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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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判断 【シューアハ・ベスウス】【オシナー】

「それで、何故貴方様がいらっしゃるので?」



 その問いに眼前の宰相は張り付けた笑みを浮かべたまま「それはですね」と答えた。

 この男はエイウェル様と共に辺境都ガザへ撤退したのでは無かったのだろうか?



「この地で本当に三日も遅滞できるのかを確認しなければならなかったからです。はい」

「一国の宰相ともあろう方がそのような危険を冒す理由を私は知りたいのです」



 この男の生まれは良くは無いが、それでも宰相である。

 宰相たる者が敵の捕虜になったら――。いや、この方なら虜囚の辱めを受けるくらいならとっとと自害するだろうから、この心配は杞憂か。

 この方はそういうお方だ。自身が国の害となるなら躊躇なく自分を殺すだろう。

 いや、すでに自分を殺しているから自害する事に抵抗が無いのかもしれない。



「それより、昨日はどうでした?」

「……お答えにならないのですか。まぁそれも良いでしょう。

 敵情についてですが我らの魔法で敵陣は乱れに乱れました。奴らの火槍――火器ですか――その技術はケプカルトを越えておりましたが、魔法技術に関してはこちらが上手のようです。

 おかげで昨日は終始優勢を保つことが出来ました。

 もしタウキナとの戦が無く、ベスウスの魔法使いを全てこの戦に投入できていれば戦局の回天さえ夢では無かったでしょうな」



 すでに私が認めるほどの魔法使いは減りに減ってしまった。

 私の代では魔法使い達を再建させる事は不可能だろう。

 あれは血筋と深い教養あってこそのものだ。それを一人前まで育て上げる労力と時間を考えるともう、ベスウスの隆盛は終わってしまったのではないのかと思ってしまう。



「無い物ねだりとは珍しいねすね。はい。

 シューアハ様はよく言われていたではありませんか。無から有は作れない。これが魔法の原則である、と」

「……そうですな。ですが、失った物があまりにも大きく、それを埋める時間すら足りないのです。

 昔を羨みたくもなります」

「ははは。ケプカルト一の魔法使いも人の子、と言うわけですか。はい」



 乾いた笑いをあげた宰相はその手にイチイの杖を握ると軽く振って見せた。



「一目見た時から気になっていましたが、さすがシューアハ様です。この魔具はとても良い物ですね」

「……一国の宰相とはいえ、その杖に軽々しく触れないで頂きたい。それは我が息子の遺品です」



 東方のオシナーという男が率いた部隊の副官に殺された我が息子の遺品。

 最初は持ってくるつもりは無かったのだが、何故か西方まで持ってきてしまった。

 少し前、あれは暮れの近づいたゴモラ攻囲戦の時だっただろうか。


 ――その、恨んでおりますか? 


 そう問われた。

 あの時、あの若者は怯えた動物のようにそう訪ねて来た。

 恨んでいる。そしてその原因の一端と言って良い宰相閣下をも、私は恨んでいるのだろう。

 故に息子の遺品を握った彼に殺意を覚えてしまった。



「『学者とは物事を冷静に判断せねばならない。感情を殺し、理性だけで事物を観察し、考察し、制御する』。シューアハ様のお言葉ですね。はい」

「……そんな事、よく覚えていましたね」



 遥か昔、私が宮廷魔術師としてクワバトラ様の下に仕えていたころ彼に言った言葉だ。

 あの時、この男が宰相にまで上り詰めるとは思っていなかった。



「何故私がこの地にいるのか、というご質問でしたね。お答えいたします。はい。

 シューアハ様のお力になりたいと思いまして」

「な、なに!?」



 何を言っているのだ。その疑問が思わず顔から溢れてしまった。

 この男は食えぬ奴だと思っていたが、それどころではないようだ。



「感情を殺し、理性だけで事物を観察した結果、この地を守る魔法使いが足りないという考察が浮かびました。はい。

 そうなのでしょう?」



 昨日は優勢に事を進められたが、それが今日、続くとは思えない。

 確かに敵は我らの魔法技術に驚いた。だが、そう何度も同じ手に乗る様な輩だった場合、我々はこんな窮地に立たされないはずだ。

 いずれ敵の数に圧殺されるだろう。それならこちらも一人でも多くの魔法使いが必要だ。

 だが、魔法使いの育成には時間がかかる。この戦に間に合うわけが無い。



「お手伝いをさせて頂きたいのです。

 シューアハ様は私の魔法使いとしての力量を知っているはずです。故にお力になれるかと」

「……つまり、ヘーパザラの杖を貴方様に貸し出せ、と?」



 宰相閣下が笑みを浮かべたまま頷いた。

 私は思わず自身の杖を憎い男に向けて構えてしまった。

 そうせずには居られなかった。

 タウキナとの戦争を引き起こさせた張本人に、その戦争で戦死した息子の杖を貸す事にひどい憤りを感じた。


 だが、感情を殺して考えるとこの男の力を借りたいと思う自分が居た。

 なんと、なんと情けない事か!

 息子の仇のような男の力を借りなければいけないと言うのか!



「シューアハ様。よろしいでしょうか?」

「私に、悪魔と契約しろとでも言うのでしょうか?」

「それが貴方様の生き方ではありませんか。貴方様はそうやって魔法への研鑽を深め、そして完成させたのではありませんか。はい

 シューアハ様――。いえ、シューアハ先生」



 懐かしい呼び名だった。

 確かに私は王命で魔法技術向上のために様々な事をしてきた。全て感情を殺し、理性のみで物事を判断して考察をし、改良を施してきた。

 それでも――。



「そ、それを言うならここで貴方様が留まる事も、そのの生き方に反するのでは? それこそ、あの()の生き方に異を唱えるようなものだ。故に貴方様が私に生き方を説く道理は無いはず」

「なるほど。痛い所をつきますね。確かにその通りです。

 あの方なら、今の私のような行動は取られないでしょう。はい」

「なら――!?」

「なれども、あの人も――人でなしですが――この地に留まった事でしょう。何故なら、それがケプカルトを救う道だからです。はい」



 その言葉に目をつぶると、あの日、クワバトラ様が崩御された日の事がありありと蘇って来た。

 病床に伏す王の眼前で縄を打たれた女を、その女に縄を打った眼前の男を思い出させる。

 この男も、あの女もまた自分の信念を貫き通せれば己が死んでも良いと考える、人でなしだった。



「では、一つ、よろしいですか?」

「私に出来る事であれば」

「……息子に、謝罪を」

「わかりました。ヘーパザラ様には申し訳ない事をしました。ここに謹んで謝罪の意をお伝えいたします」



 えらくあっさりと、そして演技かかった動作でこうべを垂れた。

 なんと嘘くさい謝罪だろう。

 だが、逆に清々とした。人の法は人にしか通じず、人ならざる者には届きはしないのだと言う事を、私は悟った。



「それでは参りましょう。シューアハ先生」

「……その名でよばれるとは、皮肉のおつもりですか?」

「いえいえ。シューアハ様は私に魔法の手ほどきをしてくださいました。そのご恩を思えばこそ、貴方様を先生と呼びたいのです」



 なんともとってつけたような言葉だろうか。

 だから余計、この男に腹が立った。

 私は再び嫉妬しているのだ。クワバトラ様の下で唯一宮廷魔術師と呼ばれた私が直々に教育し、その素質を妬んだ唯一の元弟子を。

 神童と言われた名無しの男に、私は妬いているのだ。

 イチイの杖を手に入れ、抵抗を極限まで減らした魔法陣を印刷技術により量産しようと、人の心を縛る魔法を私は未だに習得出来ないでいた。

 人を縛るにはその人の真の名を見つけなくてはならないのに、私はそれが見つからなかった。

 だが、息子の杖を手にしたこの男にはそれを易々と見つける才能があった。

 この男があの()の下に就かなければ今頃、本当の意味でケプカルト一の魔法使いと呼ばれていただろうに。



「シューアハ様!! 伝令でございます」

「……どうした?」



 突然舞い込んだ伝令が私の耳に戦況を伝えてくれた。それを見ていたかつての教え子は「どうされました?」と問うてきた。



「先ほど、ノルトランドの使者が訪れたそうで、どうもタウキナの戦線がまずいらしいです」

「それはいけませんね」



 宰相閣下がニヤリとわざとらしく笑った。



   ◇ ◇ ◇



「大公殿下、ご報告いたします」



 タウキナ連隊の司令官たるアウレーネ様の前に一人の騎士が頭を下げながらそう告げた。

 その声は弱々しく、まだ寒いというのに汗が噴き出している。



「我が右翼を突破した敵兵ですが、予備兵力を投入することで包囲、殲滅する事が出来ました」



 そこでその騎士の言葉が途切れる。アウレーネ様は「それで、戦線の状況は?」と静かに言葉を送り出した。



「……右翼戦線は崩壊。また、各戦線から予備兵力をかき集めて反撃に出ましたので、もう予備兵力がありません。

 次に敵の本格的攻勢を受ければ、我らの壊滅は必須であります」

「そうですか。報告、ありがとうございます。引き続き、あなたの任務に戻ってください」

「で、殿下! 何を悠長な!! この場は我らが押しとどめます。ですから殿下は――」



 騎士の声にアウレーネ様は小さく首を振った。



「しかしッ! 殿下はタウキナを変えられました。疲弊していたタウキナを蘇らせてくれたではありませんか!

 王国から見放されたタウキナを繋ぎとめてくださったではありませんか!

 国を豊ますために、身を斬る様なご決断をしてタウキナを救ってくださったではありませんか!

 殿下は今のタウキナにとって必要不可欠な存在。

 それを現王様もお認めになったからこそ、宰相閣下より特別のご恩情を賜ったのではありませんか!?

 ならば殿下は生ある限りタウキナを導いてくれることこそ、必要なのではありますまいか!?」

「副長。そういう訳にはいかないのですよ」



 すでに予備兵力は尽き、戦線の維持すら難しいこの状況では遅滞も何もない。

 それにここでタウキナが総崩れとなれば東方とベスウスの守る戦線は連鎖的に崩壊するだろう。

 それなら撤退を考慮せず、この地で玉砕を選んだ方が一刻でも敵を足止め出来る。そうすれば両国が遅滞を成功させた上でこの地を離れられるかもしれない。

 その思いからアウレーネ様は撤退を断ったのだ。



「時間が、足りな過ぎたのです……。もう少し時があれば万全の体勢で敵を迎え撃てた物を……」



 副長の言う通りタウキナの野戦築城は不完全なまま戦闘に突入し、なおかつ敵の新型砲による砲撃でこちらの戦線が食い破られてしまったのだ。

 その上、タウキナ連隊は猟兵連隊と違い、火砲の装備が無かった事も戦線の崩壊に繋がった。

 そもそも大砲や野戦重砲があったとしてもそれを運用する兵が育っていないのもまた事実。



「東方とベスウスとの戦が無ければ兵力に事欠かなかったでしょうに……」

「それを言っても始まりません。そもそも、折からの財政難で騎士団の規模も縮小させていましたし、何より新しい兵制を取り入れたばかりなのです。

 士官の数も、下士官の数も足りていません。これも、私の不徳の致すところです」



 そのような事は無い、と副長は言いたかった。だがその声は敵の砲声によってかき消されてしまった。

 あと少し、時があったら――。

 そう思わずには居られない。

 あと少しだけでも時があれば築城も完成しただろう。あと少し時があれば部隊の錬度も向上できたであろう。



「副長。私の我が儘に突き合せてしまい、申し訳ありません」

「いえ、最期を共にできて恐悦至極に存じます。我らタウキナ騎士団は最後の一兵に至るまで、この地を死守いたします」

「よろしくお願いします」



 一礼して去ろうとする副長を見送った瞬間、空を裂く音が段々と近づいてくるのをアウレーネ様は感じた。そして誰かが「伏せろ!」と叫んだ声と同時に砲弾が飛来し、立ちくらむほどの地鳴りが襲った。

 思わず倒れたアウレーネ様を砂塵が襲い、周囲の天幕がバタバタと暴れた。



「ケホ、ケホ」

「アウレーネ様! ご無事ですか!?」

「そ、それより被害は? 何が起こったの?」



 敵の新型砲による砲撃は熾烈を極め、波のように砲弾が打ち寄せる。

 敵の第二波が押し寄せる準備段階としての準備砲撃が始まったのだ。

 東方の連隊であればこれに応戦するための火砲を備えているが、歩兵の育成だけで手一杯であったタウキナではそれが叶わない。

 強いて言うならこれまでの戦いで鹵獲した敵のオオヅツはあれど、それしかない。

 射程が五百メートルも無いオオヅツでは敵の新型砲の陣地まで撃ち返せないのだ。



「これまで、ですか……」



 自身が思った以上に敵の侵攻が早い。

 このままではすぐにでも敵が河を越え、本陣に流れ込んでくるだろう。こうなっては総崩れは必須だ。

 そうなればベスウス、東方の二国は敵に分断され、いずれ包囲されるだろう。

 タウキナの敗北が二国を地獄に突き落としてしまった。その事がアウレーネ様の胸の奥にゆっくりと沈み、胸が張り裂けそうになる。



「伝令。伝令はおられますか?」

「ハッ、ただいま!」

「ベスウスと東方宛てに伝令を頼みます。我、期日まで持ちこたえる事、不可能なり。両国に陳謝し、その責任をタウキナ大公アウレーネ・タウキナは取る。両国は速やかに後退、陣を敷きなおして体勢を取り直すべし。ケプカルト諸侯国連合王国万歳。

 以上です」



 伝令はその言葉にアウレーネ様が自害するつもりである事を悟った。

 その青い顔を見ながらアウレーネ様は静かに「復唱は?」と問うた。



「ふ、復唱致します!」



 青ざめながらも命令を口に発した伝令は踵を返して本陣を出て行こうとした。その時、頭上をサッと影が横切ったのをアウレーネ様は見た。

 そして強い風が地を打ち、頭上のそれに視線を投げる。そして、ドラゴンに吊られた馬車の窓から顔を出していた俺と視線が交わった。


意味ありげな宰相達ですが、次章のための新しい設定のポン付けなんて誰にも言えない。




また、一話一週間投稿で申し訳ありません。




それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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