだが、それでも妹は心配なのかもしれない。

 これもナザレで丸くなられたおかげだろうか。



「猟兵連隊はどうされたのです? オシナー様は連隊長では? それにあのエルフの方は副官ですよね? そのような方が戦の最中に部隊から離れるのは――」

「指揮権を頼れる人に渡しました。確かに兵は混乱するでしょうが、そうでもしないとこちらに来れなかったので」



 ここが抜かれれば俺達も持ちこたえられないだろう。

 それにいつ背後を敵に突かれるか分からない不安を抱えながら戦争など出来ない。


 故にケヒス姫様は機動戦力たるケンタウロス騎兵の派兵を命じたのだが、精強極まりないケンタウロスと言えど百程度の兵を派遣してもたかが知れている。

 かと言って少数兵力で敵に大規模な出血を強いる事の出来る大砲は機動力に欠けるのでまず間に合わない。

 そのすり合わせが行われた結果、長距離狙撃によって敵の指揮系統を乱すモニカ支隊をヘルスト様のドラゴンで空輸してしまうと言う降下龍兵という案が採用されたのた。



「確かに長距離狙撃の行えるエルフの方々が来られたと言うのは利に叶いますが、ですがどうしてオシナー殿が? 第三王妃殿下は反対されたはずです」

「それが、ケヒス姫様から派遣命令を受けたんです」



 アウレーネ様の瞳が大きく開かれるが、その気持ちももっともだった。

 だが、俺が戦術指導をして少しでも体勢を立て直さなければ東方辺境騎士団はおろか、この遅滞作戦の成否さえ変わってくる。



「それで、詳しい戦局は?」

「……非常にまずいです」



 アウレーネ様は目を伏せて絞り出すように言った。

 そして先ほどからの爆風で吹き飛ばされた地図を回収してきた騎士が戻ってきてそれを俺に貸してくれた。



「こちらは河にそって塹壕を掘ったのですが、敵の熾烈な攻撃で右翼陣地が一時的に突破されました」

「一次的、言うことは右翼陣地は奪還したのですね?」

「はい。ですが、戦線の穴を埋めるために予備兵力をつぎ込んでしまったので戦力はもう底を付いております」



 想像だが、全滅判定を受けた部隊もいるだろうし、この人数差と火力の差が歴然としている。

 と、言うより純然と火力の差が酷い。



「……あの、オシナー様。ご無理をなされないでください」

「それはどういう……?」

「せっかくの援軍ですが、大局はもう動かないでしょう。

 すぐに陣へ戻って撤退をしてください。それくらいの時間でしたら私が稼ぎます」



 確かにアウレーネ様達タウキナ連隊を捨て石にすれば東方辺境騎士団や連隊、それいベスウス騎士団は無事に任務を全うしながら西方辺境領まで後退できるだろう。

 だが――。



「俺達はタウキナ連隊の敗走を止めるために来たのです。

 タウキナ連隊を置いていく選択肢は最初からありません」

「オシナー様……。で、ですがこの兵数です。確かにオシナー様より伝えられた小銃は敵の物より射程も威力も勝っています。ですが敵の砲撃は小銃の射程よりも遙か彼方からやってくるのですよ!」

「その点は考えてあります」



 そう言って振り替えと頼れる副官のエルフが顔を青くして頷いてくれた。



「恐れながら申し上げます。我らモニカ支隊が敵陣地に浸透して敵を混乱させて時を稼ぎます。そのうちにどうか陣を立て直してください」

「それは、ありがたいのですが、その、顔色が……」



 「平気です」と脂汗を流しながらユッタは宣言してくれた。

 なんというか、本当に申し訳ない。

 チラリと彼女の方を見ようとすると、その前をヘルスト様が通り、深々と頭を下げられた。



「殿下。自分とタンニンも空から援護いたします」

「ヘルスト様まで……。」

「どうか殿下。諦めないでください。ご存じの通り、兵達はそういうのものに聡いです。徴兵部隊となれば離散も起こり得ます」

「そう、ですね。私は彼らを戦場に送ると決めたのです。

 ならその主が折れてはなりませんね。

 オシナー様。ヘルスト様。そしてモニカ様。どうか、よろしくお願いいたします」

「御意に」



 とは言っても敵戦力との間に差がありすぎる。

 モニカ支隊を龍挺作戦によるゲリラ敵な攻撃でどうにかなる数ではない。

 だが、少なくともやるしかない。



「ユッタ。もしもの時は――」

「あの、大丈夫です。それよりこの大地から足が離れる方が――。いえ、なんでもありません」



 ま、まぁ大丈夫かな。



「それじゃ作戦通りに。ヘルスト様。どうかよろしくお願いいたします」

「まかせてくれ。下手な事はしないよ。それより、オシナーも気をつけてくれ」

「ありがとうございます。ご武運を」



 さっと敬礼をするとヘルスト様は反射的に同じ挙手敬礼を返してくれた。

 なんか、既視感を覚えたが、俺はそもそもこの敬礼の意味をヘルスト様にしゃべった事があったか?

 まぁいいや。今はそれを考えても仕方がない。

 ユッタの指示で整列したモニカ支隊が作戦の指示を聞いているのを確認して改めて地図に視線を向けた。


 さて、後はモニカ支隊の浸透攻撃でどれほど敵が混乱するか、だ。

 本音を言えば砲兵火力をもって敵歩兵を制圧するに限るのだが、無い物は仕方がない。

 それでも大砲があればと思わずには居られない。



「タウキナ連隊も砲兵を配備したかったのですが、時間が足りなくて……」

「アウレーネ様となら言葉を交わさなくても会話ができそうですね」



 ふっと花が咲くような笑顔がこぼれ、一時ここが戦場である事を忘れそうになった。



「砲兵の育成には時間がかかりますからね」

「いえ、それでも魔法使いの育成に比べれば砲兵の育成は早いです。私が歩兵による部隊構築ではなく、連隊のように砲兵を中心とした部隊にしていればこのような事にはならなかったでしょうに」



 後で悔いるから後悔。

 悔いの無いようにしているはずなのに、どうしても思わずには居られない。

 それも己の決断に他者の命がかかっているのならなおさらだ。



「アウレーネ様……」

「ですが、無い物を嘆いても仕方がありません。今ある物で最大限の事をなさなければいけないのですね」



 その言葉に頷いた時、幕舎の近くが急に慌ただしくなった。

 もう敵の攻勢が始まったのか!?

 そう思っていると伝令が慌ただしく駆け込んできた。



「ご報告申し上げます。先ほど、宰相閣下がご到着になられました!」



 ……え?



「宰相閣下は、何ようでここに? それより敵の攻勢がいつ始まるかわからないのです。早くご待避されるよう――」

「それには及びません。はい」



 顔の表面に張り付けただけのような笑顔の宰相閣下が伝令の後から現れた。

 演技のように大げさなな身振りで頭を下げるその姿にいつもの宰相閣下だな、と思ったが、その手に握られた杖に目を奪われた。

 その杖は確かシューアハ様が持っている物とひどく酷似している。



「助太刀に参りました。はい」

「す、助太刀、ですか?」

「左様にございます。ベスウスの本陣に偶然(・・)立ち寄った所、タウキナは危ういと聞いたもので。

 故にこの地に参りました。はい」



 チラリとアウレーネ様が俺を見た。

 どうやらアウレーネ様でも宰相閣下の意図を計りかねているようだ。



「大丈夫です。こう見えても魔法の腕は良いほです。その実力はシューアハ様の折り紙付きです。はい」



 そういえばこの男は魔法が使えるのだったか。

 魔法、か。



「恐れながら宰相閣下……」

「おや? これはこれは。オシナー殿。ご無沙汰しております

「い、いえ。って、その、魔法を使えるのですか?」

「その通りです。昔はシューアハ様に教えを請うた事もありました」

「では、魔法による大規模攻撃が出来るのですね?」



 「大丈夫です。はい」と言う言葉に光明が指した。

 この戦、勝てるぞ。



   ◇ ◇ ◇



「なるほど。面白い作戦ですね。まるで神話の世界のようです。はい」

「では――!?」

「御引受け致しましょう。これもひいては王国のため。

 ならば身命を賭してご尽力いたします。はい」



 後は宰相閣下の魔法にどれだけ期待していいかだ。

 それによっても変わるが、ベスウスの魔法使いと同等くらいであればこの作戦には十分と言える。

 ただ、アウレーネ様の心情を思うとこれで良いのかと思えた。



「大丈夫です。オシナー様。この作戦には宰相閣下のお力が必須。

 確かにこれまでの事を思えば納得しない者もいるでしょうが、その者も含めて多くの人の命が助かるのであれば私はタウキナの王として頭を下げましょう」

「最良のご判断をありがとうございます。はい」



 だが、この場でもっとも顔を暗くしているのは以外にもヘルスト様だった。



「あの、自分としては反対です。理論的には概ね問題は無いと思いますが、あまりのも危険です」

「危険は承知の上です。はい。

 なんならノルトランド家には一切の責任は無いと一筆したためても良いですよ」



 そこまで宰相閣下が言うと、ヘルスト様は渋々と顔を歪めながら頷いた。



「わかりました。そこまで仰るのなら自分から言う事はございません。

 ただし――」



 「ただし――?」と宰相閣下が聞き返すとヘルスト様はメガネをクィっと持ち上げた。



「この時だけはオシナーの指揮下に入ってください」



 へ、ヘルスト様!?



「ヘルスト様。指揮権とはすなわち責任の所在を表すためにもあります。

 東方解放の立役者であるオシナー殿でも私の責任を取れる事はできません。

 その上で私をオシナー殿の指揮下に入れとおっしゃるのですか? はい」

「この作戦は、いえ。この兵制は我々の知る騎士団や傭兵団とはまったく異なっています。

 オシナーの部隊であれば身分に関係なく、ただ定められた階級によって命令が迅速に遂行されるのです。

 その例が彼女ではありませんか」



 ヘルスト様の指し示した先にいたユッタはまさか自分が話題に引き出されるとは思っていなかったのか、青い顔を急に赤に変えた。



「亜人でも新たに定められた階級により彼女は部隊をまとめ、この地にいるのです。

 一人の指揮官に部隊全体が従う。故に個々に戦っていたこれまでの我らではこの作戦を遂行出来ないのではありませんか?」

「なるほど。良いでしょう。ではヘルスト様の言に従って私はオシナー殿の指揮下に入りましょう」

「よ、よろしくお願い致します」



 だが、うがった見方をすれば俺の指揮を直接受けて、それを元に別の部隊にフィードバックするって事じゃないのか?

 でも、それでもそうしなければこの地を守れないのであればやるしかない。



「それではよろしくお願いいたします」



 そう、もうやるしか無いのだ。


本日から月曜まで私用のためコメントや感想の返信が滞るかもしれません。

ですが必ず返信を書きますのでご了承ください。


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