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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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今後

挿絵(By みてみん)

エルファイエル図。

ケプカルト軍主力はカナンより北上して王都ガリラヤを目指す。

挿絵(By みてみん)

ナザレ周辺図。

村の北側にチグリス大河が流れ、村を囲うように森が広がる。

ナザレ大橋は五十メートルを超す大橋であるが、カナン解囲戦の後に追撃戦でケヒス姫様によって落とされるが、ケプカルト軍工兵によって王都ガリラヤを目指す進軍路として復旧する。


 中略


橋の防衛は連隊にとって最重要課題と思われる。

『野戦猟兵連隊ナザレ防衛大綱』より



「丸太小屋の完成率はだいたい五割程度です。現在も拡張を続けています」



 ナザレの村に駐屯してからおよそ一週間。

 連隊の仮住まいの建設は若干の遅れが出てきたものの、まだ順調の範囲内だ。



「雪のせいで作業が遅れておりますが、幸いに吹雪いていないで遅々とですが作業は進んでいます」



 その仮住まいの視察にケヒス姫様が行きたいというので俺が案内をしている。

 本当は寒くて仕方ないから司令部(村長宅前に設置した天幕)に籠って書類仕事に勤しみたい所なのだが、仕方ない。と、言うかそうも言っていられない。



「なるほどな。連隊の兵共は総員で大工の真似事か?」

「ここに居るのは猟兵小隊のみです。騎兵小隊と砲兵部隊は教練です。とくに砲兵は火薬の管理や大砲の整備があるので」



 とくに火薬の管理は連隊の命綱に直結する大事だ。

 野戦重砲兵中隊には火薬の管理を一任して毎日、報告書を提出させている。



「村にも火薬があったろう? それも接収したのか?」

「しましたけど、量が少ないです。おそらくですが、カナンを包囲していたエルファイエル軍に渡した後なのか、撤退途上のエルファイエル軍が回収して行ったのかは未確認です。

 村長やシモンに聞いても、口が重くて……」



 村への駐屯はある程度、認めている節があるが、利敵行為になるような言動はまったく言わない。

 大した精神力だと思う。

 まあ、ヨスズンさんの『会話術』を受ければ話は違うのだろうが、一人でも手傷を負わしてしまうとその後の収拾がつかなくなる恐れがある。むしろケプカルトとの戦端が開かれるだろう。

 それを阻止するためにも『会話術』の使用はやめてもらった。



「この雪だ。いつ補給が途絶えても不思議ではない。火薬の備蓄は十分か?」

「接収出来た分は少なかったですが、良い物を見つけました」



 良い物? と聞き返すケヒス姫様を連れて俺は村の南に位置する森の中に足を向ける。

 と、言っても村の南側に小屋を作っているから進行方向は変わらない。

 その森からは木を切り倒す音と余分な枝を鉈で剥ぎ取る音が絶え間なく聞こえてくる。



「歩兵とは思えんな」

「連隊の仕事の半分は土木作業のような物なので……」



 今までの戦いを振り返ると塹壕を掘ったり、馬車を使って一夜城を作ったり、そして砲兵陣地を構築するために整地をしたりと念入りな土木作業あっての戦闘をしていた。

 まあ兵隊の仕事の基本は土木作業だからな。


 だがケヒス姫様のイメージする歩兵とは戦闘に主眼を置いた組織の事なのかもしれない。

 まあこういう作業は基本的に工兵の仕事なのだろうが、工兵という兵科を置く余裕も、その兵を訓練する余裕も無い。

 なら猟兵がやるしかないのだ。と、言うか猟兵というよりただ単に歩兵と言った方が良いのかもしれないが。


 兵科についてはおいおい考えて行こう。今は考える時間すら余ろうとしているのだから。



「それで、良い物とはなんだ。それに、何か臭うぞ」

「風向きですかね。昨日まではそんなに臭くなかったんですが、あれです。あの小屋」



 俺の指さした方向には小ぢんまりとした小屋が三軒ほど森の中に建っていた。



「なんだ? 猟師の休息所か?」

「いえ、違います。硝石小屋のようです」



 あの小屋についてナザレの村人は一言も言及しなかったが、あれは間違いなく硝石小屋だ。

 あの中に排泄物をかけた草土を入れておけば微生物達が塩硝土を作ってくれるという寸法だろう。

 後はその土を五年くらい寝かして、表面の土を精製していけば硝石が得られる。

 その説明をケヒス姫様に話すと急に顔を曇らした。



「なるほど。……そういえばうぬは東方の田舎の育ちだったな」

「そうですが……」

「なら、うぬは余と出会った時、硝石をどうやって手に入れた?」



 そりゃ、硝石小屋なんて上等な物を作る金銭的、時間的余裕が無かったから近所を巡って――。



「やはり良い。聞きとうない」



 ……いや、俺だってあの作業の事は思い出したくないのだが、こっちは生活が掛かっていたから仕方なかったんだ。

 そう、生死が掛かっていたんだ。

 それなのにそんな汚らわしい物を見るような目で見ないで欲しい。



「つまり、あれから硝石が得られるのだな?」

「はい。後は硫黄さえあれば火薬の原材料がそろいます。この近辺で硫黄が産出するかは、はなはだ疑問です。別の地域から輸入していたのかもしれません」



 連隊の火薬は基本的にタウキナからの輸入に頼っている。

 タウキナには火山もあって硫黄の採集も楽だし、何より硝石の鉱山があるのが一番助かった(肉の加工に硝石を使っているとか)。

 まあタウキナに硝石が無ければケヒス姫様の復讐も五年以上は遅れただろうし、何より東方解放もここまで早まらなかったろうな。



「これで火薬の心配は無くなったわけか?」

「そういう訳でも。酸化材としての硝石は手に入っても可燃物としての硫黄が足りません。

 こればかりはタウキナからの輸送を待たなくては」



 と、言ってもタウキナですでに火薬を作ってくるので改めて硫黄の輸送を依頼しないといけない。

 この近辺で硫黄が採れれば問題ないのだが、まあそう都合よくいかないだろう。



「タウキナか……」

「……まさかアウレーネ様の件で貿易をやめるとか言いませんよね? お気持ちは分かりますが――」

「そこまで余は愚かではない。背に腹は代えられぬ。タウキナに代参できる国が現れぬかぎり、現状維持しかあるまい」



 硝石小屋からきびすを返したケヒス姫様はツカツカと歩きだした。

 その後を追っていくと急に「どうすれば良いのだろうな」と言われた。



「余は、どうすれば良いのだろうな」

「ケヒス姫様?」

「ヨスズンにも言っていない事なのだが、宰相ごみに言われた。

 正確にはあのゴミは現王からの伝言を預かったにすぎないのだがな」



  兄上の件、許してほしい、と。



「そう、言っていたらしい」

「それって……」



 ケヒス姫様は前王クワバトラ三世を謀殺した現王ゲオルグティーレ一世を心底――文字通り心の奥底から憎んでいた。

 復讐を成すために生きていたと言っても過言ではないほど、恨んでいた。



「その時は今更、和解かと鼻で笑った。だが、余はどうすれば良いのか、分からなかっただけだ。

 もちろん現王は殺したいほど憎んでおる。

 奴の首を斬り落とす日を夢にまで見る。

 父上を亡きものにした奴を許そうとも思わぬ。

 しかし、余にも現王あれを許す生き方というものがあると、知ってしまった」



 復讐のみを糧に生きてきた生き方を否定されるようだった。



「アウレーネの件で余は手詰まりも良い所になってしもうた。

 いや、そうでは無いな。アウレーネ(ぶた)のせいで切り札が無くなってしまったせいで、どうすれば良いかわからなくなっている時に、ゴミがああ申したのだ。

 諦めても、良いのではないかという気持がわいてしまう」



 復讐のために生きて居た姫様が膝をつこうと、している。



「まあ一時の気の迷いよ。弱り目には全ての言葉が甘美に聞こえるものだ。

 それよりうぬこそ、王宮のへ仕官はどうする? 今でのみすぼらしい生活とは一変だぞ?」

「……良い暮らしをしたくないと言えば嘘になります」



 金を稼ぐために手銃を作った。

 その目的も達成され、その上亜人政策の転換もあった。

 俺が連隊の指揮を執る必要なんてもう――。



「今はただ、連隊の行く末がどうなるかわかりません。

 とりあえず、連隊長を続けていこうと思います」

「そうか」



 亜人政策が変わっても、その後、どうなるかは分からない。

 俺が兵士を止めても連隊が存続するのなら、俺はまだ彼らに伝えなければならない事がある。

 俺の知識が連隊の生存率を上げるかもしれないのなら、俺はその全てを連隊に与えなければならない。

 なら、俺はまだ連隊に留まるべきなのだろう。



「そうか。まあ好きにしろ」

「……御意に」



 スっと頭を下げると「フン」とケヒス姫様が鼻で笑った。

 その後ろ姿を追って森を出ると再び丸太小屋の脇を通り、そしてナザレ周辺の地形を俺たちは観察しながら司令部に戻る事にした。

 その途中、村の耕作地に通りかかった時、ケヒス姫様が歩みを止めた。



「どうされました?」

「……あれはうぬの兵では無いか?」



 ケヒス姫様の指さした先には畑に鍬を入れる赤い詰め襟軍服を着た兵士が居た。

 どうやらエルフのようだ。



「おい! 何をしているんだ?」

「あ、少将!」



 やべ、見つかったと言いたそうに顔をしかめる彼は諦めたように鍬を担いで小走りに走ってきた。

 軍服さえ着てなければまさに農夫の姿だろう。



「お前、何をしているんだ」



 階級章は、伍長か。



「所属部隊と氏名、階級を名乗れ」

「ハ! 第一大隊第一中隊第二小隊所属、ヒャルマル・シャハト伍長であります」

「第二中隊は丸太小屋の設置を命じていたはずだが?」

「申し訳ありません! しかし自分の小隊は小休止中だったので、彼女らの手伝いをしておりました!」



 ヒャルマル伍長が指差した先にはナザレの村人と思わしきダークエルフの農夫が心配そうにこちらを見やっている。



「その、言葉はわかりませんが、彼女らは畑仕事に難儀しているようだったので、その手伝いを……。

 それに、東方に残してきた妻や妹達を見ているようでしたので、つい。

 もちろん小休止が終わればもちろん作業に戻ります」



 連隊の多くは東方育ちのエルフやドワーフそれに少数の人間。

 多くは代々の土地を持ち、そこを耕しながら生きてきた。

 だから思うところがあるのかもしれない。

 いや、俺もそこで暮らしていたから嫌でもわかる。



「わかった。ほどほどにな」

「ありがとうございます!」



 一礼して彼はまた鍬を片手に畑に戻っていった。



「そういえばナザレは男手が少ないようですね。村を見ていると、若い女性が多いような」

「エルフは外見年齢がわかりにくい種族だからなんとも言えんが、当たり前だろう。戦える奴は皆、戦地に行ったのであろうからな」

「しかし、捕虜は解放しましたし――」

「だから甘いと言ったのだ。まだ戦えるのならチグリスを越えてさらに引いたに決まっておろう。だから余は捕虜の解放が嫌だったのだ」



 だが、俺はその気持ちと同じだけ捕虜を奴隷にすることが嫌だった。

 それだけは、確かだ。



「小休止やめ! 作業かかれ!!」



 森の中からそのような号令が聞こえてきた。

 その号令に再び鍬を振っていたヒャルマル伍長が名残惜しげにダークエルフに挨拶を交わしている。

 ……。



「ヒャルマル伍長! 俺が変わる」

「え!? 連隊長!?」

「うぬよ、貴様、自分が何を言っているのかわかっておるのか?」

「ケヒス姫様に拾われる前までは畑仕事もしてましたから、素人ってわけじゃないですよ」



 よくさぼって幼なじみ達と釣りに行ったりしていたが、この世界に転生して永い間暮らしていたせいで一通りの事は出来るつもりだ。



「伍長は自分の中隊に戻ってくれ」

「は、はい!」

「下らんな」

「ケヒス姫様も一緒にやりませんか?」

「な、なに!?」



 どうせ本陣に戻っても必要な書類の決済は基本的にヨスズンさんがすましているのだろうから、良いだろう。



「王姫たる余に鍬を振るえと申すか?」

「体を動かすと気持ちいいですよ。悩み続けて答えが出ないんですから、体を動かして悩みを忘れては?」



 むッと押し黙るケヒス姫様を後目に俺は外套を脱いでヒャルマル伍長から鍬を受け取った。



「やりませんか?」

「む、ま、まあ良いだろう。確かに答えの出ぬ物を悩んでいても仕方ない、か。

 それで、鍬とはどう使うのだ?」



 さすがお姫様。剣の使い方は分かっても鍬はさすがにわからないか。


そんなランキングに釣られクマー。


急増するアクセス数に思わず投稿速度が速まります。


そして少し変更点があります。

前話でナザレに駐屯する連隊の兵力が一個重野戦砲中隊、騎兵小隊、猟兵小隊各一個と表記しましたが、明らかに歩兵戦力が少ないので猟兵二個小隊に変更しました。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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