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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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正解

「オシナー少将……。伝令に呼び出されて来てみれば、釣りですか……」



 呆れたヨルン大尉の声に振り向けば茶色い外套を着こんで手を擦り合わせていた。

 ホビット故に体が小さいからか、寒さに耐性が無いようだ。

 おまけに風のよく通る河原にいるのだからなおさらなのかもしれない。



「一人だと寂しかったからさ。こっちこいよ」

「まったく。東方辺境姫殿下と一緒だったのでは?」



 確かにケヒス姫様とダークエルフの畑仕事を手伝ていたのだが、途中で雲隠れしてしまった。

 まあいつもの癖である。

 ここには俺を怒る親方も居ないし、何より静かに物事を考えるなら人気の無い場所が良い。

 だが、誰かの意見を聞きたくなったから俺は司令部に詰めていたヨルンを呼んだのだ。



「まったく。オシナー少将は不良ですね」



 手を合わせながら俺の隣に座り込むと、彼はポケットから小さなナイフと縄タバコを取り出した。



「あれ? ヨルンって喫煙してたの?」

「ドワーフが酒を好くようにホビットはタバコを好くんですよ。少将もやられますか?」

「……いや、イイや」



 こいつ、外見からだとそんなに歳をとっているように見えないからどうも未成年がタバコを吸っているイメージがわいてしまう。



「ヨルンって何歳なの?」

「たぶんオシナー少将より上だと思いますよ」



 人間はよくわかりませんが、と付け加えられたが、コイツ……。



「ヨルン、さん?」

「呼び捨てで構いませんよ。所詮は奴隷上がりの大尉ですから」



 ヨルンは縄状のそれをナイフで切り、切った物をさらにポケットから出したパイプの中に押し込んでいく。



「オシナー少将、火種はありますか?」

「俺は持っていないけど、砲兵なら持ってるかもしれないよ」



 まあナザレに駐屯している砲兵部隊は重野戦砲中隊だから火種を持っている可能性は低そうだけど。

 そう考えると連隊もずいぶん、進歩したものである。

 この世界でもっとも先進的な軍隊だろう。



「それで、ボクを呼んだ訳はなんですか? まさか釣りに付き合わせるだけとは言わせませよ」

「いや、ちょっと悩みを聞いてほしくて」

「おや、珍しいですね。上官から相談とは」



 だから俺としては相談をしたくは無かったのだが、どうしても答えが出ない悩みだったからヨルンを呼んだのだ。



「あ、さては……。なるほど。それならモニカ少佐には話せませんからボクを呼んだんですね」



 なんでユッタの名前がそこで出てくる。

 どうやら勝手に納得されてしまっているようだ。これは勘違いの匂いがプンプンする。



「ちなみにヨルンが思っている俺の悩みについて言ってみろ」

「モニカ少佐との交際についてでは? いやー。異種族間となると色々考えちゃいますよね。特に相手はエルフですから」

「いや、どうしてそうなるんだよ」

「だって、オシナー少将の女房役と言いますか、相方はモニカ少佐でしょ? そのモニカ少佐に相談出来ないから、ボクを呼んだとなれば、そりゃモニカ少佐についての相談かと」



 物事の筋道は通っているが、そうではない。

 あいにく、ユッタは別の任務に就いてもらっているから、任務中の彼女を呼び出すのがはばかられただけだ。



「あれ? もしかして違う?」

「そう、違う。なんと言うか、今後の連隊について、だよ」



 ケプカルト王国としての亜人政策転換の話はまだ連隊には伝えていない。

 まだ、ナザレに着任して落ち着いていないから、発表を控えている。ナザレでの生活が落ち着けば改めて布告を行う予定だ(だが、噂としてすでに漏れている節はある)。



「実は、王宮から仕官の誘いがあったんだ」

「そりゃ、そうですよね」

「驚かないのか?」

「いや、王様だって、連隊の力を見たら欲しくなるものじゃないですか? それにゴモラに居る時も、諸侯の使いの方がオシナー少将を訪ねていましたし」



 まあ、そりゃそうか。

 俺が勧誘を受けている事を知らないのはまだ東方に残っているローカニルやスピノラさんあたりしか、居ないのかもしれない。



「それで、オシナー少将はどうされるので?」

「それを迷っているんだ」



 俺を縛る東方という枷も無くなった。

 俺の知識をより広めたいとは思う。それがこの世界に――この国に火器を生んだ者の責任だと、思う。

 火器の発達が戦場をより地獄にさせる事は前世の歴史が証明した。

 今のままでは戦闘教義も定かではないケプカルトは大勢の血を流しながらそれを策定して行く事だろう。


 俺が生んだ火器のせいで――


 なら、俺は火器の運用術を普及させてその犠牲を減らす義務があるんじゃないか、と思う。

 だが、連隊を置いて王宮に仕官するつもりは無い。

 俺が集めてしまった戦闘集団を途中で投げ出すような事をしたくない。

 東方に暮らしていた人々を戦に駆りたてるだけ駆りたてて放置なんて、したくない。



「どう思う?」

「どう、って……普通のホビットでしたら御役御免にして故郷に戻りますよ。

 それで、今まで通り畑を耕して、家畜の世話をして、仲間とご飯を食べながらタバコを吹かす。

 そういう生活に戻りたいと思いますよ」

「つまり、ヨルンは連隊を辞めたいのか?」

「いやいや。普通のホビットならそう思うんでしょうね。戦闘は嫌いですから。

 ただ、ボクは村の中では風変わりで。外の世界が見てみたいと常々思っていたんですよ。

 奴隷になった時は、そりゃ暗澹たる気持ちでしたけど、タウキナのお城で働いていた時は、それはそれで楽しかったですよ」



 そう言えばヨルンはタウキナの城――アウレーネ様の下に仕えていたんだったな。

 それを、東方での亜人政策転換から文官として召喚されたのを連隊に来てもらったんだ。



「今も、結構楽しいですよ。ま、タウキナに居た頃はこんな地の果てまで来る事にならろうとは思いませんでしたが」



 それなりに気に入った生活です。



「ホビットは平和を愛する一族だって親方から聞いたけど」

「ですから、戦闘は嫌ですよ。輜重参謀じゃなかったらたぶん、逃亡してました」



 それは、まあ適任の人事ではあった。

 おかげで俺が決済する書類も減ったし。



「それで、オシナー少将のお話でしたよね? オシナー少将も故郷に帰ろうとは思わないので? その、親方さんの所で今までのように鉄を打つような生活をしようとは思わないので?」

「それも……。まあ、憧れると言えば憧れるかな」



 俺は人間だが、鉄を打つのも好きだ。

 親方と一緒にふいごを踏んで、赤く熱した鉄を打つのも好きだ。



「でも、まだ親方の所に帰る時では無いと思うんだ」

「そりゃまた、どうしてです?」

「うーん。連隊と、こうして巡り会えた仲間たちと別れたくないから、かな」

「もう、答え出てるじゃないですか」

「え? あ、そうか。……そうだな」



 まだまだ連隊の事が心配でならない。俺の知識はまだあるのに、彼らにその全てを伝えきれていない。



「王宮の仕官も、戦関係なんですよね? なんなら、王都から逆に来させれば良いじゃないですか」

「それは、どうなるかな。でも、答えが出せたよ」

「出せたと言うより、出ている答えを肯定して欲しかったのでは? 間違っていないと。

 良いんじゃないんですか? それで。この世には一つの正解なんて、きっと無いんですよ。

 穏やかに暮らすだけがホビットじゃないんです。ボクのように外に出たいと思う奴もいます。

 ですから、別に一つだけの正解を求めなくても、良いのでは?」

「そう、かな?」

「……あ、引いてますよ!」

「お! 来たか!」



 冬場は魚が動きたがらないから、当たりを楽しむというより釣り糸を垂らしているのを楽しむ感覚でやっていたが、こうやって当たるといつもより嬉しい。



「うぬよ」



 だが、その楽しいひと時も凍てつく声にかき消された。

 あ、釣り糸が切れた。



「け、ケヒス姫様……」

「と、東方辺境姫殿下! ご、ご機嫌麗しゅう。あ、ボクは連隊の司令部に用事が……」



 スタコラと逃げ去ろうとするヨルンの腕を捕まえようとしたが、リーチが足りなかった。

 俺の手が虚しく宙をさまよい、思わず視線を声の主に合わせてしまった不運を、俺は呪う。



「ケプカルトの王姫たる余に農夫の仕事をさせておいてうぬは釣りか。さぞ大量なのだろうな」



 あいにく釣れるとも思っていなかったから魚籠自体無い。

 釣り針と糸は自前だが、竿はそこらへんの枝を一本折っただけのなんちゃって釣りセットなのだから、そもそも魚がかかる事を想定していなかたっと言っても良い。



「いや、あの、釣りにうつつを抜かしているようでしたが、実はその、ナザレ防衛の策を考えていて」

「ほぉ……」



 言い訳が苦しい。いや、言い訳を言った後の空気が苦しい。もう帰りたい。



「それで策は思いついたのか?」



 そんな物は無いと逡巡していると、厚い雪雲を映していた河面に魚が跳ねた――ちがう、魚じゃない。

 間髪入れて銃声が響いたおかげで魚では無く水面に弾丸が飛び込んだとわかった。



「ケヒス姫様!!」



 思わず、釣り道具を投げ出してケヒス姫様を押し倒して河原に体を沈める。



「うぬよ、どこに手を置いているか言ってみよ」

「おっぱ――ってそう言っている場合じゃないですよ! ずいぶん、落ち着いていますけど、敵の狙撃でを受けています!」

「そんな事、見ればわかるわ!」



 誤ってケヒス姫様の薄い胸板をタッチしてしまったが、あいにく(?)鎧越しにはなんの感触も、なんの凹凸も感じられな――。いや、それ以上はよそう。ケヒス姫様と今後の俺のために。



「どこから撃たれた?」

「わ、わかりあません」



 ケヒス姫様の吐息が喉にかかる。

 ケヒス姫様の押し倒したのは良いが、この体勢はまずい。まず顔が近い。白い肌が、赤い目が、金色の髪が――。



「呆けるなうつけ。敵はどこだ? それよりいつまで余の胸に手を置いておるのだ」

「……す、すいません」



 そのまま均整の取れた顔を見ていたい誘惑を押しのけて河の対岸に視線を向けるが、いかんせん周囲の草に視界が阻まれてよく見えない。

 それに対岸にも草が茂っていて中々、敵を発見できない。まあ、発見できたとしても反撃する武器が無いのだけど。

 それにしてもこの状況でよく胸に意識を回せるな。暗殺慣れしているのか?

 そろりと手を平らな鎧の上から凸凹する冷たい地面に滑らせる。



「拳銃では……撃ち返せぬか」

「銃身を極限まで切り詰めましたし、届かないでしょうね。そもそもユッタが使わないと命中率が……」

「余の上に覆いかぶさっておいて他の女の話をするとは、良い度胸ではないか」

「いえ、そういう意味では……。とりあえず匍匐で逃げましょう」



 こりゃ、おちおち釣りも出来ない。

 まあ元々、敵中にいるのだからこうのんびりやる事自体が間違いなのだろうが。



「こりゃ、本気で防衛作戦の策定を行わなければ……」

「おい……!」

「いや、その、ははは」



 ケヒス姫様の脇に転がりながら(せっかくの外套が――)身を低くして芋虫のように這いながら前進する。

 こう、匍匐をしているとケヒス姫様に拾われた――違う、拉致されてコロシアムに連れ込まれたあの日を思い出す(あんまり思い出したくないけど)。



「今日という今日は……まさに厄日だな。王姫がこうも泥だらけになるとは……」

「ははは。そういえば俺が消えた後も畑に?」

「そうだが?」



 それ以上は聞いてはいけないな。

 がさごそと草をかき分けながら足首をグっと掴まれた。



「け、ケヒス姫様?」

「なに、うぬだけ晴々した顔をしておるのだ」

「いや、まあ、答えが出たというか、その……。答えを認めてもらったというか」



 俺は優柔不断だから、迷いも多々生まれる。

 どうすれば良いのかわからない事もある。

 何か一つ正しい事を見つけるのは難しい。だから大いに迷う。


 だが、後悔はしたくはない。

 まだ東方でやれる事はあるはずだ。まずは、それを探そ――。うわ! 第二射が来た!

 今度は俺の右隣りに土煙が上がった。くそ、川幅が五十から六十メートルくらいあったはずだから銃身を空に向けて威嚇射撃した弾丸が曲を描いているのだろう。



「まずは、生き残りましょう」

「わかったからさっさと進め!」



 その後、騎兵中隊を中心に賊狩をしたのだが、相手は見つからなかった。

 やはり、河にそって塹壕なり、射撃用の陣地を構築するべきだろう。


 仕事が増える……。


オシナー@働きたくない



どうやら私は主人公があまりにも悩む描写ができないようです。


テンポも悪くなりますからね。

あとは我らが姫様を丸くするだけです。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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