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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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砲声

「失礼します。ユッタ・モニカ少佐です」

「入れ」



 寝不足気味の声が出てしまっただろうか?

 ナザレに設置された司令部で地図を見ながらぼんやりそう思った。

 昨日は日没まで問題無く防衛に成功していたのだが、敵の夜間切り込みのせいで明け方まで眠る暇が無かった。



「失礼します。朝食をお持ちしました」

「悪いな……」



 ほわほわと湯気を立てる粥をユッタから手渡される。それに息を吹きかけながら地図に視線を向けると、ボゥっとしていて今まで入ってこなかった情報が頭の中に蓄積されだした。


 夜襲を受けた地点は敵が味方もろともオオヅツを使った支援砲撃をしてきたので一時的に防衛線が破れそうになったのだが、それでも大砲や機転を利かした野戦重砲の支援砲撃によって逆に敵を孤立させ、これを殲滅出来た。


 あの状態――敵が橋頭保を確保したまま日の出まで粘っていたら、正直やばかった。

 橋頭保を築かれたら続々と敵の後続が大河を越え、俺達の野戦築城を数の力で蹂躙するだろう。

 そうなっては十倍の兵力差を押しとどめることなど叶わない。


 細い線で繋がった行幸にただただ感謝するだけだ。

 その表情を読んだユッタは顔をしかめて言った。



「昨夜の事ですか?」

「あ、わかるのか?」



 「副官ですから」と穏やかに笑う彼女にどこか癒されながら粥をすすった。

 熱い麦と強い塩が喉を流れ、温かさと活力が身体の芯から生まれてくる。

 沁み渡った温かさが脳を動かし、半分寝ていたそれが働き出した。



「でも、昨日は良い調子だった。渡河する敵兵にぶどう弾の雨を降らせてその大半を壊滅させることが出来たし、上陸してきた連中も一斉射撃でなぎ倒した。昨夜のような切り込みは脅威だが、なんとかしのげた。

 この調子ならあと二日は確実に持つかな」



 橋を落としたせいで敵は泳いで渡河する他なく、その間に大砲の砲撃を受け、上陸したと思ったら小銃の一斉射撃を受けるのだ。

 その他、敵が上陸地点を変更しようにもヘルスト様の空中哨戒のおかげでそれを察知する事が容易く、その地点にコレットや騎士団を向かわせる事で反撃の目を紡ぐことが出来る。


 その上、野戦重砲による敵本陣への攻撃を行ったせいで敵は昨日の時点で本陣を後退させていた。そのため前線との距離が延びたせいで前線部隊と司令部の連絡が遅れるだろう。

 そうすれば前線部隊と司令部要員を分離できる――指揮官の数を局地的に少なく出来る。その少ない指揮官をモニカ支隊の狙撃でもって狙い撃てば残るは命令を待つ兵だけだ。

 この遅滞作戦、補給さえ続けば問題ないだろう。



「オシナーさん。悪い顔をしてますよ」

「え? そうか? それより後は補給だな……」

「それはヨルン大尉が輜重隊の指揮を直接執っているのですから、大丈夫ですよ。でも現状では、という言葉が付きますが」



 まぁ、確かに補給に関してはヨルン大尉が西方都ガザまで後退して陣頭指揮を執っているので大丈夫だと思う。

 西方辺境領でもっとも大きな都市であるガザなら火薬の主成分である硫黄や硝石も手に入るだろうし(手に入らなかったら打つ手がない)、鉄に関しても問題は無いだろう。



「モニカ少佐殿はこの戦況をどう見る?」

「そうですね……」



 ユッタは地図に細い指を走らせながら呟いた。この冬、ユッタ達士官にはみっちりと図上演習や戦術講義を受けさせたからその回答が楽しみだ。



「現在のところ問題は無いと思いますが、敵がさらなる増援――例えばナザレ正面に展開するおよそ三万の兵を持って総攻撃をしてきた場合ですか? それほどの物量を連隊が止められるとは思えません。

 もしくは敵が新戦力――連隊の使用する大砲に類する性能の火器を持ち出してきた場合でしょうか?」



 確かに物量で攻め立てられたらどうしようもない。実のところ、これが一番の恐怖なのだが、こればっかりは敵指揮官頼みなので情けないが祈らざるをえない。


 二点目の大砲に類する戦力――オオヅツを上回る砲兵火力を投入された場合、野戦重砲等でその火点を潰さなければならないから猟兵への支援射撃が減ってしまい、敵の上陸――橋頭保確保を許してしまうかもしれない。


 だが、それ以上に危惧する事態がある。

 そう思ってユッタに視線を向けると、とても難しそうな顔で答えてくれた。



「もっとも想像したく無いのは敵戦力が分散して浸透してくる事ですか? 猟兵――モニカ支隊のように」



 そう来たか。俺の欲する答えとは違ったが、それでも確かにこれは脅威のように思える。



「敵のタネガシマは、精度自体は小銃よりも良いから狙撃向きだとは思う。だが射程が短いし、何よりあれは重すぎるから分散した所でモニカ支隊のように後方攪乱は無理だろ。

 それに渡河した時点でずぶぬれだろ? 火薬は使えないし、少数の切り込みたいくらいなら騎士団の予備兵力でなんとかなる」

「なるほど。あ、あと連隊が一番困る事は敵が攻勢に出ない事ですか?」

「そうなんだよな……」



 攻勢に出ず、ただ連隊とにらみ合いをするのが一番恐ろしい。

 そうやって時間稼ぎをさせられ、その間に他の地点を敵が突破し、連隊を包囲する事がもっとも脅威だ。

 こちらは突破されそうな戦線への応援に行こうと動けば正面の敵が攻勢に出て背後をつこうとするだろうし、かと言って敵とにらみ合っていては救援に行けない。

 このジレンマをどうすれば良いだろうかと悩むところだが、そもそも救援に行けるほどの戦力が無い。

 だから友軍を信じる以外に無いのだ。



「ほとんと神様頼みですね」

「まったくだ。この際にエルファイエルの神でも土と鉄の神様でも良いからカミカゼでも吹かないかな」

「カミカゼ?」

「ん? なにそれ?」



 ユッタが怪訝そうに何かを呟くが、俺もその意味が分からなかった。エルファイエル語だろうか?

 互いに疑問を浮かべながら見つめあっていたが、突如起こった砲声に俺達は天井を仰いだ。



「野戦重砲ですか……」



 重野戦砲大隊には早朝から敵陣に対して砲撃を行うよう命令していた。

 敵兵にとっては遥か彼方から飛来する鉄槌に戦々恐々としてくれることだろう。そのおかげで敵兵の士気を砕き、敵の攻勢を鈍らせられれば良いのだが。



「うぬよ、入るぞ」

「け、ケヒス姫様!」



 なんの前触れも無く現れたケヒス姫様に俺は慌てて立ち上がるが、「挨拶は良い。さっさとそれを食え」と言われた。



「戦況は?」

「今の所落ち着いております」



 粥をかきこむ俺の代わりにユッタが落ち着いた声で戦線の状態を述べていく。



「……保ちそうだな。先ほど、ベスウスからの使者が来た。どうやら魔法をつかって散々暴れているらしい」

「ベスウスが? それなら南方戦線は大丈夫そうですね」

「――ただ、アウレーネだな」



 一時はアウレーネ様とは戦争を起こしそうな勢いだったのに、今は元妹君の心配か。

 口ではなんだかんだ言って、姉なんだなとふと思ってしまった(それを悟られないよう努力が必要だったが)。

 だが確かにタウキナ連隊が抜かれてはすぐに俺達やベスウスは包囲されるだろう。

 そう思うと、タウキナの動向はとても気になる。



「今のところはなんとも無いようだが、今後は――」



 ケヒス姫様の言葉が終わる前に爆音と地響きが足元から這い上がって来た。



「なんだ!?」

「陣地の方からですよね!?」



 慌てて外に出ると(本当は危険なのだが)、土塁の方から濛々と砂煙が舞っていた。

 そしてすぐにまた盛大な砂柱が立ち上る。



「大砲の暴発――ではないですよね」



 大砲は射程の短いぶどう弾を運用するために土塁の近くまで進出させていたから、なんらかのアクシデントでその装薬に引火したのかとも思ったが、その爆発は塹壕線全体に及んでおり、どうもそうとは思えない。



「ケヒス姫様は本陣を! 俺は状況を確認して来ます!」

「お、オシナーさん! 危ないですよ!!」



 前線に行こうとすると、背後からユッタに羽交い絞めにされた。



「ユッタ! 放してくれ!」

「危険ですよ! 伝令を送って状況を確認させましょう!」

「ダメだ。俺が直接見て、戦闘指揮を執る!」

「ですからそれこそダメです! 敵の砲撃するど真ん中に飛び込もうとしないでください」

「いや、でも――。ゆ、ユッタさん、背中に当たっているんですが――」



 緊張感が無いと我ながらに思う。思うが、仕方ないのだ。砲撃も気になるが、背後にあたるそれの方がどうしても、いやいや、時と場合を考えろと――。

 そう思っていると突然、頭上に影が差した。反射的にそれを見ると、ヘルスト様を乗せたタンニンだ。

 そのドラゴンが強烈な羽ばたきを持って急制動すると、「場所を開けて!!」という叫び声が聞こえた。

 急いでドラゴンの近くから離れると、ゆっくり降下を始めたタンニンからヘルスト様が肩から飛び降り、丸まる様な受け身をとって着地する。



「へ、ヘルスト様! 危ないですよ!!」

「それよりオシナー! 敵が本格的攻勢に出た!! 奴ら大砲を持って一体に砲撃してるよ」



 大砲? オオヅツの事だろうか? それなら射程や耐久性からして長時間の砲撃は無理だろう。

 もうしばらくしたら敵の砲撃が落ち着くだろうし、そうしたらこちらもカウンターとして砲撃を行おう。



「もしかして奴らの使っている木製の大砲だと思っているの?」

「違うんですか?」

「違う! オシナー達が使っているような大砲だよ。どうやら進軍速度が遅くて到着が遅れたようだけど、今朝から他の戦線でもアレが使われてる!」

「そんな! 射程はどれくらいですか!?」



 ヘルスト様は顎に手を当てながら「だいたい一キロくらいかな?」と言った。まさに大砲と同じか。

 さっきからの砲撃のタイミングからすると五から六門くらいだろうか?

 そんな兵器があるなんて聞いていないぞ。シモン達がわざと黙っていたか、それとも最近になって作られたのか。判断は出来ないが、今はそれを対処しなくてはいけない。



「ユッタ! ローカニルは?」

「司令部壕です!」

「伝令! 伝令!」



 その時、ドワーフの兵士が走り寄って来た。その首筋についた黄色の兵科色から砲兵関係の伝令である事を悟る。

 きっとローカニルからだろう。



「どうした?」

「砲兵参謀殿より伝令! 敵の砲撃甚だし、救援を求。以上であります!」



 救援……。あの砲撃下だと大砲の運用は困難を極めるだろうから、代わりに長射程の野戦重砲で敵の大砲を吹き飛ばすか? いや、着弾の観測が困難だ。あれだけの砲撃を縫って着弾を観測させ、その修正を行っていては時間が足りない。

 どうする?



「オシナー! 自分が行こう」

「……。そうか、空爆ですね」

「タンニンなら敵の地上部隊をスルー出来る」

「わかりました。お願いします。伝令! 伝令はいるか!?」



 俺は伝令に擲弾を準備するよう伝え、塹壕と重野戦砲大隊に敵砲兵への攻撃中止を命じた。

 出来れば火砲でもってカウンターをしかけたいが、敵の砲兵陣地を空爆するヘルスト様を誤射する危険がある。

 だが、こちらの砲撃を中止すれば敵は渡河を始めるだろう。昨夜の事を考えればこの砲撃下でも敵は前進するかもしれない。

 白兵戦となった場合、擲弾による個人火力の増強は必須だ。



「ユッタは予備兵力を招集していつでも前線へ援護に出れるように」

「了解しました!」



 兵士達が右往左往する中、司令部として使っている屋敷からケヒス姫様が出て来た。



「うぬよ。伝令を貸せ」

「いかがなさるのです?」

「この調子だ。敵が本格的攻勢に出たと言えよう。騎士団を使って周辺の偵察と各戦線の状況を仕入れたい」



 確かに昨日も別方面から渡河する部隊が居た。それにこちらに攻め寄せるエルファイエル軍はおよそ十五万。

 その中にどれほど後方戦力がいるか未知数だが、それでも別方面から敵が浸透してくる可能性はある。



「分かりました。伝令を手配します。あと、その偵察には連隊の騎兵も投入させましょう」

「良かろう。バアルの指揮下に入れて良いか? 指揮権を一元化したい」

「御意に」



 ふと、昔の俺だったら、この申し出を拒否しただろうな、と思った。

 騎士団への不信を露わにして騎士団とは別の指揮系統を樹立させようとしただろう。


 だが今は違う。


 この一冬がそれを変えてくれた。騎士団とも、エルファイエルとも分かりあえる事をこの一冬が教えてくれたのだ。



「伝令! 伝令は!?」



 故に新しい選択肢が出来た。騎士団との共闘だ。



「伝令、来ました!」

「騎兵中隊へ伝令。コレット大尉以下、騎兵中隊はバアル殿の指揮下に入り、敵の浸透部隊に備えよ、だ。復唱!」



 キビキビした所作で復唱を終えると伝令は風のように走って行った。

 だが未だに敵の砲声は止むことなく次々と鉄の雨を降らせる。



「ケヒス姫様、本陣に戻りましょう」

「良いのか? 陣頭指揮に立たなくて」



 意地悪そうに言うケヒス姫様に「今、司令部壕に行っても仕方ないので」と答えた。


 先ほどは火が出るほど慌てていたが、よくよく考えると今出来る事は全てしたのだ。

 敵の火砲をヘルスト様が潰し、こちらが反撃の砲火をあげる。その間に騎兵を遊撃させ、敵の浸透を阻止する。

 この二つの指示を出し終えれば後は戦局を見守りつつ、予備兵力の投入を決めるだけだ。

 そうなると司令部壕に行くより後方の司令部で状況判断をして居る方が良いだろう。



「慌てふためいて前線に飛び出すのかと思うたわ」

「それは……。確かに、前線で敵の砲撃に晒されている部下がいるのに、後方に籠っているというのは、どうも……」

「フン。まぁ言いたい事はわかる。余もよくヨスズンに戒められた」



 ケヒス姫様は「行くぞ」と踵を返して司令部に足を向けた。

 俺はその半歩後ろに付き従って行く。



「もう、あいつの忠告は聞けぬのだな」



 砲声の間に、そんな声が聞こえた。



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