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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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許し

「あれ? ケヒス姫様は?」



 東方辺境騎士団の本陣となっているナザレ村長宅の大広間には腕を組んで深く黙想するヨスズンさんだけだった。



「姫様なら川岸で騎射をしている。あれからやけに騎士団の中で流行っているようだ」



 あれ、の指す言葉に俺はあの日の空腹を思い出す。

 ケヒス姫様やシモンでさえできなかった的を三枚射落とす行為を平然とやってのけたコレット・クレマガリー大尉の顔を思い出すとどうも胃のあたりが寂しくなる。



「なんのようだオシナー」

「それが、シモンから年越し祭りを行うにあたって教会で集会を開きたいと――」

「あぁ、その件なら村長から騎士団にも来ている。どうやら行き違いになったらしいな」



 そうだったのか。

 少し前までは弓などの武器になりそうな物の貸出や集会の許可についでも連隊を経由して騎士団に伝えていたのだが、騎射の一件で連隊を経由する事無く騎士団に許可を取りにいくようになったのかな?

 と、いう事は融和政策が功を流しているという事かもしれない。



「最近、よくケヒス姫様は外に出られますね。よく本陣に籠っていた気がしたのですが」

「散々、議論を尽くしても結果が芳しくないせいか、よく外に出られるようになった。

 ま、クワヴァラードにいた頃もよく総督府を抜け出し――、いや王都にいる頃からよく外に出られていたが、こう、完全な敵地で外に出ると言うのは珍しいな。

 どちらにせよ、感心した行いではないが……」

「王都でも?」

「王宮中が大騒ぎだったな。王宮近くの貴族街ならまだ良かったのだが、どうやってかは知らぬが王都城壁外のスラムにまで足を運んでいたようだ。

 その行動力はまさに前王様を思わせる。あのお方も東奔西走されていた」



 懐かしそうに目を細めるヨスズンさんは深く溜息をついて昔を思い出しているようだ。

 昔のケヒス姫様ねぇ。知りたい気もするが、知らない方が良い気もする。



「まぁ、全て昔の話だ。今はこれからの事を考えねばな」

「そうですね。ナザレ防衛策ですが、土塁の方は完成の目途がつきました。年越しまでには終わりそうです。

 騎兵隊を中心に付近の哨戒任務を継続的に続けているせいか、敵の攻撃も最近はありませんし、年が明けたら連隊総出で落ち武者狩りと行こうと――」

「いや、違う。その事も考えねばならぬのはわかるが、姫様の今後だ」

「姫様の……。クーデターの事ですか?」

「この調子では無理(・・)だな。姫様に同調する者も国も少なかろう。支持の得られぬでは革命に成りえない。例え現王を討ち取っても逆賊として討たれるだろう。

 そもそもタウキナの裏切りよりも厄介なのはベスウスの魔法だ」



 ベスウスの魔法――既存の魔法よりもさらに強力な魔法を操り、遠隔地との通信を時間差無しでやってのける集団。

 それを敵に回す事の危険度は避けたい。



「連隊としては今の戦力ではベスウスとの戦争に責任を持てません。タウキナ継承戦争やカナン解囲戦にゴモラ包囲戦で見せられたベスウスの法撃は連隊の野戦重砲の射程とほぼ変わらないようですし、それを短時間で――それこそ騎乗して機動できるようです。これでは勝利を約束できません」

「それを言うなら騎士団も――いや、ケプカルトで彼の軍に打ち勝つには近衛騎士団を捨て駒のように使わねばならないだろう。

 先の戦争は裏で宰相閣下が糸を引いて膨張するケプカルト北部を消耗させる意味があったのかもしれんな」



 あの男ならやりかねないとヨスズンさんが呟いた。

 結構、親しい間柄なのだろうか?



「ベスウスは先の戦争で跡取り――これは宰相閣下の思惑ではないだろうが――を始め多くの魔法使いが戦死したらしい。

 魔法使いの育成には多くの時間と金がかかる。

 だがその力は折り紙つきだ。

 ベスウスが叛乱を企てるとは思いにくいが天下を統べる力を持つ事自体を王宮は危惧したのだろう。

 故に同じく膨張を続けるタウキナとベスウスの戦争――これに東方辺境領が噛む事も想定して戦をしかけたのだろうな」

「しかし、王宮は西方戦役の件を知っていたんですよね? それこそ内乱をして戦力を消耗させるより西方に派遣してベスウスと東方、それにタウキナを引きずり込んだ方が良かったのでは?」

「これは推測だが、王宮側はここまで戦が長引くとは思っていなかったのではないか?

 聖都カナンを陥落させれば講和になるとでも楽観視していたのだろう。

 適度に互いを消耗した大公国に西方戦役の勅を出して無理やり休戦させ、西方辺境領まで出兵させる。戦の勝敗を有耶無耶にさせ、西方戦役後に王国が正式な仲介をしてしまえば事は終わる」



 王の仲裁という伝家の宝刀で決着をつける、か。

 まさに王とは絶対的なんだな。



「もしかすると、宰相閣下や軍務卿が連れてきた手銃や小銃で武装した近衛兵団は講和の際に国威掲揚のために編制されたのやもしれん」

「あれは張子の虎という事ですか?」



 ヨスズンさんは「確証はないがな」と肩をすくめた。

 いつ、タウキナから小銃などの設計図を王国側に流されたのかわからないが、それにしても訓練期間は短期間だっただろう。

 練兵に居たっては連隊のそれから比べるまでも無いはず(タウキナだって満足な錬度が無いはず、そのタウキナから指導教官を呼んだとしたらお察しだろう)。



「タウキナが王国に歩み寄った事で経済封鎖も完全に解かれ、大公国としての力を取り戻すだろう。

 ベスウスもなんらかの形で王国に歩み寄るはずだ。シューアハ様であればその事も察しているとは思うが……」

「では逆に王国と敵対感情を抱いてる東方には制裁がくると?」

「それは分からん。亜人を王国民と認めたばかりなのだ。目立つような工作は行わないはずだが……。

 これも推測だが、宰相閣下は東方亜人とは共存した方が敵対するより王国の利益になるとでも思ったのだろうな。ならば東方に制裁をとは思わぬだろう」



 東方諸族との共存の道。

 それもそうか。

 ドワーフであれば人間よりも素晴らしい鉄を生み出す。

 それに野戦重砲などの重火器もドワーフが時間をかけて作ればより長射程化、軽量化も行えるだろう。その上、螺旋式小銃の製造も東方のドワーフしか出来ない代物だ。


 そんな彼らと矛を交えるより同じ陣営に引きずり込んだ方がはるかに得と言えよう。

 これじゃ互いに手を取り合って、なんて言えないな。



「どちらにせよ、ケプカルト北部の諸公国は王国から睨まれるであろうな。下手をすれば監査官という名の監視役が派遣されるだろう。

 それにタウキナが王国――現王派に回ったのなら東方の動きはかなり制限される。逆に資源を差し止められればすぐに干上がるだろう。

 復讐は、まず無理だ(・・)

「…………」



 その言葉は意外だった。

 ケヒス姫様の筆頭従者をしているヨスズンさんが……。



「意外か?」

「え、えぇ。ヨスズンさんも、主戦派なのかと」

「主戦派か。そういう訳ではない。私はただ前王様に仕えていただけにすぎない。あの時から変わりないのだ。だから姫様に拾われ、今に至る。

 姫様に仕えているのは亜人への憎しみでもなく、現王様への恨みでもない。ただ私がそこにあるだけなのだ。まぁ私的に亜人への憎しみはあるが……」

「は、はぁ……」

「面白くも無い話だ。そうだ。悪いが姫様の様子に書簡を届けてほしい」

「書簡、ですか?」



 ヨスズンさんはどこからともなく丸まった書簡を取り出し、それを俺に渡した。

 それには封蝋が押されていて中身が確認できないようになっている。



「これを姫様に」

「わかりました。必ずお渡しします。それと……」

「どうした?」

「……ヨスズンさんは、現王様を恨んでいないのにケヒス姫様の復讐につきあうのですか?」

「それが()の意向であるならな。さて、では頼んだぞ。私は祭りの事で村側と打ち合わせをしなければならん」



 ヨスズンさんはどこか楽しげに本陣を出て言ってしまった。

 だが、ヨスズンさん個人としては現王様への恨みは無い?

 俺はてっきりヨスズンさんも復讐に燃えているのかと思ったが……。

 そもそもヨスズンさんが敵意をむき出しにしている所を俺は見たことあるか?

 あ、そうだ。親方に初めて手銃の注文を入れに行った時だ。

 親方に対しては怒りを表していたって事は個人的に恨みがあるという事なのだろうか。


 うーん。わからん。とにかく預かった書簡をケヒス姫様に渡さないといけない。

 俺も本陣を後にして屋敷を出る。



「ケヒス姫様の所か、う、さむッ――」



 外は晴れては居たが頬を撫でる風はナイフのように鋭い。頬が切れるかと思った。

 とにかくケヒス姫様が居ると言う河原に足を向ける。

 村の中心にある教会脇を抜けようとするとちょうど連隊の一個小隊が小銃を肩に担いで行進している所に出くわした。

 彼らも俺に気が付いたのか頭右の敬礼をしてくれたのでそれに答礼を返す。

 彼らが去るとそれをもの珍しそうに見ている連中が居た。

 それはカナンから来た商人であったり、王都ガリラヤを目指しているケプカルト軍から負傷して後送された兵士であったりした。

 鎧もつけず、目立った帯剣もしていない猟兵を珍しがっているのか、それとも『亜人』である事を珍しがっているのか想像もつかない。


 まぁ、おそらく両方なのだろうけど。


 それにその珍しい部隊を指揮している俺にも視線が向けられていることを俺は知っている。

 そんな視線を無視するように河原に向かう。


 その途中には草の固まりのように偽装してある砲兵陣地が見えてきた。

 河原に向かう草原にぽっかりと草の固まりが鎮座しているので偽装の効果があるかと言えば疑問だ。

 だが偽装を施すことで街道を通る人々から直接大砲を見られないようするための措置の意味もあるし、それにいくつかダミーである。ダミーの陣地には申し訳程度に丸太をおいている。

 橋にはもちろん歩哨を立てているが、もし何かの拍子にスパイが河を突破して連隊の戦力が知られてはいけないし、ケプカルト軍も警戒しないといけない。


 まあどうせタウキナ経由で売買が行われるはずだけど、できるだけ構造を露わにしておきたくない。

 焼け石に水だろうが、やらないよりかは良いだろうと思っている。

 その砲兵陣地を抜けると河原の近くにもうけられた小山――土塁の手前で馬を操る集団がいた。



「ケヒス姫様!! 居られますか?」



 声をかけると深紅のマントをなびかせた一騎が駆け寄ってきた。



「何事だ?」

「ヨスズンさんからこれを預かってきました」



 駆け寄ってきた馬の迫力に驚きの声をあげないように気をつけながら恐る恐る鼻息荒い馬に近寄って書簡を騎上の人に渡した。

 矢壷を背負ったケヒス姫様も額にうっすらと汗をかいている。



「アレテー商会の刻印か。籠手が邪魔で破けん。破いてくれ」

「わかりました」



 再び手元に戻ってきた書簡の封を破ってケヒス姫様に差し出すと、それを一読したケヒス姫様が溜息をついた。



「……。街道に跋扈ばっこする野盗の始末、か。後方の兵力を遊ばせるよりかはマシ、と言った所だな」

「後方連絡線の維持のために兵を出せ、という事ですか?」



 敵の残党――聖都カナンからの撤退に失敗した部隊が盗賊まがいの事をしているのは連隊も騎士団も把握している。だがそれが部隊からの落伍者なのか、それとも戦線の隙間をついて浸透してきた敵の部隊なのかは判断がついていない。



「この季節に兵を出すのは……。前線までの護衛が出来る装備なんてありませんよ」

「言われんでもわかっておる。フム。ヨスズンと相談せねばな」



 ケヒス姫様が書簡を俺に渡すと「さて、体も温まってきたし、遠乗りでも行くか」とつぶやいた。



「あ、あの危険ですよ。確かにナザレとの関係は良好になっていますが、その他の地域となればその限りにありません。ヨスズンさんも心配していますし……」



 「ヨスズンめ」とつぶやくと苦々しく顔をしかめた。



「あれはいつも小うるさくてかなわない」

「それだけ心配しているのでは?」

「それは分かっておる」



 即答されて俺は少し戸惑ってしまう。

 ケヒス姫様らしいキッパリとした言葉だけにヨスズンさんへの信頼が伺えた。



「あれは確かに生まれは良くないが、父上に見込まれただけはある。

 まあ、父上が崩御してから性格が変わったが、余が間違っていればそれを正してくれる忠臣だ」



 自慢げに語るケヒス姫様にヨスズンさんへの信頼が溢れ出しているのを感じる。

 さすがとしか言えないな。



「故にヨスズンの言葉は正しいと思う。だが、納得はできない」

「……復讐の件ですか?」

「…………」



 返答は無かったが、そうなのだろう。

 そりゃ、今まで恨んでいた仇討ちをやめろと言われてやめられるわけがない。


 俺だって――。


 俺だって?

 俺だったら?


 そりゃ、本当の両親は前王様の東方への親征の時に死んだらしいし戦に巻き込まれて死んだのなら、仇はいるだろう。

 だが、それを探して殺そうとは思えないほどおぼろげになっている。

 だが、もし親方が殺されるような事があったら、俺は相手を許さないだろう。



「余は許せぬ。

 父上を謀殺した輩を。亜人を。

 だが、思うのだ。思ってしまうのだ。

 こうも穏やかな日々があったのだな、と」

 戦の喧噪を忘れさせる日々があるのだな、と――。

「宰相から現王の言葉を聞いて、あの日々を忘れても良いのではないかと思うことがある。

 父上の顔が、余に付き従ってくれた騎士達の顔がぼやけてしまう事がある。

 余の心が揺らいでしまう」



 ――こうも平穏だと決意が揺らいでしまう。



「……。ケヒス姫様はそれでも復讐を――」

「現王は殺したい。それほど恨んでおる。

 だが、余は余を慕ってくれた騎士達の事を忘れる事はできない。いや、忘れては、許してはいかないのだ」

「……ですが、その生き方は辛くありません――」



 急に世界が一転した。言葉の綾ではなく、物理的な現象として世界が一転した。

 違う。一転したのは俺だ。

 気がつくと足が地面から離れて後頭部と地面がキスしてしまった。



「辛いとは思わん。いや、思ってはならん。

 余のために戦ってくれた忠臣達だ。

 余に命を捧げてくれた騎士達だ。

 余が殺した部下達だ。そんな事、思えるわけがなかろう!」



 俺を倒したケヒス姫様が俺を冷たい視線で見下ろして言った。いや、叫んだ。



「そう、思っては、ダメなのだ……! 故に許せぬ。余の騎士団を奪った奴らを――」

「確かに忘れてしまうのは、罪かもしれません。忘れてしまう事は、悲しい事だと思い――」

「うぬに何が分かる!! 全てを失った余の何がッ――!!」



 地面に倒れたままの俺にケヒス姫様が馬乗りなり、外套の胸元を強引に持ち上げられた。



「全てとは言いません。ですが、俺は――」



 俺は、知っている。

 部下を死地に置いてきてしまった事を。彼ら、彼女らにしてしまった事を。

 それをあの人は――タウキナの職人は俺に、俺達に諭してくれた。



「ですから、それ故に言えるんです。

 忘れてしまうのは、悲しい事です。でも、俺達は生きているんです。

 どんなに辛い事があっても、俺達はラッパで起きて、飯を食って、ラッパで寝るんです。

 そうやって日々を積み重ねて、だんだん忘れながら生きるんじゃ無いんですか!?

 そうやって辛い事も、悲しい事も過去になれば思い出にするんじゃないんですか!?

 それを生きて行く糧にして、今を積み重ねるために生きるために戦うんじゃないんですか!?」

「……不毛だ。そんなのは、不毛だ。それで死んだ者が、余のために身を挺してくれた者が余を許すか?」

「それは分かりません。ですが、そこで力尽きるその時、棺桶に入るその瞬間に思い出せば良いんじゃないんですか?」



 ――今、会いに行くぞって。



「死んだ奴らに、胸を張って会えるように、俺達は生きるべきじゃ無いんですか?」



 その言葉は、ケヒス姫様に言ったつもりはなかった。

 俺自身に言い聞かせているような気がした。

 改めてその言葉が胸の奥にスルリと浸透して来た気がする。

 俺は連隊を率いて、あの世で彼らに、彼女らに胸を張って居られるように、「お前たちのおかげで――」と言えるように生きなければならない。



「まさかうぬに諭されるとはな。余も焼きが回った」

「け、ケヒス姫様?」

「だが、そういう生き方も、あるのかもしれぬ」



 そう言うとケヒス姫様は静かに東を向いて「許してくれ」とつぶやいた。 


ゴレンダァ!


これで連続更新は一旦、途切れます。

一月上旬の更新停止のお詫びと言っては何ですが、これでゆるしてヒヤシンス。



さて、こんな感じで冷血姫の角を取っていきたい所なんですが、こんなんで良かったのかわかりません。

読者様も納得していないと思います。私も納得していません。


これで良かったのか正直わかりません。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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