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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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西方征討

「どういう事だ貴様!」



 歓声の響く中、ケヒス姫様の本営の裏に怒鳴り声が響いた。



「ケヒス姫様! 落ち着いてください!」

「落ち着いて居られるか! この阿呆!」



 ケヒス姫様はアウレーネ様の外套の襟をつかんで雪の積もる地面に押し倒した。



「お、お姉さま――」

「姉と呼ぶな!! 何故だ! 貴様、どうして小銃を宰相ゴミに渡した!!」



 地面に組み伏せられたアウレーネ様は抵抗する事無くただただ黙っていた。



「そうか、宰相だな。あいつの口車に乗せられたか? アーニルのように、な」

「……小銃を売る提案をしたのは、私です」

「何故だ。小銃がどれほどの物か、貴様も知っておろう。それこそ国を崩すことなど造作もなく行える代物だ。それを、何故売った?

 タウキナを助けた恩を忘れたか!?」

「忘れてなどおりません。でも、お姉さまと結んだ協定ではいずれタウキナは東方無くして立ち行かなくなります。

 タウキナの鉄を、小銃を東方が買い、東方の穀物をタウキナが買う。そんなのは互いの乳を飲みあう雌牛のようなものです。互いにミルクを飲んでいるのにどんどん痩せていきます。

 今は大丈夫でも、あと十年、二十年先のタウキナを考え――」

「このうつけがッ!!」



 ケヒス姫様の鋭い拳が止める間もなくアウレーネ様の頬を叩き、小さな悲鳴が漏れた。



「小銃には商品価値以上の価値があるのだぞ! なぜそれが分からない!!」

「わかっております」

「分かっていない!!」



 ケヒス姫様が振り上げた腕を、今度は掴むことができた。



「離せオシナー!」

「おちついてください」



 しばらく俺の手を振りほどこうと抵抗されたが、アウレーネ様が口を開いた事でそれは唐突に終わった。



「お姉さまは、小銃をもってすれば父――現王様や王国を倒せると思っておいでですか?」

「当たり前だ。野戦重砲に小銃があればケプカルトを変えられる。あの忌々しいゲオルグティーレを玉座から引きずり落とすことなど、造作もない」

「本気で言われているのですか?」

「本気だ。オシナーの火器に余の戦術が交われば常勝無敗の軍勢を作る事なぞ造作もない」

「……嘘ですね、お姉さま」



 ケヒス姫様よりも冷たい声がアウレーネ様の口から漏れた事を、俺は一瞬だけ疑った。

 この人はこんな声が出せたのか?



「ケプカルト諸侯を敵に回して、勝てるわけなどありません。例えオシナー殿の火器とお姉さまの戦術があっても兵力が違いすぎます! 東方で、タウキナで数十万の軍勢をそろえられますか?

 その兵を養う物資が、兵器があるとお思いですか!?

 無理なんです。

 だから私は小銃を、大砲を売りました」

「どうして――」

「わからぬのですか!? お姉さまは露骨すぎます。新兵器を作り、兵を集めて――。

 これでは謀反の疑いありと断罪されても仕方ありません!! タウキナとて同じです。

 逆賊の汚名を着せられれば、どうなるかわかりますか!? タウキナは解体されて王領となり、重い税に民が苦しむかもしれないんです。

 東方も、です。亜人に叛乱を起こす力があると思われてはよりその待遇は悪化するでしょう。

 王国に恭順を示すには、新兵器を売り、此度の戦で王国のために働く以外に手段がありませんでした……」



 新兵器を作り、兵を集める――。

 連隊だけで言えば一年もたたずに四千人もの人員を集めた軍勢へと拡充した。

 元々、ただの百姓であったり、鍛冶師であったりとただの文民が誰もが武器の扱いに精通し、誰もが騎士を殺す力を持つ軍人に昇華させてしまった。

 それが、それだけで謀反を疑われる要素になりえた。


 いや、注目するのはそこではない。

 ケヒス姫様に出会ったあのクワヴァラードで疑問すら浮かばなかった事。



「連隊が、負ける……」



 心のどこかで最新鋭の火器を装備する連隊が――ケヒス姫様率いる軍勢が負ける事など無いと思っていた。

 前世の記憶を総動員すれば騎士団に負けるはずないと思っていた自分がいる。

 だが、そんな事は無いのだ。

 俺はその騎士団に敗北した事があった。前タウキナ大公アーニル様率いる騎士団に俺は敗北して、大切な部下を失ったのを、覚えている。



「お姉さまはタウキナ動乱以後、タウキナを助けてくれました。タウキナの経済封鎖を解き、ベスウスとの戦に手を貸してくれました。

 ですが、お姉さま。このまま勝ち続けられると本気で思っているのですか?

 徴兵により兵の補充は簡単でも、それでは民の怒りを買います。

 徴兵に適する人は農村であればそれは畑を耕すべき人であり、工商であればそれは鉄を打つべき人です。

 そのような民を戦に駆りたてて行けば国は立ち行かなくなります。

 農村から畑を耕す者が消え、工商から鉄を打つ音が途絶えます。

 それではいけないんです。

 私たち国を治める者は、そうさせてはいけないんです。だから私はお姉さまを、オシナー殿を裏切りました。

 なんと言われても構いません。私を刺しても文句は言いません。

 ですが、民を苦しめることだけは、見たくないのです」



 組み伏せられているのはアウレーネ様なのに、形勢は逆転しているようだった。

 ケヒス姫様は力なく立ち上がり、「余に復讐を止めろと言うのか?」と問う。



「貴様はそれで良いのか? 母を王宮に殺され、そのままで良いのか? 奴らを刑場の露に変えたいと思わないのか?」

「第四王姫の頃でしたら、その甘言に乗っていたのかもしれませんね。いえ、乗ったでしょう。

 あの頃の私は、ただの政争の道具でしかありませんでしたから。

 ですが、今はタウキナの王です。

 偽の王でも、政争の道具でもありあません。

 私はタウキナ大公なのです。

 大勢の民を守らねばなりません。私一人でしたらお姉さまの復讐にも付き合いましょう。ですが、タウキナの民を巻き込むことだけは、断じて認められません」

「変わったな。宰相の魔法か?」

「いえ、自分の意志です。これがタウキナのために命をなげうってくれたアーニルやリベク、家臣達へのせめてもの手向けなんです」



 二人の姫は永く見つめあっていた。俺はただ、その姿を見やるばかりで何もできなかった。

 俺は、どうすれば良いんだ?

 手銃を作り、ユッタ達を兵隊に仕立て上げ、そして?

 東方解放のために戦うという意志は変わらないが、その後は? ケヒス姫様の復讐に巻き込まれた俺は、どうするつもりだったのか?


 わからない。ただの工商風情には、わからない。

 その時、軍議の開催を告げる喇叭らっぱが響いた。



「軍議が始まります。行きましょう、お姉さま、オシナー殿」



 アウレーネ様を先頭に、力なくケヒス姫様が続く。

 誰も言葉を発さず、ただ耳には王都からの増援に送る声援と、新雪を踏みしめる音だけが聞こえた。

 そういえば、アウレーネ様は変わったが、ケヒス姫様も変わった。

 半年前ほどのケヒス姫様であれば問答無用でアウレーネ様に手を下していたはずだ。

 一言も発する間もなく、ケヒス姫様だったらアウレーネ様を害していたであろう。

 『人は変われない』とはケヒス姫様の言葉だが、その実、一番変わったのは、ケヒス姫様なのかもしれない。

 そう一人で戯論をしていると、いつの間にかエイウェル様の天幕に到着していた。

 諸侯だけではなく、宰相や軍務卿と言った国の要職が詰めかけているせいか、熱気と張りつめた緊張が満ちている。

 まあカナンから引いた諸侯にとっては王族を見捨てた負い目があるから、この場で断罪されるかもしれない恐怖があるのかもしれないが。



「いやはいや。皆さま、征西お疲れ様です。はい。

 かしこくも陛下より諸侯へ伝言を賜っております。

 これから話す言葉は全て我らが主君の言葉であり、一言一句が勅令と受け取ってください。

 それでは行きますよ。はい。エホン。

『親愛なるケプカルトの忠勇よ。

 皆の働きは王都バルジラードまで響くものである。

 だが王都に響かぬ、否、響かせてはならぬ働きも当然、朕の耳に入っておる。

 諸侯はなんのために西方蛮族の討伐のために西の果てまで軍を進めている?

 これはケプカルト諸侯国連合王国一千年の安寧のための戦である。

 それなのに敵にひざを突く行為は王国を、ひいては諸侯国を脅かす重大な反逆行為である』」

「お、お待ちください!」



 静まり返った天幕の中でクレム公が立ち上がり、抗議の声をあげる。

 せめてもの弁明か。だが、現王の言葉を伝言しているだけの宰相に言って意味があるのか?



「我々は必死に戦いました。しかし――」

「口を慎め! 私は王の言葉を紡いでいるのだぞ!!」



 今まで聞いたこともない剣幕で怒る宰相に俺は飛び上がりそうになった。

 いつも薄い笑いを張り付けた演劇家のような男が怒ったことは俺以外にも諸侯に動揺を与えているようだ。



「静まってください。それでは続きを。オホン。

『朕は王国一千年の未来を憂う。

 我々人間がケプカルトに王権を打ち立て五百猶予年。王国は蛮族の驚異にさらされ続けた。

 地を駆けるケンタウロスに翻弄され、ゴブリンの悪辣さを嘆き、エルフの残忍さに震え、オークの怪力に怯えた。

 海にでれば人魚がガレー船を沈め、空からはドラゴンが睨みを利かす。

 そのような土地で我らが王権を樹立出来たのは何故か!?

 諸侯の結束があったからである。

 諸侯が力を結集したことで我らは万難を廃して立ち向かったが故に初代ケプカルト王は天より王権を授かったのである。

 そして我が兄、前王クワバトラ三世の親征で東西の脅威を討った。

 だが未だに王国は亜人の脅威にさらされている。

 王国の未来を憂う者として大変、遺憾である』」



 宰相が言葉を区切り、俺を見た。

 気のせいではない。しっかりと俺を、見た。



「『ケプカルト諸侯国連合王国は転換期を迎えつつある。

 新たな万難を廃するために王国は新たな結集が必要であると朕は考える。

 ケプカルトを再編し、新しい王国を築くのである。

 すなわち対亜人政策の大転換である』」



 亜人政策の転換。



「『亜人を敵としてではなく、王国市民として迎え入れたい。

 翻弄され、嘆き、震え、怯えるのでがなく、我が隣人、我が友として迎えたいと考える。

 そのため亜人奴隷の解放を命ずる!!

 今後、何人たりと我が友を隷属させる事を禁じ、これを破れば死罪を言い渡す』」



 いったい、何を言っているのだ?

 奴隷を、禁じる?



「『王の名の下で亜人奴隷を禁じる。

 だが、王国市民となる亜人にはそれまでにない義務を負ってもらう。

 それは王国市民として守るべき最低の義務――王への忠誠を誓ってもらう。

 王に仕える市民として、余は亜人を友として迎え入れよう!

 だが王権に楯突く者はこの限りではない。

 朕に逆らう者は人間、亜人の区別無く全てが逆族であり、王の庇護を受ける者ではないのだ。

 エルファイエルはまさに朕の敵であり、王国一千年の未来を脅かすこぶである。

 これを取り除かない限り王国に未来は無い。

 ケプカルト諸侯よ。そして新たにケプカルトの民となる亜人よ。

 西方蛮族を討て。

 これは朕の、ひいては王国の、王国に暮らす民の未来のためである。

 諸侯よ、亜人よ。

 王国一千年のため、今こそケプカルト王ゲオルグティーレ一世の名の下に結集せよ!!』

 以上であります。はい」



これにて今章は終わりになります。

あ、『西方戦役』から『西方征討』に変更しました。

次章が西方戦役になります。


さて、亜人解放については前章の終わりに宰相と現王の会話にある褒章という伏線を回収しました。

要は仲間に引き込んだ方が利益になる、という奴です。手のひら返しです。


これでオシナー君は冷血姫様の下で働く意義を失ったと言っても良いです。

これからどうするかすげー悩んでます。

オシナー君としては、このまま冷血姫の下で働くか、どこか別の人に仕えるか、故郷に帰って工商に戻るか、です。


次章はその悩みと冷血姫様の本格的デレ回を予定してます。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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