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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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宰相

「えぇ。その通りです。オシナー殿。率直に申します。

 亜人の忠誠を見せていただくため、この地に留まって殿を務めてください。これに従わないのは義務を放棄したという事になり、東方亜人への政策を以前のそれに戻す事になります。はい」

「――ッ! 宰相閣下! それはッ! それは、あまりにも――!!」



 それは選択肢の無い選択だ。拒否するなんて出来るわけがない。

 俺達が戦って来たのは東方諸族の解放のためだ。それの撤回なんて許されるはずがない。

 何故なら俺達はその為に戦って、仲間の屍を踏み越えて来たのだ。


 その屍をさらに増やせと言うのか!?


 勝ち目の無い戦で東方諸族の――仲間の血を流せというのか!?



「オシナー殿。よく聞きなさい。兵達には宰相の命であると――宰相より殿を務めなければ先の亜人政策を撤回すると伝えなさい。

 私の事をどんなに悪逆にでも伝えなさい。この命令の最高責任者はオシナー殿ではなくこの宰相わたしなのだと伝えなさい。汚い人間が自分達に殿を命じた吹聴するのです」

「どうして――?」

「どうして汚れ役を買って出るのか、ですか? 可笑しな事を問われますね。私は元々人でなし。

 ですからこのような悪逆非道の命令を発するのです」



 確かにこの人は人でなしだ。とても汚い人間だ。

 ケヒス姫様を東方に追いやり、前タウキナ公アーニル様を誑かし、ベスウスとの戦争を引き起こした張本人だ。

 だが、何故かどうしてこのような事を言うのだろう?

 その疑問が顔に出てしまったのか、宰相閣下は「やれやれ」とため息をついた。



「オシナー殿、私の仕事は王のための汚れ役。私は自身の手が汚くなっても国が繁栄するのであれば私は躊躇なく手を汚します。

それが私という()の存在理由です。私はそういう()であれとご命令を受けたのです。私はその命令を遂行し、王国を発展させる義務があるのです。

ですから王国のためであれば喜んで汚れましょう。どんなに汚い手をも使いましょう。

 それこそ、前タウキナ公アーニル様にしたような事も、です」

「……アーニル様に東方との戦をけしかけた事を――」

「まったく後悔も罪悪感もございません。全ては王国のためにしたのです。

 私を殺したいですか?

 それもかまいません。私を殺すのならそうなさい。王国に私が不要であるなら私は殺されてしかるべきです。

 ですが、私は死ぬ最後の瞬間まで王国のこの心血を注ぎます。私はそうするよう、命令を受けたただの――。

 いや、失礼。

 少し話しすぎました。

 ダメですね。ヨスズン殿がこの世に居ないと思うと、どうも調子が狂います。はい」



 宰相閣下は「とにかく――」と言葉を繕うとあの張り付けたような笑みで言った。



「オシナー殿の率いる連隊は殿を頼みます。はい」

「……これは、俺達が殿を務めれば王国の、東方のためになる、という事なのでしょうか」



 宰相閣下は仰々しく「そうです」と頷いた。



「現王様からの勅令が下ったとはいえ、民は亜人奴隷の解放を良く思っていないでしょう。

 それもこれも、ケプカルト建国から今日まで、人間は亜人の脅威に震えて来たからです。

 ですが、オシナー殿が殿を務めてくださるのなら――亜人が人間を守るためにこの地で踏みとどまって戦ってくれたという事が伝わればそれは民の意識を変える一撃となりましょう。

 ですがオシナー殿。この戦いはもしかすると暗い闇の中に一閃の銃火が瞬くように小さい行いかもしれません。しかし私はこれがいずれ大火となって民を照らす事になると、信ずるものです。

 ですから伏してお願い申しあげます。どうか殿の任をお受けください」



 確かに俺達がこの地に残って戦った所でどうなるものでも無いような気もする。

 良いように使われているだけかもしれない。

 だが、これが一閃の銃火となり、少しでも光を投げられるのなら、少しでも亜人差別を無くせるというのなら――。



「お願いがございます」

「なんでしょうか? 私で叶えられるものであるならお聞きしましょう。はい」

「証文を書いていただきたい。

 この地で戦う事が亜人政策に、ケプカルトに、東方に光となるなら、俺はこの地で戦います。

 ですから、それを約束する証文を、書いていただきたい」

「わかりました。お約束しましょう」

「それと……」



 「何か?」と小首を傾げる宰相閣下に、俺は言った。



「ただ、この作戦に参加者は志願制にしてください」

「……また、どうして?」

「宰相閣下のおしゃる通り、この戦は銃火のような輝きで闇を照らすかもしれません。

 ですが、それは一閃にすぎません。

 その一閃のために部下を、仲間を連れて死地に向かう事なんて俺にはできません。

 俺はこの地で戦います。ですが、それに仲間達を巻き込みたくないんです。

 どうか、どうかお願いします!!」

「頭を上げてください。オシナー殿。しかし、困りましたね。それで一人も亜人が集まらなければどうするのです? 五日間もの遅滞が出来ないのでは?」

「それは――」

「……。わかりました。ではこうしましょう。

 オシナー殿。五日間、この地を守れとは言いません。ある程度、敵に打撃を与えられれば敵の侵攻も鈍るでしょうし、その後も焦土作戦を継続していけばさらに敵を遅滞できましょう。

 そうですね、三日間、敵の侵攻を食い止められればその証文をお渡ししましょう」



 三日間。


 その時の長さと敵の兵力を考えると現有の戦力を全て投入したとしてどれだけ持つのか……。

 だが、それが成るのであれば、俺は戦おう。今までもそうやって来たのだ。

 だから――。



「殿の任務、謹んでお受けいたします」

「ありがとうございます。お約束通り、撤退が無事にすめば証文をお渡しします。はい。

 それではそれを約束するための証文を作りましょう。と、その前に――」



 宰相閣下は他に天幕にいる王族に視線を向けて「まずはこちらから」と呟いた。



「それでは皆様。まずは貴方様方から西方都ガザに転進しましょう。はい」

「……予に、西部戦線総大将たる予に退けと申すか?」

「撤退戦を行うのは軍の主力を逃がして再起をはかるためです。

 もし、万が一にも王族が捕らわれの身となってしまった場合、それは我らの敗北を意味します。

 王国の発展に敗北は必要ありません。ですのでここはどうか……」



 エイウェル様はぶるぶると震えていたが、急に咳こみだした。

 その様子に宰相閣下はすぐにエイウェル様の背後にまわると慣れた手つきで背中をさする。



「お加減がお悪いようで。やはり第一王子殿下は王国で養生するのがよろしいでしょう。

 西部戦線総大将については、そうですね。代行を立ててはいかがですか?」

「代行? ふざ、ゴホ、ゴホ……」



 しばらく咳をついていると、シブウス様が「兄上、ご無理をなされないでください」と声をかけた。



「それで、だ。総大将の代行を決めるのは致し方無かろう。誰にする?」

「血筋で言えば第二王子殿下なのですが、これは避けた方がいいですね。はい」

「そうだな。我は戦については疎い。我はシューアハを押すが、どうか?」

「無難な人選であるかと――」

「待て」



 宰相閣下の声を遮ったのは今まで俯いていたケヒス姫様だった。

 ゆっくりとその顔をあげると深紅の瞳が冷たく宰相閣下を睨みつける。



「余が総大将代行につこう」

「東方辺境姫殿下。先ほども申しました通り、王族が虜囚の辱めを受ける事は王国の敗北を意味します。

 ですので――」

「フン。どうせ余は王姫とは言え、義理だ。

 それに余が居なくなった方がお前はやりやすいのではないか?」

「そんな事、ございません。はい」



 まさか弔い合戦ですか――?

 宰相閣下の問いにケヒス姫様は答えることなく、地図に視線を投げる。



「余は、あいつらを許せん。ヨスズンを殺したあいつ等を――! 根絶やしにしてやる。

 奴らを焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くさねばならん。これは余の義務だ。そうなさねばならんのだ」



 その言葉に宰相閣下は顔をゆがめるが、他の人たちはケヒス姫様の言葉にただ押し黙るだけだった。

 だがそれはケヒス姫様の復讐を認めるという事だ。

 それは再びケヒス姫様の心を憎しみで焦がすのを、ただ見ているだけだ。



「なりません。それは、なりません」

「なんだ。余に口答えする気か!? 工商とは王族にそのような口が利けるほどの身分なのか!?

 余は許さない。ヨスズンを殺したあいつ等を。

 それをうぬは許せと言うか!?」

「許せとは言いません。復讐が無意味とも言いません。

 ですが、その生き方は――」



 辛すぎます――。



「ケヒス姫様はこのナザレで、許したではありませんか!?」

「だから今回も許せと申すか! 確かにうぬの言うとおり身を焦がす憎しみを捨てたとき、確かに錘が落ちたように軽くなった気がした。

 だが、そうやって身を軽くして浮くように、流れるままに身を任せるように生きていけと申すか!?

 家臣が余のために戦ってくれるのなら、余も家臣の無念の為に戦うべきではないのか!?

 うぬとて死んだ兵のために、その無念が無駄とならぬようにするために戦ってきたのでは無いのか!?

 アムニスでの死者に報いるために、己の命令で殺してきた者に対して、その責をとるために戦ってきたのでは無いのか!?」



 その通りだった。

 確かに俺も、戦死していった者のために戦ってきた。

 彼らの死が無駄にならぬように戦い続けてきた。

 彼ら彼女らの死を背負っていこうと決めた。



「ケヒス姫様。その通りにございます。

 アムニスで、セイケウで、ラートニルで共に戦ってきた者に報いるために今があると思います。

 ですが、今よりも先ーー未来のためにも戦ってきました」

「……未来?」

「左様です。俺は、俺たちは東方の解放という、未来のために戦ってきました。これからもそのために戦うでしょう。

 俺は東方に尊い未来をーー奴隷商人に怯えることなくすごせる世を作りたいと思ってケヒス姫様の下に仕官しました」



 そうだ。俺は『亜人』と蔑称される人たちを解放したかった。

 そのために手銃を使い、多くの血を流しながらここまで来たのだ。

 長かった。まだ一年と経たぬが、とても長かった。



「余にも、その未来のために戦えと申すか? 敵を許し、定かでもないモノのために戦えと申すか!?

 うぬよ。余に王国がしてきた事を、許せと言うのか? それは王国側が余に謝罪する方が先なのでは無いか?

 前王の娘故に廃嫡しようとした王国側が頭を下げるのが道理では無いのか?」



 ケヒス姫様はただ、黙って薄く笑っている宰相閣下を睨み付ける。

 だが、宰相は何も言わず、ただそこに

居るだけだった。



「ケヒス姫様。ケヒス姫様は、いつまで立ち止まっておられるのですか?」

「……余がいつ立ち止まったと言う?」

「復讐に燃えるばかりで、立ち止まったままではありませんか!? 過去に囚われたままではありませんか!? 

 許すのでは無く、それを乗り越えなくてはならないのではありませんか!」



 ケヒス姫様は「バカバカしい」と一蹴するが、それでも、それでも、俺はケヒス姫様の従者として言わねばならない。



「憎みあいの先を、ケヒス姫様は知っているではありませんか。

 このナザレの村で過ごしたあの日々を。

 あのつかの間の平和を。

 互いに歩み寄る事を、ここで知ったではありませんか」



 連隊が、騎士が、そしてナザレに暮らすダークエルフが歩み寄ったからこそ、あの安寧があった。

 それまでは戦争をしている敵国の民だった者と友好を深められた。



「ケヒス姫様。ケヒス姫様は人は変われないとおっしゃいましたね。

 ですが、少しでも変わってはいけます。変わったが故にナザレの暮らしは穏やかだったのでは?」

「……少し、考えさせてくれ」

「ケヒス姫様……」



 ケヒス姫様は一人、天幕を出ていく。

 その後ろ姿は今までにないほど小さかった。



「……では、西部戦線総大将代行はシューアハ様、その傘下にオシナー殿とアウレーネ様が率いる連隊が組み込まれる、と言うことでよろしいですか? はい」



 その声に異存は無く、ただ粛々と軍議が続いた。


さすが宰相汚い。

黒のでも書いてましたが、こういうキャラ好きです。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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