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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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鹵獲

「お前は良いご身分だな。貴族様なのか?」

「耳の長い貴族が居るわけないだろ。貴族の家で買われていた卑しいエルフに違いない」



 ん? 捕虜を収容している箇所の近くから不穏な話し声が聞こえる。



「少将好みの淫らな胸だな。さぞ貴族様の下では可愛がってもらったのだろうな」

「姿は我らに似ていても所詮はまがい物。その腕には奴隷の証たる不名誉な入れ墨でも掘られているんだろ。エルフの面汚しめ」

「おい、お前等」



 俺が声をかけると、二人は怪訝そうにこちらを振り向き、そしていきなり直立不動の視線になった。こう言うところの訓練は行き届いているようだ。



「名前は良い。お前等は捕虜に対して何を言っていた?」

「ハッ。我らと同じエルフと名乗るのであれば、虜囚の辱めを受けることを潔しとしていいのか、聞いておりました!」



 よく見ると二人組のうち、一人は耳がツンと尖っている。

 エルフと人間という組み合わせもまた珍しいが、今はそのことに関心している時ではない。



「捕虜の虐待や侮辱は禁じたはずだぞ?」

「申し訳ありません! 以後、気をつけます」



 絶対に気をつける気はないな。


 まあ、捕虜の待遇をジュネーブ条約に批准しているが如くの扱いにしているからそれに反発するというのもわからなくはない。

 エルフは捕虜を森の肥やしに、ケンタウロスは引き回して、人間は奴隷にするのだったか?

 そう考えると檻の中という不自由はあるものの、飲食を提供している点では最高の待遇かもしれない。

 それも周囲の兵達は敵の攻撃におびえ、戦闘となれば命をかけて戦っているのだ。

 だからただ檻の中で飯を食っていられる捕虜に反感を覚えるだろうし、何より仲間を殺した敵の仲間を許せないのだろう。



「この捕虜はケプカルトの言葉とエルファイエルの言葉の二つを知っている。通訳にもなるだろうし、敵の作戦や敵の規模を知っているかもしれない。

 それに戦が長引けば地元民の協力も必要になってくれる。その橋渡しをしてもらうためにも捕虜を厚遇しているんだ。

 貴様達は橋渡し無しに地元民――敵の仲間に協力を求めることができるか?」



 押し黙った二人に「あと、奴隷の入れ墨の事は言うな」と忠告を入れる。



「ユッタの腕にもそれがある。本人も気にしているから、不名誉なとか、言わないでくれ」

「申し訳ありません……」

「それと誰好みの胸だ? えぇ?」

「少将殿は、胸の大きな人が好きなのではないのですか?」



 別に大きければ良いというわけではないし、そもそも俺は捕虜に手を出していない。



「え? てっきり捕虜を厚遇しているのは夜のお楽しみのためかと」



 手を出していないのなら、下に回せと言わんばかりの態度に俺は二人の頭を叩いた。



「確かに胸の大きな女性は魅力的だが、それは重要な点ではある事は認める。だが、それだけが全てではない。

 そもそも全体の調和がとれてこそ女性は美しいのであって、胸だけ見ているのは逆に不正実じゃないのか?

 胸が小さくても良い女はいるし、逆に胸の大きな悪女だっているだろ? つまりは胸という外見で人を判断してはいけない。

 胸は判断材料にはなるが、それだけだ」

「なるほど。総じて言えばタウキナの姫君より、少佐の方が好みという事ですか」



 タウキナの姫君って、元は王族の第四王姫だぞ。

 なんだよその恐れ多い例え。



「少佐の胸は確かにタウキナ公には及ばないものの、冷血姫より格段にあるからな。あれが調和がとれていると言うのですか。さすが少将。そうですよね。猟兵の発足時から共にいたのですから。いやぁ羨ましい限りです」

「いや、勝手に邪推するな。ユッタともそういう関係じゃないぞ」

「え?」

「え?」



 なんだよ、この間は。なんで二人とも驚いているんだよ。

 こっちの方が驚くわ。



「ちなみに、少将殿と少佐殿のご関係は……」

「連隊長とその副官」



 なんで残念そうな目で俺を見ているんだ。

 ローカニルもそうだが、変な気を妄想されるばかりで面白くないったらありゃしない。

 あれか? みんな長い(と言っても一年たってないぞ)軍隊生活で女に飢えているのか? 慰安所を建てろとでも言うのか?

 そりゃ、俺だってムラムラすることはあるが、前世も含めて生きてきた身としては分別くらいある。

 とりあえず連隊に所属する女性兵士には個人行動を控えるよう通達を出す必要性が高いな。司令部に戻ったら早速――。



「オシナーさん。何やっているんですか。あなた達も」

「あ、ユッタ」

「あ、ではありません。捕虜の引き取りにどれだけ時間を使っているのですか。あなた達も油を売っていないで歩哨に戻りなさい。なんのために捕虜を見張るよう命令しているのか、わかっていますか?」

「も、申し訳ありません……」



 立つ瀬無し。


 確かに時間を無駄に使いすぎたかもしれないが、兵達との交流は兵の状態を知る上でも重要で――。まあ物事には順番があると言われればそれまでの論理だけど。



「少佐殿も、少将の事でご苦労をしていらっしゃるようで」

「ご武運を」

「う、あ、ありがとう」



 三人のやりとりに俺は「なんの話だ?」と聞こうとして、やめた。

 これ以上、時間を無駄にするわけにはいかない。



「とりあえず捕虜を檻から出してくれ。腕を縛って抵抗できないように。

 これから鹵獲した兵器の調査を行うから、その扱い方を教えてもらう」



 まあ、尋問の時の事を考えると簡単には話してくれないだろうな。

 完全に利敵行為になるし。

 まあドワーフ達の見立てで十分、扱い方は判明しつつある。



「わかりました」



 先ほどまで無駄話に興じていたエルフの青年が捕虜を収容している元奴隷馬車の扉に手をかける。人間の方は銃剣のついた小銃を扉に向けて構えて捕虜の反抗に備えた。

 そのそつない行動にも兵士の練度を見て取れて、少しうれしい。



「扉をあけるぞ! おとなしくしていろ!」



 エルフが扉を開け、中に入っていく。

 中から「手を後ろに回せ」と声が聞こえる。しばらくして両腕を縛られた捕虜と共に彼も出てきた。



「捕虜の見張りのために二人とも来てくれ」



 俺を先頭に五人であらかじめ試験場と指定した陣地の外れに向かう。

 そこには連隊に所属するドワーフ達がすでに鹵獲した兵器をバラしたり、試射が行われていた。



「あぁ。連隊長。良いところに」



 人の良さそうなドワーフの曹長が手を振って俺達を招いた時、ドンと小銃より重く、大砲より軽い音が響く。

 音事態は野戦重砲などに比べて小さいのだろうが、なんの心の準備も無かったせいか、耳が痛い。



「驚きましたわ! 奴ら、木をくり貫いて大砲にしていたようなんですわ!」



 怒鳴り声のようにガラガラした大声を出す曹長が指さした方向には敵の陣地に遺棄されていた筒がおかれていた。

 その周囲には土壁が作られていて万が一、筒が装薬の爆発力に負けて破裂した時の被害を減らす為の処置がとられている。



「木製のため、装薬を減らしておりますが、一応、大砲としての機能はあるようですわ! ただ装薬が少ないので射程も大砲の半分以下――二百メートル飛ぶか、飛ばないかです!」



 木砲と言うやつか。

 初期の大砲によく見られたタイプだな。類似品だと紙を貼り合わせて強度を持たせた紙砲というのもあるらしいが、どちらにしろ金属製のそれに比べてコストが低い利点が挙げられる。



「あの大砲もどきは何かの木をくり抜いて作った筒に補強材としてさらにロープを巻いてありますが、十発も撃つと強度が低下して暴発の危険が増します。要は使い捨てですわ」

「射程が螺旋式小銃より短いですし、使いどころが無いと思います。火力支援で言えば大砲も、野戦重砲もありますから」

「そう言いますが副官殿。簡易的に製造できますし、金属製に比べて軽いという利点があると思うんですわ!

 ただ大砲と違って車輪がついていないので先の解囲作戦のクレマガリー支隊のような機動砲撃は苦手と言わざるを得ません!」



 ユッタは「ますます利点が無いような」と呟くが、そんな事は無い。

 戦術さえ間違わなければ木砲の軽いという利点は無視できなくなる。それに製造コストを考えると十分、魅力的だ。

 もっとも、運用方法としては大砲の数を補完する感じになるから十分な火力が得られれば射程も耐久性も低い木砲を使い続ける理由は消えてしまうのだが……。



「シモン。エルファイエルは金属製の大砲――あの大木をくり抜いた筒を使っているか?」



 連隊が確保し唯一の捕虜であるシモンは俺の質問に答えることなく、押し黙って俺を睨んでいる。

 これは簡単にはいかないなぁ。



「まあ答えないわな。曹長」

「なんですかい!?」

「木砲は何門ある?」

「使えるのは二十ほどです! 解囲戦に参加した騎士団やら傭兵団やらも木砲を手に入れたようですが、奴らは使用方法から研究中のようですわ! 中には薪にしてるとか!」



 もったいない事をするな……。



「砲弾と火薬は? 連隊の装薬を使っているのか?」

「砲弾も鹵獲しましたが、奴は石を削って砲弾にしておりました! こちらは鋳造しているのに対して、えらく原始的な加工ですわ!」



 いや、たぶん、石を削る方が一般的じゃないのか? ドワーフの技術力には恐れ入る。



「火薬も押収しましたがみんな湿気ってます!」

「なんで湿気っている? 雨とか降らなかっただろ」

「撤退する時に敵さん、水をかけて行ったようです。もしくは火を付けて燃やしてしまったようで!」



 まあケプカルトにとって火薬は黒い粉程度にしか思わないだろうな。だから湿気らせておけば火はつかないし、そもそも燃やしてしまえばこちらが利用する事ができなくなる。

 敵も火薬を使用しているなら、それで物資不足な連隊の台所事情が改善されると希望を抱いていたが、現実は厳しい。



「まあ砲についてはこんな感じですわ!」

「そうか。湿気った火薬の方はなんとか乾燥させてくれ。無理そうなら破棄で構わない。あと、小銃も鹵獲したろ。あれは?」

「あーはいはい。こっちです」



 木砲の試射場の隣にはすでに連隊の営庭で馴染みになっている射撃場がこしらえてあった。

 と、言っても五十メートル先に的と流れ弾防止のための土壁が創られた簡単な物だが。



「おい、一丁貸してくれ! 連隊長、これです! 形は小銃に似とりますが、銃床ストックがありません! 外観の違いはそれくらいです! あと、重量です!」



 曹長から渡された小銃の外見は確かに連隊で採用している物と似ている。寸法も同じか、少し短いくらいか――。って重い。

 小銃より結構な重量がある。よくよく見れば銃身も肉厚に出来ている。

 つまり厚さを出さないと強度が維持できないのだろう。

 まあドワーフ並の冶金技術を持っている種族は早々いないだろうから、これもこの世界では普通の加工精度なのかもしれない。



「でも、重いおかげで命中率は高いんですよ」



 ふと視線を敵の小銃から声の主――ユッタに向けるとカルカを使って弾を込めている所だった。



「ユッタ? もしかして撃つ気なのか? 暴発する危険が――」

「それは大丈夫です。すで曹長が試験をすましているので。それに火薬の量については戦死した敵兵の早合らしきものから計測済みです」



 仕事の早い事で。



「誰か、火縄を」

「火縄?」

「あ、そうなんです。見てください。撃鉄の形状も違うんです。

 この金具に火縄を挟むようです」



 なるほど。マッチロック式という点火方法か。

 連隊がフリントロック式の小銃を採用しているのを見ると、どうもかなりの技術革新を与えてしまったのかもしれない。



「この小銃は火打ち石を使わずに火縄を使っているので運用に難があります。それに重量があるので行軍には不適ですね。なにより射程が短いです。手銃と同じくらいでしょうか」



 ユッタはすでに何発か撃ってコツをつかんでいるのだろうか。



「火薬の量が案外少ないので、射程と威力が伸び悩んでいるのはそのせいかもしれません。ただ……。狙い難いんですよね。銃床がないので、安定しないというか……」



 片膝ついて小銃を構えるユッタが不満を漏らす。

 俺も曹長から借りたそれを構えてみるが、確かに構えにくい。

 連隊の採用する小銃は銃身、銃床、肩と一直線になるように構える事で発砲時の衝撃を殺すようデザインされているから余計に構えにくく思える。



「少佐! 火縄です!」

「ありがとう」



 右膝を地面につけ、立てられた左膝の上に左肘を置いて膝撃ちの姿勢をとったユッタがゆっくり息を吐き、止めた。

 空気を震わす鋭い音が響くと五十メートル先の的から木片が飛び散る。



「おぉ……」

「あちゃ……。ちょっとずれちゃった」



 的に当たったのに満足しないのか。



「でも、精度は良いです。手銃――いえ、小銃よりはるかに」

「構えにくいって言ってなかったか?」

「それと、これは違います。この小銃自体の精度はかなり高いです。たぶん、火打石が使われていないからかと。

 連隊の小銃ですと、撃鉄の落ちる反動で照準が狂ってしまいますが、これは静かに撃鉄が落ちますし、銃身が重いので反動が少なくて狙いやすいです」



 なるほど。

 まあ撃鉄の反動に関しては構造上の問題だからもうどうする事も出来ない。



「とりあえず、敵とは近距離での戦いを避けた方が良いな。射程の利を生かした戦いを心がけるよう作戦をたてるか」



 銃撃戦――いや飛び道具は射程が長い方が優位だしな。まあ連射と威力という要素も重要だけど。



「シモン。お前たちの仲間はユッタの持っている小銃をいくつ持っている?」



 存在を忘れそうになったが、せっかくここまで連れてきたのだ。少しでも多くの情報を得たい。



「…………」



 ですよね。



「シモン。あの大きな筒の名前を教えてくれ」



 木砲を指して尋ねると、両腕を縛られた彼女は渋々といった感じに「オオヅツ」と答えた。



「白エルフ。使ってるのタネガシマ」



 木砲がオオヅツ。小銃がタネガシマ。発明した人の名前だろうか。まあいいや。



「タネガシマ。使うのコツいる。エルフじゃないと使いこなせなイ」



 自身満々に言い放つその姿に溜息が漏れた。

 東西でもエルフは分け隔てなくプライドが高いのは同じらしい。

まあ、捕虜ではあるが、良好な関係が築きたい。タウキナ継承戦争の戦後の事を考えると連隊がすぐ東方に帰れる未来はなさそうだし、その間に現地住民と良好な関係を構築する必要があるからまずは彼女と仲良くしたいのだが……。

 どう仲良くなるべきか……。



「あ、そうだ。寝て撃ってみたらどうだ? 座って撃つより安定するだろ」



 考えついたのは良好な関係より、射撃方法だったが、ユッタがタネガシマとやらを扱いこなせればシモンとの距離も縮まるかもしれない。



「寝て、ですか?」

「こう、伏せてさ。両肘を地面につけて……」



 ユッタはすでに装填された新しい敵の小銃を握り、地面に伏せる。



「地面が冷たい……。それに弾薬を入れているポーチがお腹に食い込む……。あ、火縄が……」



 ワタワタと射撃準備をしているユッタを見ていると、どこか心が和む。



「この際、ポーチを外して……。う、今度は胸が潰れる」



 ユッタはワタワタしているが、どうしてだろう。俺はワクワクして来た。



「こう、ですか?」

「うーん。足を開いたら? こう右の膝を上げて地面との設置面積を増やせば安定するんじゃないか?」

「あ、そうかもしれません。でも照準が……。少し右、かな?」



 ユッタは銃口を動かして照準を修正するのではなく、体をもぞもぞと動かして照準を修正しようとしている。

 銃口を動かした方が簡単だが、動かした分だけ姿勢に負担がかかってしまうから結果的に余計、照準がブレてしまう事があるからおすすめ出来ない。

 やはり無理なく構えるのが精密射撃の基礎だ。

 まあ戦場のようなすぐに狙いを定めなければならない時などはこの限りではないが。



「いや、左?」



 モゾモゾと寝ころんだユッタが動く。とくにお尻。

 赤い軍服の裾から覗く黒いパンツに包まれた柔らかそうな双丘が小刻みに右に、左に行ったり来たりとプルプル動く。

 やはり女性は胸だけではない。全ての調和がとれてこそ――。

 パン!



「む、白エルフ。中々やるナ」

「まあどの銃も殺気を込めるとよく当たるものですね。ね、オシナーさん」



 は、はい。


 でも射撃を終えて立ち上がったユッタが軍服の裾を抑えいる姿は、とても可愛らしかった。


プローンこそ至高の構えだと思うんです(真顔)


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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