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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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落城

「ついにこの時が来た」



 ゴモラの城門が打ち破られてして二週間。正に地獄のような二週間だった。

 敵は倒壊した家屋などからタネガシマを使って執拗なゲリラ戦を挑んできたおかげで五十メートル進むのに半日以上もかかる日もあったくらいだ。

 おかげで攻囲軍の損害が跳ね上がってしまい、予備戦力となっていた連隊も攻囲に参加せざるを得なかった。


 ケヒス姫様の言った通り、城門を破った事はただ『地獄への道が開いた』だけにすぎなかった。

 血で血を洗う激戦の末、包囲軍は作戦の変更を余儀なくされ、連隊と魔法使いはただただゴモラの破壊に努め、来る日も来る日もゴモラに向かって砲弾を放ち、氷塊が空を舞った。



「包囲網を敷いておよそ二週間。砲兵隊は存分にその使命を果たした。

 敵の街は完膚なきまで破壊されつくし、後は我らの占領を待つばかりである。

 だが油断しないで欲しい。敵は強固な意志を持った兵士である。

 地形が変わるほどの砲撃を受けても彼らは諦める事を知らない勇敢な兵士である!」



 俺としてはケヒス姫様の言葉も相まって砲撃くらいで敵が根を上げるとは思っていない。

 宗教とはそれほど恐ろしい力を持っている。それが前世の記憶なのか、それとも俺の直感なのかは分からないが、心の警笛は鳴り響いたままだ。



「しかし、諸君等、東方猟兵も敵に引けを取らない勇猛果敢な兵士であると俺は信ずるものである!

 我らの任務はすなわちゴモラの第二の城門を突破し、敵の司令部を抑えることにある。

 詳細については各小隊長より指示があったと思うから省略するが、我らと時を同じくして各騎士団、傭兵団がゴモラの中心街に突入する手筈になっている。各人は友軍の誤射に気を付け、己の任務を全うするように! 以上!」

「連隊長閣下に礼! かしらなか!」



 敵は頑強な抵抗を見せるだろう。

 捕虜になれば奴隷になる事が見え見えなのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 おかげで一昨日までは激しい抵抗を受けていたのだが、どういう訳か昨日から敵の抵抗が急に弱まった。

 昨日行われた偵察の結果、敵はゴモラの外周区を放棄したようだとはわかったため、本日にゴモラに突入する事になったのだ。



「総員、事後は別命あるまで待機! 別れ」



 三々五々に兵達が散っていき、攻撃に備える。ダボダボの茶色い外套をまとったユッタが駆け寄ってくると、敬礼して状況を伝えてくれた。



「連隊は攻撃準備にかかります。ってどうされました?」



 ホビットのヨルン・メルク大尉が届けてくれた外套はこの季節には必須の装備だ。

その大きなフードのついた外套は小柄なユッタが着ると、その小ささがより際立っているようだった。

 袖を折り返していることからも、どうもサイズが合っていないのかもしれないが、その袖からはみ出した小さい手がなんとも愛らしい。



「いや、可愛いなって」

「も! な、何を言っているんです!? それより作戦です! 作戦!!」



 まあサイズについては軍用として適当な大きさに作られたせいでサイズが一つしか無いのが玉に瑕だが、体のラインを覆い隠すその姿には少女独特のラインへ想いを馳せる楽しみを生んでくれた。

 何より外套の上から締められたベルトがキュとダボ付いた感じを打ち消してより想像欲を掻き立ててくれる。



「オシナーさん聞いてます?」

「聞いているよ。それで、なんだっけ?」

「もう。オシナーさんも攻撃に参加するんですから聞いておいてくださいよ」



 まあ、そろそろ現実逃避も止めるか。



「兵達も不安がっています。わざわざ西方の辺境まで来て、自分たちは何をしているんだろうって」



 東方の自治と繁栄を守るために結成された猟兵が、自分達とはなんの関係も無い戦場に駆り出された現実に不満を募らせているのは知っている。

 誰もが東方のためにと家を出たというのにこんな冬空の下で敵の攻撃にさらされることに誰もが不満を持っている。

 だが、それでも脱走兵が出ないのは訓練の賜物か、それとも脱走した所で行く宛てがなからか。



「あ、また降ってきました」



 ユッタが外套から覗いた手を天に向けると、そこに白い綿が乗った。



「二、三日ほど前から降っては止んでの繰り返しですね。まあ雨じゃないだけいいですが」

「確かに雨よりかはマシだが、念のため各員に早合カートリッジを濡らさないよう、命令を出してくれ。暖を取っていたら雪が解けて火薬が濡れたなんて報告は聞きたくない」

「わかりました」



 小走りに走って行くユッタの背中を見送り、もう一度、天に視線を向ける。


 空はどんよりとした暗い雲が立ち込め、そこから白い雪こんこんと降り注ぐ。

 輜重中隊に遅れが出るかもしれない。

 物資の到着が遅れればより兵達の不満も高まるだろうし、何より雪が多く積もる地域の出身者には「家は大丈夫だろうか」と望郷の念に駆られるかもしれない。

 まあここで脱走した所で行く宛てもないし、うまく西方辺境領に入ったとしてもその後はどうなる。

 ケプカルトにとって『亜人』と蔑まされる中、東方辺境領まで帰れるわけが無い。



「寒いな」



 まあ問題は連隊だけではなく、傭兵団が不安で仕方ない。

 あれは金さえ積まれれば裏切りだって平気でするらしいし、何より自分の命を優先してしまう所が――国への忠誠心が足りない所があるから、いつ逃げ出しても不思議に思わない。

 雪で街道が閉ざされる前に逃散してしまう可能性だって捨てきれないのだ。

 その点、スピノラさんはすごいと思う。無理やり自分の傭兵団を連隊に組み込まれたのにケヒス姫様の下で働くのだから一般の傭兵とは違うのかもしれない。



「オシナーさん! 行きますよ!!」

「分かった!!」



   ◇ ◇ ◇



 攻撃開始の喇叭らっぱが曇天に響いた。



「目標、前方の城門! 撃ち方用意!!」



 ゴモラは二重の城壁に囲まれた城塞都市だ。

 中心地にはエルファイエルが信仰する宗教の教会を中心に整備された行政の中枢が集まっているらしい。

 その外周に民家や商店と言った家々が連なっている。


 その外周部分はすでにケプカルト軍が占領しており、後は内側を残すのみだ。

 だが、攻城戦となると守備側に対して十倍ほどの戦力が必要になってくる事から、兵力の点では不満が残る。しかしこれ以上、この地にとどまっていると降雪のために街道が寸断されて補給の面で苦戦するだろう。そうなる前に攻勢をかける必要があった。



「撃て!!」



 ケヒス姫様から賜った軍刀を城門に向けると、敵から鹵獲したオオヅツが火を噴いた。

 連隊の大砲や野戦重砲では機動性が制限されてしまうので敵の反転攻勢を受けた際に破棄せざるを得ない。

 その点、オオヅツは所詮は敵から奪った物だし、使い捨ての感が否めないので破棄しても良心が痛まないのが良い。

 それに軽さも相まって猟兵の火力を底上げしてくれる。

 作りも簡単だから予備の兵器として作っておいても損は無いかもしれない。



「修正、右に三、上に二。続けて撃て!」



 地道な砲撃が次々に城門に突き刺さり、ついに城門が大きな悲鳴を上げて口を開けた。



「撃ち方止め! 城門の脇まで前進するぞ!! 進め!」



 俺は隠れていた家の残骸から飛び出して、走る。内周区から射線がばっちり通っているので冷や汗が噴き出す。だがそれで立ち止まれば良い的になる。

 走り続ける事が命を繋ぐことなのだから懸命に走り、城門に体当たりする勢いで止まった。



「痛て。くぅ。は、早く! 早く! 急げ、急げ!!」



 猟兵達が次々に城門に張り付き、息を殺して中の気配を読もうと殺気立っている。



「全員来たか!? 負傷兵は?」

「出ていません!」



 城門が破られ、猟兵が近づいたというのに敵は反撃して来ない。

 何故だ? 奥まで誘い込んで俺達を攻撃するつもりか?

 目だけで城門の内側を除くと、そこは砲撃と法撃で瓦解した建物が広がるばかりで敵の姿は見えない。

 だがその倒壊した建物の陰に敵が潜んでいる可能性も捨てきれないのが恐怖感を駆り立てる。



「連隊長、見てきますよ」



 後ろを振り返るとエルフの青年がニヤリと笑っていた。

 逡巡したのち、彼に前進を命じる。



「ここから前方、二十メートルほど先に瓦礫の山があるだろ。その手前まで前進して敵情を探れ。敵の姿を発見しても無理に撃つ必要はない」

「わかってます。それでは」



 サッと駆け出して青年はあっという間に瓦礫に取り付いた。

 そこで俺がしていたように目だけを出して敵情を探るが、敵を発見した素振りは無い。



「大丈夫です! 敵はいません」

「よし、みんな行くぞ」



 新しい遮蔽物に移動するたびに緊張の汗が流れ、敵が居ないか探すだけで精神が削り取られる。

 このまま五十メートルほど前進した所で前方の建物の陰で何かが動いた。



「止まれ! あの建物の陰に動きがあった。戦闘用意!」



 各人が横隊に広がり、遮蔽物に体を預けるように小銃を構えていく。



「撃鉄を起こせ」



 カチリと鈍い音と共に緊張が一気に高まる。



「構え!」



 雪がちらついて視界が若干悪い事もあってより緊張する。

 雑納から遠眼鏡を出して建物の角に向けると、また動いた。複数の敵がいるようだ。

 だがまだ敵の全容がわからない。あの角から姿を現してから発砲だな。

 と、思っていると敵が動いた。銀色に輝く鎧をまとっている――エルファイエル軍ではない!?



「撃つな! 友軍だ」



 曇天に発砲音が響いた。

 緊張を強いられていた兵が俺の号令を聞き間違ったのだ。



「撃つな! 撃つな!! 撃ち方止め!」



 幸い、銃弾は建物に当たって火花を散らしただけで済んだ。だが、騎士達のほうは俺達を敵と誤認したのか、弓矢が飛んできた。



「やめろ! 仲間だ! 友軍だ!!」



 何度か手を振って攻撃する意思が無い事を伝えたおかげで死傷者は出なかったが、非常に心臓に悪い事をした。

 まあ連隊が派手な衣装をしていてよかった。茶色い外套が採用したからと言って喜んでいたが、地味なのも少し、問題があるようだ。



「仲間だ! 打つな! 絶対に打つな」



 敵の襲撃を警戒しつつ前進すると建物の陰に隠れていた友軍も前進してきてくれた。

 そして互いに合流すると、どうもアマルス騎士団のようだ。

 騎士達を束ねる騎士長が疲れた顔をして切り出した。



「東方のオシナー殿とお見受けする。我らは南の城門よりゴモラの内周区に突入したのだが、今まで敵の反撃が一切ないのだ」

「俺の所もそうです。妙ですね」



 ここまで内部に侵入されて反撃が無いと言うのも不思議で仕方ない。



「我らはエルファイエルを追撃したからわかるが、奴らは鉄の意志をもって戦に臨んでいる。

 それこそ鬼神の如き勢いで戦に挑んでおるのだ。

 こうも抵抗が無いのはおかしい」

「確かに……。とりあえず互いに合流して前進しましょう。何かあった時、少数部隊で孤立するより良い」

「分かり申した。よし、皆の者! 東方蛮族に後れを取るな! 我らケプカルト騎士の威光を東西の蛮族に知らしめろ」



 それは騎士団の士気を鼓舞しているのだろうが、俺達にとって士気が下がるものでしかない。

 さすが支配者たる騎士は違うな。



「では、行きましょう」



 目標は敵の司令部が置かれているであろう教会だ。

 宗教を依代にしている軍隊であれば神の力を借りるために教会などに陣取るというのがケヒス姫様の見立てだからだ。

 それに街の中心地に教会があるのなら、そこに立てこもって最後の砦とする公算が高いはずという俺の直感によるものだが。

 だが、街は静まり返ったままで銃声は先ほどの誤射以外にない。



「あれが教会か」

「見たいですね」



 瓦礫の隙間から覗く三角屋根の建物。その周辺には色とりどりの幟が風に揺れ、白い天幕が物悲しげに立っていた。



「静かすぎません?」

「確かに……。ん? オシナー殿! あれを!」



 騎士長の指さした先には天幕の一部が赤黒く染まっていた。



「……血、でしょうか」

「おそらくな」



 榴弾の破片で負傷者でも出たのだろうか。

 それにしてもどう攻めるか、だ。



「策などいりますまい。本陣と言えど、見た所天幕しかないようですし、勢いに任せて攻めたてるべきだ。それにあの天幕に五千以上の兵が隠れているとは思えぬ」



 それもそうか。

 どちらにしろ、敵の言葉がわからないから降伏勧告なんて出せない。



「よし、突撃用意! 総員、着剣! 目標は敵司令部、突撃にぃ進め!!」



 号令一下で飛び出すと、騎士団も「抜剣! 進め!!」と走り出した。

 それでも敵の司令部からの反撃は、無い。



「進め! すす、め……」



 司令部の中に入って、俺は――俺達は自然と足が止まってしまった。



「ど、どうして……」



 背後からユッタの声が聞こえたが、俺の気持ちも同じだった。



「じ、自分で自分の腹を斬ったと言うのか……」



 敵の司令部から反撃が無い理由。それはそこに詰めていた敵が自決していたからだった。



「…………」



 どうして、という疑問も尽きない。だが、呆気なくもゴモラは落とされた。

 その後の調査で城壁や建物の一部で同じような光景が見つかった。理由は、分からない。

 だが、ゴモラに突入した別の部隊が何人かの捕虜を得ただけで、この戦が終わった事を俺達は知った。


あと二話ほどで今章は終わり、次の章は小休止的というか、箸休めのような話になります。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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