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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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猟兵と騎兵砲 【ユッタ・モニカ】【コレット・クレマガリー】

「戦闘配置! 急いで!!」



 敵の動きに指をくわえて待っているというのはやはりもどかしい。

 その焦げるような思いがアムニス大橋での事を思い起こさせた。

 あの日、あの時、この螺旋式小銃があれば戦局は様変わりしていただろう。

 この長射程の武器があればゴブリンの弓矢を物ともせず橋を防衛していた事だろう。

 敵の突撃を阻止し、ヘーメルさん達を犠牲にせずにすんだだろう。



「モニカ支隊、戦闘配置完了!」



 わたしの指揮するモニカ支隊の半数を引き連れて塹壕から螺旋式小銃を構えた。

 分散して配置されたモニカ支隊の任務はただ一つ。敵の指揮官を優先して狙い撃て、だ。



「射撃用意!」

「了解!!」



 カチリと撃鉄を引き起こし、突撃を始めた敵兵の中で攻撃方向を片刃の剣で指示している兵に照準を定める。

 照準儀の先、そこに重なった敵国のエルフ。煌びやかな鎧兜を身に着け、片刃の剣を振るって突撃を指揮しているその人が射線に重なる。


 同じエルフを撃つのか――?


 ふと、そう思ってしまった。

 シモン達との交流でわたしは――わたし達はエルファイエルの人々の事をよく知った。肌の色も、信じる神も違うというのに、どうしても同じエルフなのだと。


 そのエルフをあの日のゴブリンのように撃てと言うのか――?


 心の中で起きたつぶやきに引鉄をさわった指が震えた。

 カナン解囲戦でわたしはエルファイエルのエルフを撃った。その時は彼らの事をおとぎ話に伝わる悪魔だと思っていたが、彼らとの交流でそうではない事を学んだ。同じエルフである事を、知ってしまった。

 その同族を撃てと言うのだろうか?



「――ッ! か、各個に射撃開始! 撃て!!」



 だが、そのエルフを撃たなければアムニスの時のように敵の突破を許す事になる。

 またヘーメルさんのような人が出るかもしれない。


 それは嫌だ。


 彼らの、彼女らが命をかけて繋いでくれた今を無駄にしたくはない。

 だから引鉄にかけた人差し指に力を込めた。

 撃鉄が落ちた衝撃を往なし、続いて起こった火薬の爆発を構えで受け流す。

 高速で撃ちだされた弾丸が吸い込まれるように指揮官の胸に命中し、着ていた甲冑ごと貫通する。


 命中――。


 剣を投げ出して倒れた彼の周囲で混乱が起きた事を見て取れた。

 これで、良い。これで良いのだ。



「装填!!」



 塹壕の中に身を隠しながら腰のポーチから早合(カートリッジ)を取り出す。

 撃鉄を半分ほど起こしてからそれを噛みきり、中の火薬を火皿の上に手早く乗せ、残った火薬を銃口から注ぐように入れる。



「少佐! 敵が橋を渡ります!!」

「それより貴方は敵の指揮官を狙い撃ちなさい!!」



 一等兵の階級章を付けたエルフに強い言葉を投げながら残った早合ごと弾丸を銃口にねじ込んでカルカを抜き出すと、突然砲声が響いた。方向からして友軍だろう。



「……あ、それよりも装填しなきゃ」



 カルカでドングリの形をした弾丸を押し込む。そこで一つ、息をついてから立ち上がり、標的を探す。

 居た。橋の上で何かをわめいている、とても目立つ人。

 撃鉄を最後まで引き上げ、その人に狙いを定める。心の中で沸き起こった罪悪感も、周囲の音も遠ざかって無音の空間にただわたしと標的がいる。

 もう躊躇わない。そう思って引鉄に指をかけた途端、その人が消えた。



「砲兵の砲撃か……」



 隣でぽかんとした顔をしている一等兵が感心したように言った言葉で何が起きているのか理解した。

 そうか、あれが『ぶどう弾』なのか。

 確か袋になけなしの弾丸を詰め込んだだけの物と思ったが、予想以上の威力を発揮している。

 あれを作るようオシナーさんが言った時はもったいない、普通に射撃した方が良いと掛け合ったものだが、わたしが折れて良かったと思う。

 まさかここまで強力な兵器だったなんて。と、見とれているわけにはいかない。



「砲兵が己の仕事をしているんです! わたし達、誇り高きエルフも負けてはいられません!! 狙撃を続けましょう!」



 橋の上の掃討は問題ないだろう。故に敵の指揮官を狙い撃ち、敵の指揮系統を乱さねばならない。

 指揮官が倒れれば命令が滞るし、その分、敵の進軍が遅れる。



「少佐! 友軍の攻撃で橋の上は片付きました!」

「では対岸を狙撃して。目標は敵指揮官、次いでオオヅツの砲手を!」



 対岸に視線を向けるとすぐに新しい敵兵の群れが殺到しつつあった。数は、千ほどだろうか?

 血を埋め尽くさんばかりに敵がやってくる。あの中から指揮官を探さないといけないのかと思うと溜息をつきたくなる。



「数が多すぎます!」

「わたし達の狙いは敵指揮官よ。その他は友軍が押しとどめるから、それを信頼しましょう! さぁ、撃って!!」



 甘い汁に群がる虫のように敵兵が橋に殺到し、われ先にとチグリス大河を渡ろうとする。

 その中で派手な鎧兜をつけた兵士に照準を定め、撃つ。

 銃弾が銃身に施された螺旋状の溝に食い込みながら進み、それは回転力を得て銃口から飛び出した。

 円形の弾とは比較にならない直進性で進むそれだったが、河を走る横風に邪魔され、狙っていた兵から逸れ、橋に穴を開けただけで終わる。



「くぅ。風が出て来た! 注意して!」



 鉛の弾は風によく流される。とくに長距離射撃を行っているとよく、そう思う。

 この風を制御できたらもっと遠くをもっと正確に撃てるのに……。

 だが、無い物ねだりをしても意味は無い。

 風が邪魔なら風を考慮して撃てば良いだけだ。



「――! この符丁は?」



 砲兵に橋を落とさせる合図だ。確かにあの戦力を足止めさせる事は無理。ならば敵が橋の先を確保する前に――。

 その時、一斉に砲火が開かれ、河に盛大な水柱が立ち上った。第一弾作戦の終了。

 水煙が消えるとそこにあった橋は二つに折れ、見るも無残な姿をさらしていた。

 これで敵はこの冷たい河を泳がなくてはいけなくなる。

 河を泳げば足は鈍る。足が鈍れば、照準を合わせやすい。



「わたし達は作戦を続行させましょう。敵は我らと同じく誇り高きエルフの一族。

 故に侮ってはいけません。敵は全力で河を越えようとするでしょう。なら、わたし達東方のエルフはそれを全力で阻止し、我らの戦いを西方エルフにも、ケプカルトの人間にも知らしめましょう!!」

「おうッ!!」



 もう迷いはしない。東方のために、これからの未来へのためにも、わたしはこの銃を使う。



   ◇ ◇ ◇




「……速度が落ちてるぞ! 急げ!!」



 あたしの声に返事が返ってくるが、それは心なしか疲れを含んだそれであり、どこか覇気が足りない。



「おまえ等それでもケンタウロスか! シャンとしろ!!」

「む、無茶言わないでください、中隊長! 大砲を牽引して走ってるんですよ! 大目に見てください」

「お前、顔は覚えたぞ。生きて帰れたら覚悟しろ」



 戯れ言を垂れる力があるならもっとスピードが出るはずだ。

 最近の奴らはだらしない。

 そう、言えば兄貴もよく最近のはーーと言っていたが、その度に年寄り臭い事をと思っていた。

 そんなに歳はとっていないはずなのにな。



「コレット大尉! 二時方向! 一騎来ます!」



 すかさずその方向を確認すると、白銀の鎧がチカっと輝いた。

 あれは東方辺境騎士団か。



「友軍だ! 速度を落とせ」



 助かったとばかりに部下達の歩がゆるむ。

 なんて情けない奴らだ、生きて帰れたらしごいてやる。そう思っていると騎士は見る見ることらに近づき、その顔が判別できるようになった。

 あれはコニラー・ガイソスか。



「コレット! 居るか!?」

「ここだコニー! 敵情は?」

「あの丘の先だ。五百くらいの軽騎兵が上陸している。奴らの目的は戦線の隙間に上陸してきて、俺たちの後方を攪乱するつもりだろう」



 この大河の水深はそこまで深くはない。あたし達ケンタウロスなら余裕で渡河できる。

 エルフも騎乗していれば渡河できるはずだ。

 だからこうして敵がやってきそうなポイントをしぼっていた。



「よし、総員、戦闘用意! 丘を越えたらドンパチするぞ。砲手はわかってるな!」



 にわかに騎兵達に闘志がみなぎってくる。

 中には短小銃を空に向かって突き出したり、雄叫びをあげる輩も居た。

 ケンタウロスって言ったらそうこなくっちゃいけない。



「行くぞ! 速度をあげろ!」

「コレット! おい、待て、急に速度を上げるな!」



 コニーが何かを言ったが、最後まで聞き取れなかった。

 それよりもぐんぐんと丘を登り、眼下に鎧甲をつけた騎兵の群を見つけた。

 あれだな。



「砲戦用意! 目標、敵騎兵。急げよ! 敵さんは待っちゃくれない。

 せっかくローカニルの親父から二門の大砲をかっぱらってきたんだ。盛大に行こうぜ」



 カナン解囲戦の時、クレマガリー支隊として機動的な砲兵運用をしたが、あれは中々に効果的だったと思った。

 だが、砲兵を随伴させていたせいでどうしても移動が遅くなっていけないという点もあった。

どうしたものかと無い頭をひねった結果、自分達で大砲を持ち運べばいいという結論にたどり着いたのだ。

 砲兵を随伴させずに騎兵のみで大砲を運用する。

 くそ親父(ローカニル)は反対していたが、オシナー少将が許可してくれたおかげで二門の大砲を借りることができた。あの人は良い連隊長だ。



「コレット! ま、待ってくれ」

「遅いぞコニー。で、騎士団は?」

「まったく、お前は前しか見えないのか? バアル様率いる部隊百が、えと……。あそこだ、十時方向」



 その方向に視線を向けると赤い軍旗を持った騎士達が大急ぎで隊列を組み直している。

 これから襲撃行動だろうか?



「騎士団はどう動くんだ?」

「お前たちが五、六発撃ち込んでから騎兵突撃(ランス・チャージ)すると」

「良いねぇ。数は負けてるけど、負けているのはそれだけだな」



 「油断するなよ」とコニーが兜の位置をなおしながら言った。



「油断はしていない。全力で敵をケチらすのがケンタウロス(あたしたち)の流儀さ」

「コレット!」



 その声に振り向くと、幼なじみにして中隊副官のシャルレット軍曹が手を振った。

 砲撃準備完了と言ったところか。



「撃て!!」



 命令一下、四発の砲声が荒野に響いた。

 大砲は二門しか借りれなかったから、鹵獲したオオヅツを二門ほど(黙って)借りてきた。

 無くても困る代物ではないし、連隊じゃ使わないだろうしな。

 なら、使う奴が持っているのが一番だ。



「だんちゃーく! 修正射急げ」



 砲弾は敵の頭上を飛び越して着弾したのが二発。その手前に落ちたのが二発。



「ありゃ? オオヅツじゃ射程が足りないか」

「距離を考えろ。裕に五百メートルは離れている」



 確か、連隊での試験だとオオヅツは三百メートルも届かないんだっけか?

 参ったな。届かないんじゃ意味が無い。

 でも軽いからは大砲より持ち運びに良いのは事実だ。



「仕方ないな。おう、騎士団に伝令。突撃の合図は我が中隊の行動とあわせよ」



 伝令に命令を復唱させ、その背を送るとコニーがぼそりと言った。



「バアル様ならその命令は聞かないぞ」

「その時はその時さ。なに、戦端が開かれちまえば後は勝敗がつく(さいご)までやるしかないんだ。

 指揮官って言うのはその瞬間を推し量るのが仕事だって教本に書いてあった。

 バアルだってそこらへんは分かって居るだろうから、アタシ達が突っ込んだら騎士団も突っ込まざるを得ないはずさ。

 すると挟撃になるだろ? 数の不利を補うには戦術を工夫しないといけない。こっちは誰かの講義だったような……。ま、いいか。どちらにしろ、あの敵を殲滅しなくちゃいけないんだ。それには突撃しか無いさ」



 楽観すぎ、という言葉が聞こえたが砲声でそれが欠き消えた。

 今度の砲弾はより敵騎兵の近くに着弾し、目に見えて動揺しているのが分かり、敵もこちらを意識したのを感じた。



「おい、こっちに来るぞ! 砲手以外は白兵戦用意! 着剣!」



 ニヤリと不定にわらうケンタウロス達が腰から銃剣を引き抜き、短小銃にそれを差し込む。

 やはりこの時が血湧き肉踊る。



「砲手はまだ撃て! 敵はわざわざ立ち止まってこちらに横隊を組む! その隙を逃すな」

「お前さ、前から思っていたんだけど、突撃前に陣形を変えるには一端、立ち止まる必要があうから『わざわざ』とか言うなよ」

「は? 何いってんだ。それくらい子供でも出来るぞ。

 あいつらは油断しているに違いない」



 コニーの顔はひきつっている。なんでだ?

 そう思っていると大砲が雄叫びを上げ、立ち止まって横隊を組み直している敵騎兵に炸裂した。

 奴らは油断しているに違いない。何故ならこうバンバン撃たれているのにチンタラ立ち止まっているのだから。



「よし、あと一発撃て! それを合図に突撃だ」

「了解!」



 砲声が鼓膜を揺らし、それを合図に「突撃!!」と叫ぶ。

 全力で地面を踏みしめる感触が、心臓の鼓動が気持ちいい。やっぱりこうで無くてはいけない。

 あわたしは兄貴と違ってバカだから前にしか進めない。

 迷うほどあたしの頭には余裕が無い。

 こんな妹に愛想をつかしているだろうが、もう少しその妹を見守ってほしい。

 それで笑えばいい。

 こんな勝ち目のない遅滞作戦に喜々として参加しているバカなあたしを。



「進め! 東方の未来はあたし達にかかっている! 勝利を! 東方辺境領に勝利を!」

「勝利を! 東方辺境領に勝利を!!」



 突撃ラッパの吹奏の下、あたし達は巧みに横隊を形成しながら敵騎兵と衝突する。やっぱり敵は油断している。

 だって、すごい間抜け顔をしているのだから。


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