休戦
「どうしてこうなった……」
休戦二日目。
ケプカルト王国の祭日である復活祭の当日。
マサダの街はあちこちで歓声の聞こえる賑やかな日になった。
俺もそんな空気に当てられてどこか浮かれていたせいか、ケヒス姫様の「街に行きたいのだがヨスズンが北の支城の視察に行くようで供がおらん。代わりに付き合え」と言われた事に頷いたのは良い。
それがお忍びだったのもまだ良い。
マサダの街がお祭り騒ぎの割に出店などが無く、店の大半も閉店してしまっていたせいで昼飯を食うつもりが、気が付くと早めの夕飯の時間まで食いそびれてしまったのも、まだ良い。
だが行列の末に店員から相席でも構わないかと聞かれた時に断わっておけば良かった。
相席した相手はタウキナ大公アウレーネ・タウキナ様だったのは運命の悪戯か……。
どうしてこうなった……。
「帰るぞオシナー」
「は、はい」
「お、お待ちくださいお姉さま!!」
細かい装飾のついた青色のスカートに白いブラウスに黄色い肩掛けの姿こそ町娘のそれだったが、これはこれで違和感がある。
具体的に何が違うのかと問われると言葉に窮するが、隠しきれないオーラのような物があるのだ。
それはケヒス姫様も同じなのだが、しかしその方向性が真反対だから余計にアウレーネ様の違和感に気づいてしまう。
というかケヒス姫様の私服が同じ青色のスカートに白いブラウスとほとんど同じ事に驚かされる。
あれか? これって自ら選んだ服じゃなくてそういう官給品なのかと疑ってしまう。
「お前と話す事など無い」
「そ、その……。ゴモラ以来、お姉さまとは一度、深く話し合いたいと――」
「余から話す事は無い。それにこれ以上、会話を続けると余は貴様を殺すぞ」
その言葉に談笑していた客たちがいきなり立ち上がり、腰の剣に手を伸ばした。
わけがわからないが、俺もなんらかのアクションをしようと軍刀に手を伸ばすが、その手が空を切る。お忍びだからおいてきたんだ。
「おちつけ。冷血姫の粋な冗談だ」
その言葉に周囲の客たちは席に戻り、談笑を始めるが、誰もが俺たちの事を意識しているのがわかる。
「お、お客サン、何カ?」
たどたどしいケプカルト語で店員から話しかけられた。そりゃ、あんなに殺気立てばな……。
「なんでもありません。この方達にエールを」
「おい、――ッ。店主、腹に入れる物も頼む。昼がまだなのだ。あぁ、こいつにもな」
ケヒス姫様が顎で俺を指すと店員は一例して去っていった。
それからケヒス姫様は乱暴にイスに座り込んだ。
俺は少し逡巡するが、意を決して座る事にした。
もう野となれ、山となれ、だ。
「……。あ、あの――」
「なんだ?」
「そんなに殺気を出さなくても……」
「フン。タウキナ騎士団に囲まれて殺気を出すなと申すか?
それにお前は自分がした罪がわからないのようだな」
ケヒス姫様はナザレで復習を諦め(諦めたんだよな?)たが、小銃による問題は別問題だ。
小銃の性能があれば戦争はおろか政治も経済も変容するだろう。
そんな力を秘めた兵器をおいそれと拡散されたのだ。
「小銃や大砲についての事でしたら、謝罪するつもりはありません。間違っていたとも思いません。
あのままでしたらお姉さまはケプカルト北方に大きな戦乱をもたらしたはずです。
お姉さまはベスウスとの講和の際にあのラートニルの惨状を見たでしょう。
あの瓦礫と腐臭の満ちた死の街を。
大公国一国との戦争だけであのような街がいとも簡単に作られるのです。
それが王国全土との戦となればどれほどの被害が出ると思いますか!? どれだけの民が焼け出されると思いますか!? どれほどの民の命が失われると思いますか!?
あのような戦を、あのような惨劇を再び起こしてはならぬのです。それが、王の務めではないのですか? それを阻止するのが王の務めなのではないのですか?
それともあの惨禍に民を駆り立てるのが王なのですか?」
「愚問だな。必要とあればそれを行う。それが王ではないのか? 万事を決めるのは民ではなく王だ。
その王に付き添うのが民であり、それ以外は敵だ。
それに、貴様のしている事は民を戦に駆り立てる事ではないのか?」
ケヒス姫様が勝ち誇ったように笑うのと同じく、店員が注文の品を運んできた。
木椀に入ったエールと水に浮くような米の粥が眼前に置かれる。
「おい、少なくないか?」
「食料乏しデス。我慢してくださイ」
まあ戦時下だから仕方ないか。
しかし、これじゃ連隊で昼食を取った方がまだマシだったなと思いつエールに口をつけると、これもこれで薄かった。
水で割ってないか? ヘルスト様が飲んだら大激怒してるぞ。
「確かに私は民を西方の果てまでつれてきて戦わせました。
言い訳をしようとは思いません。ですが思うのです。
戦がなければこの街ももっと賑わっていたのではないかと。
あの戦が無ければ傷つく兵も民も居なかったのではないかと」
「余は貴様と議論をしていたと思ったが、これは議論ではなく戯論だな。貴様のそれは理想論だ。ありもしない空想だ」
そして偽善だ――。
「それで構いません。むしろその方が私らしいです。
偽でもかまいません。空想でも、理想でもかまいません。
でも、偽者でも王ならそれを実現させる力があるのでは無いですか?」
偽でもそれは善なのではないですか――?
「私は私のやり方でタウキナを――タウキナの民を守ります。ラートニルの惨劇を、西方での惨禍を繰り返さないように。
力によって覇を唱えるのではなく、徳をもって国を治めたいのです」
「……それでアーニルが喜ぶと思うか?」
ケヒス姫様は卑怯な事を聞いていると思う。
その答えをケヒス姫様はやっと許したというのに。
「……。アーニルは、最期までタウキナの事を思っていたのです。
ならばアーニルのために復讐をするより、タウキナのために尽くすべきではありませんか?
アーニルが願ったタウキナの発展を、アーニルの求めた王道を進む事が、彼女に報いる事になるのではありませんか? ならばこそ、戦の種を摘み、民に安寧を与えるべきではないのですか?」
「自分勝手な奴め」
「……お姉さまには言われたくないのですが」
その意見については、俺も同意だった。
「ですが、お姉さまの言うとおり、お姉さまへの恩義は感じております。
お姉さまがいなければ今、こうしていられなかったでしょう。
今度の小銃の件については謝罪いたしませんが、補償はいたします。
賠償金の支払いや貿易に関した協定の見直し、小銃や大砲などの無償譲渡等も考えております。
砲兵士官の派遣も白紙に戻していただいて構いません」
「大胆な思いつきだな」
「まだ議論の余地があります。この戦が終わり次第、交渉の席を設けたいと思います」
「よかろう。だが、お前の行いが許されるとは、思うなよ」
「わかっております。憎まれても仕方のない事だと思います。
ですがお姉さま。
お姉さまがお姉さまの道を行くのなら、私は私の信じる王道を行きます。それが今までの戦でタウキナのために命を散らせ者への、せめてもの手向けとなるよう、私の全てをタウキナに捧げる所存です。
それが例え、お姉さまの障害になるとしても、それがタウキナのためであれば、そういたします」
「……貴様との蜜月の日々も終わりだ。貴様が王道を信奉するならそれはそれで良い。
だが余はもう貴様を妹とは見ぬ。余はもうお前を庇わぬ。茨の道を裸足で歩むなら好きにしろ。
――それでも、姉として最後に言う言葉があるとすれば、そう力むな。肩の力を抜け。
積み重なる今に、過去の亡霊に囚われて押しつぶされてしまうぞ」
「…………お世話に、なりました」
アウレーネ様が深々と頭を下げた時、突如として耳に慣れた砲声が聞こえた。
そしてまもなくその着弾の轟音が響き、店内が慌ただしくなる。
「何事だ?」
「確認して来ます」
外にでると混雑した往路を行く人々も足をとめて先ほどの轟音について思案しているようだった。
そう思っていると再び砲声が響き、ふと見上げたそらに黒い固まりが見え――。
「伏せろ!!」
運を天に任せてとはよく言ったものだと思いながら先ほどまでいた店の中に飛び込むように伏せると同時に地面が揺れた。
それと同時に人々の悲鳴と絶叫が耳に飛び込んでくる。
「どうなっている!?」
「ケヒス姫様! 危ないです!! 砲撃です!!」
「砲撃!? そんなまさか!! エルファイエルとは休戦中のはず……!」
三度砲声が聞こえた。
「伏せてください!!」
その言葉と共に轟音と人馬の悲鳴があがる。
往路は慌てふためく人々であふれかえり、混沌の鍋をひっくり返したような有様だ。
「――ッ! ――!! 聖絶!!」
その声の主を探すと先ほどまで給仕をしてくれていた店員が店の奥から発しており、その手には薄煙を上げる火縄がセットされた拳銃型の銃器が握られていた。
「ケヒス姫様!!」
倒れている状況から起き上がってケヒス姫様に飛び掛かったが、間に合わなかった。
火ばさみが火皿に倒れこんだ。鼓膜を破るような銃声と白煙が室内に充満する。
「ぐはッ」
「け、ケヒス姫様! ご無事ですか!?」
「倒された拍子に打った頭が痛いわ!」
飛び掛かったのと銃撃を受けたのは一テンポ遅れてしまった。
しかし、ケヒス姫様をまた押し倒すとは思いもしなかったな。あの冷血姫だぞ。それを押し倒すなんて――。
「現実逃避するな!! さっさと離れろ!!」
ハッと起き上がると厨房から厚手の肉切り包丁を手にしたシェフとばっちり目があった。
先ほど拳銃のようなものを撃った店員はすでに店内にいた騎士と刃物での戦闘に移っている。
だが、騎士達の注意が店員に向いているせいで一瞬、俺達とシェフの間に一本の道が出来てしまった。
その隙をついてシェフが一気に駆け寄って包丁を振り上げる。やばい、三枚におろされる。
「凍てつけ『グラキエス』!!」
いつの間にか俺の足元をすり抜けたケヒス姫様がテーブルに置かれていたエールの入った木椀を持っており、それをシェフに投げつけながら呪文を詠唱した。
空中でエールは個体となり、それがシェフに激突する。そのおかげで怯んだシェフに隙が生まれた。
「ぬあああ! 覚悟しろ!」
シェフに肩から体当たりし、包丁を持った腕に組みつく。
相手は俺を振りほどこうと、俺は腕を抑えようとドタバトしていると誰かが俺の背中に覆いかぶさった。
それと同時に豊満で柔らかい何かが二つ背中に押し付けられる。
俺の下にいるシェフが右に左に暴れるせいでその背中のそれも右に左に背中に密着して動く。
力の限り包丁を握った腕を抑えているせいか、それとも極度の緊張のせいか、はたまた背中のそれに興奮してか息が荒くなる。
断じて三番目の理由ではないと思うが、俺もそろそろ限界だろう。興奮して意識が飛びそうだ。
だが俺が意識を手放す前に前に俺の頬に温かいナニかがぶっかけられた。ビクリと痙攣するようにシェフが震えている。
そのナニかのせいで反射的に閉じていた瞳を開けると頭から刃の生えたシェフが目に飛び込んできた。
顔中に飛び散った彼の血を袖で拭いながら(お忍び用の私服で良かった)起き上がろうとすると背中の人物がガバッと背中から離れた。
「お、オシナー殿。ご無事ですか?」
その背中の人物――アウレーネ様が両手を胸の前で組んでおずおずと聞いてくれた。
とりあえず、顔面に返り血を受けたことで鼻血が出ていても気づかれないだろう。
「えぇ。おかげさまで助かりました。これであと十年は戦えます」
「え? あ、はぁ……」
俺の言動を推し量れないのだろうが、それで良い。それで、良いのだ。
「助けた主に礼は無いのか?」
「やはりケヒス姫様がとどめを? ありがとうございます」
「フン。それより城に戻るぞ。皆の者! ここに居る者でタウキナ以外の騎士団もおろう。
だが個人で動けば敵に各個に殺される。城まで全員を余の指揮下に入れる。
そしてエルファイエルの奴らを見かけたらそいつらは敵と思え。
この店の店主のように襲ってくるかもしれぬ。
では行くぞ!」
その声に戸惑いもあったが、この店にいた騎士達がケヒス姫様の掛け声に応えた。
休戦中に攻撃されるのはデフォ。
アウレーネとの和解話を入れたつもりでしたが、はたしてこれで良いのか。
迷います。
迷いすぎて迷走感が半端ないです。
とにかく西方編も佳境に向かいます。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




