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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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戦功

「つまり敵の兵糧が尽きたと?」

「捕虜の話ではな。連隊の砲撃なのか、それともベスウスの法撃なのかは知らぬが食糧庫を直撃して吹っ飛ばしたらしい。実に愉快な事よ」



 鎧を着こみながらケヒス姫様が満足げに呟いた。

 いつも着こんでいる白銀の鎧だが、重くないのだろうか。



「それだけで腹を斬ったのではない。敵も救援さえあればまだまだ戦えたのであろうが、救援の前に雪が来たからな。諦めたのだろう」



 ゴモラの後方連絡線を完全に遮断した包囲軍の猛攻によりゴモラ失陥が確実となり、奴らは集団自決を行ったというのか。



「雪で街道が閉ざされれば大軍を動かすのも一苦労だ。何より兵糧が無ければ冬を超えるのもまた難儀。なぶり殺しになる前に自らを――。と、言った所ではないか? 奴らは宗教と相まって一族への矜持が強い。

 奴隷になるくないなら死を選ぶ。

 故に余は地獄への門が開くと言ったのだ」



 白銀の鎧の上から金色の髪をかき上げ、その上に真紅のマントをまとった。



「行くぞ。兄上が来ているからな。礼を欠くなよ」

「わかっています」



 ゴモラを占領した事でチグリス大河からピション河流域の敵拠点を殲滅できた事になる。

 ノルトランド騎士団もカナンでの掃討戦を終えてゴモラに南下して今朝、駐ゴモラ軍と合流を果たした。



「そもそも、俺も作戦会議に参加して良いのですか?」

「カナン解囲の立役者だからな。何より諸侯に知らしめなければならん」

「何を知らすんです?」

「東方にはうぬが居るという事を、だ。うぬは余に忠誠を誓っておるな?」



 ま、まあ一応は。



「なぜ即答できん。だが今は置いておこう。

 この戦を受けて諸侯は東方やタウキナから小銃を大量に買い付けようとするだろう。

 出兵した諸侯はその威力を骨身に沁みているはず。騎士ののさばる戦場から新しい戦場が来ることを否が応でも理解したはずだ。

 そうなればケプカルトで最も新しい戦場に近い我らと近づこうとするのは必須。

 ここで前王派にそやつ等を取り組む」



 強力な兵器にその運用術と言った甘い蜜と引き換えに自信の派閥を躍進させる気なのか。

 まあケヒス姫様の最終目的は現王の打倒――クーデターを起こすことだからな。

 カナン解囲戦での小銃を、ゴモラ包囲戦で大砲を諸侯に宣伝して、その力を利用して政治基盤を広げようと方針を転換したのか?



「これで流れが変わるぞ。余の予想外の出来事だ。案外、二、三年ほどで王が変わるかもな。く、フフフ」



 悪い笑みだな。

 本当に一国の姫君なのだろうか。



「さて、楽しい楽しい会議だ」



 鎧を着ているとは思えない軽い足取りで西部戦線総大将であらせられるエイウェル様の天幕に向かうと、そこから喧噪が聞こえてきた。



「また地獄の亡者共が……。静まれ! 余が来たのだ。道を開けよ」



 混雑する天幕に入るとムッとする熱気が出迎えてくれた。外套を着てきたが、非常に脱ぎたい。


 そしてケヒス姫様の後に続いて人込みをかき分けた先にこの天幕の主――ケプカルト諸侯国連合王国第一王子にして西部戦線総大将のエイウェル様が奥の席に身を置いていた。


「ケヒスか。此度の働き、大義であった」

「フン。兄上の尻拭いも王姫の務め。このまま兄上の代わりに総大将となって余が和平に臨んでもかまいませぬが?」

「それには及ばぬ。さて、そちがオシナーか」

「は、はい!」



 なんでいきなり氏名された!? ケヒス姫様に目を向けると「上手くやりすごせ」と無言で俺を睨んでいる。だからそう、睨まないで。



「よくぞカナンを解囲し、ゴモラ包囲を成功させた。褒めて遣わす」

「あ、ありがたき幸せ!」

「どうだ。予に仕官する気はないか? ヘルストもそちの事を気に入っているようだし、ケヒスの下で働くより十倍の金を渡そう」

「それは出来ません」



 いくら俺の持つ技術を――知識を誰もが欲している事を俺は知っている。

 だが、連隊おれたちの勝利が東方を解放すると信じる彼らを、見捨てる事など俺には出来ない。

 いつか、東方が解放されて俺達の戦いに意味があったと思えるその日まで、俺は連隊を捨てる事は出来ない。



「なるほど。ヘルストから聞いた通りの男のようだ。ますます気に入った。

 まあ良い。今後、食事の席を設けよう。その時にでもゆるりと不可思議な武器について話してくれ。

 さて、今後の方針を決める前に今までの戦功賞について話し合おう。

 諸侯の多くは西方蛮族を討つためによく働いてくれた。

 と、言うとでも思ったか?」



 柔らかい物腰が反転した。

 ガラリと変わった声音に諸侯もその言葉に息をのんで固まり、みんながエイウェル様の次の言葉を待つ。



「第一王子たる予を捨ててよくも兵を引いたものだ。予は貴様らのような腑抜けを家臣に持った事を嘆くしかない。

 よってクレム騎士団以下、カナンより兵を引いた騎士団と傭兵団には褒章は出さん」



 厳しい声に抗議の声が上がると思ったが、誰しもがエイウェル様の怒気に充てられて押し黙っている。

 その怒りはどこか、ケヒス姫様のそれを思い起こさせる。やはり王族特有の怒りなのか?



「だが、身内の諍いを中座してまで駆けつけてくれたベスウス、タウキナ、東方の各騎士団や部隊はよくやってくれた。

 アマルス騎士団と白鴉傭兵団も厳しい状況の中、よく耐えてくれた。

 カナンで出た捕虜とゴモラで得た捕虜はそちらで分けよ。配分は、そうだな。そちらで合議して決めるがよい」



 よいな、と有無を言わせない口調にケヒス姫様が「ありがたき幸せ」と頭を下げた(・・・・・)

 これはいよいよ血の雨が降るな。

 ケヒス姫様は変わったようだが、いささか急な気がする。演技でも見ているようだ。



「さて、事後の戦況についてだが、ケヒス。どう思う?」

「ここは和議の時間ではないのですか?」

「前王様の血を引くとは思えぬ弱気な案だな」

「父上も同じ判断したでしょうな。すでに雪が降り始めました。初期の作戦目標も達成できております。さらに兵を進めるにしても春を待たねばなりません」



 確かに冬の進軍は難しい。下手をすると軍が飢餓のために崩壊する恐れだってある。



「それに兵達はこの大戦おおいくさで疲れています。そしてこの雪、もう戦の出来る状態ではないでしょう」

「いやに殊勝な事を言う。クワヴァラードで多くの騎士を殺した者の言葉とは思えぬ」

「兄上は余と喧嘩をするためにここに呼んだのですか?」



 「悪戯が過ぎたな」とエイウェル様は咳き込みながら言った。この戦で体調を崩されたのだろうか。



「なに、ケヒスらしくないと思ってな」

「らしくない、ですか?」

「そうだ。東方で多くの兵を失うほどの損害を被りながら東方平定を行ったのだ。それほど兵の犠牲が出ようとも、エルファイエルの王都ガリラヤを攻めるものと思ったが……。変わったな」

「変わってなど居りませぬ。人は早々、生きたかを変えられぬ生き物です」

「まあ良い。予もこの現状(・・)では王都を目指すのは不可能と考えておる。

 だが、状況は刻々と変わりゆく。現状が変われば作戦方針も変えるという事を諸侯は忘れるではない。

 特に逃げ足の速い騎士団や傭兵団はいつでも出撃できるよう、準備を怠るな。

 では、会議を閉めよう。皆、大義であった」



 会議と言っても内容がまるで無い。要は諸侯の足並みをそろえるための会合という意味合いだったのだろうか。

 まあ勝手に命令を無視するような人もいるから、こういう小さな確認が大事になっていくのかもしれない。

 ケヒス姫様も諸侯に倣って立ち上がり、本営を出た。



「さて、次は戦利品の分け前を決めるぞ」

「戦利品?」



 戦利品と言えば数丁のタネガシマとオオヅツ、そして火薬を調査という名目で集めているのだが、その事か?

 連隊からするとタネガシマやオオヅツよりも高性能な小銃と大砲を装備しているから、正直な話、いらないとしか言えない。

 研究用に数丁、鹵獲した物があるからそれで十分とも言えるが。



「戦の戦利品と言えば決まっておろう。捕虜だ」

「あ……」



 戦利品は何も武器だけとは限らないという事を、忘れていた。

 今までの戦が短期的であったり、消化不良で終わっていたためにまったく考えたことが無い捕虜の待遇。



「捕虜――要は奴隷だな。あれは良い。簡単に労働力が増えるし、売れば高値が付く」

「ケヒス姫様――!!」

「フン。うぬの事だ。捕虜の釈放を願い出るつもりであろう?」



 その通りだ。

 俺は、奴隷という物を、許せない。だが――。



「元々は敵なのだぞ。うぬの兵を殺した奴らの仲間だ。そんな連中を助けたいのか?」

「それは――」



 確かに東方の時とは事情が違う。

 捕虜の中に連隊の仲間を殺した連中が混じっているのかもしれないのに、彼らを助けるような事を、俺はして良いのか?



「それに、釈放した所でどうする。奴らは故郷に帰れば兵士となって戦場に戻ってくるかもしれぬぞ。

 言ったはずだ。

 新しい戦場が来る。

 民草と思っていた者が騎士を殺すのだ。それも一発の矢玉でだぞ? いとも簡単に――それこそ年端もいかぬ子供さえ騎士を殺せるようになるのだ。

 どんなに些細な理由でも奴らは小銃を手に襲い掛かってくるのだぞ?

 それなのに、捕虜を釈放するのか?」



 再び、タネガシマを手に連隊の行く手を遮ろうとする連中を助けて、良いのか?

 わからない。

 俺には、わからない。



「フン。そう途方に暮れるな。余の前で情けない顔をするな。

 割り切れば良いではないか」

「割り切る?」

「そうだ。西は西。うぬのあずかり知らぬ事よ」

「ケヒス姫様は、割り切れると言うのですか?」

「割り切った。故に亜人の軍隊を作り、規模を拡充し、資金を援助したのだ」



 憎い亜人を、認めた。

 やはりケヒス姫様は変わった。出会った時と比べて、大きく変わった。



「ですが、ケヒス姫様。タウキナ継承戦争の折りに本営が法撃を受けた時におっしゃいましたよね。

 『奴らを許してしまうと、今までの犠牲が全て無駄になってしまうように思えた』と。

 ならば、ケヒス姫様は『亜人』を許さないのに、認めるのですか?」

「認めよう。だが、許しはしない」



 ケヒス姫様は立ち止まり、いつになく重い口調で言った。



「余は亜人を許さぬ。だがその強さを認めよう。奴らの働きを認めよう。あの忠誠心を認めよう。

 東方のために一途に戦う姿を、認めよう。

 だが、それは東方辺境領の話だ。

 西方蛮族を野に放っても、うぬに得はあるのか? 無かろう。それよりも明日の敵を潰す方がうぬの兵のためでは無いのか?」



 そう、かもしれない。

 今日、捕虜を逃しても明日には敵となるかもしれない。



「フン。だから余の前で情けない顔をするでない。余はこれから戦利品の配分いついての席を設ける。うぬはここで下がれ」

「……はい」



 俺の煮えくり返らない態度がもどかしい。

 いつになく体が重い気がする。



「どうすりゃ良いんだよ……」



 奴隷を許す事は出来ない。だが、敵を許す事も出来ない。

 奴隷を許す事は俺のやって来た事を否定する事だ。

 敵を許す事は俺を信じて付き従ってくれる連隊を否定する事だ。



「何が正解なんだよ……」



 重い足取りで連隊司令部に向かうとやけにそこが騒がしい気がした。

 いや、見かけ上は静かなのだが、兵の動きが慌ただしい。こっそり宴でもしているのか?

 ユッタにはまだ気を緩めるなと命令を出したはずなんだけどな。



「お、オシナー少将! お、お早い帰りで」



 歩哨のドワーフがいち早く俺に気が付き、捧げ銃をしてくれたのだが、どこか顔が引きつっている。



「おい、祝勝会は後日と伝えたはずだけど」

「いや、その……。れ、連隊長閣下御来入!!」



 何を焦っているんだ。もうばれているぞ。この短時間で酒類を隠せるか。

 あーあ。なんか、今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。



「たく、それにしてもユッタって確か酒に弱く無かったか?」

「お、お待ちください少将!」

「ん? どうした?」

「いや、そ、その……。あ! ゴモラ陥落、おめでとうございます」



 なんだ。やけに俺の事を引き留めるな、この歩哨。

 そう思っていると司令部の中からガタゴトと変な音と「急げ」という声が聞こえてきた。

 急いで酒を隠しているのだろうが、たまにはガツンと言ってやらねばならんだろう。

 甘やかしてばかりでは良い上官とは言えない。



「おい、お前ら――」

「わー! ま、待ってください少将!」



 歩哨も上から命令されて俺の足止めをしているのだろう。

 まったく。

 罪のない部下を巻き込むとは。士官としてなっていないな。



「入るぞ」



 司令部の天幕をくぐると案の定、司令部は散らかっていた。

 だがアルコールの匂いは無い。その代わりに敵と味方を示す駒や地図、連隊の補給状況の書類がいつになく散乱している。

 司令部を見渡すと、ユッタを中心に士官が集まっているようだった。



「ユッタ、状況を報告しろ」

「…………」



 あれ? いつもなら即答してれるのに、なんで黙っているの? あれか? 最近の長い出征で色々とアレだったからいつになくセクハラまがいの事をして愛想つかされたか?


 いや、そんな空気じゃない。

 ふと、一枚の地図に目を止めるとそれはゴモラ周辺に駐屯するケプカルト王国軍の配置図に様々な線が引かれている。

 それに手を出すと「あ」という声がどこかからか聞こえた。

 その地図には青と赤の駒が置かれており、どう見ても連隊が青、その他のケプカルト軍が赤の駒になっている。そしてある一か所に向けて連隊が進撃する事になっているようだ。



「これはなんだ?」

「…………」

「ユッタ! これはなんだ!? 俺にはこの作戦地図が捕虜収容所へ進撃する作戦にしか見えないぞ」



 これが頭上演習であって欲しいという想いがあった。

 ヘルスト様が考案したというあの洗練された図上演習を連隊でも行おうとも思ったが、度重なる戦争でそれもまだ行われていない。

 なら、これは演習じゃない。



「……その通りです」



 ユッタは静かに、そう言った。



「わたしが発案した、作戦です」

「どうしてそんな事を? これじゃまるで叛乱でも起こすような――」

「オシナーさん。まるで、ではありません。叛乱、です」



 静かに、ただ静かにユッタはそう言った。

エルファイエルの降伏理由はもう少し煮詰められればよかったと反省しております。


でも昔の戦いって下らない理由で負けたり勝ったりしてますし、多少は、ね?



それではご意見、ご感想お待ちしております。

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