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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
76/126

マサダ

「敵襲!! 敵襲!!」



 けたたましい砲声に隊列が止まり、戦闘を告げるラッパが鳴り響く。

 それを聞いた兵士達は馬車の下やその場に伏せて攻撃をやり過ごそうとする。



「敵はどこだ!?」

「オシナーさん危ないです!!」



 司令部を兼ねる馬車の荷台から前方を伺うが、敵影は見えない。

 遠眼鏡を忙しく動かしていると急にユッタによって肩を捕まれた瞬間、隊列の後方から着弾の響きが聞こえた。

 これが演習だったらよかったのに。

 そう思っているうちに第二射の砲音と共に一時方向から雪をかき分けて前進してきた鎧武者が目に入った。



「敵! 一時方向!! 弾を込めろ!!」



 司令部となっている馬車を降り、前方の馬車――奴隷馬車を改造した銃眼付きの馬車の中をのぞき込むと狭い車内で十人ほどの兵士がセカセカと小銃にカルカを挿入している所だった。



「敵影一時方向! 射撃用意!!」



 弾の装填が終わった順に銃眼から銃口を突き出し、撃鉄が安全位置から押し上げられる。

 張りつめた緊張が胃を鷲掴みにし、口から押し出されようとする気がする。



「引きつけて撃て!! 誤射の危険のあるものは撃つな!!」



 指示を飛ばしていると近くにいた兵員も集まって膝射姿勢を取る。



「撃て!!」



 雪原に銃声が響き、それと同時に第三射が隊列の中心に着弾した。

 だがこちらの放った銃弾も敵兵の胸に着弾し、バタバタと敵が倒れる。



「第二射用意!! 撃て!!」



 先ほど射撃した射手が下がり、別の射手が銃眼に取り付いて射撃をする。

 すると背後から「少将!」と声をかけられた。

 騎兵中隊を率いるコレット大尉だ。



「追撃に出るんで、射撃をやめてください」

「わかった。深追いはするな。出きれば敵の砲兵をつぶしてくれ」



 こちらも応射する、という手もあるが敵砲兵の位置がわからないし、設置に時間のかかる大砲では敵を逃してしまう公算が高い。



「了解しましたよ! よし、お前等! 突撃だぞ! 気合い入れてけ!!」

「撃ち方やめ! 着剣!! 周辺警戒を厳となせ!! 損害をまとめたら再出発だ!!」



 戦闘に関する事を騎兵に任せると、別方向からの襲撃に備えさせながら損害をまとめる事にした。

 司令部馬車に戻るとそこにはユッタ等の司令部要員の姿はなかったがケヒス姫様だけが静かに座っていた。

 肝が据わってらっしゃる。



「うぬよ。敵は?」

「砲兵を含む小隊規模の兵のようです。騎兵中隊による追撃を出しました」

「囮の騎士団を無視して補給隊を襲うか。ただの敗残兵では無いようだな」

「敵は組織だってゲリラ攻撃をしてきています。

 おそらく、補給物資のみを襲うよう手はずが整えられているのかと」



 エルファイエルの王都ガリラヤ攻略にかかっているケプカルト軍主力を悩ませ始めた補給の遅延は雪以外にもエルファイエル残党によるゲリ戦を受けて壊滅状態になった。

 このままでは厳寒と敵に襲われるケプカルト軍主力の壊滅は時間の問題となり、ケヒス姫様に補給部隊の護衛という勅令が下ったのだ。


 勅令とあっては無視する事ができないので出兵したのは良いが、敵のゲリラ攻撃にはウンザリさせられる。

 騎士団を前衛に囮として出し、敵の攻撃を吸収しつつ連隊が補給物資を守る事になったのだが、どうやら敵は騎士団をスルーして連隊へ的を絞っているようだ。

 騎士団は短小銃で武装した竜騎兵のため、柔軟な戦闘が出きるだろうと思っていたが、思い通りにはいかない。



「フン。戦が終わるまでナザレでゆるりと過ごそうと思っていたものだがな……」

「年越しの祭りは楽しかったですね」



 シモンが年越しの祭りで披露した騎射は見事な物だった。

 もちろん、その後の宴も、だ。

 互いに言葉が通じなくても楽しい一夜を過ごせた。それこそ連隊も騎士団も、そしてナザレのエルフと『亜人』、人間関係なく盛り上がった。

 そのままゆるゆると雪解けを待って、東方に帰るのだろうと誰もが思っていただろう。


 だが、戦はまだ終わっていない。



「ユッタ・モニカ入ります。被害状況を確認してきました。

 敵の第三射が隊列中央の飼い葉を積んでいた馬車の近くに着弾したようで、その馬車が横転してしまいました。現在、復旧作業中です」

「いつ出発出きるのだ?」

「それが……。周辺の馬が興奮していて二次被害も出ておりまして……」

「つまり未定か」

「そうなります。他は損害軽微ですので横転している馬車がどうにかなれば出発の目途は立つかと」



 敵地のど真ん中で立ち往生か。


 運が無い。ケプカルト軍主力が駐屯しているマサダまであと半日ほどの距離だったのに……。

 だが、その距離でもケプカルト軍の勢力が及んでいないとも考えられる。

 そんな状況なら補給線が壊滅させられるなんて当たり前だ。



「雪に残党……。いつになったらマサダにつくんですかね」

「とにかく、ケンタウロスが戻ってきたら騎士団に伝令を出して合流するよう伝えさせろ。

 軍を二分にした囮作戦も通じないのだ。兵力を密集させて居た方がよかろう」

「わかりました。ユッタ、悪いけど――」

「いえ、わかりました。では伝令を出させます」

「それと、お荷物(あにうえ)に再出発について話してこよう。うぬよ、供をせよ」

「御意に」



 この護衛任務は前線への補給物資の護衛以外にもお荷物――ことケプカルト諸侯国連合王国第二王子であらせられるシブウス・ゲオルグティーレ様がベスウスの護衛という色も帯びていた。

 そのシブウス様は増援としてベスウス騎士団を率いてナザレを訪れたのだが、相手は王位継承者である。

 護衛自体はベスウスの騎士団が自ら行うと言っていたが、東方もそれに加わらねばならなかった。

 まぁ、シブウス様の護衛だけであればケヒス姫様の対応次第で断れただろうが、そこに前線への補給物資の護衛という勅令を握ったシブウス様がおられては無下にも出来ない。

 まぁ、シブウス様が一千もの兵を率いてきたのには驚いたが。


 しかし、元々敵対していた東方との共同作戦となり、連携が取れるか心配だった(連携どころか背後から攻撃される可能性だってある)。



「それでもなんの頓着もなくこの合同作戦に同意しているんだから人が出来ているのか、それとも無頓着なだけか……」

「シブウス兄上は食欲以外の欲が薄い気がする。

 執着が無いというか。乾いた所がある。

 故に王位継承者の中では王位に付こうが付かまいが関係無いという風があるな。

 余には理解できない人種だ」



 ケヒス姫様を推してわからないと言うか。

 まぁ、俺も片手の指で数えられる程度しか会っていないからなんとも言えないが、タウキナ継承戦争の折りはとくに表だって動く人では無かったイメージがある。



「兄上。ケヒスです」



 気が付くとすでにシブウス様が乗られている豪奢な馬車の目の前に居た。

 従者と思わしき人が馬車の外から中の高貴な者に話しかけ、そしてすぐに「入ってください。従者様もどうぞ」と言ってくれた。

 繊細な装飾の施されたステップを登り、ケヒス姫様が馬車の中に消える。



「失礼します。野戦猟兵連隊連隊長のオシナーです」

「苦しゅうない。入れ」

「失礼します」



 帽子を脇に抱えて入ると司令部馬車との違いをまじまじと見せつけられた。

 シルクのカーテンに覆われたそこにはフカフカのクッションがしかれていた。



「そちと会うのはラートニル以来か? それでいつ出れるのだケヒス。我は待ちくたびれたぞ」



 相変わらず肥えた体躯のその人はどっかりと柔らかそうなクッションに身を沈めて俺を一瞥した。

 食欲以外に興味が無いと言われれば妙な納得がわいてくる。



「報告します。敵の攻撃で馬車が一台、横転しており、それをどうにかしない限り出発できません。

 連隊が復旧にあたっておりますが、もうしばらく時間がかかるかと」

「仕方ないな。おい、ベスウス騎士団も手伝わせろ。我の命だと伝えるのだぞ」



 外の従者にシブウス様が呼びかけ、返事がくるとシブウス様はため息を付いた。



「……腹が減ったな」

「兄上? まさか食事を取るとは言いませんよね? 敵中ですぞ。いつ襲われるかもわからんのに飯など――」

「この戯け!! 我の腹が減った言うことは兵の腹も減っているであろう。

 兵にも休息は必要だ。

 それに飯を炊いて余裕を見せれば敵もおののいておいそれと攻撃してきまい」



 え? マジで飯にするの? 確かに昼飯はまだだけど食っていられる状況じゃないだろ。

 チラリとケヒス姫様を伺うと額に青筋を立てた冷血姫が口をパクパクさせていた。



「ケヒス。飯にしよう」

「……もう一度申し上げます。ここは敵中ですぞ」



 すべての感情を押し殺したようなケヒス姫様にシブウス様は「知っておる」と答えた。



「我々は戦に来たのであって――」

「戦に来ても飯は食うだろう。なんだ、東方騎士団は飯を食わずに戦をするのか?

 ……そう睨むではない。マサダまで半日ほどだろう?

 マサダにつけば明日にでも戦になろう。ならば今、休止を取らせるべきではないか?」

「……わかりました。食事を取らせます」

「それでよい。下がってよいぞ」



 馬車から出るとケヒス姫様は大きなため息を付いた。



「ケヒス姫様……」

「皆まで言うな。まったく……。それより食事の支度をさせよ。遅れると面倒だ」

「御意に」



 ケヒス姫様が怒りとも疲れとも判断できないため息をまたついた。

 なおかつ、追撃に出たコレット達も確たる戦果をあげたわけではなく、ただ単に時間を浪費してしまった気がする。



   ◇ ◇ ◇



 マサダというのは大きな城塞都市だった。

 大きな堀で囲まれた城下町が築かれ、その中心にある城にのみ城壁があるというケプカルトとは違う様式の城塞都市だ。


 城のデザインもケプカルトは尖塔が立ち並ぶ感じに対して櫓のような、どこか懐かしさを感じさせる。

 カナンやゴモラと言ったチグリス大河よりもケプカルトよりの城だとケプカルト風の城だったが、内陸になるとまたこれはこれでエルファイエル色が強くなるのが面白い。



「やぁ。これはこれは。よくぞお越しくださいました。はい」



 そのマサダの中心に位置する城の天守閣とも言うべき部屋に俺たちは居た。

 部屋の中心におかれた長テーブルの上座に三人の王位継承者が並び、その両脇に騎士団や傭兵の長がズラリと並ぶ様は圧巻だ。

 そうやって一人、離れた所で考えるように状況を俯瞰している理由は俺の席位置にあった。

 何故か上座の方だ。もっと言うなら手を伸ばせば王位継承者の方に触れられるほどの位置だし、向かいにはベスウス大公大公のシブウス様がいらっしゃる。そして俺の左隣にはタウキナ大公のアウレーネ様だ。


 これはあれか? 拷問か?


 どうして一介の工商の俺が大公様よりも上座に居るんだ? それにケプカルトの軍務卿であるリガ・ゲオルグティーレ様より上座ってなんだんだよ。あの人、確か現王様の甥だろ? それよりも上ってなんなんだよ。

 すげー居心地悪い。冬なのに嫌な汗が止まらない。もう吐きそう。



「これにて役者は出そろいました。時、ここに至りて機は熟す。

 それでは軍議を始めましょう。はい」



 わざとらしい笑みを張り付けた宰相閣下が俺たちの背後をコツコツと足音を立てながらゆっくりと巡回する。

 どこまでも演技臭いその台詞に苛立ちを覚えるが、シューアハ様が立ち上がった事で俺の意識は宰相閣下から完全に外れた。



「現状は正直に言えば芳しくありません。

 カナンからこの地までの攻略は容易かったのですが、敵はガリラヤとこのマサダをつなぐ街道を封鎖するタボール要塞に立てこもって籠城の構えです。

 このタボール要塞はこの、アララト山とタボール山の谷間にあり、街道もこの谷を通り抜ける事でガリラヤに続いております」



 地図を見るとガリラヤへの行く手を封じるように二つの山が聳え、そこに三つの赤い駒が置かれていた。



「街道を封鎖するのはタボール要塞だけではなく、敵の散発的な攻撃をアララト山やタボール山から受けております。おそらく奴らの活動拠点――山城でもあるのやもしれませぬ。

 それにこの二つの山は、山というよりも丘に近く比較的になだらかです。

 敵のオオヅツくらいなら持ち運びできるかと」



 シューアハ様の言葉にシブウス様が「迂回は出来ぬのか?」と問うた。

 確かに攻略の難しい正面を無視してしまった方が良いかもしれない。



「残念ながら迂回するほどの物資がございません。

 敵の散発的な攻撃を受けながら王都を攻略するほどの大兵力を移動させるなら補給物資の移動も必須。

 されどそれを賄えるほどの物資も兵力もありません。

 そのためタボール要塞攻略は必須と思われます。

 それに敵の強固な防衛拠点を陥落させれば敵主力を壊滅したに等しい戦果となりましょう。

 敵を瓦解させるためにもタボール攻略は重要です。」

「タボール攻略は必須。

 この条件は他にも利点がございます。はい」



 シューアハ様の言葉を引き継いだ宰相の声は俺の背後から聞こえた。いつの間に……。



「確かに迂回する案も当初はありましたが、ヘルスト・ノルトランド様達の上空からの偵察の結果、他の道を辿るのは困難だと判断したからです。はい」

「困難?」

「左様です。オシナー殿。

 ガリラヤに続く街道は大きい物で四本。

 うち一本はタボール要塞に阻まれ、残りの三本のうち一本は我らの居る位置から反対側。

 残った二本は途中で道が途絶えていて使えた物ではありません。はい」

「どういう事です?」

「道が途絶えている――正確にはガリラヤ周辺を取り巻く樹海によって人間では踏破は無理でしょう。それこそ、エルフでなければ」



 エルフであれば森の中を簡単に踏破できる。

 わざわざ道を作るのは外界との交易のためだろう。

 それが天然の要害となり、侵攻を難しくさせる、か。



「我らの中でこの森を踏破出来るのは一部隊しかありますまい」



 チラリとシューアハ様が俺に視線を投げてきた。

 どこか苦々しげな表情からタウキナ継承戦争の事を思い出しているのだろう。

 確かにユッタ達なら簡単に樹海を踏破するだろう。

 現にそれをやってのけている。


 だが――。



「ですが兵力が足りません。確かに連隊にはエルフもおりますが一千にも満たないのです。王都攻略なんて――」

「ですから迂回という選択肢はないのです。はい」



 背後に立っていた宰相閣下が急に俺の肩に手をおいた。

 口から胃が飛び出しそう……。



「連隊のエルフを使って山城を攻略していただきたい」

「や、山城を?」

「はい。アララト山もタボール山も深い森で覆われており、我らではエルフの痕跡すらとらえられないのです。お恥ずかしいかぎりです。はい」



 山狩りね……。



「タボール要塞自体はシューアハ様のおかげで城壁に穴を穿つ事には成功したのですが、山間からの奇襲で占領出来ないのです。

 それでいて山狩りをしても敵影すら見つからない上に、逆に反撃を受けて散り散りに逃げてくる始末……。

 いやはや、お恥ずかしいかぎりです。はい」



 その言葉に誰かが怒りにまかせてテーブルを叩いた。

 そりゃ、今まで『亜人』と蔑んでいた存在に良いようにあしらわれ、その『亜人』に助けを求めるのだから心中を察する物がある。



「宰相……。ゴホッ、ゴホッ」



 上座に座る西部戦線総大将のエイウェル様が咳こみながら宰相閣下を呼んだ。



「休戦の案件はどうなった?」

「休戦? どういう事です、兄上?」

「忘れたか。明日は復活祭だ」

「復活祭?」



 俺が聞き返すと、隣に座っていたアウレーネ様がおずおずと(気まずそうに)小声で教えてくれた。



「知りませんか? 初代ケプカルト王が死後、復活して天に昇ったという日を記念した大事なお祭りです」



 祭りで休戦するのか……。



「ケプカルトでは初代ケプカルト王の誕生祭と同じく重要なお祭りなんです」



 なるほど。まぁこちらとしては明日にでも戦場に送られるものと思っていたが、良いガス抜きになるかもしれない。



「休戦の案件は受け入れられました。

 本日から三日後の日の出まで有効です、はい。

 ただ、休戦の条件としてタボール要塞の兵をマサダまで下げなければなりません」

「ふむ。良かろう。タボールから兵を引いてもタボール要塞攻略は時間の問題だ。

 こちらもエルフを投入できるのだからな。

 さて、皆の者。聞いての通りだ。

 戦で疲れた身を復活祭で癒そうではないか」



 その言葉に殺気立っていた室内が幾分か和らいだ気がした。


地図を書こうと思って完全に失念していたでござる。


次話までに修正致します。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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