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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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遅滞作戦

 次々とナザレ大橋を馬車が超えて行く。

 橋に設置したゲリラ対策の検問のせいでそれが長蛇の列となり、それの途切れる所を見る事は出来ない。

 その遥か彼方には暗雲と混じるように黒煙が空へと続ている。

 ケプカルト軍が撤退途上にある村々を焼いているせいだ。


 ふと、マサダから撤退したあの夜を思い出した。


 エイウェル様が撤退の勅令を出して、各騎士団の代表者達を解散させた後、俺とケヒス姫様はシューアハ様に導かれてベスウスの通信陣とよばれる遠隔地と交信できる魔法を使うための部屋に通された。

 それがどういう意図でそうされたのかはわからない。

 だがシューアハ様の計らいでヨスズンさんと最後の話をする事ができた。



「第三王姫殿下に魔法の才覚があったのは、行幸か?」



 ベスウスの通信陣とよばれる魔法陣の中心に立ったケヒス姫様はベスウスの魔法使いから渡された杖を手に目をつぶっていた。



「ですが、良かったのですか? これはベスウスの新兵器でしょう」



 シューアハ様から聞いたところによるとこの魔法はタイムラグを発生させることなく遠隔地と通信できるらしい。

 小銃や野戦重砲なんかを新兵器と言うのが恥ずかしいほどの新兵器だ。

 もう、ベスウスとの戦争に責任を持てないとか、そういうレベルではない。



「この技術も、この戦が終われば王国に受け渡す事になる。叛意があると勘ぐられてはたまらんからな。

 ならば、遅いか早いかの違いでしかない。

 それに私は魔法への研鑽が積めればそれで構わない。天地創造の神秘を魔法によって解き明かせるのならそれで良い。

 それで生まれた副産物を王が求めるのならそれを献上するし、それで民を守れるのならいう事は無い」



 技術者らしい言葉だ。

 だが、この技術が広まれば戦場の様相は一変するだろうな。

 今までのように互いに顔をつきあわせての戦闘から遠距離で砲撃戦に徹するような戦争にでもなるだろうか?



「ヨスズンに伝えろ。

 死んでも撤退してこい。第三王姫の命だ、とな」



 ケヒス姫様の言葉にふと、シューアハ様を見ると静かに首を横に振られた。

 魔法の心得の無い俺はヨスズンさんがなんと言っているのかわからないが、シューアハ様は顔を険しくしてただ黙っている。



「……もういい。わかった。では筆頭従者の任を解く。後は好きにせよ。貴様もう、余のものではない。

 ……。ヨスズン、世話になった」



 ケヒス姫様は魔法陣の中心から離れ、杖を近くの魔法使いに手渡した。



「もうよろしいのですか、第三王姫殿下」

「良い。これで二度と奴の小言を聞かないですむな」

「ケヒス姫様……」

「だが、耳が寂しいな」



 疲れたように呟いた言葉に誰もが言葉を失う。

 あのヨスズンさんがもういない事を俺は信じられなかった。

 明日になれば素知らぬ顔で祭りに興じているヨスズンさんを街で見かけるような気がするに。

 もう、ヨスズンさんは居ないのか。



「ぐずぐずしている暇ないな。シューアハ、礼を言う」

「……もったいなきお言葉」



 恭しく首を垂れるシューアハ様にケヒス姫様は一度頷くと、「うぬよ」と小さく言った。



「先に東方辺境騎士団と連隊の所に行け。余は後で追いつく」

「しかし……。いえ、わかりました」

「何かあればバアルを頼れ」

「……御意に」



 その命令を俺は断れなかった。

 俯いているケヒス姫様に断われるわけなかった。



   ◇ ◇ ◇



 マサダからの撤退は結果的に成功した。

 敵が包囲を固める前に脱出する事ができたのだが、翌朝の偵察で敵情が判明したせいでその日の軍議は紛糾した。



「報告します」



 ノルトランド大公の顔色から予想はできたが、まさか敵が十五万もの兵を擁しているとは思わなかった。

 空からの偵察によると少なく見積もって十五万、多くて二十万弱という。

 おまけに敵の残党と民衆の蜂起のせいで後方連絡線はもう機能していないと言えた。

 下手をすれば挟撃されるのは必須であり、会戦はおろか籠城戦ですら選択肢足り得ない。



「チグリス大河まで後退するしかありますまい」



 シューアハ様の提案に反対する者は居なかった。

 途中、敵の残党によるゲリラ攻撃を受けながらも東方辺境騎士団と連隊はナザレまでの退却に成功したのだが、ここで問題が起きた。


 友軍の撤退の速度と敵の侵攻速度が釣り合わないのだ。

 逃げる友軍よりも差し迫る敵軍の方が早い。



「オシナーさん。軍議の時間です」

「ん? そうか」



 遠くから立ち上る黒煙を眺めているとユッタが背後から並んで俺と同じ物を眺めた。



「いくつの村を焼いたのでしょうか」

「…………」



 ケプカルト軍は撤退途上にある村という村を、街という街に火をつけた。

 敵の侵攻を遅らせるためと敵に渡す物資を焼き尽くすためだ。



「王国は敵地であれば良心の呵責なく村に火をかけるのですね」

「そういう将もいるけど、そればかりじゃない。

 アウレーネ様は反対されていた」

「……すいません。もちろん、この作戦の意味はわかっています。

 村々に火を放って灰塵に返せば敵は野営を強制されます。

 村々の食糧を奪えば現地で調達する物資が減ります。

 村々の井戸に死体を投げ入れれば敵は水の補給が困難になります。

 全て意味のある、重要な作戦なのだという事はわかります。

 ですが、その、すいません。疲れているせいかイライラしていて」



 エルフは一族での結束が強いと聞いた。

 肌の色は違えど同じエルフの村が火をかけられているのを見るのは耐えられないのだろう。



「連隊のエルフはどうだ? やっぱり――」

「士官は落ち着いています――わたし以外と言うべきでしょうか。

 兵の中には厭戦感情を抱いている者が少なくありません。

 肌の色も、喋る言葉も、信じる神も違うのに、エルファイエルのエルフはわたし達と同じエルフです。エルフの村が焼けるなんて、それもエルフがエルフの村を焼くなんて……」



 だが、厭戦感情を抱いているのはエルフだけではない。

 タウキナや王国の徴兵部隊もそうだ。

 彼らは元々、農夫や工商であり、黒煙を吹き上げるエルファイエルの村人と同じように生きてきた。

 しかし徴兵された事ではるか西の地にまで命のやりとりをしに来て、自分達が暮らしていたような村を焼いている。

 そのせいで士気は限りなく低下しているだろう。



「ですが、オシナーさん。わたし達は兵士です。相手がエルフであろうと連隊を裏切る事はしません。

 東方のエルフはその矜持にかけて最後の一兵まで戦います」



 葛藤が、逡巡が、迷いがあるのだろう。

 それでも――。



「わかった。俺はユッタ達、エルフを信じる。さて、軍議だっけ? 行こうか」

「はい」



 黒煙に背を向けると、その背を押すように冷たい風が吹いた。まだまだ雪解けは先だな。



「しかし、わたしも軍議に参加していいのですか?」

「連隊の副官だからな」



 ナザレの村に帰ると、いつも通っていた村長の屋敷に入る。

 その大広間にはナザレを中心とした地図がおかれ、それを取り囲むように諸侯が険しい顔をしていた。

 地図をよくよく見ると縦と横に多数の線が書き込まれてマスを作っており、そのマスに赤と青の駒が乗っている。

 図上演習の真っ最中か。



「ダメだな」



 その広間の上座に座るシブウス様が呟いた。

 入室したばかりで情勢はつかめないが、地図に広がった駒の数を数えればどちらが優勢なのか一目でわかる。

 こりゃ、ダメだな。赤い駒の数が青い駒より倍以上置かれていりゃ、勝てるわけが無い。



「…………ッ」



 その地図を睨む西部戦線総大将のエイウェル様は無言で指揮杖を投げ出した。

 その顔は幽鬼のそれであり、恨めしい目で諸侯を見渡す。



「奇策は無いか? 戦局を回天せしめる奇策は?」

「奇策でどうにかなる戦況ではありますまい。

 我としては先に決めたとおり西方辺境領まで後退すべきですな」

「シブウスよ、それはならぬ。せめてカナンまでの後退は認めよう。だがそれ以上は許せん」

「兄上! カナンは昨年の攻撃で城門も城壁も補修が必要です。

 しかし、我らはそれをしましたか?

 ノルトランドの知らせではあと三日ほどで敵の先陣がナザレに到着するというではありませんか。

 それもその数、十五万から二十万。我らの現有の兵力はかき集めて六万。

 西方辺境領以西を守る力はありませぬ」

「……ッ」



 エイウェル様は何かを言おうとして、寸でのところで王子としての理性がそれを止めた。

 しかしその病的に青い顔が怒りで滲んでいる。



「西方辺境領であれば今度は我らに地の利があります。

 それに我らは焦土作戦を行いながら撤退してきたのです。

 この地域に火をかけて徹底的に敵を干上がらせ、なおかつドラゴンによる空からの攻撃を行えば今度は敵の補給線が悲鳴をあげましょう」



 雄弁に語るシブウス様の目が輝いているのは未来の玉座が手の届くところにきたせいだろうか?



「しかし、問題は時間ですな。エルファイエルからの総退却となれば五日……いや、四日はほしいところ」



 シューアハ様がたしなめるように言うと、再び広間に沈黙が広がった。

 倍以上の敵軍。それも自分達に無い兵器を所持した強固な戒律でまとまった敵軍を相手に殿をするのは避けたいのだろう。

 なにより精気の欠片もないエイウェル様――西部戦線総大将の姿を見ていると士気が下がってしまう。



「……あの」



 その沈黙を打ち破ったのはアウレーネ様だった。その声は静かに、だがはっきりと「タウキナが殿(しんがり)を務めます」と告げた。

 それに反論の口を開いたのは、以外にも宰相閣下だった。



「良いのですか? 貴方の民が傷つきますよ。はい」

「宰相閣下は酷な方ですね。わかっていてその質問をされるとは……。

 確かに民を戦に巻き込み、なおかつ私の決断で彼らを戦わせる事は身を斬る思いです。

 ですが、大公となればいずれ身を斬ってでも成さなければならない義務があります。

 アーニルがタウキナのために貴方様に命を差し出したように私は貴方様の甘言にのってこの地に来ました。この地で散るはずのなかった民を、殺しに来ました。

 私は愚かな偽の王ですが、偽でも王なのです。この身を斬る決断をいたします。

 その代わり――」

「いえ、わかりました。タウキナ公家の王国への働きはしかとこの目で見届けました。

 手銃や小銃、西方への出兵。そして撤退作戦の殿。

 これにて例のお約束を完済されたと宰相として認めます。

 タウキナ大公殿下。よくぞご決断くださいました。

 では約定通りタウキナの租税の軽減、関税の緩和、タウキナへの資金援助等の諸政策を確約いたします。はい」



 タウキナと宰相の密約、か。

 今までのタウキナから搾り取るような経済封鎖が行われていた事から考えると百八十度変わった政策になる。

 税を減らし、王国から資金援助を受けるのなら財政の逼迫していたタウキナを変えられるチャンスだろう。

 それでアウレーネ様は密約を飲んだのか?



「やれやれ。『高貴なる者の義務』か」



 そうつぶやいたのはシューアハ様だった。

 身の丈ほどある杖を片手にもう片方の手であごひげをなでながら瞑目している。



「若きタウキナ公が決断されたのなら、ケプカルト三大大公として退けませんな。

 閣下。ベスウスもこの地の踏みとどまり、敵を迎え撃ちましょう」

「おぉ! 誠でございますか! しかし、ベスウスの魔法使いはマサダで――」

「左様。魔法を使える者は私を含めて、三人です。しかし我らは一騎当千の魔法使いです。

 少なくとも三人で三千の兵を相手にしてごらんにいれましょう」

「頼もしいお言葉です」

「……しかし、ベスウスの魔法使いも減りました。タウキナとの戦から今日で我が術を継承した者は、もうあと二人しか、居りませぬ」

「おやおや。謝罪をお求めですか?」



 茶化したように言い放つ宰相閣下だったが、その顔は静かにシューアハ様に向けられていた。

 その緊張が高まる様はどこか凍っていく水面を見ているような気持にしてくれる。



「いえ、謝罪をしても、ありとあらゆる魔法の研鑽を積んでも死者は帰ってこぬのです。

 ただ、隠居生活が遠のいたと思いましてな。あの戦が無ければ、今頃はベスウスの居城で魔導書を読んでいた事でしょう」

「ははは。ご隠居とはケプカルト一の魔法使いが何を仰せですか。

 しかし、ベスウス騎士団もタウキナとの戦で疲弊し、なおかつ魔法使いはシューアハ様を含めて三人ですか。

 そう言えばタウキナも大丈夫ですか? アウレーネ様は補給を気にしていらっしゃいましたね?

 その戦力で十分、遅滞できるでしょうか?」

「む、確かに数がいささか足りないのは否定できぬな」

「そうかもしれませんが……」



 ベスウスは貴重な魔法使いをマサダで失った。

 タウキナは後方連絡線の破壊からまともな補給を受けていない。

 撤退を援護するための戦力が足りない。



「……。一時、休会としましょう。三十分したら軍議を再開します。よろしいですね?」



 有無を言わさない口調に諸侯達は互いに目くばせをしてから本陣を出て行く。

 だが休会を宣言されてもエイウェル様やシブウス様に、シューアハ様とアウレーネ様は動く気配は無かった。

 そして俺が仕えているケヒス姫様も俯いたまま黙して動こうとはしなかった。

 マサダでの一件以来、ケヒス姫様はただ黙って静かに俯いていた。その心中を察する事はできないが、それほどケヒス姫様の心に穴が開いたのかもしれない。

 それは復讐を断念して空っぽになったのとは違う。

 心の多くを占めていたモノが無くなった虚しさなのだろう。



「オシナー殿。よろしいですか?」

「……なんでしょう」



 話しかけて来た宰相閣下の顔はいつになく不気味な作り笑顔だと思った。

 いや、不気味というより不吉、か。



「この戦、色々ありました。

 貴方様においてはベスウスと戦争中だったのに戦を中座してこの地まで駆けつけてくれましたね。

 そこで敵であったベスウスとの共闘、カナンの解放、ゴモラの陥落。

 そして亜人の解放――」



 静かに戦の顛末を語る口から目を背けたい。

 俺の中でそれ以上、宰相に喋らせるなという想いがこみ上げてくる。



「実に目まぐるしい戦でした。はい。

 オシナー殿。私がゴモラで現王様のお言葉を語った事を、お忘れではありませんよね?」

「……はい」



 静かに俺を見据える瞳から逃げ出したい。

 これ以上、宰相閣下の話を聞いてはいけないと警笛がなる。



「私は確かに『王国市民となる亜人にはそれまでにない義務を負ってもらう』と言ったはずです」

「……義務?」

「えぇ。その通りです。オシナー殿。率直に申します。

 亜人の忠誠を見せていただくため、この地に留まって殿を務めてください。これに従わないのは義務を放棄したという事になり、東方亜人への政策を以前のそれに戻す事になります。はい」



 それは――。それでは選択肢なんて無いじゃないか……。


賛否両論ある展開にもう吐きそう。


でも植民地軍を犠牲にする宗主国ってあると思います。


さて、銃火のオシナーですが昨日の時点でなんとお気に入り登録数が1000を越えてました。(この更新でめっきり減りそうな予感w)



これほど多くの読者様に登録して頂き、感謝の極みです。


余談ですが1000人と言えば大規模な大隊くらいの人数でしょうか?

これからは目指せ連隊を目標に頑張って行こうと思います。



それではご意見、ご感想お待ちしております。

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