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銃火のオシナー  作者: べりや
第六章 西方戦役
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仕官

「オシナー殿」



 軍議も終わり、三々五々にエイウェル様の本営を出ていく諸侯に混じって俺達も外に出ようとした瞬間、宰相閣下に呼び止められた。



「おや? 私の予想より喜んでいないようで。オシナー殿は亜人解放に尽力を尽くしていたと聞きましたが、お喜びではない?」

「え? いや、その、急すぎて、理解が追い付かないと言うか……」



 宰相閣下は大仰に頷きながら俺の肩を叩いた。どこか、演技臭い。



「まあそうでしょうね。貴方が血眼で努力して来た事が急な横やりで成されたのですから。はい」

「それも貴様の狙いか?」

「おや? 第三王姫様? はは。勘違いなされないでください。私はただ、現王様に東方にあるべき褒章を出すべきと、愚考を述べたまでです。その結果、亜人が解放されたにすぎないのです。はい」

「貴様が現王をそそのかしたという事か?」

「そう取られるのなら、それで構いません。では、私はオシナー殿とお話があります。

 恐縮ですが第三王姫様とはまた、時間を別にお話したいものです。はい」



 手招きする宰相からチラリとケヒス姫様に視線を向けると「手短にしろ」と手を振られた。

 逡巡の後、宰相閣下の手招く方向に向かうと背後で何かを蹴りつける音が聞こえ、自然とため息が漏れる。

 まあ、アウレーネ様の裏切りに、その上、軍議でのけ者扱いされ、そして俺と宰相閣下が接触するのだから仕方ない、か。



「オシナー殿、天幕を移動しますよ」

「あの、他人の前で話せないような内容でしょうか。とくにケヒス姫様の前でしゃべれないことでしょうか?」

「いえ、そのような事は……」



 顔は笑っているが、どこか困った雰囲気が流れ出ている。だが、それもどこか演技のように思える軽薄な態度だった。



「ここで話せませんか?」

「オシナー殿が望まれるのでしたら。では、本題に入りましょう。

 オシナー殿、王宮に仕官するつもりはありませんか?」

「……はい?」

「王宮です。正確にはリガ殿の下で――軍務次官としてケプカルトに尽くすつもりはありませんか?」

「いや、そんな……」

「もう貴方を縛る東方かせは無いのですよ」



 俺は東方の諸族が奴隷となるのを防ぐために連隊を作った。

 東方の自治と繁栄を守るために連隊の指揮官をしていた。

 だが、東方に俺はもう、必要ない。



「急に言われても……。俺は生まれもよくありません。ただの工商です。王宮で働くなんて……」

「ドラゴンさえも恐れる権謀術数が恐ろしいですか? なら私が全面的にお守りしましょう。

 その代わり、オシナー殿は我らに小銃の、大砲の使い方をご教授ください。はい。

 これで貸し借りなし。あ、そうです。魔法による契約が不安ですか? なんなら魔法は使わないと証文を書いても構いません。はい」

「どうして――」

「それはもちろん、一年足らずで壊滅した戦力を回復させ、ベスウスと同等に戦が出来るようにしたのが、貴方だからです。

 貴方が居れば現王様の治世は安泰でしょう。言い換えれば王国の安泰に繋がります。

 現王様の望みは王国一千年の未来です。それを達成するためには貴方の力が居る」



 俺の知識が、最初こそ親方がこさえた借金を返済するために東方の隅で手銃を作っただけだったのに、それが王宮に取り立てられる事になってしまうなんて……。

 本来であればケプカルトも独自に学者が火薬を発明するか、他国から輸入して銃器が発展していくだろう未来を、俺がつぶしてしまった。

 俺がケプカルトの歴史を書き換えてしまった。



「おや? 顔色が優れないご様子。本日はもう休まれたほうが良いでしょう。

 まあ王宮に仕えるも、仕えないもあなたの自由。

 しかし、最低でもケプカルトへの恭順を示してください。

 あなたの知識が王国に牙を向くような事があれば、どうなるかわかりますね」



 宰相が親指で首を一文字に斬る動作をして、「では、良き返答を」と言った。



「あぁ、そうだ。何か、ご要望はございますか? 現王様からオシナー殿の働きに対して特別な褒章を出したいとか。そこで一つ、勅令を出しても良いと現王様は仰せです。その証書も持ってきております。まあ私の許可の上で、ですが」

「勅令……」

「はい。奴隷が欲しいですか? それとも爵位が良いですか? まあ爵位は王宮の者と調整がいるのですぐにとは言えませんが。

 まあまあ。そう難しく考えないでください。

 仕官するかは別に、お近づきの印とでも思ってください。

 それほど現王様はオシナー殿をかっているのです。さぁ、どうぞ。言ってください」

「それじゃ……」



  ◇ ◇ ◇



「甘い……」



 ガタゴト揺れる馬車の中。

 連隊の司令部を乗せたそこに場違いなケヒス姫様が憮然とした声を出した。



「……はい? 何が、でしょうか」



 馬車の中はあの冷血姫が乗り込んだとあって戦時以上の張りつめた緊張が満ちている。



「宰相の甘言にのりおって……。奴の思う壺ではないか」

「それは……。ま、まあせっかく勅令が使えると聞いたら、使ってみたいじゃないですか」

「それをよりにもよって捕虜の解放に使うとはな」

「恩赦と言ってください」



 どういう思惑があろうと、俺は政治家ではなく、ただの工商でしかない。

 政治はわからない。

 だから俺の信じるものを貫かせてもらった。

 まあ結果的に連隊の暴発を防ぐ事が出来たし、何より今回得た捕虜は民間人――非戦闘員だ。

 解放したところで良いところ敗残兵。

 まとまた戦力として再編されるにしても三ヶ月くらいかかるはずだ。

 それに捕虜を後送する余裕が無いという現実的な判断もあった。

 雪が降り始めたことでいつ街道が寸断されるかわからない。


 それでも軍を進めるため(・・・・・・・)、ケプカルトは持てる輸送能力を全力投入する必要があった。

 そのため捕虜を本国まで送還する余力が失われつつある。

 そのため俺の捕虜釈放の願いはすなり通ってしまった。



「バカな奴らよ。冬季攻勢だと? 笑わせる。奴らは冬季の輸送能力を過信しておるのだ。

 冬の進軍がどうなるか、見物ではあるがな」



 補給こそ軍の中枢であると考えるケヒス姫様は冬季攻勢に反対した。もちろん俺もそうだったが、軍務卿リガ・ゲオルグティーレ様率いる王国近衛兵団という小銃や手銃で武装した兵と再編された各騎士団があれば敵の王都にケプカルト王国旗を掲げられると断言された。

 これまでの勝利から敵は浮き足立っているし、冬季の攻勢は無いと油断しているはずだから乾坤一擲の攻勢をかければ敵は瓦解するとエイウェル様の発言もあり、攻勢の機運を止める事は出来なかった。

 しかし冬季攻勢を行っては戦争遂行に責任をもてないとケヒス姫様のため、東方辺境騎士団と連隊は占領地の安定化作戦に参加するという妥協案のような作戦に参加することになったのだ。



「天は余を見放した、か」

「もともと神を信じてませんでしたよね」

「神がいるのなら、余やヨスズンはとうに天罰が下っておるだろう」

「ヨスズンさんも?」

「その物言いは余に天罰が落ちても自然であるようだな」



 別にそういう意味で言ったのでは……。

 でも、まあ、その言葉は心のうちに秘めておくだけにしよう。



「ヨスズンは父上の親征の時に派手に暴れたのだ。

 そういえば父上も捕虜をとらなかったな」



 そうなのか? 以前、ヘルスト様からクワバトラ三世――前王の話を聞いた事があったが、その時のイメージのせいかなかなか良い印象がないのだが……。



「敵は皆、殺してしまったからな。

 ヨスズンなど父上の命令で百人斬りをしたらしい。

 それで二つ名が首斬りのヨスズンだ」



 ヨスズンさん……。

 そういえば王都に居たとき、シューアハ様がそう言っていた気がする。

 そういう意味だったか。



「あの頃のヨスズンは人形のように言われるがままに人間、亜人問わずに斬っておったな。

  今はだいぶ大人しくなったものよ。あれも歳には勝てぬということか」

「さいですか……」



 それが本当なら(本当なんだろうな)よく改心したものだ。

 確か、ヨスズンさん本人もクワヴァラード掃討戦で改心したとか。



「それで、うぬよ。どうするつもりだ?」

「あの、せめて主語を言ってください。なんのことかわかりません」

「察しの悪い奴だ。王宮に仕官するかと言うことだ。うぬはもう余の下を去っても平気だろうからな」



 俺を縛っていた東方かせはもう、無い。

 それに手銃や小銃、螺旋式小銃の販売で親方の借金も返済できた(それどころかドワーフ一生かかっても稼げないほどの富を得た)

 当初の目的に借金の返済も終わり、現王の勅令で東方諸族が奴隷商に襲われる事もなくなった。

 東方の諸族を守るという目的も達成できた。

 もう、俺がケヒス姫様の下で働く理由は無い。

 それこそ東方の自治と反映のために結成された連隊の存在意義だって、霧散しようとしている。



「うぬは何にでもなれるぞ。それこそ王宮の中枢で権力を振るえるし、あのノルトランドの小娘の下で働く事も出来るし、辺境で工商として鉄を打つことも、な。

 うぬは、どうしたいのだ? いや、どうするのだ?」

「……わかりません」



 今までが必死だった分、これからの展望なんて思った事もなかった。

 親方の下でまた鉄を打つのも良いかもしれない。いや、平穏に暮らすならそれが一番だ。

 だが、俺は未だに連隊を捨てられない。



「ここまで規模の拡充した連隊が気がかりで、他の場所に行こうとも思えません。かと言って連隊を解隊すると連隊で飯を食っていた奴らが全員、職を奪われることになりますし……」

 俺が居ないと不安があるし、無くしたら無くしたで部下を路頭に迷わす可能性だってある。

 まあいずれ俺の手から離れなければならない時がくるだろうが、まだその時ではないと思う。

「煮え切らない態度だな」

「……そう、ですね」



 まあどうすれば良いのか、まったくわからない。



「連隊長、もう少しでナザレだそうです」



 御者をしている兵からの報告で俺達はごそごそと降車の準備を整える。

 俺達が向かうのは聖都カナンのさらに北にある村――ナザレという村だ。

 カナンから敵の王都に向かう街道の近くにあり、チグリス大河のほとりにある村らしい。

 その村を中心に各中隊ごとに付近の村に分散して駐屯する。

 本当は一か所にまとめておきたいのだが、それだと受け入れる村側の負担が上がってしまう。

 それに安定化作戦と名打たれているのだから各村に兵士を駐屯させた方が任務を達成していると言えるか。



「なんにせよ、連隊で捕らえていた捕虜が役に立ったな。あれはナザレの生まれだろ?」

「はい。シモンの故郷らしいですし、なによりも村長の家系らしいですので、上手くすれば占領に協力してくれるかもしれません」



 とは言った物の、正直、どうなるか……。

 ここは敵地であることに代わりはないし、なにより外国の――それも宗教的に相入れない関係の軍隊が来るのだ。

 絶対、トラブルが起きる。



「見えました!! あれですか!?」



 御者の声に視線を馬車の遙か先に向けると簡単な柵で覆われた村が見えてきた。

 あの柵は敵からの防護というより動物避けのようにも見える。

 まあそれを転用して対人用に改造することも可能なのだが……。



「柵の手前で止めろ。村の中には歩いていく」

「なに? 止まるのか?」

「そうですけど、なにか?」

「このまま村の広場を占領し、そのまま村長と話を付けた方が良い。

 我らの力を見せつければ反抗の機運も下がろう。

 それに少数で村に入って襲われたらどうする」

「確かにその可能性もありますが、いきなり兵士たちを村に入れるとそれこそ武力衝突につながる危険があります。

 それに無駄に村人を威圧していらぬ反発を招くのは控えるべきかと」



 ケヒス姫様は「友達になりにきたのではないぞ」と釘を差すように言うが、友好的な関係を築かないと占領政策って失敗する気がする。

 さて、どうなるやら。



「そう言えばケヒス姫様も宰相閣下からお話があったのですよね? どういうお話だったんですか?」

「……うぬが知る必要は、無い」



 なんだか影を含む重い口調に、俺はそれ以上その話を続けられなかった。


波が来ているようなので投稿しましたw



これから新章です。


しばらくオシナー君がうじうじ悩みます。

まぁ答えは決まっているようですが。



それではご意見、ご感想を待ちしております。



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