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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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幕間 ケヒス伏す

 ケヒス姫様が倒れられた。


 河原で騎射に励んでいたら敵に狙撃されて凶弾に倒れた――訳ではない。

 その日の朝、俺は従者としてケヒス姫様の様子を見に行ったら何やら熱っぽい視線を向けられているなとか、頬を紅潮させていたり、何やら色っぽく寝間着をはだけていると思ったものだ。

 それにとろんとした目からはいつもの険しさが微塵もなく、違和感よりも不信感が先行してしまうほどだった。

 新手の罠かと勘ぐるほどだったが、試しにケヒス姫様の額に手を当てるとだいぶ熱がった。

 そう、ケヒス姫様は風邪だった。



   ◇ ◇ ◇



 東方辺境騎士団の本陣にはざわついた空気が漂っていた。

 それはケヒス姫様が病に倒れたと聞いた騎士達が本陣を訪れてくるのを「ただの風邪だ」と追い返しているのもあるが、本陣に詰めているのが俺とヘイムリヤ・バアル様という水と油のような関係――これは俺が一方的にそう思っている所がある――のせいだ。

 むしろ俺が一方的に警戒心のような物をもっているせいだと思う。

 そんな本陣に小瓶を抱えたダークエルフのシモンが訪ねてきた。


「熱、下げル、薬作っタ」

「……薬? それは効くのか?」



 そう問い返したのはバアル殿だった。

 彼は東方辺境騎士団の中でも『亜人』嫌いのはずだったが、カナン解囲後はよくコレットとつるんでいるらしい。

 しかし、薬に対する反応は芳しいものではないように思う。



「効く。エルフの秘薬、疑うカ」

「いや、気分を害したのならすまない。

 だが、エルフには効いても、人間にも同じく効くものなのか?」

「それハ……」



 シモンも確証がないのか黙ってしまう。そりゃ、エルフの村で暮らしていたら人間に自分たちの薬を使う機会なんてそう無いだろう。

 それに普通に考えて王族の姫君が口にする物を不審がるのは当たり前だ。

 やはり俺が一方的に苦手意識を持っておりだけで、バアル様はバアル様で変わろうとしているのかもしれない。


 それにしてもバアル殿が率先して謝罪を口にした事に俺は驚いていた。

 今のところ、その驚きについては隠しきれているようで安堵する。



「失礼します。野戦猟兵連隊副官のユッタ・モニカです。

 熱を下げる薬草が村の近くに生えていたので薬を作ったのですが――」

「お前もか」



 バアル殿があきれたようにつぶやくと片耳のエルフは小さく首を傾げた。



「とりあえず、毒にならないか、我らで先に飲んでから姫殿下に飲んでいただこう」



 ……。我ら?

 俺も飲むの?



「バアル殿。もうしわけありませんが俺、仕事があるので――」


 言葉が終わる前に腕を掴まれた。なんだこれ、腕がピクリとも動かないぞ。


「それでも従者か! 逃さないぞ。貴様も飲め」

「いや、あいにく健康ですし――」

「あ、健康な人が飲んでも大丈夫ですよ。進んで飲みたいものじゃありませんけど」



 より飲みたくなくなるよ!

 薬なんてそもそも酒で十分だろ。酒は万病に効く薬だって親方が言っていた。



「飲んで、いただけないんですか?」

「せっかク、作ったのニ」



 お前等なに悪ノリしてるんだ。くそ、退路が断たれた。

 こんな手料理を振る舞ったけど、食べてくれないのねアピールを喰らうとは思わなかったぞチクショー!

 いや、待て。うっかり手を滑らして薬を落としてしまうのはどうだ?

 不慮のの事故なら仕方ない。ユッタとシモンには悪いが、仕方な――。



「昔、戦のためにある貧しい村を訪れたのだが、その村の子供がとある傭兵の薬を盗んだ。

 傭兵は子供を捕まえると死ぬほど蹴っていた。

 恵まれているな、この村は……。

 薬一つで殺し合いもする村もあるというのに……」



 重々しく語るバアル様の言葉に俺の作戦瓦解した。

 てか、殺しに来たぞ。退路を塞ぐとかそういうレベルじゃない。

 一方的ではなく双方向に不信感があるに違いない。



「ほら、腹をくくれ」

「……飲めばいいんですね、飲めば」



 そう言えば、親方は酒は万病の薬と言った。

 つまり薬は酒であり、酒は薬なんだ。ユッタの渡してくれたこの液体も酒に違いない。

 酒であれば飲めない事はない。

 そう自分に暗示をかけて一口、それをあおる。



「……うぅ、なんだこの、生きているだけで罪悪感を感じる不快な味は。

 とりあえず生きることに許しがほしい」



 ちなみにバアル殿も何かに謝罪を求めていた。とにかく、生きていてすまない……。



   ◇ ◇ ◇



「オシナーです。失礼してもいいですか?」



 薬をもってケヒス姫様の私室の前に立っていると中から「入れ」とヨスズンさんの声がした。

 部屋に入ると朝から看病していたであろうヨスズンさんがケヒス姫様のベッドの脇のイスに座っている。



「薬を持ってきました。エルフの秘薬らしいです。毒味もしてあるので大丈夫だと思います」



 超絶的に不味いが薬は薬だ。

 良薬口に苦しだ。苦いってレベルじゃないけど。



「すまないな。ここに来て姫様も何か、気が弛んだのだろう」

「うぅん……。父上……。お待ちくださぃ」



 一瞬、その父を呼ぶ声が誰のものか判断できなかった。

 その声の暖かさに背筋が――。



「オシナー。いくら姫様に似つかわしくない声とはいえ、そのような事を考えているようでは私の『会話術』を受ける事になるぞ」

「ははは。このオシナー、さきほどの声が不気味などと微塵も思っておりません」

「……。まったく。少しは心を顔に出さない努力をしろ」



 そう言うとヨスズンさんはケヒス姫様の額にのったタオルを手に取り、近くにあった水桶で軽く洗う。



「父上、わたくしが、父上の後を、継いで、立派な王に、なります、ですから、行かないで……」



 わたくし? ケヒス姫様は自身を『余』と言っていなかったか?



「昔はわたくしだったのだ。そうだな。前王様が崩御されてから呼び名を改めたか」

「……。その、想像つかないと言いますか」

「まぁ、オシナー以外――クワヴァラード掃討戦以降、ケヒス姫様に仕えるようになった者は知らないだろうな」



 ケヒス姫様は前王様が現王に暗殺されたと言っていた。

 それから一人称を変えたって事は何か、大きな自覚があったのだろう。

 それは、クーデターを起こして父の仇をとるという壮大な――。



「オシナー。少し姫様を頼む。水がぬるくなってきたから取り替えてくる」

「わかりました」



 ケヒス姫様は本当に許したのだろうか。

 許せたのだろうか。

 しかし、その父――前王クワバトラ三世について俺の知る事が少ないせいか、その人物を想像できない。

 確か、ノルトランドのヘルスト様は良い印象が無いようだった。



「わたくしは、父上のような、立派な王に、なりとうございます……。ですから父上…」



 ケヒス姫様にとっては敬愛する父のような王になりたかったのだろう。



「ん……オシナーか」

「お目覚めになりましたか? ユッタ達が薬を煎じてくれました。起きあがれますか?」

「フン。病人と侮るな」



 上体を起こすケヒス姫様の声色は普段と変わらない冷たい口調だった。

 もう、わたくしとは言わずに余と言うのだろう。



「どうぞ」



 ユッタとシモンから渡された飲み薬をケヒス姫様に手渡すと姫様はそれを手にポツリとつぶやいた。



「何か、寝言を言っていたか?」

「いえ、なにも」



 きっとわたくしと言っていたケヒス姫様と余というケヒス姫様は別人のようなものだろう。

 ヨスズンさんも、クワヴァラード掃討戦後に仕えるようになった騎士も知らないと言っていたから、さわられたくない箇所なのだろう。



「そうか。なにか、夢を見ていた気がするが忘れてしもうた……」

「……あの、ケヒス姫様が、その、復讐を断行していたら、その後はどうされたのですか?」

「なんだ、藪から棒に。もちろん余が王位に即位していたであろう」



 そりゃ、そうか。

 順当に行けばケヒス姫様は第三王姫――三番目に王位を継ぐ権利があるのだから現王へのクーデターを起こせばエイウェル様やシブウス様と一戦交える事になる。


 どちらも嫌な相手だな。

 ノルトランドにはドラゴンが居るし、ベスウスにはあの魔法がある。

 それらに対抗して勝利せねばならないなんて考えたくない。



「父上のような王になりたかった。父上のように戦場を駆け、民衆を統治したかった」

「……それでは、復讐は――」

「うぬは余に謀反をさせたくないのか? それともさせたいのか?」

「い、いや、そういう事では無く……。

 ただ、そのように憧れていた物を、ケヒス姫様は――」

「捨てはせぬ。いや、捨てられぬ、か。人間とはそう簡単に変われぬものよ。

 うぬにはああ言ったが、復讐の炎で焦げる思いをしているのが余なのだ。父上が崩御した時、現王を殺して王になる事を決めた余を、余のために命を投げ出してくれた騎士達の意志を継ぐことを決めた余を、否定できぬ。

 それが全てだったのだ」



 復讐のために生きてきた故に他の生き方がわからない。



「そう、悲しい顔をするな。蔑まれた気になる。

 余はその生き方を否定したくはない。違うな。余その生き方を否定できないのだ。余はそうやって生きてきたのだから。

 復讐にたぎるのも余であるし、河原で騎射に励むのも余だ。そして、こうしているのも余なのだ。

 うぬよ」

「はい……」

「すまぬが、急に変われぬ余は今、空っぽすぎる。

 故に少し付き合え。うぬは余とはまったく違う事を知っているようだからな。

それに騎士団の連中でもよいのだが、奴らはいささか従順すぎる。うぬくらい反抗心のある奴がちょうどいよい」

「反抗心って……」

「フン。余が気づいていないとでも思ったか? うぬが余に抱く不信感を」



 そんなに顔に出ていたか? アウレーネ様はそういうのを見抜くのが得意だったが、王族ってそういうのを感じる力でもあるのか?

 だが――。



「俺でよろしければ」



 ケヒス姫様に仕える理由はすでに無い。

 だが、火器を作って連隊のみんなを戦場に送った責任があるようにケヒス姫様を空っぽにしたのは俺なのだ。

 それに、この世界に転生して幸か不幸か様々な縁ができてしまった。

 それを断ち切ることはできそうにない。

 それが正しいのか間違っているのかわからないが、ヨルンは「この世には一つの正解なんて、きっと無いんですよ」と言っていた。

 これがどんな答えになるかわからないが、それでいいのかもしれない。

 だから俺はしばらくケヒス姫様の下で働こう。



「俺でよろしければ、お供いたします」



 そうか、とケヒス姫様がつぶやいて薬の入ったコップを口につけた。



「……うッ、なんだこの、生きているだけで許しを乞いたくなる不快な味は。

 とにかく生きていてすまぬ、すまぬ……」


今回は前話の補足と言いますか、蛇足と言いますか。



とりあえず次回からドンパチ再開の予定です。

そろそろ戦記らしく戦争します。(そろそろ「おい、戦争しろよ」って言われそうです)


あ、活動報告におけるコメント返信は今夜行います。(唐突)


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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