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銃火のオシナー  作者: べりや
第二章 タウキナ動乱
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タウキナ

 タウキナ大公国は良質な鉱物資源が豊富に産出する事で有名だとは聞いていた。

 大昔。それもケプカルト王国がこの地を平定するまではドワーフの土地として栄えたらしい。

 だがそれも長続きはせず王国からの侵略を免れるために東方へ移住した、と聞いている。



「工房がたくさんありますね。それに行き倒れや乞食も見えませんし……クワヴァラードとは大違いですね」



 物珍しげに馬車の車窓に張られたカーテンの隙間から外をうかがうユッタが呟いた。



「フン。あまりジロジロ見るな。田舎者め」



 まぁ、国境を出るまでケヒス姫様とユッタの口論はもはや攻論であり、聞くに堪えない言葉の銃撃戦が起こったのは言うまでもない。(もちろん俺にも飛び火した)

 いや、確かにエルフであるユッタを外交の場に連れて行くのはどうかと思ったが、ケヒス姫様が従者を付けろと言ったのだから付けなければ俺の身の安全が保障されない。

 それに従者を選べるのだとしてたら共にアムニスの戦場を潜り抜けたユッタ以外ありえないだろう。

 そういう意味では後悔は無い。



「それと、あまり顔を出すな。その耳は悪目立ちする」



 その言葉にユッタは素直に窓から離れた。

 東方辺境領では着々と『亜人』の地位向上のための政策が取られているが、そもそも『亜人』の少ない王国内では彼ら彼女らがどのような扱いを受けているか想像に難くない。



「あの、今更に成ってしまうのですが、今回の外交団は俺と、姫様と――」



 後は何人いるのだ? と問うとケヒス姫様は指を一本立てた。



「ヨスズンだけだ」

「三人ですか!?」



 それって少なくないか。たった三人で良いのだろうか。そもそも専門の外交官のような人はいないのだろうか。



「余は東方辺境姫だぞ? つまりアレは余の国。その王たる余が直々にタウキナに来たのだ。王の代理たる外交官など王が直接出向けば必要ない」



 さすが専制政治を至高とする姫君だ。

 民主主義のみの字も見ることが出来ない。そう言えば議会を持たないのかと聞いた事があったが、「議会はいずれ腐る」と言って取り合ってもらえなかった。

 それでどうやって自治権を東方諸族に渡そうと言うのか。



「それに外交と言っても細かい事の調整はヨスズンにやらせている。余は調印するだけだ」

「あ、だからヨスズンさんは先にタウキナに行ったんですか」

「戦争も外交も根回しさえしっかりしておけば心配ない。一番悪いのは下準備もせずに条約締結に望んで失敗した時だ。まあ遊びに来たのではないから条約の一つでも締結しなければな」

「え?」

「おい亜人。え? とはなんだ」

「か、観光しないんですか!?」



 そう言えばホルーマを出るときにユッタは商人の人から熱心に話しを聞いていたな。



「温泉ですよ!! 温泉!! タウキナと言えば温泉で有名じゃないですか!? 疲労回復に美肌に病気療養まで出来る温泉ですよ!!」

「あれ? ユッタ? お前そんな風呂好きだっけ?」

「ドワーフは泥臭くていけませんから温泉に入りましょう」

「それ俺の事じゃないよね。俺、人間だよね?」



 泥臭いって……。本当に臭うのか? なんだか傷つく。

 そう言えばユッタの故郷の北レギオやレギオー山脈のあたりは湯が地下から流れ出ていると聞いた事がある。


 だからテンションが高いのか。

 今度ケヒス姫様にユッタに休暇が出るように上奏しよう。



「阿呆め。観光に来たと誰が言った」

「ですが殿下。ここは温泉に入らねば損です!!」

「オシナー。従者を黙らせろ。斬り捨てるぞ」



 ケヒス姫様の事だから本当に斬りかねない。



「皆様方。もうすぐ到着いたします。降車の準備をお願いいたします」



 御者の声に俺たちは身だしなみを整える。



「ユッタ。頭に包帯を巻くぞ」



 ケヒス姫様も言ったがやはりユッタの耳は目立つ。

 帽子で隠そうとも思ったが、軍帽が耳を隠せるほど大きくなかったから包帯を巻いて誤魔化している。

 左腕の骨折もあって凄く重傷者に見えるが、まぁ戦の後だから誤魔化しきれるだろう。

 包帯が巻き終わる頃に馬車が停車した。扉が開かれる。

 そこには白亜の城がそびえていた。

 クワヴァラードが戦闘に特化した城砦都市であるならタウキナ大公国の公都シブイヤは美術に特化した美しい城だと思う。

 そこには粗野っぽさなど欠片も無く、優美さが陽光の下で輝いているようだ。



「戦闘地区から離れた観光都市だからな。時局に余裕がある分、装飾にこるようになるのは必然だ」

「なるほど」



 すでに敷かれていた赤い絨毯をケヒス姫様を先頭に進む。城の門にはタウキナ側の使者やヨスズンさんが待っていた。

 使者の一人が一歩前に出てケヒス姫様にかしずく。

 ケヒス姫様が面を上げよと言って上げられた顔は白バラのように壮麗で一つの彫刻のような高貴さを感じる。

 しかし、それでいてぷっくりとした唇から女としての魅力に胸が高鳴ってしまう。



「遠路はるばるお出でいただき、我が主ケプカルト諸国連合王国第四王妃アウレーネ・ゲオルグティーレ様も――」

「堅苦しい挨拶はよい。ん? 貴様、アーニルか」

「ハッ。ご無沙汰しております。殿下も息災のご様子。お喜び申し上げます」

「フン。父君はは息災か?」

「昨年、他界しました」

「そうか。悪い事を聞いた。まずは荷解きだ。案内せい」



 どうやらケヒス姫様とタウキナ大公国を治める公爵様とは縁があったようだな。

 アーニルさんに案内されるままに城の中に入れば城が外観だけと言う事は無かった。

 金箔がふんだんに使われた壁。大理石の床。一枚の大木で作られた扉。

 これが観光都市としての余裕なのか。

 クワヴァラードのほうが歴史は浅そうだがどこか乱雑で機能美しか追求していない無骨な印象を受ける。


 だが、壁についた長方形の日焼け跡があったり、花瓶なんかを置くような台はあるが台だけだったりとチグハグな空間になっている。

 疑問に思っていても相手は公爵家の娘と言う事もあって中々聞きにくい。

 やはり工商としての意識は抜けないな。



「こちらになります。従者様はお向かいの部屋でお休みください。お食事の準備が整い次第、また伺います」



 アーニルさんが一礼して去っていく。

 案内された部屋の扉を開けるとさすが王城。内装も決まっている。

 床の絨毯は足音を消すくらいふかふかとしており調度品も日常生活で使うより飾っておくに相応しいような出来だ。椅子に座るのもおこがましく思う。

 だがケヒス姫様はそんな事お構いなくどっかりと椅子に座って足を組んでしまった。さすが王族だ。



「ヨスズン。首尾はどうだ?」

「奴隷貿易の損失を補うために輸出する麦等の値が下がりますが、想定の範囲内に収まりそうです。ですが需要が高まっている硝石や硫黄、それに鉱物の値上は避けられそうにありません」

「仕方あるまい。他に気にすべき点は?」

「いくつか。まずはタウキナ家についてですが――」



 ヨスズンさんの話しだと前王であるクワバトラ三世の懐刀だったタウキナ公爵が一年前に病没して家督をアーニルさんに譲ったと言うことだった。



「え? アーニルさんはアウレーネ様の従者ですよね? 従者が嫡子なのですか?」

「アーニルは間違いなくタウキナ家の嫡子だ。間違ってもさんと呼ぶな」

「現王であらせられるゲオルグティーレ様の命令でその子息は各大公国に派遣され、その運営力を見てお世継ぎを決めるとか」



 実力主義と言う事か。ケヒス姫様も一国を預かっているようだが、その実は他の子息様たちとは訳が違う。ケヒス姫様の場合は島流しの一種だろう。



「王族を輔弼するのが公爵家だ。故にアーニルが従者をしておるのだろう。それにタウキナ家は父上と深いつながりがあったから現王に睨まれているのだろう。故にタウキナの家督を継ぐアーニルがあの豚の娘のお守りをして忠誠を顕しているのだろうよ」



 豚の娘って。これから会食と言うのに変な想像を抱いてしまう。

 旅の道中で食事の作法などを叩き込まれたせいでただでさえ食欲が減衰しているのにソレが悪化しそうだ。



「そのタウキナ家についてなのですが、財政が逼迫しているようです」

「見れば分かる。調度品が売り払われているようだった。故に今回の交易協定の見直しはタウキナ側も必須であろう」

「それと、タウキナから出るものは安く買い叩かれているようです。おそらく現王様か、宰相殿の策略でしょう。アウレーネ様は妾の娘。即位されぬように妨害工作を行っていると思われます」

 つまり、アウレーネ様の父上である現王様たちはアウレーネ様が即位できないような失敗を作るためにタウキナ大公国から輸出されるものが安く買って利益が出ないようにして大公国の力を落とさせているのか。まるで兵糧攻めだな。

 巻き込まれたタウキナ大公国が気の毒に思える。



「では今後のご予定ですが、会食の後には晩餐会に参加して頂きます。協定調印は明日の夜になります。そして明後日、帰国の途につくことになるでしょう」

「ずいぶん予定が空いておるな」

「アウレーネ様に空けておくよう申し付かっております」

「では観光しましょう!!」



 今まで黙っていたユッタの元気な声に微笑が浮かぶ。どうしても行きたいらしい。



「ならん」

「え?」

「ヨスズンさん!?」



 ユッタが落ち込むのは分かるが、ヨスズンさんが落ち込むなんて。



「観光するために今まで根をつめていたのに……」

「行かぬと言ったら行かぬ」

「それは非常に残念です。そう言えば残念つながりですが、宰相閣下が来られております」

「早く言え馬鹿者ッ!!」



 ケヒス姫様の深紅の瞳が燃え上がらんばかりに怒っている。傭兵ではなく奴隷を買ってしまったあの日を思い起こさせて背筋に冷たいものが走る。



「ならば余は帰る」



 ……はい?




「あの、ケヒス姫様!?」

「あのクズなど会いとうない。帰る」

「ご辛抱ください姫様。協定見直しがまだ終わっておりませんぞ」

「ヨスズンを全権大使に任命する」

「いくら姫様の頼みとはいえご勘弁を」

「頼みではない。命令だ」

「殿下! ここまで来て帰るとは先方に失礼です!」

「黙れ亜人。亜人の分際で作法を語るな」



 俺はヨスズンさんに小声で宰相閣下とケヒス姫様の関係を聞いた。



「姫様は宰相閣下が嫌いなのだ」



 その言葉で大体察しがついた。宰相という立場上、現王様に肩入れするのは必然だ。ならば前王の娘であるケヒス姫様を嫌うのは無理からぬ事か。


 そうこうしている内にドアがノックされた。



「入れ」



 先ほどまで駄々をこねていたとは思えない落ち着いた言葉に舌を巻く。



「失礼いたします」



 重たい扉が開かれた。出迎えてくれたのはアーニル様ではなくメイド服を着た、エルフだった。

 その姿に俺を含めてヨスズンさんもケヒス姫様も驚いていたが、一番驚いたのはユッタだろう。

 口が開きっぱなしだ。



「ご昼食の準備が整いました。ご案内いたします」

「待て。何ゆえエルフが従者をしておるのか?」

「はい。アウレーネ様の命でお使えしております」



 アウレーネ様の、命。


 大公国の城で王姫がエルフを雇っている。その現実に俺は少なくとも驚いた。ユッタもそうなのかポカンと口をあけている。彼女もまさか同族と会えるとは思っていなかったようだ。



「亜人のほうが人間より安く雇えるのです」



 ヨスズンさんが小声で教えてくれた。それで納得だ。先の話しからタウキナ大公国の台所事情が芳しくないようだから納得しかけるが、金が無いからと言って王族がエルフを雇うものか?


 だが、俺が疑問に思う一方でケヒス姫様だけは憤怒の色を滲ませている。



「あの豚め。余へのあてつけか」



 奴隷商を保護して亜人差別を行っていた――いや、クワヴァラードで多くの『亜人』を虐殺したケヒス姫様にエルフの従者を差し向けたとは、皮肉と言うより悪意を感じる。



「も、申し訳有りません。人間のメイドは全て宰相閣下につけるよう、ご命令されており……」



 ケヒス姫様は肩を怒らせて立ち上がった。炎が業火になりつつある。全てを焼き尽くしそうだ。

 だがいつまでも部屋にいるわけにはいかない。ヨスズンさんがケヒス姫様を促してくれたおかげで俺たちは会食が行われる庭園に向かった。


 そして庭園について三度驚いた。

 バラで作られた迷路のような広大な庭が広がっている。連隊が使っている演習場より広いかもしれない。


 よくよく見れば迷路の間には脚立に乗った小人の庭師が見える。一瞬ドワーフかと思ったが、それにしては身奇麗すぎる。

 それにドワーフが庭の剪定なんかした日にはそれこそ荒野になるに違いないという確信がある。

 金属相手には神業を披露できるがそれを庭先でやれるかと言えば無理だろう。(ガサツな親方を見ているからそう思うのかもしれない)

 そういうことなら彼らはホビットなのだろう。始めて見た。


 そして庭園の一角に白いテーブルクロスの敷かれた長テーブルが見えた。

 幾人かの給仕の中にもエルフが混じっているようだ。

 そしてその長テーブルにはすでに先客が居た。



「宰相閣下。お久しぶりでございます」



 真っ先に頭を下げたのはヨスズンさんだった。俺とユッタも頭を下げる。ケヒス姫様は何事も無かったようにテーブルの上座に座った。もちろん挨拶など無い。



「これはこれは。東方辺境姫様方々。ご機嫌麗しゅう」



 宰相閣下は席を立つでもなく、食事をやめるでもなく口を開いた。いくら王国の宰相と言えど王位継承権を持つ姫様にその態度はどうかと思う。

 と、言うか王位継承者のケヒス姫様はもとよりタウキナ側の人間が居ない。

 居城の主を置いてこの人は食事をするなんて自由すぎないか?


 いったい何を考えているのだ? この人は。



「おや? 新しい従者を雇ったのですか。他の従者の方々はお元気ですか?」

「他の奴らは亜人共に殺された」

「それは残念ですね」



 残念がるそぶりも無く宰相閣下はティーカップを飲み干して給仕の人間に新しいお茶を入れさせていた。



「前王様から引き継がれた有能な方が多いと噂のケヒス騎士団は大丈夫なのですか?」

「おかげさまでな」



 ケヒス姫様も給仕にお茶を入れさせた。お茶を注いでいるのは案内をしてくれたエルフのメイドだ。



「ここはなんだか。亜人臭くていけませんね。そう言えば現王であらせられるゲオルグティーレ様が近々、亜人追討の勅を出すとか、出さないとか。東方辺境姫様に於かれましては騎士団のことでさぞ亜人を恨んでおいででしょう。そのため勅が下ったあかつきには東方辺境姫様が一番槍となれるよう取りはかる所存にございます」

「ぬかせ。お前の腹積もりは分かっておる。余の騎士団が恐ろしいのだろう。故に最前線で消耗させられた。先のクワヴァラード掃討戦のようにな」

「おやおや。東方辺境姫様は勘違いを成されておいでです。勇壮な騎士団が先方をつかさどる事は名誉。ならば前王様が残された騎士団をソレに充てるのは道義にございます」



 宰相閣下は「さて。私めは下がらせて頂きます」と言って席を立った。

 宰相閣下が庭園の影に隠れるとケヒス姫様は持っていたティーカップを地面に叩きつけた。



「す、すいません。すいません!!」

「姫様。よく耐えられました」

「あと二、三会話しておったらあのクズの臓物を――」



 謝るもの。慰めるもの。食事前には相応しくない話しをするもの。

 その三種類の人に給仕は驚きながら割れたカップを片付け始めた。なんだかさらに食欲がわかない。もう水もいらない。

 それでいてケヒス姫様曰く豚の娘殿との会食となると胃にものをいれるどころではない。むしろ出そうである。



「アウレーネ・ゲオルグティーレ様、アーニル・タウキナ様、御来入」



 その声に俺とユッタ、ヨスズンさんは姿勢を正して相手を待つ。


 現れたのはユリを思わせる可憐な姫君だった。薄青い髪が風になびき、まだ成熟しきっていない顔はまさに蕾を思わせるが、細いからだにたわわに実った胸元はすでに収穫期を連想させる。

 なおかつ纏っている白いドレスは身体のラインを引き締めてより一層、可憐な風貌をかもし出している。

 白色は膨張色だと前世の記憶で言われていたが、それは嘘に違いないと思う。

 いや、そもそもケヒス姫様が嘘つきだ。豚の娘って。どう見ても妖精のような――。

 その時、足が踏まれた。声を出さなかったのは天運だと思う。隣を見ればユッタが口だけ動かして『呆けすぎです』とたしなめてくれた。

 そんなに呆けていたか。



「お久しぶりです。お姉さま」

「いつから余はお前の姉になった?」



 可憐な姫君――アウレーネ様は少し困ったような顔で微笑んで席についた。



「お姉さま。いくら冷血姫様と呼ばれてもけが人を連れてくると言うのはどうかと思います」



 ケヒス姫様は「お前には関係ない」と言ってフォークを手に取った。



「従者様。お加減はいかがですか?」

「たいしたことではありません。戦での傷はむしろ武勇の証。しかし第三王姫様のお心を煩わせてしまい、真似に申し訳ありません」



 そう言えばユッタは族長の娘と聞いた事がある。こういう場になれているのか臆することなくしゃべる。

 もしかして庶民丸出しで緊張しているのは俺だけなのかもしれない。



「この後、名医を紹介しましょう。それにしても貴女も戦に行かれるのですか? 怖くはありませんの?」

「大恩のある方のためにわたしは戦場に立っております。恐ろしさなど有りません」

「お強いのですね。その大恩がある方というのは、ヨスズン殿ですか?」



 落ち着いてしゃべっていたユッタがこの時は『え』に濁点がついたような物言いをした。



「お姉さまに大恩がある方はそう、いらっしゃらないでしょうからてっきりヨスズン殿かと」

「おい。貴様、何様のつもりだ」



 東方辺境領内ではいざ知らず、タウキナ大公国でもケヒス姫様の悪名な轟いているのか。



「そちらの殿方はお名前は?」

「は、はい。オシナーと申します。姓はありません」



 急に恥ずかしくなってくる。上流階級の方々は血族で姓を持っているが、ドワーフに育てられた俺にはそれが無い。

 なんだか惨めな生まれを告白するようで恥ずかしい。



「オシナー殿。お噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄です」



 俺の噂? え? 国外に広まるような噂?



「百の軍勢で五千のオークを退けたアムニス大橋の奇跡はタウキナの地でも広く語られております。よろしければその武勇をお話いただけますか?」



 なんだかものすごい誇張が入っている。むしろ五千のオークに勝ったのならそれは噂ではなく伝説だ。



「相手はオークを指揮官にしたゴブリンの軍勢に過ぎません。それに敵を退けたのは部下の身を挺した働きあってのこと。誉められるはあの戦で戦死した者たちです」



 そう。橋を守れたのも戦死していった仲間たちが居たからこそだ。彼らが勇敢に戦ったからこそ橋は守れたのだ。



「その部下を指揮し、勝利に導いたのはオシナー殿ではありあせんか? 部下の方々は貴方を信じ、勝利を信じて戦われたのでしょう? そして全てを貴方に託したのでしょう?」



 俺に託した?



「命をとして得た勝利――それは東方に暮らす人々の未来を貴方に託されたのでは?」

「お、俺は、そ、そんなたいした存在ではありませんよ」



 そう。俺はそんなたいした存在ではない。それに――。


 このお方は綺麗過ぎる。


 綺麗過ぎて偽善の言葉に聞こえてしまう。

 死んでいった者たちがそう思っていてくれただなんて俺は思わない。

 身を挺して橋を守ったみんなに家族がいて、友がいて、好いた人が居ただろう。その人たちと永遠の別れをした彼らは俺にそんな大切な未来を託してくれるのだろうか。

 むしろ戦場に連れ行った俺に怨嗟の怒声を上げるのではないか?


 俺は、そんなたいした存在ではない。


 だが、もし、あの戦いで死んでいった人たちが一握りでもそう思ってくれたのなら、それに応えたい。

 亜人政策を変えていかなくてはならない。それが、俺の使命だ。



「故に、お姉さまが来られたのですね」

「亜人に別の価値を見出したに過ぎない。だが、お前はどうなのだ? 亜人を給仕に立てて。あてつけか?」

「滅相も有りません三王姫殿下」



 それは今まで黙っていたアーニル様だった。



「恐れながら発言をお許しください」


 ケヒス姫様はフォークからカップを持ち替えながら「ゆるそう」と言った。



「アウレーネ様はもとより亜人の地位向上を望んでおります。故に城下の亜人奴隷を我が城で雇っておるのです。三王姫殿下にエルフを使わしたのも他意はございません」

「亜人の、地位向上?」



 ユッタがその発言に目を丸くしている。



「はい。お姉さまも重い腰を上げられたようで」

「だから好きでやっているわけではない。利用する価値があるから使っているだけだ」



 ケヒス姫様はきっとテレかくしてで言っているのではない。本音だ。

 裏を返せば使えなければ切ると言っているのだ。なら、俺は勝ち続けよう。勝ち続けることで差別がなくなるのなら、その日まで俺は戦おう。



「自己満足で亜人などを雇いおって……」

「自己満足では有りません! 私はタウキナに生きる人たちに幸せに生きて欲しいだけです。奴隷と蔑まされた人たちも含めてタウキナに暮らしていればその人たちを幸せにしたいのです」

「それを自己満足と言うのだ。貴様は全てを救う気か? それは無理な話しだ」

「全ては無理でも少しは救えるのでしょう? 救いを必要とする者に手を差し伸べずに何が王ですか」

「それは善良な自分に酔っているだけだ。その調子ではいずれ身を滅ぼすぞ。それこそ貴様の母のようにな」



 ケヒス姫様は一気にまくし立てて自身のティーカップに口をつけた。



「お茶をお入れします」



 白熱する議論に手持ち無沙汰になったなと思っていたらエルフのメイドがポットを持って来てくれた。断るのも失礼だからお茶を淹れてもらう。花のような香りが立ち上る。



「ありがとう」

「貴女様もどうぞ」

「す、すいません……」



 ユッタのティーカップにも並々とお茶が注がれる。そしてお茶があふれ出した。あふれ!?



「何をしている!?」



 声を張り上げたのはアーニル様だった。



「も、もも申し訳ありません!! お召し物は大丈夫ですか!?」



 メイドが急いでタオルでこぼれたお茶を拭く。



「申し訳ありません!! 故郷の隣村に住んでいた友達と瓜二つだったもので……」

「……もしかしてソフィ?」



 メイドが「ユッタなの!?」と驚きで目を大きくしていた。



「お二人はお知り合いなの?」

「王姫殿下。申し訳有りません」

「謝る事は在りません。人間の方とお友達だったのですか?」

「いえ、ユッタは……」



 メイドのエルフ――ソフィは口をつぐんだ。エルフ特有の耳を隠してこの場に来たユッタに事情があるのだろうと。

 ケヒス姫様は静かにカップを口に運ぶだけで助け舟を出す気配はない。だがヨスズンさんが口を開いた。



「騙すつもりはありませんでした。彼女――ユッタ・モニカはエルフにございます。彼女には戦だけではなく、より見聞を広めて良き将となるべくこの場に呼びました。されど亜人の扱いに関してアウレーネ様のように寛大な方が多いわけでは有りません。故に正体を偽っておりました。この度の非礼をお許しください」



 俺の従者としてたまたま来たというだけなのにヨスズンさんは淀みなく嘘をつく。ここまで来るとさすがケヒス姫様の従者だと関心する。

 だがヨスズンさんにユッタの事を尻拭いさせてしまった。

 ヨスズンさんの説明を聞いたアーニル様が軽く頭を下げて言った。



「非礼をわびるのはこちらです。どうか許されよ」

「い、いえ。わたしは……本来であればこの場にいるのもおこがましい存在。お気になさらないで下さい」

「頭を上げてください。そしてその包帯をおとりください。その血筋は恥ずべきものでは有りません。タウキナと東方という別の場所で同じ試みがされているのです。その先駆けとなりましょう。我々は友になれるのです。そうですね、ソフィ」



 「ハイッ!」とソフィの返事に亜人政策を変えようとする人がここにも居たのかと驚かされた。

 そして苦虫を噛み潰したような顔をケヒス姫様はしていた。



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