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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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交流

「弓の貸し出し申請? こないだ狩にいったばかりじゃ無いのか?」

「今度は狩りじゃなイ。練習したいイ」



 村長宅――シモンの家の前に設置された連隊司令部にシモンが訪れた。

 彼女とは連隊と村民の融和のためによく司令部に招いて善後策を話していたから、彼女が司令部を訪れた事に疑問は無い。



「練習? それに弓の貸し出しは騎士団――ケヒス姫様の許可がいるから狩以外の名目だと貸してくれるかわからないぞ」

「そこをなんとカ」



 武器になりそうな物は反乱を恐れて騎士団や連隊が押収した。

 その中に飛び道具の弓はもちろん含まれている。

 だからそれを使うにはケヒス姫様やヨスズンさんの許可がいるのだが、どうやら俺に一筆添えてもらいたいらしい。



「で、なんの練習に使うんだ?」

「祭りで使ウ」



 シモンの片言のケプカルト後を翻訳すると、どうやら騎射を行いたいらしい。

 新年の祝いとして馬に乗って走りながら的を狙い、その当たり外れで新年の吉兆を占うようだ。



「練習のため、あの冷血姫、弓貸さなイ」

「そうだろうなぁ……」



 あのケヒス姫様の事だから難しいだろうな。



「だから、オシナからも頼ム」

「……頼むだけなら、やってみるけど、あまり期待しないで」



 本当に期待してはいけない。



「って、馬はどうするんだ? 農耕馬もいないようだけど、どうやっていたんだ?」

「それは……。今までは、この村ニ、三頭いた。でも、みんな戦で……」



 そうだったのか。

 そういえばシモンを捕虜にしたときのコレットの報告書に馬を撃ち殺してと書いてあった。

 その他の馬も生きていれば撤退したエルファイエル軍に接収されたと考えるべきか。



「馬は仕方なイ。とにかく弓を頼ム」

「それじゃ、仕事が落ち着いたら申請を出すよ」

「恩に着ル」



 深々と頭を下げる彼女に許可が降りなかった時の事を考えると胸の奥がチクリと痛んだ。

 そして彼女が司令部を去った後、物資の補給状況に関する書類を片づけ、今後、士官教育で採用する予定の図上演習用のルールブックの原案を書き出して(王都でヘルスト様がやっていたあれを俺なりに改良させた物だ)から一息ついた。



「ちょっとケヒス姫様の所に行ってくる」

「了解しました」



 同じく書類に埋没するように仕事をしていたヨルン大尉が手のひらを振って了解の意を伝えてくれた。

 司令部となっているテントを出ると、頬を斬るような冷たい風が俺を出迎えてくれた。

 まだ雪は残る物の、ここ最近は雲も薄くなって時々、晴れ間さえ伺えるようになった。

 だが、まだ春は遠いな、と思いながら騎士団の本陣――村長宅に向かい、そこで珍しく書類をいじっているケヒス姫様にシモンの話をすると、二言返事で許可が降りた。



「良いんですか?」

「宗教が絡んでおるからな。下手に断れば、反乱が起きよう」



 憂鬱そうに答えるケヒス姫様にヨスズンさんも同意した。



「姫様の仰るとおりです。祭りとは宗教行事の花形。それを執り行わない事は宗教の否定になります。

 宥和政策を取るという観点からも、ナザレとの交流が潤滑になり意義のある事かと」

「ヨスズン。貴様、勘違いしておらぬか? 誰が参加すると言った?」

「え? しないんですか? お祭り」



 そんな莫迦な、といいたそうにヨスズンさんの顔が絶望に染まる。

 そんなに娯楽に飢えているのだろうか。



「一国の姫が異国の、それもケプカルトとは似て非なる宗教の祭りに参加できるか」

「なら、大使として私が参加するのは問題ありませんね」

「……ヨスズン、そんなに行きたいのか?」



 ヨスズンさんの休暇がとれるのか、気になる所だったが、だがとりあえず俺は弓を借りる許可が取れたので早速、この諍いの場から転進する事にした。

 兵は拙速を尊ぶのだ。



   ◇ ◇ ◇



 ギリギリと弓が絞られ、カンという鋭い音と共に矢が放たれる。

 その矢は弧を描きながら三十メートルほど先の的を射抜いた。

 その射手たるシモンは満足そうに頷く。



「へー。さすがエルフ。上手いな」



 河原で練習するというシモンに『ナザレ占領政策の視察』と名うって俺とユッタは司令部を抜け出していた。

 そう、これはお仕事なのであって、決してさぼりではない。



「ユッタもやってみるカ?」

「え? でも……」

「――――――!」



 エルファイエルの言葉でシモンが何か語りかけユッタがドキマギしているようであったが、語学に深い造形がない俺にはなんて言っているか分からなかった。

 できれば訳してほしいのだが、そういう空気でもない。



「じゃ、じゃあ一回だけですよ。よく見ていてください」



 シモンが構えていた弓と矢をユッタが受け取り、それを的に構える。

 深呼吸を一つついてユッタは一気に弓を引き絞った。

 どうやら東西のエルフはそれぞれ射方が違うようだ。これはおもしろい発見だな、と思っているとユッタが矢を放った。

 それも綺麗な弧を描いて、的をかするように地面に落ちた。



「あちゃ、これは……」



 一気に赤面するユッタをシモンが慰める。



「エルフも弓を外すものなんだな」

「うッ。螺旋式小銃にばかりかまけていたせいか、ダメですね」



 恥ずかしそうに唸るその姿がとても可愛らしくて眺めていると背後から「フン、その程度か」と冷たい声が聞こえてきた。

 振り返ると馬に乗ったケヒス姫様とヨスズンさんがいつの間にか、俺たちの背後にいた。



「ひ、久しぶりだったもので。殿下のもとでは小銃の腕を磨くばかりでしたし……」

「フン。言い訳か?」

「くッ。なら殿下もやってみてはいかがですか? 難しいんですよ」



 ケヒス姫様は「たまには良いか」とつぶやくと下馬する事無く歩み寄ってきた。



「あの、下馬されないので?」

「こんな物、馬上からでも簡単だ。それをよこせ」



 ケヒス姫様はシモンの弓と矢を無造作に受け取ると一呼吸おいてそれを引き絞った。

 そして気持ちの良い音と共に矢が放たれると綺麗に的のど真ん中を射抜く。



「おぉ!」

「さすが姫様です」

「これくらいたやすい」



 その声援の陰にユッタが「拳銃だったらあの程度……」と負け惜しみに似た言葉を言うが、エルフがそれを言っていいのか?



「例の祭りの練習か」

「そうです。どうも、族長の家系が行うらしいです。ただ……」

「なんだ?」

「本来であれば馬上から矢を射るそうなんですが、今年は馬がいないようで……」

「なに!?」



 そう驚嘆の声を上げたのはヨスズンさんだった。

 そんなに祭りとか、観光なんかが好きなのだろうか。



「フン。そう嘆くなら貴様の馬を貸してやれば良いだろう。

 まあ、もっとも騎士が己の愛馬を――」

「その手がありましたか。なに、我が愛馬は人なつっこいのでシモンもすぐに乗りこなせるだろう」

「おい、ヨスズン。余の話を聞いていたか?」



 ケヒス姫様の詰問をどこ吹く風というばかりに聞き流すヨスズンさんは、颯爽と馬から下りてその手綱をシモンに渡した。



「余は失望したぞ、ヨスズン」

「おや? 私なぞに希望でも抱いておいででしたか?」



 ケヒス姫様は面白くなさそうにフン、と鼻で笑うと――いや嗤うとクルリと馬を反転させた。



「余は帰るぞ。いつまでも寒空の下にいとうない」

「まぁまぁ。たまには体を動かすのも良い物と思われます。私と姫様とで今まで散々議論してきましたが、一向に答えが出ません。ここは一度、気持ちを切り替えるためにも、何もかも忘れて弓を射るというのは如何でしょうか?」

「…………」



 ヨスズンさんの言う議論とは、今後の現王への復讐という事だろうか。それとも火器をなんの通告もなく売り払ったアウレーネ様に対する物だろうか。

 どちらにしろ、まともな話ではないだろうし、何より今は隣国との戦争中だ。

 何かを仕掛ける余裕なんて無い。



「まあ、良かろう。だが、ただ弓を射掛けるのは芸が無いぞ」

「本来なら、騎射の練習をするようですよ」



 フム、とケヒス姫様は的に一度視線を送ってから右手を差し出してきた。



「矢を出せ」

「は、はい」



 シモンから矢を受け取り、それをケヒス姫様に渡すと「走りながら当てれば良いのであろう」と言われた。



「はぁ、そのようです」

「距離はどの程度だ? この距離走りながらではさすがに当たらん」

「お前たちの距離デ、えと……」



 ヨスズンさんの馬を撫でていたシモンが俯きながらエルファイエルの単位を計算していくが、途中で諦めたのかヨスズンさんに何か問いかけた。

 それをヨスズンさんが頷きながら聞くと、ヨスズンさんが「五メートルほどだそうです」とケヒス姫様に告げた。



「なるほど」



 ケヒス姫様が再び馬を返して円を描くように駆け出した。

 ぐるりと円を描くように動くとスピードを上げながら的に近づいていく。そして的を横切る瞬間に矢が放たれた。



「あ、当たった」



 ユッタの驚きの声。シモンも目を見開いて驚いているようだった。

 そして速度を落としながら自慢げに「どうだ?」と言わんばかりにケヒス姫様が戻ってくる。



「こんな物か?」

「祭りの時、三つ連続にやル。一度だけではなイ」

「フン、負け惜しみか?」



 悔しそうにシモンがケヒス姫様を睨みつけていたが、すぐにそれをやめて馬に向き直った。

 ひがむより自分も族長の娘としてケヒス姫様と同じように的を射抜くつもりだろう。

 それからヨスズンさんの手ほどきを受けながらシモンが馬に乗って走る練習をする頃には河原で珍しいものが見られると噂になったのか、村人や騎士団、小休止中の連隊の兵士などが集まって来た。

 とくに騎士達は我も我もとケヒス姫様に続いて矢を射ろうとしている。

 そしてシモンがヨスズンさんの馬に慣れる頃にはいつの間にか三つも的が用意されていて、馬に乗れる者は騎射に励んでいた。

 はまりすぎだろ。



「なんか、すごい盛り上がりですね……」



 俺が周囲の観客達を見ているとユッタがボソリと言った。その通りだと思う。

 だが武芸者として、血沸く物があるのかもしれない。



「姫様!! 第三王姫様!! 東方辺境姫殿下!!」



 熱い騎士の声援に応えるようにケヒス姫様が走り出した。

 いつの間にかトレードマークの深紅のマントを脱ぎ、矢筒を背負って本格的に騎射に励んでいる。

 助走をつけて走りながら弓に矢をつがえ、射る。

 心地よい音と共に射られた矢が的に突き刺さると騎士達が歓声を上げた。

 ケヒス姫様はそれが聞こえないかの如く冷静に再び矢をつがえる。

 第二射が放たれた。的をかするように矢が飛び去ったが、ケヒス姫様はそれに目を向けることなく第三射を準備し、射った。命中。

 姫様とは言うが、武芸に関してはだいぶ出来るようだ。


 それに続いて今度はシモンが馬を走らせた。

 それと同時に騎士団の歓声に負けない声援が村民から発せられる。

 敗軍とは言え、エルフとしての矜持が人間に負けてはならぬと思っているのかもしれない。

 だが、乗りなれた愛馬ならともかく、ヨスズンさんから貸し出された馬を思いのまま走らせるのは至難だろう。

 そう思っているとシモンが弓を構えた。引き絞られた弓から矢が放たれる。

 だが第一射は的の手前を横切ってしまった。

 シモンは少しだけ顔を歪めるとすぐに第二射を構え、射る。命中。それに歓声が起こる。

 しかしシモンも歓声など眼中―――ここは耳中か?――に無いのか最後の的から視線を外す事無く弓を構え、矢を放った。

 矢は的の中心をえぐり、騎士団に負けない歓声が広がる。



「シモンもすごいですね。経験の差って感じですか?」

「うーん。ここは連隊からも誰か参加させないな」

「え? オシナーさん?」



 せっかく騎士団と村民が盛りあがっているのに連隊だけ抜け者というのは……。

 そう思案していると、視界の端に適任そうな人物を捕らえた。コレット大尉だ。

 改めて視線を向けると、どうやら周辺の哨戒を終えたコレット率いる騎兵小隊が歩きながら、それも遠巻きに騎射を見物している所だった。



「コレット! こっち来い!」



 俺が声をかけると、すごく嫌そうな顔をしたコレットが小隊副官のケンタウロスに二言、三言を言ってから駆けてきた。



「御呼びでしょうか?」

「お前、弓の腕は?」



 連隊で馬に乗れる者は非常に少ない。スピノラさんが率いていた元傭兵の中には乗馬を心得ている者も居るには居るが、圧倒的に少ない。

 まあ、そもそも馬を飼えるほど裕福な村がどれだけあるか、という疑問もあるが。



「なんすか。あんな子供騙しな事をやらなきゃならないんですか? こっちは哨戒任務をこなして帰還の途上なんですよ。

 言い換えれば仕事してる際に遊んでいられたようなもんです。いやその物です」

「う、すまん……」



 正論すぎて反論の余地が無い。



「今夜の夕飯に何か一品、付けさせよう」

「……一品だけですか?」

「それじゃ、あの的、三枚とも射抜いたら俺の食事から好きな皿を持って行って良い」

「話せばわかるじゃないですか。忘れないでくださいよ。おーい。弓を貸してくれ!」

「おい、言っておくが、三枚全部だぞ。一枚でも外したらこの話は無しだ」

「へいへい。わかってますよ」



 俺は知らなかった。正確には思い出すのが遅かったのだ。

 前世の記憶に星座に関する物がある。とある説だとあれは、弓を構えたケンタウロスだそうだ。

 俺は、エルフこそ弓の得意な種族であると思っていたが、ケンタウロス『も』弓を使わせたらその腕は天下一品という事を連隊からの歓声を浴びたコレットを見て思い出した。



「こんなの五つのガキでも出来ますよ。こんなので夕食が二品も増えるとは! さすがオシナー少将はわかってらっしゃる」



 いや、俺は分かって居なかったよ……。

 とりあえずコレット大尉には明日、長距離偵察の任務を与える事にした。


活動報告へのコメント返信は今夜行います。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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