敗走
ここまでのあらすじ。
アウレーネとケヒスが袂を分かった。その時、休戦中のエルファイエル軍が突如攻勢に出る。
「休戦中では無かったのか!?」
「重要な祭事の真っ最中に攻撃してくるとは! 敵はやはり蛮族か!」
「だまし討ちなど騎士道に反する外道の行い! 断じて許すわけにはいかぬ!!」
語気を荒くする騎士達を差し置いてエイウェル様が「静まれ」と弱弱しく言った。
「状況はどうなっている?」
「このシューアハに発言を許してもらえますかな?」
「許す」
ベスウスの老魔法使いが立ち上がり、こわばった口を開く。
「北の支城に配した通信陣からの報告によると敵はこの支城に攻撃を加えているそうです。
他方への攻撃の兆候はつかめませんが、支城には百ほどの兵に対して敵は万もの兵を投入しているとここと。
どうか救援のため兵をだしていただきたい」
「待たれよ! 今、我が愚息達がドラゴンに乗って敵情を偵察しております。その報告を待つべきです。軽率な行動は自らを滅ぼす!」
「ノルトランド公よ! エイウェル様の御前だぞ。控えろ!!」
緊迫した情勢下のためかいつになく会議の場が荒れる。
「静まれ!! うるさてく飯が不味くなる」
その荒れる空気を壊すように――いや、壊してるよ。
こんな時に飯が不味くも美味くもあるか。
そう思いながら上座に座るシブウス様に視線を送ると脂ののった顎に手を当てながら「まずは布告をだしましょう」と言った。
「慌てた料理人が作った飯は必ず失敗する。それは戦も同じ。
兄上、まずは兵を落ち着かせ、守りを固めましょう」
混乱の収束はもっともだ。だがその例えはいるのか?
「そうだな。兵を集めて守りを固めよ。
さらに騒ぎを起こし、扇動している者がおればそいつは敵の手先だ。
軍民問わずに切り捨てて良い」
エイウェル様の『切り捨てて良い』という言葉に違和感を覚えた。
何故だ? 何故、そう思う?
「して、ケヒス。ヨスズンの事だが、確か北の支城にいるのだったな?」
「……そうです、兄上」
そうか。ケヒス姫様が言っていないのが違和感なんだ。
いつものケヒス姫様であればためらいもなく切り捨てるよう言うだろう。
それをエイウェル様が言ったから違和感となったのだ。
そのケヒス姫様は沈痛な表情でテーブルに広げられた地図に視線を落としている。
「ヨスズン殿は大丈夫でしょう。あれは滅法強いですから、はい」
「フン。当たり前だ」
宰相閣下の言葉をケヒス姫様は鼻で笑う。
だがこの焦燥とした感じはなんだろう。
この這い上がる不信感は……。
「報告いたします!! ノルトランド公が娘、ヘルストにございます!!」
「ヘルストか。敵の布陣はどうなっておる」
ツカツカと室内に入ってきたヘルスト様の顔色は、最悪だった。
まるで二日酔いのような顔だ。この祭りだったし、飲んで乗って気持ち悪くでもなったのかと思う。思いたい。
「タボール要塞より打って出てきた敵はおよそ八万――」
「八万だと!? この薄闇だ。見間違いではないか!?」
誰かの悲鳴にも似た声に俺もそれを願った。
たしか、前世だと動物の角に松明をくくりつけて戦力を誤認させたという。
その可能性だってある。
それに外は漆黒の帳が落ちようとしている。ただ単にヘルスト様の数え間違いという事もあるかもしれない。
「少なく見積もっても五万以上はおります。
そのうち、一万ほどの軍勢が北の支城を攻撃しております」
その言葉に会議の場はさらにうるさくなる。
北の支城の救援に向かうべきか、支城を捨て駒にして時間を稼いで守りを固めるか、である。
「あ、あの、アウレーネ様」
「なんでしょう」
隣で青い顔をしていたアウレーネ様にマサダに駐屯している戦力を聞くと、「三万ほどです」と答えが来た。
「ゴモラに居たときは五万もの兵がいましたよね? それに何度か増援がナザレを通りましたが……」
「ガリラヤ方面に展開しているケプカルト軍の総数はおよそ八万と言われていますが、街道の要所に兵を割いて防衛に当たらせておりますし、中には勝手に兵を引いた傭兵団などもいて正確な数は……」
そりゃ、この雪に敵のゲリラ攻撃で戦意喪失する傭兵もいるだろう。
とくに傭兵という職業は金で雇われた兵士だから命の危機となれば逃げ出したり、裏切ったりするリスクがある。
それでも金さえ積めば訓練された兵士を提供するというのは魅力ではあるが。
「それなら、ヘルスト様の空中偵察による長距離砲撃やタウキナ猟兵と連隊による銃撃をもってすれば籠城はうまくいくだろうな。
射程の面ではタネガシマより小銃のほうが勝るし、少数だけど螺旋式小銃だってある。
その上、野戦重砲とベスウスの法撃があれば戦線を維持できるだろうし、その間に後方の戦力をかき集めれば――」
「お、オシナー殿。お恥ずかしながら、その……」
「どうしました?」
「連隊の方から弾薬を融通していただけませんか?
今回の輸送作戦である程度の数は確保しましたが、未だ数が足りません」
……融通?
「え? でもナザレから前線へタウキナの弾薬を輸送する馬車が何度もありましたけど」
「オシナー殿が数えた馬車の何割が前線に到着したかはわかりかねますが、敵の残党による攻撃で弾薬が不足しはじめているのは事実です。
これはどこの部隊もそうですが、矢なり兵糧なり不足気味なのです」
ゲリラによる通商壊がついにケプカルトのアキレス腱を切断した。
腱を切られれば走る事はできない。
「補給が不完全なのに攻勢に出ていたのですか!?」
「敵の抵抗が少なかったので問題となりませんでした。
ですが、万全の状態でガリラヤ攻略に挑むためお姉さま――いえ、東方辺境姫殿下に補給隊の護衛を依頼したのです」
その攻勢の出鼻を挫いて敵が打って出てきたという事か。
「残念ながら分けるほどはありません。自分達の定数ギリギリです」
「それで籠城戦ですか。厳しいですね。早急に援軍が来てくれれば良いのですが……」
やはり援軍に期待するしかないようだ。
どちらにせよ現有の戦力で出きる事も少ない。
とにかく北の支城の救援作戦の立案とマサダ籠城について考えねばならないだろう。
「報告いたします!! ノルトランド公が息子のカンオンです!!
西の街道より敵が迫っております。その数およそ五万!!」
「五万!? そんなバカな!! どこに隠れていたというのだ!!
見間違いではないのか!?」
「まだ日のある内に確認しました。少なく見積もって五万、多くて六万弱ほどかと思われます。
また東にも篝火がありました。
おそらく敵が野営しているものと思われますが、数は不明。しかしどちらも明日にはマサダに到着するものと思われます。
その上、南にも……」
「南は我らの勢力下ではないのか!?」
「おそらく、エルファイエル残党と民衆による蜂起が起こっているのかと……」
これは想像以上に状況が悪くないか? 敵の物量もそうだが、それより敵の展開が早い。
「申し上げます!!」
このままぐずぐずしている暇は無いだろう。
ここは打ち首覚悟で進言するしかない。
「撤退しましょう。このままでは完全に包囲されます!」
「そんな事はわかっておる。
だが、籠城すれば十倍の兵力をしのげると聞くぞ。我らは三万。敵は多くて十五万も居ない。
数の上では問題なかろう」
「確実に守れるわけではありません。
とくに敵はオオヅツなどの砲兵戦力が付属しています。
籠城をしてもどれだけ持つかは……。
あ、この城の火薬やオオヅツは? 要塞として整備された街なのであればそれらがあるはずですが」
「残念ながら無かったな」
マサダから撤退したため兵器を全て持ち出したか、処分したのだろう。
まぁ、あまり期待はしていなかったが。
つまり現有の砲兵戦力は連隊のみか。
敵はどれほどの砲兵を持っているかわからないが、射程で勝っていても数には勝てない。
その時、「シューアハ様!!」と誰かが駆けてきた。
その手にシューアハ様が握っているような杖があることからベスウスの人だと感じる。
「支城に異変があればすぐに来るよう伝えていたのです。ご無礼を」
「かまわぬ。して、支城がどうした?」
「それが、北の支城の城門が打ち破られたと」
その言葉に周囲がざわめくが、それよりもケヒス姫様が立ち上がり、今まで座っていた椅子が盛大な音を立てたせいでそのざわめきは一瞬で途絶えた。
「救援を出すぞ。余が陣頭指揮をとる」
「落ちつけケヒス」
立ち上がったケヒス姫様の腕を掴んだシブウス様が「城は保ちそうか?」と聞いた。
「残念ながら……」
「ヨスズンはどうした!? 奴は支城にまだおるのか!?」
「ヨスズン殿を頭に防戦しているようですが……」
伝令の声が途切れ、それが支城の運命を暗示させた。
まさか、ヨスズンさんが……。
「北の支城が落ちる、か」
エイウェル様の言葉にケヒス姫様がシブウス様の手を振り払い、歩を進める。
「どこに行くケヒス?」
「支城の救援に行かねば――」
「東方辺境姫殿下、それは無理でございます。はい」
「宰相! 貴様の意見など――」
ケヒス姫様が言葉を紡ぐ前に宰相が大きな声を出した。
その表情は今までの作られたような笑みではなく、強い感情が現れていた。
「しっかりなさい!! 敵情もろくにわからないのに兵を出してはなりませぬッ! それこそヨスズン殿はそれをお望みにならぬでしょう。
ここで下手に攻勢に出て兵を失っては取り返しのつかない事になりかねません。
もし遠征軍が敗退すればケプカルトの王位継承者全てが敵に囚われる事になるのです。
それはケプカルトの敗北を意味します。王国のためを思えば致し方ありません」
「この期に及んでなにが王国だ! 貴様にヨスズンの何がわかる!!」
その言葉に宰相閣下は口を開こうとして、やめた。その時には先ほどまでの激情の一切が掻き消えいつもの演技のような口調に戻っていた。
「ヨスズン殿も私も未だ、前王様の御遺言に乗っ取って動いているにすぎません。
ヨスズン殿は私よりも人間らしくありますが、それでもあなた様に仕えていたという事なら、王命を守っていたが故でしょう」
「遺言? なんの話だ? ヨスズンは余が仕えるよう命じたから余の下にいるのだぞ」
「あなた様にはお教えできません。それが前王様からのご命令ですから。
それに私は王様の事を良くも悪くも思っておりません。
私はただ、ケプカルトの発展のためだけに居るのです。はい」
わざとらしく、演技らしく振舞う宰相閣下だったが、エイウェル様が手を叩いた事で意味深だった会話が途切れてしまった。
「……それより今後の策だ。予は籠城に備えるべきだと思うが、諸侯はどう思う?」
その言葉に籠城派と撤退派にわかれた論戦が起こると思いきや、すぐにベスウスからの伝令が来たため、また皆が押し黙ることになった。
「伝令! 伝令!! 支城より通信でございます」
「……話せ」
「それが、ヨスズン殿より御伝言が」
ケヒス姫様が「この場で言え」と言った。
「支城の陥落近し、申し訳なく。
敵情は一万以上の大軍であり、敵の砲撃甚だし。予備兵力も我らの倍は控えているようである。
この状況を鑑み支城の守備を果たす事は不可能と判断す。
我らは悠久の大義に殉ずるべく支城にて最後の一兵まで敢闘するものなり。その間に陣を立て直し、再起する事を望む。以上です」
伝令の言葉にケヒス姫様が力なく床に座り込んだ。
そして伝令が一礼してさろうとしたとき、ふと立ち止まった。
「恐れながら宰相閣下。ヨスズン殿より私的に伝えてほしい事があると……」
「この場で良いです。はい」
「『クワバトラ様の御許にて待つ』」
「……。く、ふふふ。まったく、ヨスズン殿も義理堅い。やはり奴隷の主は一人だけか」
宰相閣下のつぶやきが本陣に響くが、その意味はわからない。
それに呆けていると宰相閣下がパンッと手を叩いた。
「第一王子殿下。ヨスズン殿から頂いた言葉をお聞きしましたね? 北の支城はこの際、切り捨てましょう。はい」
「……そうだな。守れない城を守りに兵を割くほどの余裕はない」
「では籠城ですか? 敵は四方からこの城を目指しているようです。
街道も我らの支配下ではないようですが、今のうちであればまだ間に合うでしょう。はい」
「予に兵を引けと申すか?」
「そうは言っておりません。お決めになるのは西部戦線総大将であらせられるエイウェル様です。私は選択肢を提示したにすぎません。はい」
「……軍務卿はおるか?」
「リガ・ゲオルグティーレ、ここに」
現王の甥にして軍務卿として小銃や手銃で武装した猟兵を率いてきたリガ様は立ち上がると(俺より下座で申し訳なくなる)一礼した。
「予は兵を引くべきか?」
「守るにしても準備ができておりません。いくら最新の武器があろうと矢玉が尽きればそれまでです。
街道も敵の手に落ちれば援軍も見込めません
もし援軍が街道を通ろうにも小銃や手銃が足りません。それらを持つ兵はすべてここにいるのですから、エルファイエルの連中と会戦した場合、我らは多大な被害を受け、そして包囲されているマサダの解囲は困難を――」
「もう良い。静かにせよ」
エイウェル様は椅子に深く座り込み、目をつぶった。
いや、ここまで力説されたんだからさっさと答えを出せよ。
「オシナー殿。抑えてください。兄上には引けない理由があります」
「引けない理由?」
「もし、ここで引けば――ケプカルト軍が敗走するような事があれば王位継承に関わります。
父上は実力主義の面があるので確実に王位はシブウス兄様のものになるでしょう。
それにガリラヤの手前まで攻めておいて引くというのも、戦死していった家臣を思うと……」
ここまで来た犠牲を無駄にしないために引くことが出来ない。
だが、そんな状況ではもう無いのだ。
早く撤退を決めなければ手遅れになる。
「……。わかった。現時刻をもって総退却を命ずる。各騎士団は撤退の準備を始めよ。
夜陰に紛れてマサダを出る。
殿はノルトランド騎士団とベスウス騎士団の混成部隊とする。以上だ」
そうして祭りの夜は更けていった。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
また、皆様のおかげでなろうコンの一次選考を突破しました。
応援ありがとうございます。今後ともどうか、よろしくお願いいたします。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




