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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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橋の落ちる日

「ざっと三万、いや、三万五千はいるんじゃないのか?」



 司令部壕から蟹の目のように二つ飛び出したレンズの向こうには色とりどり幟と屈強な兵士達が映っている。

 ヘルスト様の偵察結果より多いぞ。

 そう思っていると、肩を叩かれた。それを合図に俺はカニ眼鏡から離れると、代わりにケヒス姫様が俺の居た位置に収まった。



「多いな。ヘルストの見落しか、それで無いなら各地に散っていた敗残兵が合流したかだな……」

「なるほど。どうりで数が膨れるわけですね」



 だが、敵の戦力が増えた理由がわかっても仕方がない。

 俺はいそいそと前線司令部として作られた壕に戻り、その中央に置かれた机に視線を落とす。

 その上に乗った地図の敵陣にさらに駒を置き、ふと「ローカニル……」とアムニス以来の砲兵参謀を呼ぶ。



「なんですかい」

「敵との距離は?」

「今朝の偵察によれば敵本陣までおよそ三キロ。敵の前衛部隊はすでにチグリス大河から五百メートル付近まで接近しています。

 どちらも射程圏内です。砲撃許可を」



 大砲の方はまだ射程ギリギリと言った所だが、野戦重砲の方は敵を捕らえている。

 先制攻撃を加えることで戦場の流れを掴むというのも重要だが――。



「まだだ。敵が渡河を開始するまで待て」

「しかしですな……。いくら橋を守らなくても良いとは言え、このままだと橋を敵が抑えちまいます。

 確かに少将の作戦は分からなくもないですが、やはり無抵抗で敵に橋を渡すのは危険です。すぐにでも橋に集中砲火を浴びせて橋を落とすべきじゃないんですかい?」



 ローカニルの言う通りまだ橋は落ちていない。

 これは撤退するケプカルト軍を出来るだけ逃がすため、という事もあったのだが、今回はこの橋を敵に渡らせるのが作戦の格子だ。

 故にローカニルの提案を受け入れるわけにはいかない。



「……改めて聞くけど、ナザレ大橋以外の橋は落ちているんですよね?」



 俺の疑問にスピノラさんがタバコを吹かしながら答えた。



「そのはずです。コレット嬢がそう報告してますから、大丈夫でしょう」

「そのコレットは何故になけなしの大砲を持って行くのか……。少将の命令で無かったら絶対に反対していたんですがね」



 この壕にいない彼女の姿をローカニルが思い浮かべて大きなため息をついた。



「今更ですがコレットの立案した作戦を使って良かったのですかい?」

「俺はコレットの作戦は気に入っているよ。むしろ、俺がそう命令しようとしていたくらいだし。

で、我らが砲兵参謀は砲兵戦力が騎兵に取られて不満なのか?」



 ローカニルは「別にそういう事じゃ……」と頭を掻いた。



「あいつの作戦は確かに理に適っていまさぁ。騎士団連中では無理な事でしょうし、砲兵でも無理です。しかしアイツ等ならやってのけるでしょう。

 ですが、なんと言いますか、不安と言いますか……」



 ローカニルの心配がまるで親のそれのようだったので、俺は噴き出すのをこらえるのでやっとだった。

 ふと、スピノラさんに視線を向けると、彼も緩みそうな顔を一生懸命にこらえている。



「……なんですかい」

「いや、別に――」

「大したことじゃない――。ぷぷ」

「す、スピノラさん――ふふッ」



 ローカニルはまさしく面白くない、と言いたげに腕を組んで椅子に深々と座りなおした。

 そこで「おぬしら……」と呆れたような冷たい声が響く。



「ずいぶん余裕ではないか」

「そうでなければやってられませんぜ。冷血姫殿下」

「フン。その口の悪さも相変わらずだな。スピノラ」



 スピノラさんは勘弁してくれと言いたげに紫煙を吐き出す。



「それより、タウキナとベスウスは大丈夫でしょうか?」

「ベスウスはともかくタウキナだな。うぬのいう野戦築城が間に合っているのかどうか……」



 ケヒス姫様が遠くを眺めるように視線を地図から外した。

 姉妹の縁を切ったとはいえ、心配のなのだろう。と、思えれば俺は幸せだった。

 どちらにしろ、俺達だけが持ちこたえたとしても、タウキナかベスウスの戦線が早々に崩壊してしまうと遅滞作戦の期日である三日をこの地で死守できる気がしない。

 その逆もまたしかりなのだが、こう見返すと分が悪いにもほどがある。

 ここまで絶望的な戦いが前世でもあったろうか? 思い出せないな。



「ははは。連隊長。そんな怖い顔していると、兵が不安がりまさぁ」

「……それもそう――」



 その時、彼方から空気を震わせる砲声が響いた。

 風を裂く音が近づき、心臓を死神に握られたかのような緊張が身を走る。

 それが何秒、何分だったのかは分からないが、ついに地面から激震が走った。



「損害を知らせろ! 塹壕内の者は退避壕へ! 急げ!!」

「連隊長も頭を下げてくださせぇ」



 スピノラさんが慌てて俺の肩を掴むが、それを振り切ってカニ眼鏡をのぞき込む。

 濃厚な白が対岸を覆いだしている。どうやら渡河にあたっての準備砲撃と言った所か。

 エルファイエルの砲兵戦力は貧弱なオオヅツだけのはずだからそこまで脅威にはならないだろう。

 後はこの砲撃が途絶えた後が本番だ。



「ケヒス姫様。どうか退避を」

「フン。余が引いてどうする――。と、言いたいところだが、それではせっかく司令部を二つつくた意味が無いな」



 敵の動向を直接観測する前線司令部。そして予備というか、本命の司令部はナザレの村長宅に設置されていた。

 これはヘルスト様の偵察結果を知るため、ドラゴンが安全に着陸できるスペースとして前線から離れた場所に設置する必要があり、司令部を分割したのだ。



「さて、と……」



 敵の準備砲撃が派手になって来た。いくつのオオヅツを投入しているやら……。



「敵の砲撃は中々だな」

「だから壕に戻ってくだせぇ」



 スピノラさんに引きずられるように壕に入ると、その直後、徐々に近づく風切り音が耳に入った。



「伏せろ!!」



 直後、地面が揺れ、盛大な砂埃が司令部の中を蹂躙する。

 一応、木で天井を補強しているが、それでも直撃には耐えられないだろう。



「げほッ! げほッ! おい、大丈夫か?」

「ダメです」



 スピノラさんの声に心臓が止まりそうになる。だがすぐに「タバコを落としちまった」という声に胸をなでおろす。

 心臓に悪いぞ。



「スピノラさん……あのですね――」

「まぁまぁ。今から気張っていちゃ持ちませんぜ。まぁ、それよりも連隊長殿もだいぶ戦になれたようで」

「確かにな」



 自分でも適応力が高いと呆れるばかりだ。

 もしかすると、俺は前世でも戦争をしていて、こういうのに慣れていたりするのだろうか?



「って、それよりだ――」



 完全に頭を押さえつけられているような準備砲撃が止んだ。

 それと同時に太鼓が打ち鳴らされ、鬨の声が上がった。敵の突撃が始まったのだ。

 すぐに鬨の声に混じって地鳴りのような足音が響いてきた。



「よし! 戦闘配置!! 急げ!!」



 俺の号令と共にラッパが響き、壕等に退避していた兵達が一斉に塹壕に並び、同じく退避していた大砲達が陣地に引きずり出される。そして各員、各砲があらかじめ定められていた配置にたどり着く。

 硝煙の香りが漂う戦場に太鼓とラッパの音色が複雑に絡み合い、張りつめた緊張の糸が今にも引きちぎれそうだ。



「いよいよか……」



 カニ眼鏡ごしに敵情をつぶさに観察する。すでに百人ほどの前衛がナザレ大橋に向けて突撃をしかけてきた。斥候と言った所か。

 早くしないと橋を突破される、と脳内に警告が出るが、まだだ。



「……今だ!!」



 その声に新たにラッパが響く。すると散発的に銃声が響き、突撃を指揮していたエルファイエル兵士が倒れた。

 ユッタ指揮下のモニカ支隊による狙撃で敵の指揮系統を乱す。

 とくに前衛であればその指揮官の裁量というのは計り知れないし、有能故に前衛の指揮官になれるのだ。それを潰してしまえば後は簡単。



「全隊に通達。攻撃開始!!」



 すでに敵兵は橋を渡り始めており、その突撃を指揮する指揮官は居ない。

 そう、敵は橋を渡っている。

 そりゃ、河を泳ぐより橋があるなら橋を渡るだろう。水を押しぬけていくより橋の上を走った方が負担は少ないし、甲冑を付けた兵士や火薬を濡らしてはいけない銃兵なら河を泳ごうなんて思わない。

 そもそもまだ雪解けが始まったばかりで、身を斬るように冷たい水が流れている河を好き好んで泳ぐ輩は居ないだろう。



「橋の上を走る兵士を撃て!!」



 橋にはもちろん簡単に突破されないように丸太を数本並べてあるが、遮蔽物なんて無い。それに河にかかっている分、見通しも良い。

 故に橋の上のエルファイエル兵士によく射線が通る。絶好のキルゾーンの出来上がりだ。

 橋の左右に散会している塹壕から銃火がほとばしり、バタバタと橋上の兵士達が血しぶきを撒き散らしながら倒れた。



「ここまでは作戦通りですな」



 ローカニルの緊張した声に俺は彼とカニ眼鏡の位置を変わる。

 それと同時に後方から雷鳴もかくやという砲声が鼓膜を震わせ、数秒後には盛大な噴煙が敵陣に上がった。土塁よりもさらに後方に陣取った重野戦砲大隊の支援砲撃だ。



「ちと、遠いですな……」

「すぐに修正射が来るさ」



 今回は八門の野戦重砲がある。それを半数づつ交互に撃たせる事で早期に効力射に移れるようにしているし、この地域の測量はすでにすんでいる。

 後はどれだけの火力を敵陣に投射できるかが問題だろう。



「あ! 敵兵が橋を突破!!」

「変われ!!」



 ローカニルを押しぬけてカニ眼鏡に瞳を当てると、満身創痍ながらも少数の兵が対岸に降り立とうとしていた。

 その瞬間、彼らがひき肉に早変わりする。

 小銃の弾丸やその辺の石ころから木片まであらゆる小物を詰め込んだ袋が砲撃の衝撃で破れ、そこから飛び出した内容物が地獄絵図を作ったのだ。



「敵の第一波を撃退したな」

「伝令! 敵第一波撃退という知らせを各塹壕に知らせろ」

「スピノラさん! 貴重な伝令をそういう事に使うのは――」

「連隊長殿。これはまだ序盤。景気づけは必要かと?」



 確かにこちらは守備側だから士気を高められるうちに高めるべきか。



「よし。伝令、行け!」



 それに敵の動きもだいぶ混乱しはじめた今なら伝令を行かせても大丈夫だろう。

 オオヅツの射程外から撃ちこまれる野戦重砲の砲弾。前衛の玉砕。

 これを受ければ敵も混乱して――。



「て、もう敵の第二波が!」



 数はおよそおよそ二千。

 これはいかに敵の指揮官を狙撃して指揮系統を混乱させても数の暴力に圧倒されて無駄だだろうし、その突破力を押しとめる事は無理だろう。



「もう少し敵に出血を強いらせたかったんだけど……。仕方ない。橋を落とせ!!」



 高らかに響くラッパ。それに続くように砲撃が一時中断する。

 その間にもこちらの兵は橋の上目がけて銃声が響く。

 早く、早くと内心の焦りが頬を伝う。


 そう焦がれていると、大砲の砲声が一斉に響いた。

 橋の周辺に水柱が立ち上がり、橋をすっぽり隠す。鼓動がうるさくて耳がどうにかなりそうだと思っていると、真ん中が吹き飛んだナザレ大橋を見ることが出来た。

 よし、橋を落とした。



「橋が落ちたぞ!」

「これで敵さんは渡河点を失いましたな」



 満足そうに手を打ちならしたスピノラさんに同意する。

 これで橋を渡る事は出来ない――敵がチグリス大河を越えるには架橋するか、船を使うか、泳ぐかしかない。

 架橋するにはこちらの火力が優勢だし、何より野戦重砲や大砲があるのだ。架橋してもそんな即席の橋はすぐに破壊出来る。

 船という手も、この近辺の船という船はまとめて火をかけたから一から作らなくてはいけない。

 つまり、敵に残された手は泳ぐしかない。



「順調だな。ケヒス姫様に伝令。ナザレ大橋を破壊。敵前衛部隊に打撃を与える事に成功。以上!」

「景気のいい報告ですな」

「後はこれがいつまで続くか、だよ」



 そう言いながら敵陣にレンズを向けると、さらに千の兵士が前進を始めていた。

 野戦重砲の制圧射撃により綺麗な隊列が吹き飛ばされながら進み、そして河に彼らが入る。

 水深はそこまで深くは無いから溺死する事は望めないが、それでも動きが大幅に鈍ってしまう。



「それにこの水温だ。体力も奪われた上で上陸してきてもまともに戦えないだろう」

「連隊長殿は良い死に方をしないでしょうな」



 ふと、振り返るとスピノラさんが縄タバコを小型ナイフで切りながら言った。

 まぁ、この時代の風習を考えると褒められた戦はしていないだろう。



「それを言うなら、アムニスの時から俺はそう思っていましたよ」



 その言葉にスピノラさんの手元が止まる。

 そりゃ、東方の解放に貢献できたという想いはあるが、それでも東方の人々を戦に駆りたてた事に変わりはない。

 自分で言うのもなんだが、碌な死に方をしないだろう。



「そんな暗い顔しないでくださいよ。今は、目の前の敵です」

「……。それを言うなら、見れるかどうか分からない未来を思うより目の前が真っ暗になっちまいますよ。

 敵はあと何万残っているんです?」



 それもそうなんだよな。

 これはまだ序盤。俺達が生きて東方の地を踏めるかどうか、まだ分からないのだ。



「ん? あれはドラゴン」



 頭上から聞こえた高らかな咆哮に視線を向けると、そこにはヘルスト様の駆るドラゴンのタンニンがロールしながら飛行しているのが見えた。

 その瞬間、タンニンから何かが投げ出される。

 それは火薬と銃弾等が詰まった特製の爆弾だ。それが地面と触れる前に炸裂し、死の破片を撒き散らす。

 その上、野戦重砲の砲撃を受けて敵兵の戦列が一気に乱れた。



「敵が壊走しますね」

「これだけの数がいるんです。すぐに立て直しましょう」



 スピノラさんの言葉通り、ある程度後退すると陣形を汲み直しはじめた。

 ジトっと「貴方が言うから敵の壊走が止まりました」という視線を投げるが、彼は紫煙を口から吐き出してシレっとした表情で言った。



「戦はこれからですよ、連隊長殿」



 そして隻眼が怪しく光った。



よくよく考えると、久しぶりな戦闘回ですね。


更新が遅れていたため(エタってないよ。遅れただけだよ)、よりそう思うのかも知れません。



あと、ぶどう弾は対艦用であり、陸戦はキャニスターだというのはわかりますが、今回は形状から陸戦でぶどう弾としました。


こんなことなら雷菅発明させてりゅう弾作れば表記に悩まなかったのに、雷菅作らない縛りとかやったせいで自分の首を絞めるという。(ただ単に化学式読めないから制作過程をかけない人の図)



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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