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銃火のオシナー  作者: べりや
第五章 西方征討
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ゴモラ包囲

挿絵(By みてみん)

カナン解囲戦後の戦況図。

カナン包囲軍はケヒス・クワバトラ率いる追撃隊の攻撃を受けつつチグリス大河を超えて撤退。

エルファイエル王国北方軍集団もカナン包囲軍敗北を聞き、後退。

エルファイエル王国南方軍集団も撤退を図るが、西方辺境領南部守備隊の追撃を受け、ゴモラ城塞に立てこもる。

カナン解囲軍残存部隊は作戦通り南下してゴモラ包囲に加わる。



『野戦猟兵連隊作戦詳報』より










「状況を報告するのだ」



 司令部で消耗品の決済をしていると冷ややかな声が聞こえた。視線を上げると冷笑を称えたケヒス姫様と視線が交わる。



「いつ、戻られたので?」



 ケヒス姫様はカナン包囲軍の総退却の追撃に出ていたはずだが、どうやらそちらの方も落ち着いたようだ。



「カナン解囲後の状況はヘルストからだいたい聞いた。兄上が自ら指揮をしたそうだな」

「そうです。今も第一王子殿下率いるノルトランド騎士団が掃討戦を続けています。

 エイウェル様指揮下のノルトランド騎士団が掃討戦を、解囲軍残存部隊は敵南方軍集団の包囲を行うよう勅令を出されました。解囲軍の指揮はシューアハ様が当たっております」



 本来の解囲軍指揮官はケヒス姫様だったのだが、その当人が追撃戦に参加してしまったから臨時にベスウス大公をされていたシューアハ様が指揮を継承された。

 身分としては妥当なのかもしれない。



「副将は誰だ? まさかうぬではあるまいな」

「ははは。まさか。副将はアウレーネ様です」



 いくらんでも身分不詳の俺が指揮を執れるわけがない。



「ま、順当な所か。で、その指揮官たちはどこにおる? 本陣にはおらぬようだが?」

「前線視察です。アマルス騎士団の激励に――えーと地図、地図」



 決済書類の下からお目当ての地図を探し出してそれをテーブルの上に広げる。

 地図と言っても手書きのお粗末なものだが、概略図としては使えるし、何より何かを書き込んでも良心がとがめないのが良い。



「敵、南方軍集団八千はカナン解囲戦での敵主力壊走の後に後退を始めるも西方辺境領南方を守備していたアマルス騎士団と白鴉傭兵団、合わせて六千の兵がこれを追撃、敵はゴモラに籠って籠城戦の準備を始めた。カナン解囲軍がこの地に到着したのは三日前です」

「展開が早いな。解囲軍の数は?」

「二万と三千ほどです。追撃戦に騎兵が出てしまったので数はだいぶ減ってしまいましたが」



 戦死だったり、傭兵隊の逃散だったりで数が減っているが、新たにアマルス騎士団と白鴉傭兵団を加えたため軍としての機能は維持している。

 しかし解囲戦と行軍のため兵たちは疲れていることは否めない。無理な攻城は軍の崩壊に繋がりかねない危険をはらんでいる。



「ゴモラ攻城はどうなっておる? 敵の数は?」

「騎士団と傭兵団の攻撃で敵も消耗しているはずですが、六から七千ほどの兵力がゴモラに籠っているようです。対してこちらの兵力は騎士団、傭兵団、解囲軍を合わせて二万九千と少し心もとないので、ここは大砲を使います」



 攻城戦に当たって攻城側は守備側の三倍から十倍の兵力が必要と言われているから正面切って強攻する事は出来ないとはシューアハ様の言葉だ。それに攻城側の兵力の主力である解囲軍は疲弊しているから余計に無理は出来ない。

 逆に言いえば無理な攻城をしなければいいだけの事だ。



「今は大砲と野戦重砲に魔法使いの法撃で敵を攻撃しつつ、塹壕堀です」



 要は敵の攻撃の届かない所から敵を攻撃して敵に損害を強いる作戦だ。

 塹壕は敵に肉薄するための野戦築城でもあるが、敵の後方連絡線を遮断する目的もある。

 完全に包囲出来れば敵の兵糧を断てるし、後は敵が白旗を上げるのを待つだけだ。



「そうか。では余は休もう。少し疲れた」

「ちょ、ちょっと待ってください。追撃隊の方はどうなったのですか?」

「なぜ、うぬに言わねばならん」

「立場としてはアウレーネ様の参謀補佐――軍師兼攻城砲兵司令部の長をしているので」



 俺がゴモラ包囲軍の幕僚に入れるようアウレーネ様が計らってくれたのだ。

 シューアハ様も砲兵運用において助言を得たいと言っていたし、助かった。



「追撃戦の首尾は上場だ。適度に敵を追い、空から擲弾の雨を降らした。こちらの損害も少ない。

 まあ後の事を考えて深追い出来なかったという感じは否めんな。

 だが、チグリス大河にかかる主な橋は落としてきた。この時期に河を泳いで越えようとするバカもおるまい。あとは兵力に余裕が出ればそれを使って残った橋を落とせば良い」



 さすが、と言うべきか?


 確かに敵の主力は引いたが、戦争が終わったわけではない。

 攻城戦の最中に敵の解囲部隊が来れば今度はこちらがカナン包囲軍の二の舞になる。

 橋を落としたのは正解だろう(こちらの進軍が出来ないというデメリットもあるが)。



「それより補佐官の任、あまり調子にのるなよ」

「何のことですか?」

「大砲の運用術は東方辺境領の生命線だと言っておるのだ。それに諸侯の前で小銃の運用を見せてしまった。

 あれでうぬは一躍有名人だ。諸侯も喉から手が出るほどうぬの知識を欲しているに違いない」



 新兵器を的確に指揮できる人間はそれだけで価値がある。



「諸侯は小銃の力を知った。敵と味方、双方からな。これからは一丁でも多くの小銃、一門でも多くの大砲を持った者が勝敗を分けるだろう。

 それも昨日まで奴隷だった亜人が五百猶予年の伝統ある騎士団を討ち取れるほどの力があるのだ。

 誰もが小銃を、大砲を欲する。そしてその運用方法もだ。アウレーネにも釘を刺しとけ。ほどほどにしておけと」



 ケヒス姫様の根底にあるのは現王への復讐心だ。

 そのためにも東方辺境領で力を付けたいのだろう。その鍵が小銃などの火器となれば他国への流出は避けたいのだろうな。

 まあ言われるまでも無くそんな事はわかっている。カナン解囲後、俺と食事をしようと貴族の方々からたくさんの打診が来た(有事という事で断ったが)。



「シューアハが戻ったら使いを寄こせ。少し、寝る」



 ケヒス姫様は大きな欠伸をついて司令部を出て行ってしまった。

 だいぶお疲れのようだ。疲れている姿なんて初めて見たぞ。



「さて、俺は俺の仕事をするか」



 ここ最近の戦闘と行軍のせいで俺が決済しないといけない書類が貯まりに貯まっている。

 消耗した弾薬、兵糧の補充に負傷兵の後送願い、部隊ごとの作戦報告書の整理。

 それに俺を招聘しょうへいする旨の手紙への返事(もちろん断る)。


 補給関連の書類はホビットのヨルン・メルク大尉に任せたいところなのだが、彼は補給物資と共に補充兵を連れてくる手筈になっているからあと一、二週間は西方には来ないだろう。

 ユッタに補給関連の書類を任せようとも思ったが、彼女のデスクワーク能力を考えるとどうしても俺がやらなきゃならない。

 射撃の才能を一握りでも捧げなかったのかと悔やまれる。かと言ってユッタの次に階級が高いのはコレットだから任せようがない。

 貴族の方々から食事の誘いを受けていたが、よくよく考えるとそんな時間がそもそも無かった。



「なんで俺はこんなに働いているんだ……」



 貴族の方々は陣中で酒をあおっているらしいが、信じられん。こんな事ならもっと多くの幕僚を連れてくるべきだった。変な所でケチらなければ――。

 まあ言っても仕方ないか。



「シューアハ・ベスウス様、アウレーネ・タウキナ様、御来入!」



 歩哨の言葉に立ち上がると、ちょうどちょうど視察に出ていたお二方が司令部に入るのが同時だった。



「第三王姫殿下が戻られたようだな」

「先ほど司令部に来られました。お会いになりました?」



 シューアハ様がコツコツと杖を地面に付きながら司令部の上座に置かれた椅子に腰かける。



「あぁ。我らも先ほど、な。追撃戦の疲れもあると言うから明日の正午に大将交代を行う。私は魔術顧問として新しい席に付こう。故にアウレーネ様は引き続き副将を」

「私なんかが副将でよろしいのでしょうか? 席次としてはシューアハ様に劣ります」

「悪戯に上を動かすと齟齬が生まれる物。戦の時は人事を動かさないに限ります。上は岩の如くあれ。確か、前王様のお言葉でしたかな」



 物静かに答える姿はまさに幾多の修羅場を潜り抜けてきた貫禄がある。

 タウキナ継承戦争では遠距離通信と長距離攻撃を合わせた戦術眼を持って苦戦させられた。

 ケヒス姫様はシューアハ様の事を魔法研究の第一人者と言っていたが、魔法だけではなく軍人としても才があるようだ。



「やれやれ歳だな。冬場の長歩きは膝に堪える」

「冷えてきましたね。この調子ではいつ雪が降ってくるやら」



 雪が来る前に攻城を終わらせたいとは誰もが思っている事だが、無理に攻城出来ないのもまた皆が思っている。

 何より解囲軍のほとんどが消耗しているのだ。これからはゆるゆると砲撃しながら開城交渉をしていくしかない。



「こんな事であるなら、せがれを送り込むべきだったな」



 シューアハ様の何気ない一言に俺はギョッとした。

 シューアハ様のせがれ――息子はユッタ達モニカ支隊の手によって息の根を止められたと聞いている。

 言わば敵が身内にいるのだ。良い気持ちのはずがない。



「そう固くなるではない。側室の子だ。あれもいい年なのだが、ヘーパザラにばかりに構っていての。未だ、騎士団を指揮する器では無いと思っておいてきた。春にでも来させよう」

「その、恨んでおりますか?」

「当たり前だ」



 即答だった。だが、強い言葉では、ない。



「子供を殺されたなら、恨む。私はそこまで出来た人間ではない。だが、今は復讐を忘れよう。今は共闘の時だ。それに私は学者だ。学者とは物事を冷静に判断せねばならん。

 まあ人を動かす立場に居る者はそうでなくてはならぬ。感情を殺し、理性だけで事物を観察し、考察し、制御する。

 そうであろう?」



 その言葉に俺だけではなくアウレーネ様も頷く。

 この人は、どこまでも合理的に生きられるのだろう。どんなに恨みがあってもそれを押しのけてより効率的に物事を進められる方法を考えている。

 だから、革新的な魔法を作り出せたのだろう。その的確な運用方法を編み出したのだろう。



「今はゴモラの開城が優先であり、憎みあう時ではない。だが、覚えておいてほしい。

 今は怒りを忘れても、永久にそれを忘れる事など出来ぬ。今はタウキナとは休戦中であり、和平を結んだわけではない事を、ゆめゆめ忘れないでくれ。

 私とそなたらの関係は、敵同士なのだと忘れないでくれ」



 だが、この人はどこまでも人の子なのだ。

 家族を、大切な者を忘れない、人なおだ。



「さて、攻城においてはベスウスの法撃、東方の砲撃で敵を疲弊させるためにも夜間攻撃は必須。昼夜を問わず攻撃すれば敵は自ずから門を開くだろう」



 この自分さえも制御する人格には驚きを禁じ得ない。

 まあ、それ故にこのような合理的な作戦を考えるのだろう。

 その作戦を使用された側としては二度とあのような経験をしたくないというのが本音だが。



「あ、待ってください。連隊の砲撃についてなんですが、夜間砲撃は反対です。砲弾の備蓄が足りません」

「む、そうか。あれは鉄の弾を飛ばすのであったな。氷を円形に成形したものを代用できぬか?」

「それは構いませんが、その弾を飛ばすための装薬――火薬が……」



 詰まる所、連隊は物資が不足し始めているのもまた事実。

 当初は十分な物資を西方に持ち込んでいたのだが、カナン解囲戦の時に想定以上の砲弾を消費してしまった(おまけにクレマガリー支隊は大砲と砲弾、装薬のほとんどを捨ててきてしまった)。


 今までは東方辺境領の近郊、もしくは補給線の整備されたタウキナが主戦場だっただけに今回の遠征は連隊の補給線の貧弱性を露呈してしまった感がある。

 だが現地調達を行っている諸侯に比べればはるかにマシという感じも否めないが。

 それに輸送にしても馬車やそれを牽く馬、輜重隊が行軍するにおいて消費する物資の事を考えると、おのずと限界が見えてくる。

 要研究と言ったところか。



「魔法を打てる魔法使いは私を含め二名。こちらの方は水さえあれば問題ないが、数が足りぬ。それを補完してくれるものと期待していたのだがな」

「せめて二週間ほどお待ちください。輜重隊が到着して砲弾等の補給が出来ます」

「敵も、その火薬とやらを使っておるのではないか?」



 鋭い指摘だな。確かにエルファイエル王国の武器は火薬を使っている。

 まあカナン解囲作戦で正面から派手に撃ちあったのだから同じ兵器を使用していると思われても仕方ない。



「エルファイエル側が使用している火薬とは作りが違うようで。目下の所、敵の火器と合わせて調査中です」



 カナン解囲の時、敵が遺棄したり、戦死して持ち主が消えた敵の小銃等の兵器達を連隊も試験用として鹵獲している。

 他の部隊だと根こそぎ奪ったりしたらしいが、果たして使い方が分かるのやら。



「そちらの調べも頼む。判明しだい、性能等を知らせてくれ。これからの作戦を考える上で重要になる。

 なに、焦る必要はない。今は力を整えつつ、ゆるりと城を攻めようではないか」



 落ち着いたその声に作戦方針の確認が終わる意を読み取った俺とアウレーネ様は立ち上がって一礼した。


最近、めっきり寒くなりましたね。

皆さま、体調にお気をつけてお過ごしください。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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