西方にて
『余の危惧は一つ。手銃を持った亜人共の反乱だ』
まだ猟兵の集団が中隊であった頃、ケヒス姫様は東方諸族で編成された猟兵の叛乱を恐れていた。
あの頃のケヒス姫様は猟兵の事を信頼していなかった(今もしているかは疑問だ)ためにそのような事を言ったのだろう。
だが、幾多の戦を潜り抜けてその心配もなくなったと俺は思っていた。
少なくとも連隊所属の兵士には部隊教育で国や上官への忠誠を説いてきた事もあって完全に忘れていた事だった。
「叛乱……?」
「そうです。わたしが、作戦の立案をしていました」
「何故だ。どうしてこんな事を――」
「我々に力があるからであります、少将」
中尉の階級章を付けたエルフが立ち上がり、口火を切った。それに続いてドワーフの砲兵少尉が、猟兵少尉が続く。
「オシナー少将は奴隷となっていたモニカ少佐を助けたのでしょう! なら、我らもそれに倣いたいのです」
「エルフは我ら一族の敵ではありましたが、みすみす奴隷にさせたくないのです!」
口々に放たれる言葉に、俺は言葉を失った。
「オシナーさん。莫迦な事だとはわかっています。ですが、そうしなければならないんです」
「どうして……。あいつらは敵だぞ」
「確かにそうです。肌の色も、話す言葉も、信じる神も違います。ですが、彼らはどうしても、エルフなんです。
耳が長くて、飛び道具を愛する、エルフなんです」
同族を見捨てるわけには行きません。
「……助け出せたとしても明日には敵になるかもしれないんだぞ? 助けた敵から撃たれるかもしれないんだぞ?」
「でも、助けなくてはいけません」
「ユッタは捕虜のシモンについて、言っていたろう。悪魔って。処刑するべきとも」
「そうです。ですが、捕虜は奴隷になるんですよね」
そう、戦争捕虜は奴隷になる。
ケヒス姫様の言葉じゃないが、単純な労働力になるし、売れば高値になる。
それに人間は奴隷を人としては扱わない。使い勝手の良い道具として扱う。道具であれば、その損耗に気を留める必要も無い。
使えなくなるまで使いつぶすだけだ。
「オシナーさん。わたし達は、どうしてここで戦っているんですか?」
「…………」
「東方辺境領の自治を得るために戦っているのでは無いんですか!? わたし達が戦う事で、奴隷商に怯える仲間を救えるから戦っているんじゃないんですか!?
アムニスで、セイケウで、ラートニルで戦ってきたのは奴隷から解放されるために戦ってきたのでは無いでんですか!?
それなのにどうして奴隷を生むんですか? わたし達はいったいなんのために戦っていたんです? なんのために仲間が戦死して逝ったんですか!?」
俺は、その問いに答えられなかった。
答えねばならないのに、俺にはその答えが分からなかった。
「わたし達は、人です。奴隷から人になるために猟兵になったんです。いえ、ならしてもらったんです。あなたに――」
俺があの時、ユッタ達を買ったから――。
「わたしはもう、奴隷になるエルフを見たくありません。もう、この刺青を入れさせたくないんです」
俺は再び地図に視線を下した。ユッタを直視できなかった。
「……この作戦で、捕虜の収容所を攻撃した所で、その後はどうする?」
「全てわたしの独断です。死罪も、甘んじて受けます」
「処罰されるのは指揮官だけじゃない。部隊全員、そして東方もそうだろう。
『亜人』を兵にするべきではない。それより奴隷として扱おうと思われないとでも思ったか?」
「…………」
今度はユッタが押し黙った。
この作戦は穴だらけだ。
やはり図上演習を取り入れるべきか。
「ケヒス姫様に掛け合おう。だから、この作戦を白紙に戻せ」
「オシナーさん……」
「俺には、どうすれば良いか、わからない」
何が、正解なのか、分からない。
だけど俺は連隊の目的を、忘れていた。俺は奴隷という存在が嫌で仕方なかった。慣れない啖呵をきってしまうくらいに奴隷が嫌いだった。
その事を忘れていたのかもしれない。
「ケヒス姫様には掛け合う。だが、正直、どうなるかわからない。だけど、早まった行動をしないでくれ。
俺達の――連隊の目的は東方の解放であって、エルフの解放じゃないんだ。それを、覚えていてくれ」
ケヒス姫様の割り切れという言葉が蘇った。
全てを救う方法なんて無い。そんな事、分かっているはずなのに、俺は出来るだけ多くを、こぼれるギリギリまでを救いたいと思ううちにただの臆病になっていた。
臆病になって、何も取りこぼさないようにと思うようになっていた。
そんな事、初めから無理だとわかっていたのにいつからか、その事を忘れてしまった。
だから、これは俺に言い聞かせよう。物わかりの悪い、俺に。
「割り切るしかない。連隊がいくら新兵器を繰り出そうと、新戦術を考案しようと所詮は人のやることだ。出来る事は限られている。
全てを選ぶ事なんて出来ない。だから救うべき物を選ばなくてはいけない。
その選択に迫られたとき、道を間違わないでほしい。
何を守れて、何を守れないのかを間違わないでほしい。
それが、士官としての使命だと、俺は思う。兵を指揮する者の使命だと、俺は思う。
だから、この件は俺に任せてほしい。出来る限りの事をすると誓う。だけど、早まった事をしないでくれ。
守るべき物を、見失わないでくれ」
「……わかりました。お任せします」
「皆も、それで良いな」
誰もが静まり返り、ただただ重い空気が満ちた司令部。
おそらく、納得している奴なんていない。
この中で何人が奴隷商に村が襲われる経験をしたのだろう。どれだけの仲間を奴隷にされたのだろう。
だから俺の決断に納得できない奴らだっている。
だけど、今はそれで良い。よくよく考えてほしい。ま、俺にも言える言葉なんだけどな。
「それじゃ行ってくる」
その重い司令部を出ると、急に冷たい風が頬を撫でた。
雪がこんこんと降り注ぎ、どこからともなく白いかけらが地面に積もっていく。
全てを白に覆いつくそうとする中、俺はケヒス姫様のいる本営を目指した。
そこで捕虜の配分を決る会議が行われているはずだ。
「オシナー少将! 探しましたよ」
「どうしたコレット」
高らかな蹄の音を響かせて駆けてきたコレット・クレマガリー大尉が息を継ぎながら慌てた様子で言った。
「どうしたじゃ、無いですよ。少佐を中心に連隊の士官が叛乱を起こそうと――。ってその様子じゃ、なんとかなったみたいですね」
「なんだ。お前は叛乱派だと思ったけど」
こいつの直情的な性格だとユッタの意見に同調するものだと思ったのだけどな。
「まあエルフが奴隷になるってのも寝覚めが悪いとは思うんですが、ま、アタシ達からすればエルフはエルフ、ケンタウロスはケンタウロスですから」
「冷たいんだな」
意地悪だ。
上に立つ奴の問いでは無いな。だけど、何故かこういう意地悪をしてみたくなった。
これからケヒス姫様に捕虜釈放の嘆願をするにあたって生まれるであろうストレスを発散するためか、その緊張をほぐすためなのかは判然としない。
「まぁうちの一族はみんな粗暴な奴が多いんで、そう思われても仕方ないとは思うんですけどね。
なんと言いますか……。少佐の言う事も、分からなくはないんですよ。良い事を言っているとは思うんです。
でも、捕虜を助ける力がアタシ達には無いです。
力が無いから奴らは捕虜になるし、アタシ達に力が無いから捕虜を助けられないと思うんです」
「だから叛乱を阻止するために俺を探したのか?」
「そんな感じです。アタシはバカだから、目の前の事しかわかりません。
叛乱を起こしても勝ち目が無さそうだから止めた方が良いと思っただけです」
己の力を見極めているからこそ、コイツは叛乱を阻止したかったのだろうな。
大きい大義のために自信の力を顧みない奴は多い(俺もその内の一人かもしれないが)。
その中で冷静に己の力を判断できるというのは、すごいと思う。
タウキナ継承戦争の前、ケヒス姫様と王都からクワヴァラードに帰る途中でケンタウロスに襲われたとき、俺はコレットを厳罰に処そうとも思ったが、その判断を保留して良かったのかもしれない。
「でもまあ、止めてくれてよかったです。まだ死ぬのは嫌なので」
「まだどうなるか分からないよ。これからケヒス姫様に交渉しに行って、ダメだったら叛乱阻止に奔走しなくちゃいけないしな」
「生きている限り続きがあるって言うじゃないですか。死ななきゃなんとかなりますよ」
「なんだそれ?」
「ケンタウロスの格言ですよ。生きて居ればまた四本の脚で立ち上がって走れるでしょ?」
「そんなに足は無いぞ」
「でも続きはありますよ。大事な事は死なない事じゃないんですか? よく分からないですが」
ま、そりゃそうか。
とにかく、やってみるかしかないな。
「コレットに慰められるとは思わなかったな」
「え? 慰めてました?」
「……お前のそういうサバサバした所は好きだよ」
「そりゃ、どうも」
悩んでいるのが馬鹿らしくなる。だが、今はそれで良いのかもしれない。
「それじゃ、アタシはこれで」
「おう。とりあえず司令部で何かあったら他の士官たちを抑えてくれ」
「了解です」と言葉を残して走り去ろうとして、俺は呼び止めてしまった。
たぶん、今は関係の無い話だ。だが、彼女とこう一対一で話す機会が無かったから中々、聞けないことだった。
「コレット、お前は俺の事を恨んでいるのか?」
「は? 慰め云々の次は恨みっすか?」
どうやらピンと来ていないらしい。
「俺は、夏の初めに起こったケンタウロスの一揆を鎮圧して、その首領の、お前の兄を殺したんだ。恨んでいないのか?」
「そう言えばそうでしたね。まあ、なんと言って良いやら……」
逡巡するように雪を蹴り上げたコレットは「分かりません」と気持ちよく言った。
「兄貴を殺されたのは、恨みますよ。オシナー少将の授業を聞きたくなかったのは、少将が仇って事もありましたし。
でも、あれは兄貴が決めたことでしたし、今ならこう、思うんです。
兄貴には一揆を成功させる力が無かったんだと。力が無いのに戦うから、死んじまったんです」
力が無いから死ぬ。
死ねばその続きは訪れない。
「だから、よくわかりません」
「そうか。すまない……」
「謝られても許すとは言えませよ。アタシもよくわかっていないんで、ここで終わらせないでください。
アタシはバカなんで、まだ考えているんです。ですから、もう少しこの事は待ってください。
あと上官が部下に頭を軽々しく下げてはいけないって士官教育で習いましたけど。」
「そうだったな」
「それじゃこれにて。司令部にて変化があれば報告にあがります」
そう言うや、風のようにコレットは走り去った。
さて、行くか。
俺にも続きがあるのなら、進まねばならない。
そしてケヒス姫様の本営に向かうと、本営前に見知った顔を見つけた。
見つけてしまった。
見たくも無かったのに。
「おや? これはこれは、東方辺境姫様のところのオシナー殿ではありませんか。はい」
ニッコリと薄い笑いを顔に張り付けた旅装の男――服装は旅人のそれであるが、間違いなく宰相閣下だった。
よくよく見ると旅装と言っても調度のよさそうな服を身にまとっていて、どうしてもその身分を隠しきれないでいるようだ。
その隣には立派な髭を生やした黒い鎧を着た壮年の男が立っていた。
「お久ぶりです、オシナー殿。ご機嫌麗しゅう」
「お、お久しぶりです……」
「ははは。そう緊張しないでください。それとも警戒しておられるのですか?」
「…………」
「沈黙もまた答えです。はい。あ、オシナー殿は王都にいる間にリガ殿とはお会いしていませんでしたな。
こちらはケプカルト諸侯国連合王国現王であらせられるゲオルグティーレ様の甥であり、現軍務卿のリガ・ゲオルグティーレ様です。はい」
「オシナーと言います。よ、よろしくお願いします」
黒い騎士は宰相と違って静かに押し黙っている。あれか? 俺のような下賤な者と会話したくないって奴か?
「さて、お二人のご親睦が深まったところで、私達は今、この地にたどりついたばかりでして、こちらに第一王子殿下はおられますか?」
「いえ、こちらはケヒス姫様の本営になります」
と、言うか本営に掲げられた赤い軍旗を見ればここがエイウェル様の本営では無い事は一目瞭然のはずだが……。
「あぁ、そういえば旗が違いますね。そういえばアウレーネ様はいずこにお出でか、御存じですか?」
「それならケヒス姫様の所かと、今、捕虜の分配について話し合っているようで……」
「おぉ、それは上々!」
なんとも演技臭い口調に辟易していると、それはリガ様も同じだったようで「それくらいにしては如何か」と重い口を開いた。
「参りましょう」
「軍務卿はせっかちですね。あ、そう睨まないでください、はい」
リガ様、宰相、そして俺の順に本営に入ると中の空気が一変した。
それまでの雑多な空気が張りつめたというか、いや、ケヒス姫様があからさまに殺気を放っている。
「第三王姫様、ご機嫌麗しゅう」
「何故、貴様が西方におるのだ? それに、軍務卿まで……」
「和平交渉のためにございます。軍務卿は新設の兵団を率いて参りましたし、それにより後任の西部戦線総大将の補佐官となるためです、はい」
新設の兵団?
「わしらは現王様より新設の兵団といくつかの言伝を預かっております。
まあ我らは兵団に先立って挨拶に伺ったのですが、そろそろ兵団もこの地に着くでしょう。
閲兵していただけませんか? 特にアウレーネ殿下は気になるのでは?」
「どういう事だ?」
「さて、お時間です。わしはこれにて」
ケヒス姫様の疑問に答えることなくリガ様は天幕を出て行った。
「我らも行きませんか? 良い物が見れると思います。はい」
「……何を企んでおる」
「なにも、と言えば嘘になりますか。はい。私の口から出すよりその眼で直接見られた方がよろしいかと」
思わせぶりな口調に殺気を放っていたケヒス姫様が「行くぞ」と言い放ち、席を立つ。
それにつられて会議をしていた諸侯もぞろぞろと本営を出ていく。
外に出るといつの間にか大きな歓声が広まっていた。
「着いたようですね。はい」
宰相の愉快そうな声に押されて俺は歓声の先に出る。
そこには隊伍を組んだ兵士達が規則正しい軍靴の音を奏でて声援に迎えられていた。
「そんな、ばかな……」
隊伍を組む兵士達の手には槍のような物が握られていると思ったが、それは槍ではない。
着剣された小銃や手銃を手にした兵士達が整然と行進していく。
「どうして小銃を持っているんだ……」
小銃を生産しているのは東方辺境領のドワーフの集落かタウキナの工房しか無い。
なにより連隊が火器を装備するまでケプカルトは火器に疎い国だったはずだ。
それなのに最新兵器と――それもエルファイエルよりも先進的な小銃を装備している。
「何故だ……」
東方の技術が流れたか? いや、ドワーフの結束は強い。何か異変があればすぐに村伝いに広まるはずだ。
そうなれば連隊長をしている俺の耳にも届くはず。
だったら――。
俺の中で何かの線が繋がった。
タウキナ継承戦争やそれ以前の経済封鎖で疲弊したタウキナが四千もの兵を出せた理由。
アウレーネ様の謝罪。
密約。
「宰相との、密約……」
その声に振り返ると目を皿のように見開いたケヒス姫様がわなわなと震えていた。
そして群衆の声援を切り裂くような怒声がその口からあふれた。
「裏切ったなッ! アウレーネッ!!」
正直、これで良かったのか。
ご意見、ご感想をお待ちしております。




