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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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仕事

 つい、少し前までは森の中で木を切り倒す音が響いていたものだったのだが、今は土を掘り返す音が響いている。

 兵士の多くは丸太小屋の建設が終わったと思ったら今度は穴掘りか、と思っているだろう。

 だが、ナザレ防衛の観点から土塁や塹壕と言った野戦築城は必至だ。



「オシナーさん! 被害報告がまとまりました!」



 連隊の作業を監督という名の視察をしているとユッタが小走りに近づいてきた。

 実は昨夜、エルファイエル軍の残党と思われる勢力の攻撃をナザレは受けたのだ。

 攻撃と受けたと言っても数発の砲撃が行われただけの小規模な物だったが、夜間のために捜索隊をすぐに出せなかったせいで敵の補足に失敗してしまったのは痛かった。

 夜明けを待って捜索隊を編制したのだが、おそらく敵を補足するのは難しいだろう。



「昨夜の砲撃による被害はナザレ大橋の一部がオオヅツの物と思われる砲撃を受け破損。

 河原にも数発着弾したようですが、こちらの損害はありません」

「橋の損害は? 通れるのか?」

「人は問題ないようですが、馬車などは厳しいかと。カナンにいたケプカルト軍の工兵が復旧作業にかかるそうですが、連隊もそれに参加するよう、騎士団から命令が……」



 そんな人手は無い、と言いたいところだが聖都カナンから王都ガリラヤを結ぶ街道の通るナザレ大橋の復旧が進まないという事はケプカルト軍の補給線の寸断を意味する。

 ただでさえこの冬季攻勢で補給が遅れ気味のはずなのに、これ以上の遅滞する事は避けたい。



「教練中の独立砲兵中隊から一個小隊を抽出して復旧作業に当たらせてくれ」

「わかりました!」



 サッとユッタが敬礼し、それに答礼を返すと彼女は再び小走りで去って行った。

 さて、俺もそろそろ現場の下士官に作業を任せて司令部に戻るか。



「おーい。俺は司令部に戻るよ。何かあれば知らせてくれ!」

「了解しました連隊長!」



 だが、ただで司令部に戻るのは面白くない。

 いや、書類仕事が面倒だから逃避のためにも道草しようとか、そういうんじゃない。

 そもそも雪のせいで連隊も補給が遅れ始めているせいか、届けられる物資の決済と消耗品の申請が立て込んで悲鳴を上げそうになる。

 その上、ヨルンは遅れ気味の輜重隊の指揮を直接執るためにナザレを離れてしまった。


 あ、そうだ。今は確か猟兵小隊が教練中のはず。それの視察をしよう。それに橋が損害を受けたと言うが、どの程度なのかも確認しなくてはならない。



「あー。寒いな……」



 今日は珍しく太陽が顔を出しているが、頬を裂くような北風に身震いしてしまう。

 それに太陽のせいで雪の表面が溶けたためか、土塁作りも泥との戦いになる。

 作業を終えた兵には凍傷に気を付けるよう言いつけているが、大丈夫だろうかと心配してしまうが、それを打ち消すように俺は歩き出した。


 それにしても、昨日の襲撃と良い、ナザレの防衛大綱を早々に決めなくてはいけない。

 そうだ。ナザレを中心にした大きな地図を作って士官を集めた図上演習会をやらせて大綱を決めるというのは良いかもしれない。


 作戦立案に関する技能も向上のためにも、挑戦してみるか。

 どうせ冬の間は動きようが無いのだから、じっくり士官教育に取り組んでみよう。

 そう思案しながら橋に向かうと、橋の手前に茫然と立ち尽くす男たちが居た。たしか、ガリラヤに進軍するケプカルト軍へ補給物資を輸送する商会員だ。



「ん? あんた、騎士団の人?」

「まあ、そんな感じの者です。橋の状態は?」

「見ての通りさ。橋脚にヒビが入ってる。さっき、亜人のねーちゃんから根掘り葉掘り聞かれたが、四頭立ての馬車を通すと、より悪化する恐れがある。早くなんとかしてくれ」



 どれほどの物資を満載しているのかは分からないが、彼らとて馬や積荷を失った時の損を考えると渡れないのだろう。



「迂回するというのは?」

「安全が確保されてる街道はこの一本って聞いてるからな。他は亜人の勢力圏内だそうだ。

 今はどこの傭兵団も値上がって護衛を付けるのも難しいし、この道を進むしかない。

 ま、安全とは言え、この調子だからな。他よりかはマシだと思わなきゃやってられん」



 大きく肩をすくめる商会員にその周囲も同意した。



「俺達の護衛より前線に行った方が手柄を立てて儲けられるからな。

 こんなしょっぱい奴らの護衛なんて奴らは付きたくないのさ」

「それにこの雪だしな。いっそ、カナンまで引き返すか? そもそも、カナンで物資を売り払ってしまうのはどうだ?」

「……その話、ちょっと司令部に来て詳しく話してくれないか?」



 これは明らかに物資の横流しだ。

 それを俺の前でするとは良い度胸だ。



「いや、冗談だよ兄ちゃん。だが、困ったな。こんな所で足止めされちゃ、こっちも利益が出ないぞ」

「確かにな。足止めされている分の馬の飼葉に俺達の飯……。なんとかしてくれよ」

「はぁ。これから急いで復旧作業にかかるので――」

「頼むよ。それと、あの、亜人を護衛につかせる事は出来ないのか? 何もないよりマシだと思うんだが……」



 どうやら連隊の兵士に護衛についてもらいたいらしい。



「こちらも人手が足りなくて……」

「噂じゃ、エルファイエルの亜人共が輸送隊を襲撃してくるって話だ。本当になんとかならないのか?」

「いやぁ、無理ですよ。こちらも任務があるので……」



 こちらも敵の残党に頭を悩ませて……。



「敵は本当に残党なのか……?」



 もし、残党によるせめてもの反撃では無く、組織的に行われる攻撃を受けている可能性は?

 敵は敗残した部隊では無く、訓練された兵士による散発的な――それこそ連隊でいうモニカ支隊のような少数部隊による浸透戦術を旨とする部隊である可能性は?

 地の利を知り尽くした者による戦線後方の攪乱攻撃を趣旨とする部隊。



「敵のゲリラ戦か……。これは厄介だな……」



 おまけに敵は宗教という強靭な戒律――規律を保持する兵士だ。

 ケヒス姫様に報告して騎士団と共に対策を――まあ、共同で対策を立てられるのなら立てよう。

 なんだろう。気晴らしのつもりで橋の所に来たのだが、仕事を増やしてしまったようだ。


 その後、彼らと二、三、話をしてから別れた。

 うーん。余計に司令部に帰りたくないな。もう少し、ゲリラへの対策を煮詰めてから司令部に戻るとするか。


 とりあえず教練をしている猟兵小隊の所に足を向ける。

 この時間だと、射撃よりも白兵戦の訓練中だろう。

 まあ、俺も本職の槍兵から教えを乞いた訳ではないから連隊の採用する銃剣術が正しいのか、よくわからない節がある。


 やらないよりやった方がいいよね、という感も否めないが、それよりも射撃をすると弾薬を消費する。

 補給線に不安が残る現状――なおかついつ敵の部隊の攻撃を受けるかもわからないから訓練でもその消費を抑えたいという事情もあって白兵戦の訓練を取り入れた。

 そう考えるとどうも貧乏だな、と思わないでもないが、自然と弾薬が増えるわけではない現状、仕方がない。


 そう思いながらできるだけゆっくり猟兵達が練兵している河原(これも安全上、どうかと思うが、場所の確保だって難しいのだ)から覇気のこもったかけ声が聞こえてきた。


 そこには三十人ほどの兵士達が小隊長のかけ声の下、横隊での行進から立ち止まり、弾薬を装填するふり(・・)をして発砲するふり(・・)までの一連の動作をしてから『着剣』の号令で腰のベルトから銃剣を抜き放ち、小銃に取り付けた。



「構え! 目標、前方二十メートルの敵兵! 突撃にぃ!  進めッ!!」



 小隊長の号令が響き、兵達が喊声かんせいをあげて走り出す。

 その声と駆け足は空気と大地を揺らし、二十メートル先に設置してあった的(藁を束ねたもののようだ)に向かう。

 だが、いかんせん的が足りない。兵の数より五分の一くらいしかない。

 それでも兵達は目前の的に銃剣を刺すか、その地点まで勢いよく走り抜けるかをしている。



「お前達の突撃はなっていない! 的だと思うな! そこのお前! 突撃をする顔をして見ろ!!」



 すごい怒鳴り声をあげる奴がいるな。


 こういう下士官が居れば安心して士官のサポートを任せられるからその存在は貴重だ。

 だが、下士官が士官のサポートを出来るようになるにはそれなりの経験がいる。

 こればかりは教育で云々できる代物ではないからどうしようもないと言えば、そうなのだが……。



「それと敵を突くときは腕だけではなく全身で突くんだ! それとーー」



 突きに関してやけに詳しいな。

 まあ、連隊を構成する兵のほとんどはコレットしかりの好戦的なケンタウロスなどがいるから武術に関して詳しい者がいても不思議ではない。



「って、うん!?」



 その声の主は誰なのだろうと興味から目を凝らしていると、指示を出している人物は鎧に身を包んだ青年騎士だった。

 なんで? と思っていると兵の一人が俺に気が付き、敬礼してくれた事で全員の意識が騎士から俺に移った。



「……。教練ご苦労!! 俺にかまわずにそのまま励んでくれ!」



 彼らに答礼を返しつつ、教練の指導をしてくれていた騎士に歩み寄ると、彼もニカッと笑って握手を求めてきた。



「東方辺境騎士団のコニラー・ガイソスと申します」

「連隊長のオシナーです」



 コニラーという名前は聞いた事があった。はて、どこで聞いた?



「クレマガリー女史から噂はかねがね聞いております」

「クレマガリー? コレットから?」

「一度だけですが、彼女と聖都への偵察に参加しました。

 同じく姫殿下に仕える身としてオシナー殿のご活躍はまさに誇りに思っております」

「いえ、そんな……」



 そういえばコレットから人の良い騎士がお目着け役だったと聞いた。

 この人がそうなのか……。



「騎士らしくないですか?」

「いえ、そんな……」

「良いんです。私など、騎士の称号を王陛下より頂いてはおりますが、貧乏貴族の四男坊でそこらの地主のほうが豊かな生活をしていると常々思っているほどです。

 姫殿下にお仕え出来たのも、たまたまの幸運です」



 幸運、と言うのであれば、俺もそうだった。

 あの時、あの場所にケヒス姫様が居なかったらと思うと今頃、どうなっていたやらと思わないでもない。

 まぁ、あの出会いを幸と取るか不幸ととるか微妙な所だけど。



「あの、兵の教練の指導をしてくださっていたようですが、どうして?」

「オシナー殿を訪ねて司令部に行ったのですが、ご不在だったので探していたら、彼らが練兵しているところに出くわして。つい……」



 俺を訪ねて? わざわざ騎士殿が俺を訪ねる理由?



「オシナー殿は広い見識を持っていると騎士団副団長のヨスズン殿よりお聞きしたもので、どうかその知恵を分けていただきたい」

「はぁ……。俺でよろしければなんでもお聞きください」



 だが、俺はあくまで連隊の指令官であって騎士団から独立した戦闘部隊の長だ。

 騎士団経由で助力を乞われるのならヨスズンさん当たりから来そうなものなのだが……。



「実は疫病が広まっているんだ」

「疫病?」



 それは大問題だろ。俺にされる問いじゃない。

 下手をすれば部隊丸々戦闘不能どころか、それ以上の災厄になりかねない。



「症状は? とにかく感染者を隔離しないと」

「その……。症状は……」



 なんで口を濁すんだ? 一大事だろう。



「その、熱が出て、恥ずかしながら腹を下す者がいて、血も混じっているとか。異教の悪魔のせいだと言い出す者も居て……。

 なにか良い薬を知っていませんか?」



 薬って、俺は医者でも薬士でもないぞ。



「そう言われても……」

「ですが、同じ時をすごしている亜人には病に伏せている者がいないそうですし、何かあるのでは無いですか?」



 そう言われても……。

 俺が連隊に与えた薬って黒色火薬たまぐすりくらいしかないぞ。

 それに俺が処方できる薬って酒くらいだぞ。酒は万病に効くというし。


 それよりケヒス姫様達に疫病が出ている事を告げて対策を考えた方が賢明な気が……。



「このような病に倒れているなどと姫殿下や古参の騎士に知られては『所詮はクワヴァトラ掃討戦後に加わった新参者』と思われてしまいます。

 ですから恥を忍んでお聞きします。どうにかなりませんか?」

「いや、そんな事を言われてもって、古参の騎士は感染していないのですか?」

「そうです。病などに倒れる軟弱者と思われる屈辱だけは避けたいのです!」



 近々になって騎士団に入った者が病にかかり、古参の騎士と連隊の兵にかからない病。

 おまけに発熱と下痢。

 ……。あれ? この症状、知ってるぞ。



「それ、たぶん赤痢ですよ。

 井戸水とかを生のまま飲んだりしませんでした? あと、下の処理とか大丈夫ですか?」

「どういう事です?」

「いえ、連隊の兵士は基本的にこういう田舎出身者です。むしろ都会で暮らしていた奴のほうが珍しいです。

 ですから地方の暮らしを知っています。どうすれば病になるかとかもです」



 王都のような華やかなところで――それも貴族として暮らしていた人達には思いもよらないような生活をしてるんだろうな、俺たち。



「古参の騎士が病にかからないのはきっと、遠征慣れしてるからでは? 前王様の代から仕えている騎士でしたら東西を縦横無尽に戦っていたはず、こういうところの生活も知っているのだと思います」

「つまり、どうすれば良いのです?」

「とりあえず水は一旦、沸騰させてから飲んでください。

 病に伏せている人は水を与えて英気を養わせるくらしか、方法が思いつきませんが」



 なるほど、とコニラーが頷いた。



「ではオシナー殿。我らに遠征地での心得を説いてくださりませんか?」

「俺が? 俺のような身の者が騎士の方々に何かを説くだなんて……」

「確かに騎士団の中には亜人を指揮するオシナー殿の事を快く思わない連中もいます。

 それもクワヴァラード掃討戦が苛烈だったため、亜人を憎んでいるとか。

 しかし、その後に入団した者の多くはそう思っておりません。どうか、お願いできませんか? もちろんただでとは言いません。

 教練の指導係り等でよろしければ喜んで承ります。

 見たところ、付け焼き刃も良いところですし、我らが手ほどきしてやる必要がありそうです」

「本職の方がそうおっしゃるのなら、願っても無いことですが――」

「では引き受けてくれるという事ですか? ありがとうございます」

「え、あ、はい」

「それでは、私はもう少し稽古を着けたいと思いますので、これにて御免」



 騎士団の団員が稽古を着けてくれるというのは嬉しいかぎりだ。

 『亜人だから』と差別されてきた身に歩み寄ってくれるようなその行為は嬉しいかぎりだ。

 これも東方解放の一つの形なのかもしれない。

 でも、なし崩し的とは言え、衛生に関する講義か……。


 仕事が増える……。もう外出は控えようかな。


なんか、夜営くらいできんのか? と言いますか、今までどうしていたんだと思われるかもしれませんが、騎士団と連隊の確執を取り除くためのお話しなのでご了承ください。



ストーリー制作の技術が未熟なのも課題の一つです。



今回も例に漏れず今夜にでもコメント返信を行います。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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